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2010年07月19日

菅「国家戦略室は“財務省系や自民の息が掛かった”官僚のみを集めろ」

国家戦略局の話の続き
http://udonenogure.iza.ne.jp/blog/entry/1705132/
松井氏もtwitter上でつぶやいておられた。(http://bit.ly/b0Gm5U
 国家戦略室の任務から予算編成など税財政の骨格についての機能をなくすというのは事実。しかも本日の閣議で総理大臣自らが各閣僚に説明をされ、玄葉大臣も不本意ながら了承せざるを得なかったとのこと。
 ↓

玄葉の「不本意ながら了承せざるを得なかった」との弁には恐れ入る。
それでありながら、松井さんの次のつぶやき(http://bit.ly/bbKUEC http://bit.ly/9dnRCk )を見ると
保身を図っているようにしか見えない。

 拡大政調役員会では、僕を中心にほとんど異論一色だったが、政調会には提言機能はあっても決定機関ではないので、それ以上、総理直属機関の在り方については意見を言う権限はないとのこと。では予算編成はだれの責任で行うのかと尋ねたら、



総理、官房長官が、財務大臣と協議しつつ行うとのこと。これに対しては、それでは従来の財務省主導路線に戻るのではないかとの意見が多数あるも、玄葉大臣としては、政調会長として政治主導の確保に努めるしかないとの意見。



この、玄葉の
「総理直属機関の在り方については意見を言う権限はない」
「政調会長として政治主導の確保に努めるしかない」
との言葉で思い出したことがある。

メール事件の「民主党メール問題検証チーム」であった玄葉が記者会見で吐いた言葉である。

「これ以上は政党の役割になじまない」・・・・この言葉は、今でも覚えている。
玄葉 民主党メール問題検証チーム 「これ以上は政党の役割になじまない」 - Google 検索
site:critic2.exblog.jp 玄葉 民主党メール問題検証チーム 「これ以上は政党の役割になじまない」 - Google 検索

この言葉を言い換えると、
政策は「政調会」で決め内閣に進言はするが、責任論はなじまない。
つまり、問題定義はするが、もめたら僕は知りませんし関係がありません、
となる。

いまだ、”玄葉、進歩せず”というところであるが、
何時までも逃げられないし、有権者も忘れはしない。



雑感 万死に値する牧野某
小沢氏の参院選の戦略・戦術の破綻と牧野某は語っているが、複数区に複数候補者を擁立した事をさしていると思われる。小沢氏も幹事長時代に言っていたように自民党と議席を分け合うのであれば、カネさえあれば「馬鹿でもできる」戦術でしかない。まして静岡だけ特例を認める事ができるか出来ないかは、「馬鹿」でもわかる話でしかない。

牧野某氏と静岡の連合の姿を見て、嫌気がさした有権者どのくらいいたのか気がつかないようである。静岡には釣り仲間が多いのだが、全て民主にはNOであった。また、小沢氏の複数擁立で比例区でに当選者数が増えたのであって、一人区での大敗がこの度の大きな敗因であることは明白である。これは複数区擁立で共倒れがひとつもないことからもわかる話で、小沢氏を原因とするのには無理がある。

 何よりも、菅直人自身が一人区で議席確保できなかった事が敗因の理由であり、一人区敗因の理由は「消費税問題」と口にしている。この牧野某氏は、知事選の時も海野氏ともめている。結局はトラブルメーカーなのであろう。


 牧野は話の三つ目で 菅直人首相の消費税増税発言が敗北の理由だとしてあるのは、形ばかりであろう。この後に続く記事がそれを証明をしているのであるが、三つ目と一番最後にあげているのがなんとも情けない男である。こんなへタレが何を偉そうに御託をならべてという話である。ようは、小沢攻撃のための前フリでごちゃごちゃ話したということで、ひとつずつ追いかけてみると、話にならないレベルの敗戦の言い訳でしかない。

 県連は「1議席を死守できる選挙にしたい」と言うが、昨年の知事選に参議院議員であった坂本由紀子氏が知事選に出馬をした事からこの度の静岡の民主党は2議席をもっていたのである。それを初めから一議席を堅く狙いにいっただけなのである。つまり、静岡は初めから現有2議席であったものを放棄し何もしなくても1議席減らす行動に出たという事なのである。また、20回参議院選挙でも民主党は岡田が代表の時に候補者を2名擁立をしている。この時の参議院選挙では自民党も2候補を擁立している。

 藤本(民主)485,507票・中本(民主)206,870票が今回の民主党の獲得数であるが、知事選では、川勝(民主)728,706票・海野(元民主)332,952票であり牧野が海野とトラぶった事が原因で33万票が逃げたとも取れるのである。つまり、藤本議員は2名擁立されたのは今回が初めてではなく、前回も2名擁立された中で戦っているのである。この時に昨年知事選に出ていた海野氏も民主党から立候補をしていて、コアな海野支持の民主党支持者が愛想をつかし逃げている。

 牧野曰く:選挙責任者だった小沢氏の責任は大きい。多くの現職が落選したことは、万死に値する罪だ。枝野幹事長、安住淳選対委員長に「(小沢氏に)責任を取ってもらえないなら離党勧告してくれ」と伝えたと。牧野某は、自分の目には責任逃れをしているようにしか見えない

 県連の活動費や公認候補の公認料を止めた。とあるが、先にも書いたのであるが、現有2議席のものを戦う前からあきらめて1議席しか要らないという県連に公認料が果たして必要であろうか。1議席は固いのに資金を回すのであれば苦戦の選挙区へ回すのが当然である。

 牧野曰く:新執行部ができた時、小沢氏の路線は変更できない状態だった。(大敗の)責任をすべて今の執行部に押しつけるのはよくない。というのが牧野某の言い分のようだ。ここまで書いてきて、静岡の責任は誰にあるか。いわずもがなw

 しかし、色々な政治家がいるのであるが、牧野某氏くらい自分の責任回避を堂々と図り、他人のせいにする人間も珍しい。何よりも今回は、静岡・京都・長野の二人目の女性候補者に対する現執行部寄りに者達の行いは、ネット上でも話題になりそれこそ それに触れない牧野某こそが「万死に値する」ものである。

最近やたらと日本新党出身の議員が元気ではあるが、小粒で目立ちがりやが多い政党であったということであろうか。

政治の話にもならないような、くだらない牧野某の寝言であった。


http://rocolo.exblog.jp/10993538/
前原は、偽メール事件が小泉によるものか、前原も共謀していたのか、ただの間抜けだったのか、国民に説明すべきです。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak40/msg/768.html
前原は、参議院選挙で、敗北したことについての自分の言動の影響について、一切の反省をせず、他人へ、責任をな擦すりつけるようなことを今まで頻繁に度々と平然と行い、大事な国政を撹乱する悪魔的な偽善者であることだ。

  自己責任を放棄して、政治運営責任における立場をわきまえず、主権者国民が支持する小沢氏への攻撃を繰り返す “いちゃもんや”“言いがかりや”“チンピラ”以下のような執拗で横着な性格や政治運営は無能力・他人任せで無責任放棄、反抗的で協調性はなく、自己撞着、自己顕示欲だらけで、底意地が悪く、頭脳分散・分裂的で、整合性、根性の継続性がなく、信念・思想・政治哲学もなく、言行表現・判断能力・説得力は、最低の稚児幼児以下に等しいような未熟児のような程度の人間のようである。

 その程度でありながらの公的な身分である前原が「小沢氏は説明を」などを 公的な新聞、TVで、のべることではない。
公私混同もはなはだしい。
 小沢氏の追い落としの自民党・公明党の偽善的な工作に加担しているだけである。

 このような未熟・欺瞞な者は、政治の舞台から、早く立ち去れよ。
そうでありながら あくまで政倫審とだけ言い、証人喚問に応じよ とは言わない。
つまり小沢への言い訳の余地をも残している。
二重の言い訳をするは 自己保身でしかないが 双方から決定的な信頼を受けない。

言い訳に終始するは 人の上に立つ者の態度としては 非常に良くない。
人の上に立つ者の背中と顔を見て 下に居る者は行動を決める。

顔の口からは言い訳が終始に出てきて 背中を見ても後足で砂を掛けていく。
そういう態度をする者を、
特に責任を胸に収める生き方をする者達は 極端に信用しなくなるだろうね。

敗戦の後で
人から悪く思われたくない という虚栄心を 必要以上に発露させすぎるは
人の上に立つ者の背中と顔を見てから行動を決める下に居る者達へ 如何なる感情を起こさせるか?

自身の虚栄心は過敏に反応させながらも
民主主義政治の中で 下に居る者達へ如何なる感情を起こさせるか
を考慮できない政治家は、
知性の云々の以前の 「人の心を如何に読み解くか」 という
人間としての基本的な資質そのものが決定的に劣っている
とされてしまうんだけどね。

もし 万が一にだけど
「知性」だけで人の心の深さも読み解ける すなわち理を説けば人の心は繋ぎとめる事が出来る
 消費税増税という理を説けば 人の心も繋ぎとめるはできる
とか少しでも思う人がいるのならば コンビニのバイトから やり直した方が良いと思うよw

誠天調書 2010年05月15日: 民主主義における主権者とは お客様ではない、が どうしても理解できない人達
政治とは誰でも語れるようでいて その才が無い者は永遠に理解できない。
サルに因数分解を求めるようなモノだ。
俺は こうして散々に追いかけて追いかけて やっと その尻尾へ辿り着いているだけ。

「蒼天航路」には こうある。

「いいか孔明。日々の生活にあくせく生きる民草にとって、
 政や天下は見えぬものだろう。」
「君の存在も同じだ。」

孔明「ばかな、民草には私が見えないとでも言うのかい?」

「知らなかったのか?今まで。」
「戦にどう対処するのか問うてみろ。」
「無視されるか、空耳のようにいなされるだけで
 まともな会話にならんぞ」

“実”の生活にのみ生きる人間の前では、われわれはいわば虚構。
 寓話の生き物に等しい。


つまり 民草へ政治の道理を説いた所で 話が届かないは
むしろ道理なのだ 必然なのだ。

馬鹿で豚にすぎない民衆が 政治の道理が理解できないは
サルが因数分解を理解できない と同じレベルの話なので
それは必然として受け入れていくしかない。

ヒトラーのように 豚は飼い馴らすしかない とできれば どんなに楽だろう。
ファシズムが如きに 異端を消し去っていければ どんなに楽だろう。

それでも 啓蒙し続けるという過酷な道を歩まなければならないのが 民主主義なのだ。
衆愚政治をし続ける者達への啓蒙 という茨の道を 何があっても歩み続けなければならないのだ。

こんな生き方を 普通の民草に求められるはずもない。
なればこそ ネットの日本語圏の下士官層 とは 真のエリートなのかもしれない。

自称エリート(笑)の人達は
結果としての財布の重さがエリートの資質の定規になる
と何の根拠もなく思っているのだろうけどね。

民草の上を行く者とは
民草が理解する「実」の大きさに関係なく
民草が理解できない「虚」の価値を知りながら
その大きさを自ら抱えながら なお胸一つで どれだけを収められるかどうかにあろう。

俺が何を言ってるのか分からない者には そもそも自称エリート(笑)なので
 赤き壁より降りて、漢土の巷間を這い 人に塗れて出直して来い。
 階段を下りて 地に這いつくばり 人に塗れて出直して来い。
としか言いようがない。

俺なんかは 此処以上の存在にはなれないから 身の程を弁えるよ。


で 去年の政権交代の選挙の民主連立への投票数よりも 自身の判断の方が正しい と勝手に信じる
菅の 国家戦略局の件 に戻る


http://udonenogure.iza.ne.jp/blog/entry/1705132/
昨年9月、鳩山内閣ができてまもなくの頃、菅国家戦略室と藤井財務大臣の間で、「どちらが予算を組む」かで主導権争いがあったのをご記憶の方もおるだろうと思う。


その時の藤井大臣の発言趣旨は「予算編成は財務省がやります。国家戦略室は“戦略”と言うくらいなのだから、長期的な議論をしてください」というもの。ようは、「菅さん、予算編成には口出しはしてくれるな。あんたの所は戦略て名前を掲げてるんだから、戦略ゴッコでもしておきなよ」という話。

そんな中、昨日散策さん(@sansaku)が、面白い話をして下さった。
内容は、(http://bit.ly/9zQGwa
藤井元財務大臣の話を講演で聞いたのですが、国家戦略室、行政刷新会議には、手足がないので、財務省の人たちに強力(協力?
)するように言っていたと。過半数割れで手足のある組織にできないと考えたのでしょうか?
というもの。


藤井元財務大臣が、何時の時点での話をしたものかは現時点では不明ではあるが、参議院選挙以前であれば、「国家戦略室と行政刷新会議」つまり、財務省主導の予算方針と財務省が気に入らない省庁予算の削減ができる体制作りに着手を始めたということである。

参議院選挙以降であれば、財務省主導の予算方針と財務省が気に入らない省庁予算の削減ができる体制作りのために、内閣を支えろという話である。

政治主導で国家を運営する基本中の基本である官邸が予算の骨格策定をするためのもの。この官邸が主導する根拠は議院内閣制にある。つまり、選挙で選ばれた政治家が首相を選び、その首相が司令塔となって行政を主導するからである。この行政を主導をするためには、予算を握らなければ話にもならない。

そのために、先を見据えた”戦略”を描く必要があるのだが、予算策定できる権限がなければ絵に描いた餅でしかない。さて、菅直人が口先でいくら言い訳をしても、「政治主導の後退を懸念」されるのは、当然といえば当然の結果でしかない。

事業仕分けという財務省主計局の主査レベルの予算査定作業を、国民に見える形にしたことは評価をしたにしてもあくまでも、民主党主導であったかどうかは疑問が残る。散策さん(@sansaku)からその後、連絡があり「国家戦略室、行政刷新会議が発足したとき、手足がないので財務省のかたがたに人を出して応援するよう言ったとのこと。そして、官僚にあやつられていると批判する人もいるかもしれないが、その批判は自分が一身に受けると彼らに言ったと。」(http://twitter.com/sansaku/status/18799657953

つまり、国家戦略室に手を貸すという財務省の中に思惑が見え隠れする。おそらく、話の流れから藤井(財務)と菅(国家戦略)は言い争う前の話であろう。

ただし、これも当の本人が辞任をしている事から、批判のしようがない。その後、菅直人・野田佳彦と変わっている事から、野田を非難をした所で、「藤井さんの時代の話」で逃げられるのがオチでしかないし、菅直人を非難した所で、「藤井さんから引き継いだだけ」とかわすだろう。

 財務官僚は予算を切るの趣味である。なぜなら予算を切ることが財務省の力の源泉であるからなのであって、力の保持する手段である。ようは、ここに民主党は乗ったのであろうと思うが、いつの間にか財務省を頼りにしてしまったのであれば、ミイラ取りがミイラになっただけでしかない。

必ずしも事業仕分けに財務省の力を借りるのが悪いとは言わないが、国家戦略を財務省主導で行ったのであれば、この国の先行きは、暗いものとなるだろう。

 菅政権はすでに13日に、2011年度予算概算要求の基本方針をめぐり、社会保障費を除いた政策経費について、10年度予算より圧縮して求めるよう各省庁に指示する方針を固めた。財政健全化を着実に進めるため、政権交代でいったん廃止した概算要求基準(シーリング)を事実上復活させる格好となっている。であれば、自民党政権となんら変わりはない。

松井氏もtwitter上でつぶやいておられた。(http://bit.ly/b0Gm5U
 国家戦略室の任務から予算編成など税財政の骨格についての機能をなくすというのは事実。しかも本日の閣議で総理大臣自らが各閣僚に説明をされ、玄葉大臣も不本意ながら了承せざるを得なかったとのこと。

つまり、本当に国家戦略室が、国家戦略局になることはなくなったという話でただのお飾りポストという事になる。怖いのは、国家戦略室をシンクタンク的云々の位置付けと菅直人が語った事にある。

これで内閣のシンクタンクのメンバーとして入った人間の考えが大きく内閣に影響を及ぼす事となるだけではなく、財務省の意に沿ったメンバーで占められる恐れが出てきたということである。
さて 俺は 他の人が言わない そういう事ばかりを言ってきたんだけど
だからといって 予算編成の介入を無くせ とは一言も言っていない。
むしろ それは車輪に両輪であり どちらかだけで成立できるモノでは無い。
他の人が言ってくれているから 頭の悪い俺が余計に言う必要も無い と思ってただけなんだけどねw
まさか 人材のプールだけで済ませれば良い なんて言い出す人はいないよねw
まさか 菅だって そんな事は思ってないよね?w 他の人も言い出さないよね?w

まさかまさかとは思うけど 俺の こんなくだらない釣針に引っ掛かる人はいないよね?w

http://twitter.com/nagashima21/status/18667802306 長島昭久
@matsuikoji松井さん、今回の決定は明らかに変です。いよいよこれから外交安保も含めて本格的な国家戦略局が始動するはずだったわけで、内容もさることながら決定の不透明さに危惧を抱かざるを得ませんね。
とは言いながら
http://twitter.com/nagashima21/status/18687517502
国家戦略局といいながら、予算戦略に特化しているように聞こえる松井さんの発想は僕のとはちょっと違うようだ。もちろん、予算編成を財務省から剥がすことは重要だ。でも、国家としてはNSCの様な省庁横断的に外交安保戦略を構想する機能こそ必要だと思う。
おいおい馬鹿を言うな?w そんな事を言い出す場面でも無いだろ?w
恥を晒すだけになるぞw
それとも財務省や自民の息の掛かった官僚を国家戦略室へ集結させろ という 菅の後押しかい?www
此処で そんな事を言うは
日米安保マフィア-防衛省-靖国教-官憲-官僚-財務省-マスコミ新聞テレビ大手メディア
の下僕に過ぎないが長島昭久だと晒す事になるよ?w
ま 決定的な馬脚を晒してくれて「ありがとう」ですね。









自殺偽装犯罪の発覚「氷山の一角」…解剖率4%
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100718-OYT1T00427.htm?from=top
 自殺を偽装した殺人事件などが後に発覚するケースの多くで共通するのは、解剖や薬物検査など詳細な検査が行われていないことだ。

 本紙の全国調査で初めて明らかになった自殺者の解剖率は4%余り。警察当局は、遺体の検視と現場の状況、関係者からの事情聴取を踏まえて死因を判断しているとするが、犯行の手口が巧妙であればあるほど、無防備と言わざるを得ない実態を浮き彫りにしている。

 埼玉県と鳥取県で発覚した連続不審死事件に関連し、解剖や薬物検査をせずに自殺や事故死と処理されたケースもあった。既に立件された事件では遺体から検出された睡眠導入剤の成分などが、逮捕・起訴の有力な支えとなった。宮城県警が2000年8月に自殺と判断して解剖しなかった死者が今年3月、別の事件で逮捕した男の供述から、絞殺されていたことが判明。県警は検視ミスを認めた。

 事件は被害者が相次いだり、犯人が自白したりして初めて表面化することが多く、ある県警幹部は「発覚は氷山の一角に過ぎないだろう」と指摘する。

 異状死の解剖率は、フィンランドやスウェーデンは100%、英米豪が50〜60%などで、約10%の日本よりも軒並み高い。自殺に限っても原則、解剖する国が大半だ。日本の現状は、世界の常識とかけ離れている。

 「日本では検視段階で自殺が疑われると、明確な遺書などがないのにもっともらしい理由で済ませる傾向がある。自殺を偽装した殺人を見逃す恐れがあり、詳細な動機分析もおざなりになる」。法医学者で自殺予防対策に取り組む秋田大の吉岡尚文副学長は指摘する。

 自殺に限らず、家族を失った遺族は解剖に抵抗感を示すことは少なくない。それでも、他の先進国が医学検査をないがしろにしないのは、判断を誤れば死者は報われず、遺族の権利や社会の安全にも影響を及ぼすと認識しているためだ。捜査現場に意識改革が求められている。(地方部 早川悦朗、中部社会部 小川翼)

(2010年7月18日18時38分 読売新聞)







posted by 誠 at 04:50| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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