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2010年06月08日

野心と虚栄心
民主による長期政権を捨ててまでの政界再編を望む一般民衆は居るの?

自社さ連立政権 - Wikipedia
消費税3%→5%に殆ど触れないwikipediaって素敵だなwww

1994年(平成6年)9月22日、
 村山内閣は、臨時閣議で、消費税5%に引上げることを決定

1994年(平成6年)11月9日:
 消費税の引き上げを柱とする税制改革法案が成立。

1997年(平成9年)4月1日、
 地方消費税の導入と消費税等の税率引き上げ(4%→地方消費税を合わせて5%)を
 橋本内閣が実施。


村山富市内閣 (平成6年6月30日〜8年1月11日)

橋本龍太郎内閣 (@平成8年1月11日〜A平成8年11月7日〜平成10年7月30日)

いわゆる 自社さ連立時代の内閣 その閣僚の陣容の流れを見て どう思いますか?

さきがけの後継たる菅 そして民主の主軸
自民の後継たる保守系小政党や無所属 そして「みんな」
社会党の後継たる社民 そして分裂を孕んだ今の社民

姿と形や大きさは変わろうとも なんだろう この既視感。




今一度に その続きも含めて並べる

村山富市内閣 (平成6年6月30日〜8年1月11日)

橋本龍太郎内閣 (@平成8年1月11日〜A平成8年11月7日〜平成10年7月30日)

小渕恵三内閣 (平成10年7月30日〜平成12年4月5日)

そして
森 喜朗内閣 (@平成12年4月5日〜A成12年7月5日〜平成13年4月26日)
小泉純一郎内閣 (@平成13年4月26日〜A平成15年11月19日〜B平成17年9月21日〜平成18年9月26日)
安倍晋三内閣(平成18年9月26日〜平成19年9月26日) (平成18年9月26日〜平成19年9月26日)


さて 菅は勝てるの? 勝てなければ
その後にズルズルと新自由主義連中の跳梁を許した先の清和会と公明の暴走の地獄を
再び見る事になる。


http://www.dpj.or.jp/news/?num=8832 1998/06/08 
橋本龍太郎 - Wikipediaを交互に並べます 

思えば 橋元龍太郎は
 
1996年1月11日、村山富市首相の辞任に伴い、第82代内閣総理大臣に指名され、自社さ連立による第1次橋本内閣が発足した。

就任当初は、村山政権下で決定された住宅金融専門公社(住専)の不良債権に対する6800億円を超える財政支出問題で、新進党が「ピケ」と呼ばれる座り込み運動を展開するなど激しく抵抗し、メディアも否定的な論調を展開したことから、政権への批判が強まった。ただし、海外市場では好感する動きが見られた

同年2月23日、アメリカのクリントン大統領との日米首脳会談で、橋本は普天間飛行場の返還を要求、4月に全面返還で日米政府が合意した。普天間の代替基地についても安全保障政策や環境政策が絡む中で米国や沖縄の基地自治体関係者と対談を行い、代替施設について名護市の受け入れ表明を取り付けて、普天間基地返還に本格的道筋をつけた。この結果、住専問題で逓減していた支持率が60%に上昇した。

同年の臨時国会冒頭の9月27日、衆議院を解散。小選挙区比例代表並立制の下で初の衆議院総選挙が行われ、自民党は28議席増の239議席と復調した。選挙中は橋本に選挙応援の依頼が殺到し、全国で「橋龍人気」と言われる国民的人気を見せ付けている。

1996年11月7日、社会党・新党さきがけが閣外協力に転じて、3年ぶりの自民党単独政権となった第2次橋本内閣が発足。

橋本は、首相直属の「行政改革会議」を設置。
と行革路線を鮮明にして
1997年(平成9年)4月1日、
地方消費税の導入と消費税等の税率引き上げ(4%→地方消費税を合わせて5%)を
橋本内閣が実施。
の批判を交わそうと必死になるも
行政改革の誤り

 「予算10兆円・定員5万人・許認可2532」。このような巨大な官庁を作ることが行政改革と言えるのでしょうか。橋本総理は今回の行政改革を進めるにあたって、「簡素化」「効率化」「透明化」などのキーワードを掲げています。しかし、このような巨大な官庁は、現在の行政を一層「複雑化」「非効率化」「不透明化」させることは明らかです。私たちも縦割りの弊害を防ぐために、省庁を大括りさせることには反対ではありません。しかし、そのためには現在、霞が関が抱えている膨大な権限や財源を地方などに分散させて、スリム化を実現することが絶対の条件です。橋本行革は、この霞が関のスリム化に手を付けず、単に現在ある役所を一緒にしているだけなのです。この方法で現在22ある省庁を13にまとめようとしているのですから、それぞれの役所が巨大化するのは当然です。

 冒頭に例示をした巨大官庁は、橋本行革が掲げる「国土交通省」ですが、これは現在の建設省と運輸省が母体となる役所です。しかしこの2つの役所は現在も同じ建物の中にあって、その表玄関にはそれぞれの役所の看板が掲げてあります。この2枚の看板を1つにまとめて「国土交通省」とするのです。まさに「看板の掛け替え」であり、中身は何ら変わることがありません。厚生省と労働省が合併してできる「労働福祉省」も同様です。これが橋本行革の実態なのです。その結果、霞が関のスリム化は「定員削減は10年間で1割」という、民間が行っている厳しいリストラに比べようのない空しいリストラ案になっているのです。

 さらに橋本総理は今後の行政改革を官僚に一任しようとしています。今までは曲がりなりにも学識経験者の方々に行政改革会議への参加を仰ぎ、事務的なスタッフにも民間企業の方々を入れていました。しかし、学識経験者で構成していた会議は解散してしまい、民間企業からの方々も3月末をもって出身企業に戻って頂きました。残ったのは官僚ばかりです。今後は「まな板の上のコイ」が自ら包丁を持って、改革を行うのです。これでは本当の行政改革など行えるはずがありません。民主党は行政改革は国会の責任で行うべきであると主張していますが、百歩譲って行政府部内で行うとしても、第三者の参加は欠かすことはできません。
 今回の行政改革は、21世紀の「この国をかたち」を見据え、これに適合した行政の在り方へ転換することが当初の目的でした。しかし橋本総理は自民党族議員に振り回され、更に官僚に依存することによって、見せかけだけの行政改革を行おうとしています。「橋本行革」は、行政改革とは言えません。
いわゆる 省庁再編 が 看板の架け替え どころか
お題目は官僚権限の縮小のはずだったのに 実際は官僚権限拡張に等しかったのは
赤子でも分かる事だった。

同年11月に財政構造改革法を成立させ、2003年までの赤字国債発行を毎年度削減する等の財政再建路線をとった。しかし、景気減速が顕著となり北海道拓殖銀行や山一證券などの破綻が起こると、党内やアメリカ政府から景気対策を求める声が上がるようになった。また、山一證券の破綻で、橋本の金融システム改革に伴う金融ビッグバンへの批判が相次いだ。これを受け同年12月、2兆円の特別減税を表明した。

1998年4月、4兆円減税と財政構造改革法の改正を表明し、財政再建路線を転換した[31]。また同年、金融監督庁を設置。大蔵省から金融業務を分離し、金融不安に対処する体制を整えた。
しかし既に時遅し

 昨年4月の消費税率引き上げ直後、消費不振から4〜6月期の四半期の実質成長率が年率換算で実に−10.6%に落ち込むなど、景気は急速に冷え込みました。しかし、政府・自民党は、この景気の悪化に対して何ら手を打たなかったばかりか、特別減税の打ち切り、医療費の個人負担の引き上げという失策を続けました。その総仕上げが、野党の猛反対を押し切っての財政構造改革法の制定の強行と年末のデフレ予算の編成でした。この時期、山一証券や北海道拓殖銀行など、大手金融機関の経営破綻も相次ぎ、諸外国からは日本発の世界恐慌を心配する声が上がり始めました。

 政府・自民党は、いったん打ち切った特別減税を年末になって急遽復活させ、また今年度のデフレ予算を成立させた直後には、わずか5か月前に強行に成立させた財政構造改革法の一部見直しと16兆円の景気対策を打ち出しました。しかし、その16兆円の中身は、財政構造改革法の小手先の見直しという制約もあって、結局は参院選目当ての従来型の土木中心の公共事業と、特別減税の積み増し。こんな場当たり的で政策哲学のない景気対策では、個人消費の拡大や民間設備投資の活性化もまったく期待できず、むしろ景気は悪化する一方です。現在、失業率も戦後最悪の4.1%を記録し、深刻な雇用不安さえ生まれています。5月に経済企画庁が発表した月例経済報告では「景気は停滞し、一層厳しさを増している」と表明せざるを得ませんでした。

 景気の見通しを一時的に誤ることは誰にもあるかもしれません。しかし、昨年春以来の橋本内閣の景気判断と政策対応は、すべてといっていいほど誤っており、自ら作った財政構造改革法によって手かせ足かせをはめられているため、景気対策も場当たり的で小出し、しかも経済構造改革にまったく結びつかない内容です。橋本総理は、「参議院選挙後から景気は上向き、秋には回復する」などと国会答弁していますが、市場はもはや政府・自民党の景気判断や経済政策をまったく信用していません。
そもそも
同年7月の参院選では、景気低迷や失業率の悪化、橋本や閣僚の恒久減税に関する発言の迷走などで、当初は70議席を獲得すると予想されていた自民党は44議席と惨敗。橋本内閣は総辞職した。

さて 菅内閣は 勝てるの?
鳩山兄は 道筋的には
その後ろに居るアメリカと日米安保マフィアをこそ狙いを定め
其処から始めようとしたが駄目だった。

菅は 自社さ連立〜橋本内閣をなぞる道筋に近い。
口約束だけで逃げ切ってしまい 結局は解決できなかった橋本の普天間問題
という部分は どうするんだろうね?

ついでに 橋本の普天間問題の「中身の無い口約束だけ」の経緯も書いておこう。

米海兵隊員による少女暴行事件をきっかけに、
反基地感情のボルテージが最高潮に達していました。
そんな状況下で、
96年2月にサンタモニカでクリントン大統領との初の日米首脳会談が開催

橋本さん自身も、クリントン大統領に普天間の返還を切り出すべきか否か、最後まで悩んだまま首脳会談に臨みました。

その首脳会談の最後です。クリントン大統領のほうから「沖縄問題でなにかあったら言ってください」と水を向けてきてくれた。

橋本さんは意を決して切り出しました。「困難は承知だが、普天間を返還してくれればありがたい」と。

昨年、鳩山首相がオバマ大統領と初めて会った時、内容は単なる挨拶だけでした。それでもたいていの日本人は「初めての会談だからしょうがないよね」と受け止めました。だけど橋本さんは最初の会談で、ともすれば日米同盟を損ねかねない個別具体的な案件を切り出した。これはかなりの勇気が必要なことです。


この橋本ークリントン会談の3日後、大統領はペリー国防長官(当時)に普天間返還を検討するよう指示し、1ヵ月後には「普天間を返還します」という話が内々に伝えられてきたんです。「その代わり、代替機能は用意してください」というのが前提でしたが、われわれ日本側にとっては願ってもない成果でした。

次の焦点は移転先選びだった。日本側は当初、嘉手納統合案を提示したが、「1市2町にまたがる嘉手納基地案は地元自治体の合意が得られない」との理由で断念。アメリカが推すキャンプ・シュワブ地域が候補地になった。

その後 結局 今に至るまで この時の橋本の適当な口約束が出発点となったまま
普天間問題は 一歩も前にも後ろにも進んでいないんだよねw

ま こんなもんで 橋本の普天間問題に対する本気 とか言ってる田中秀征の如きは
田中秀征 さきがけ - Google 検索 田中秀征 みんなの党 - Google 検索
正体がバレバレなんだけどさ。



松田の暴走の腹を考えて ずっとずっと考えて 更新を止めてた。
結論から書くと
 
菅(さきがけ+旧民主)+「みんな」など自民別働隊+社民から引き抜き(+最悪は創価公明) -小沢-国新
で過半数が取れる と踏んでるのかもしれないね。

ずっと考えていたんだよね、 なんだろう この感覚は ってね。
民主長期政権による堅実な歩みを捨てて 其処まで博打を大和民族系日本人へ強いる、
それは 違うよ、断じて違うよ。
大和民族系日本人の圧倒的大多数は 貴方のように頭の良い人 じゃないんだよ。

政権交代を選んだ大和民族系日本人は
自民党政治のから転換を求めたのであって
政治的博打を求めたんじゃないんだよ。

政界再編を望んでいるかどうかの世論調査を全くしていない この露骨な展開。
この流れの先に
過去の轍を踏むように地雷を仕掛ける者達が 涎を垂らして待っているだろう。

参院選は勝てても その後に菅は勝てるの?
俺はね 菅は菅なりに頑張ってくれれば それで十分と思ってるんだ。
鳩山兄だって頑張って その周囲に居る人間の奮闘もあって
100点は取れなかったけど 65点は間違いなくあげてもいいとは思ってるんだ。

菅は 気負いすぎてるんだろうな。
少なくとも松田は気負いすぎて 競馬でいうイレ込みすぎの状態なんだろうね。
本人達は 落ち着いている と思ってるだろうけど
それは違うんだよ、「知性」と「自己制御の能力」は別物なんだよ。
菅や松田の「知性」は疑わない けれども「自己制御の能力」は別なんだよ。

負けられない戦を始めよう とする人達は 必要以上に準備工作へ動こうとする。

思えば 鳩山兄政権は 勝てるかどうか分かるはずもないから
もう とにかく必死に頑張る それだけだった。
けれども それで良いと思うんだ。
結果的には民主の中にいる者達の真面目さが必死さが 良く分かった。
今の政治に求めるものなんてのは それで十分なんだけど、
それ以上を求めるほうが どちらかといえば無茶なんだけど、
菅は 特に松田は 『“絶対に”良い政治をするんだ』 という気負いが強すぎるんだろうね。

それが 政治的博打という政界再編をも見据えちゃう話になっちゃうんだよね。

俺はね この呉越同舟の今の民主連立が 凄く嬉しいんだよね。
呉越同舟で腹に色々抱えていても
なのに 全員が それなりに真面目で頑張るんだよね。
船は揺れるんだけど
 自民党時代の政治に戻しては駄目だ
という一点だけは 強烈な共通認識なんだよね。


自社さ連立を髣髴させる動きは その一点を大きく覆す。
呉越同舟の船を転覆させるは
その向こうにいる連中の攻撃を防ぎながら道を進む ではなくなり
自民党時代のように どんなにどんなに頑張っても勝ちきれなくなる。

もう そんなのは 嫌なんだ。



菅も松田も 負ける事に対して プライドが許さない類の者達なんだろうね。
それが 自分達でも気づかない「自己制御の能力」を失わせる、
その事に気づいているんだろうか?
野心は大きい、けれども それ以上に
「負けられない」という虚栄心の大きさが どうしても見えてしまう。

味方へは簡単に頭を下げる、
負けてなお 自尊心よりも人々への思いやりを優先できる それが鳩山兄だ。
勿論に計算もしているだろうが その無私の腰の低さこそが
鳩山政権を支える権力中枢の者達の 感動的にも近い献身的な働きを 決定的に支えていた。
愛国心を口にするだけでは
あそこまで大勢の者達が 献身的にのみ動けるものではない。

政治の一歩先は闇だ、
負ける事を極度に恐れる自尊心は、
破滅が許されない という教条主義へ取って代わる。

鳩山兄は 負けてなお、陽気に でも真面目に腰を低くする。
それは小沢にも菅にもできない「持続する意志」となって民主政権を支えたではないか。
バトンを渡してくれたではないか。

野心の大きさでは小沢が最も大きい、
けれども小沢の虚栄心は それに比べれば かなり小さい。
鳩山兄の野心も大きい けれども虚栄心が更に猛烈に低いw
でも それこそが鳩山政権の凄みを支えた根幹である事に 気づいていないのだろうか?
菅も松田も 野心は大きいが、それを上回る虚栄心が どうしても見えてしまう。


菅政権が このままでは
手柄の全部が菅の味方へのみ流れる形になってしまう。
それでは 権力者同士の 手柄の奪い合いになる。
政権の成果が 手柄の争奪戦で相殺され
自民党時代と同じく 後ろからの影響が排除できなくなる。


菅は勝てるのか?
いや 勝った所で 勝ちが積み上がらなければ意味はない。
鳩山兄は最後に負けた、でも 勝ちを積み上げたではないか。
菅は 最初っから 勝ちが積み上がらない構造へ走る者達を放置してしまった。
これは大失政と言い切るしかない。
はたして菅と松田は この大失政を認める事ができるだろうか?
できなければ 野心以上の虚栄心を持つ事の危険性を 俺は指摘し続ける事になるだろうね。


ただただ頑張れば 菅も松田も それなりの結果を作れるであろうに、
それでは己のプライドが許さないんだろうね。
菅と松田の その政治に対するプライドの高さが 野心を上回る虚栄心が
日本を破滅へ導かない事を 心から祈る。




http://www.asyura2.com/10/senkyo87/msg/887.html
民由合併極秘会談に見る菅と小沢 (永田町異聞)
http://ameblo.jp/aratakyo/entry-10556441108.html

野心と虚栄心 という観点で この話を眺めて、
そして今の現状を眺め直すと少し違う視点が見えてくるかもしれないね。






posted by 誠 at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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