https://twitter.com/mkt5126/b  https://twitter.com/mkt5126/c  http://twilog.org/mkt5126      TweetsWind                   TweetsWind                   TweetsWind


2011年12月26日

【カルト宗教を排除した形式での “一般民衆の「一揆」の技術”の伝統】は 250年に途絶している

だから俺の言葉なんか 嘘でたらめデッチアゲ だらけなのだから
何一つに信用しては駄目なのですよ。



https://twitter.com/tanakaryusaku/status/150807569915584513 田中龍作
「東電勝俣会長邸訪問ツアー」なう。
新宿一丁目交差点で警察が不穏な動き。なぜか全員メガホンを持った制服が

https://twitter.com/tanakaryusaku/status/150814877949231104 田中龍作
東電勝俣会長邸につながる警察のバリケードを通過したなう。

https://twitter.com/tanakaryusaku/status/150815551705448448
東電勝俣会長邸前なう。
イスラエル・パレスチナは慣れっこの筆者だが、最高権力者の要塞さながらの守りに驚く。

https://twitter.com/tanakaryusaku/status/150815948465651712
東電勝俣会長邸前の滞在時間はわずか1分足らず。警察官に追い立てられた。

http://twitter.com/tanakaryusaku/status/150818103482265600
東電勝俣会長邸につながる路地の入り口で、
バリケードを張る警察官に対し「通せ、道路はみんなのものじゃないか」と求める怒号が続く。
警察隊はさらに守りを固めた。

http://twitter.com/tanakaryusaku/status/150821047464235008
東電勝俣会長邸はテルアビブの米国大使館より守りが厳重だった。
イスラエル・パレスチナ取材の多い筆者は断言できる。

勝俣邸の道路側は巨大なコンクリートの壁。
家の窓が全く見えない。警察と警備会社がそこを固める。

https://twitter.com/#!/minorucchu/status/150870257609883648
本日はお疲れ様でした。龍作さんのカメラが弾圧を防いだと感謝。
@tanakaryusaku 「東電勝俣会長邸訪問ツアー」はただ一人の逮捕者も出ず、終了。
5人づつ、次に3人づつしか通してもらえず、
邸宅前で警察に追い立てられるくやしさが一行に残る。

https://twitter.com/#!/Kazumi_x/status/150856830778740737
東電勝俣氏を2000人で警護する警察官に疑問を覚えたが、
現体制では当たり前なことで、その体制自体が狂ってるということの証。
「現体制」とか「革命」とか、こういうキーワードを聞くと、
「おいおい、考えすぎ〜」ってなるその思考すら教育の成果。
まったくムカつくプログラムを仕込みやがった


https://twitter.com/lovepeacemama/status/150831466685800448
すごいな。本当に警察が24時間警備してるんだな、電話ボックスみたいな小屋もあった、警備の警察はあそこで雨風を防いでいるんだ〜税金をもらいながら!! ( #IWJ_TOKYO1 live at http://ustre.am/zAsg)

https://twitter.com/fujifuji_filter/status/150832015653093376
勝俣私邸にポリボックスということは、税金が私的に使われているということだよね。許されないよ!ガードマン雇いなさい! ( #IWJ_TOKYO1 live at http://ustre.am/zAsg)

https://twitter.com/lovepeacemama/status/150831712107102208
勝俣!財産たくさんあるんだから自分の警備くらい自分のお金でやれよ!!(怒 ( #IWJ_TOKYO1 live at http://ustre.am/zAsg)

https://twitter.com/ompfarm/status/150831675641827329
勝俣邸前のポリスボックスって、常設? ( #IWJ_TOKYO1 live at http://ustre.am/zAsg)

東電勝俣会長邸訪問ツアー - Google 検索
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E6%9D%B1%E9%9B%BB%E5%8B%9D%E4%BF%A3%E4%BC%9A%E9%95%B7%E9%82%B8%E8%A8%AA%E5%95%8F%E3%83%84%E3%82%A2%E3%83%BC&lr=lang_ja
お 謎の呪文なしでしたw

12/25 13:30〜 リアリティツアー2011 〜東京電力会長・勝俣さんにお手紙を届けよう 警官2000人出動! - Togetter
http://togetter.com/li/232357



【要塞勝俣屋敷】テルアビブの米国大使館よりも堅牢―炭小屋に身を潜める電力業界の最高権力者 : 田中龍作ジャーナル 2011年12月25日
http://tanakaryusaku.jp/2011/12/0003387

万が一に会見できた時は 渡邊泰子さんの事を聞いてください、
お墓参りには行きましたか? ってね。



 日本国民を放射能の恐怖に陥れ、福島県民の生活を破壊しながら、誰一人として責任を問われない東京電力。その頂点に君臨する勝俣恒久会長の屋敷(新宿区左門町)は、テルアビブの米国大使館よりも堅牢だった。正面は分厚いコンクリートの壁だらけで窓はない。要塞さながらである。ポリスボックスまで設けられており、警察官とガードマン(ALSOK)が守りを固める。

 JRや民間の工場などが大きな事故を起こしたら、警察の捜査が入るのが普通である。責任者に安全管理義務違反があれば、「業務上過失傷害」などで検挙される。ところがチェルノブイリ原発事故と同じ世界最大級の事故を引き起こしていながら、東電の刑事責任を問う動きは全く見られない。

 ならば、市民が怒りの声を挙げようと直接の行動に出た。勝俣邸を訪ね「東電の解散」を迫ろうというのである。題して「勝俣さんちにお手紙を届けよう」 (主催:リアリティーツアービューロ)。




 吉良邸討ち入り(12月14日)からは11日遅いが、市民たちが怒涛のごとく押し掛けた。炭小屋に身を潜める電力業界最高権力者の顔が浮かぶほどの迫力だった。

勝俣邸入り口の路地を固める警察隊。玄関前まで警察官で埋め尽くされた。(筆者撮影)
http://tanakaryusaku.jp/wp-content/uploads/73535ce5eb4b692b25d9d6398227d6f4.jpg

 新宿アルタ前を出発したツアーの一行約100人が勝俣邸につながる路地に差し掛かると、警察隊が路地入口を封鎖した。デモ隊ではない。公道を整然と歩こうとする市民を警察が規制する理屈は何だろうか。「道は皆の物じゃないか、通せ」と怒号があがると、警察は制服警察官を増員し守りを厚くした。

 「放射能をばら撒いた犯罪者をどうして警察は守るんだ?国民の税金を使って犯罪者を守るな」。警察に対する抗議の声もあがった。

 「通せ」「(無言で)通さない」の押し問答が続き、警察は5人ずつ路地に入ることを認めた。筆者も入ることができた。30mほど歩くと勝俣邸前だ。着くやいなや私服の公安刑事が「龍作さん、もういいでしょ」。間髪を入れず制服警察官が「帰って、帰って」と実力で追い返そうとした(写真)。

 勝俣邸そばを通る外苑東通りは、制服、私服警察が十重二十重に取り巻きものものしい雰囲気に包まれた。ツアーに参加した作家の雨宮処凛さんは「(東電追及は)あきらめムードになっている。ウヤムヤにならないように可視化するためにも(勝俣邸訪問ツアーは)意義がある」と話した。

マスコミ新聞テレビ大手メディアは なぜ大きなニュースにしないの?wwwww
核テロリストの愉快な仲間達=官憲 という訳だ。



http://twitter.com/ZhilongSun/status/150824926130089984
なんだ左翼じゃんw@togura04 市民団体「原発さよなら愛媛ネットワーク」 ( #IWJ_TOKYO1 live at http://t.co/WJUPHcTa)
ウヨの鉄砲玉も参加してるよw
ttp://yamaguchiyujiro4.seesaa.net/article/242200624.html


http://www.labornetjp.org/news/2011/1324831332145mu07
園さん
『麻生邸リアリティツアーの時は麻生邸まで たどり着けなかったが、今回は 行けた。
 人数も今回は多い、だからあっち(警察側)も無理は出来なかった。
 警察は こちらに非がないのに これだけの数が出るんです。
 言われた通りに動くロボットです』
と今回のツアー の感想を述べた。

ひまわりさんは『逮捕者が出なくて良かった』と安堵した様子。

参加者にはフランス、カナダの人達、そして中学生も居た。
形にとらわれない反原発の抗議行動が、これからもどんどん起きて欲しい。
参加者はツアー企画者によると最終的には150人くらい。

新宿から四谷三丁目まであっという間。
コンビニの角を曲がると勝俣会長邸、ところが警察官の壁が出来ている。
一列に並んで道路を塞いでいる。

これは警察による公道の不法占拠では?
なんでお巡りさんが道を塞いでるの?
誰の為の何の為の公僕なの?

コンビニ横の通路にはツアー参加者で溢れました。


通せ!通さない!の押し問答の末、
何故か『三人づつなら勝俣邸への道を通す』となりました。

前代未聞。
公道を国民が自由に通行出来ないのです。

<関所>が勝俣邸前の歩道に出来ました。
三人という事で私とひまわりさん園さんで<通行>しました。
園さんは白い棺桶のような勝俣邸に向かって
『何故ここは守られてるんだ!これが他の国であれば焼き払われて終わりだ!』
と叫んでいた。


リアリティツアー2011 東京電力会長・勝俣さんにお手紙を届けよう - YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=VmPEM2PiO3o
11:50から勝俣邸が映ります。

税金使って守るのか・・・・・・・・
sangosyou

日本以外の国なら確実に暴動が起きてるわ。
kusonetouyo

クソだな
takatsu1999

なんだこの国は・・・
kaede5014

警官の人数が過剰だなぁ。というより余剰?
こんなくだらないパフォーマンスより、守るべき人をちゃんと守ってあげてほしい。
nyankolers

AKB48っていつから警官の制服に変えたんだ?ていうくらい人-数いるぞ!
#東電 かつまた将軍様の大邸宅の私兵か傭兵じゃね?
junebloke

http://blog.goo.ne.jp/chipndale97/e/332fa4ff03d9e0e73345aa3fc228f2f8
東電の勝俣・会長邸見学ツアーがありました
(四谷警察署のトナリらしい)
会長邸に通じる小道が警官のバリケードで封鎖されました

勝俣邸前には常設?のポリス・ボックスがあります。
天皇陛下のご用邸前では見たことがあります。
勝俣って民間人だよ〜  なんで私が払った税金でコヤツを24時間警護しなきゃいけないの?


東京電力のゆかいな仲間たち [licensed for non-commercial use only] / 役員一覧
住所(登記簿より転載)

会長 勝俣 恒久 東京都新宿区左門町6番地
社長 清水 正孝 東京都港区赤坂4-14-14-2009
副社長 皷 紀男 東京都板橋区志村2-16-33-122
副社長 藤本 孝 神奈川県川崎市多摩区南生田6-5-19
副社長 山崎 雅男 東京都世田谷区等々力6-11-15-503
副社長 武井 優 東京都府中市入間町1-28-45
副社長 藤原万喜夫 東京都中野区白鷺2-13-4-503
副社長 武藤 栄 東京都東村山市諏訪町3-3-2


ちなみに何故か不思議に勝俣 恒久の邸宅は
ストリートビューでマトモに正面から見れませんwww


http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA%E5%B7%A6%E9%96%80%E7%94%BA6&hl=ja&ie=UTF8&ll=35.687002,139.72178&spn=0.000004,0.002406&lr=lang_ja&hnear=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA%E5%B7%A6%E9%96%80%E7%94%BA%EF%BC%96&t=m&vpsrc=0&brcurrent=3,0x60188ced546be045:0x6d7927026a415049,0&layer=c&cbll=35.687133,139.721017&panoid=j0KNPqcp5AhVVf83OglC3A&cbp=12,249.8,,2,-11.7&z=19

http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA%E5%B7%A6%E9%96%80%E7%94%BA%EF%BC%96&hl=ja&ie=UTF8&ll=35.687047,139.720637&spn=0.0004,0.000601&brcurrent=3,0x60188ced4806ee95:0x63489cbb644260b,1&brv=25.1-fa8ed276_c3147e72_ccf32e81_040c821b_76b35545&hnear=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA%E5%B7%A6%E9%96%80%E7%94%BA%EF%BC%96&t=h&z=21&vpsrc=6

私服がウジャウジャ居そうですけど とりあえず文字列を張っときますw


https://twitter.com/#!/_kuco_/status/150860946624086016
以前デキビジで@uesugitakashi さんが語っていたこと。
「ICレコーダーの録音は裁判でも証拠にならないが、取材メモは証拠として認められる。
 記者クラブの取材メモは官房機密費で内閣官房、特に官房長官が金で買っている。」
腐敗した日本に上杉リークスの劇薬が効きますように☆




https://twitter.com/rendaico/status/148927543809028096
ネット赤旗を見る限り、
三日経過してノーコメントとは小沢公判における前田検事証言を完全にスル―したことが確定した。
秘書公判の判決で赤旗スクープが認められたとはしゃいでいたことを思えば汚い話だね。
代わりの記事が「総選挙各党走る」で総選挙を煽っている。
操作されているのか見え見えだな。




https://twitter.com/jhatajinan/status/150757410267602944
誠天調書の引用部分は単純なコピーペーストではない。手打ちな部分もある。
ずっと前だが、カタカナの全角が半角に打ち替えられていることに気づき、そう思った。
これは、大変な労力である。
あくまで 己が記憶の外部保存の為にを主目的としているので
必要に応じて改変をしちゃったりしています。

昔に こういうコピペ改変をしながら
こういう事をしながらアフィを取っちゃダメだよなぁ
でも あくまで学術研究用ならば とりあえずに文句を言われる筋合いは無いよなぁ
とか思って 今に至ります。

結局 後から資料を読み返す時に見やすくする為の資料整理のようなモノのつもりなんだけど
整理整頓が下手な俺は 其の雑然たる事は 俺が今更に言うまでも無い話なのは周知になっている事ですねw
とてもじゃないが 人様へ見せられるモノのつもりで更新をしているモノでも無いですw
やっぱり 自慰行為に等しい となりますね。

だから

https://twitter.com/higiyama/status/150853835802423296
誠天調書、面白く読ませてもらっているが、時々どこで切れるの?と思う時ある。
あとちゃんと読もうと思うと結構時間がかかる。
いい加減に読んだら一生懸命書いている人に失礼でしょ。

本当にありがとうございます、でも別に良いですよw 俺は失礼にも感じないですよ。
だって 其れなりに頑張ってるだけ なんだもん。

文章だって 文節だって 上手に構成できているとは とてもじゃないけど思えないので
なんで そんなブログへ其れなりの数の人達が来て頂けているのだろう と
未だに自分自身へ納得できない位なのですw

俺の言葉は 右の耳から入れたら そのまま左の耳から出す 程度に流して良いモノですよ。
むしろ 一生懸命に読み解こう なんて事をするのは殆ど推奨しないです。
流し読み こそを推奨します。

俺の思考の流れを読み解く に労力を費やす必要は無いんです。
其処へ時間と労力を費やすなんて もったいないです。
ならば twitterの向こうで 良い情報が沢山に眠ってますから
其処を読み解く事へ力を注いだ方が ずっと得ですよ、きっと。

でも 熟読して頂けるなんてのは 本当に本当にありがたい限りです。
けれども其れを含めて、
そもそも 読まれるコト自体が実は相当に恥ずかしい ので
俺の“恥ずかしい姿”を読み解こう なんてのは
 なんて事を!
という羞恥の感情の方が俺には強いんですよw
なので俺の自慰行為を辱める行為は 俺の与り知らない所でコッソリする事 が、
やっぱり推奨となるのかなぁw とか思ったり思わなかったり です。

ただし

何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、
自らの考えに忠実に生きることである。
だから、他の人々も、そうあって当然と思っている


なので それぞれが思った通りに自然体で読んだり書いたりすること は
至極に当然な話なだけですよね、やっぱり。


https://twitter.com/jhatajinan/status/150930451064827904
とりあえず、トップページから入ったときは記事タイトルをクリックして、
全体の分量を把握してから読み出します。
誠天調書さまは当方には足りないくらいなんですよね、中身が濃くて悪いことはない。
なるほど、そんな感じなんですね。
でも そんなに「“濃い”感じ」を俺は殆ど感じていないんですよね。
かなり自然体のままですね。
分量が多い とは昔から良く言われるものの そうなんだ と思うだけです。

一応に 羅列系の個人ニュースサイト から派生した更新手法をしているんですけど
あくまで内実は 俺の個人的な記憶の外部保存 こそを主目的にしてきたので、
他の人が読む事を 全くに前提とした更新をしていないんですよね。

そういう代物なので
 そもそもからして論評に値するモノとは成り得ない
という前提で俺は考えてしまうんです。

そんな感じの
俺の自分自身の代物への感じ方 と 他の人の感じ方 は当然に違います。
其処に千差万別が有ることは当然 だと思います。

その事を 俺が言及しても始まらないし
そういう事を他人が言及する事へ俺が とやかく言っても始まらないかな
と思ってます。



結局に、それぞれが それぞれに そんな感じで、どんな感じで受け止めても まぁ良いんじゃないかと。

という訳で、結局に俺への辱めに励んで頂こうが何であろうが
俺は俺なりに まぁ 其れなりに頑張るだけだ。



だから言ってるでしょ
アンタの為に更新してるんじゃないんだから 勘違いしないでよね!



https://twitter.com/opasou/status/147944934358519808
誠天調書さんが「そして俺が 中傷され 嘲笑され冷笑され」なんて書いてるけどそんな奴いるのかな。彼は僕の中では尊敬の対象でしかないんだけど。もしいるとしたらそれは工作員かカルトメンバーです。だけどその台詞をあの冒頭の記事と合わせてくるところなんか見事の一言だなぁ。

https://twitter.com/tokaiama/status/147640948724203520
パソコンの誤作動がひどい 突然強制終了 非常におかしい

https://twitter.com/opasou/status/147663535315496960
東海アマさんのPC。まさかのFIN系ウィルスによるアタックじゃないよなぁ。誠天調書さんが紹介してたやつね。




https://twitter.com/#!/h_hirano/status/150854958886027264

小沢一郎氏が「週刊ポスト」新年号の対談で、述べた印象的な言葉がある。
「日本には市民の力によって政治体制を変えた歴史がほとんどない。
 自ら政治を動かそうという発想が生まれてこない。
 しかし、インターネットがそれを変えるかもしれない。
 ネットで若者は政治に関心を持ちつつある」
と。

ありがとう。何よりの力添えです。
本当に ありがとうございます。

俺は 政治体制を変える なんて大それた事は思ってません。
貴方と同じで 生活が第一 と思ってるだけです。

生活を守ってくれないまま支配統治をし続ける構造なんかへ 従う気になれないから、
自分の生命身体財産ある生活を 自分で守る為に できる事をし続けるだけですよ。

其れが政治へ至るのかどうかは ぶっちゃけ分かりませんw
こっちは 思考的な武装蜂起をし続けるだけしかできませんから。


つーわけで 今日は また一歩だけ進めてみよう
http://twitter.com/HayakawaYukio/status/149977112328142848
ボクがデモ嫌いだといううわさがツイッターであるようだが、それは間違ってる。
私は4月から一揆しろ、それ以外の手はないと繰り返し言ってる。
一揆とは すなわちデモだ。
私が否定的発言をしたデモは、明治公園の「原発いらない」デモ。
いま原発いらないとかいるとか言ってる場合か。
のんきだな。

つまり 宗教系カルトに頼らないで
 一般民衆が具体的な武装蜂起を考える
ってことは いけない事なのかなぁ?


こう言っては大変に失礼なのは承知しているんですが
早川教授の失敗は 一揆とは何か? を掘り下げきれなかった事に有る、と思っている


一揆 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E6%8F%86
日本において
何らかの理由により心を共にした共同体が心と行動を一つにして目的を達成しようとすること、



『孟子』に由来する言葉で、
江戸時代になると、幕府に公認された既存の秩序以外の形で、
こうした一揆の盟約による政治的共同体を結成すること自体が禁じられるようになるため、
近現代の日本では一揆自体があたかも反乱、暴動を意味する語である
かのように誤解されるようになった。

確かに一揆が反乱的、暴動的武力行使に踏み切ることもあるが、
こうした武力行使が一揆なのではなく、
これを行使する「盟約に基づく政治的共同体」そのものが一揆なのである。


こういった誤解のため、
日本の一揆が英訳されて日本国外に紹介されるに際しても、
riot, revolt といった
暴動や反乱を意味する語として訳されるのが一般化してしまった。

近世の「百姓一揆」も peasant uprising と英訳されて紹介されているが、
現実には peasant の意味する零細な小作人だけによるものではなく、
むしろ村落の指導的な立場に立つ裕福な本百姓らによって指導されており、
彼らは むしろ英語で農場経営者を指す語である farmer と訳すのが相応である事を考慮すると、
これも歴史的事実に即した英訳とは言えない。

同様に、例えばミュンヘン一揆のように
世界史における庶民や民衆運動による反乱、暴動も日本語訳されるときに
一揆の語を当てることが慣用化している面があるが、
これも中世の日本の一揆とは似て非なるものと言わざるを得ない。


室町時代・戦国時代を中心とした中世後期の日本社会は、
下は庶民から上は大名クラスの領主達に至るまで、
ほとんど全ての階層が、自ら同等な階層の者と考える者同士で一揆契約を結ぶことにより、
自らの権利行使の基礎を確保しており、
正に一揆こそが社会秩序であったと言っても過言ではない。

戦国大名の領国組織も、
正に一揆の盟約の積み重ねによって経営されていたのである。


例えば戦国大名毛利氏の領国組織は、
唐傘連判状による安芸国人の一揆以外の何者でもなかった。
そのため、一揆が原因になることもあるが、
政権の転覆を図る反乱、暴動、クーデターなどとは
本来はハッキリと区別されるべき語である。


このように、
現実に一揆の盟約によって秩序が達成されていた中世後期から、
江戸時代の 表向きは一揆が禁止されていた中で
実際には百姓身分の権利行使運動として恒例化していたいわゆる百姓一揆の時期
を経ることで、
現代では一揆の本来の意味は忘れられ、理解され難くなってしまっている。

そのため、
戦国大名毛利氏を成立させた毛利元就の生涯を描いたNHK大河ドラマ『毛利元就』において、
元就が安芸国人の国人一揆を結ぶ場面で一揆の語の使用が避けられて、
「国人領主連合」なる一種の現代語訳が用いられた例もある。


また、中世後期の一揆の盟約による政治的共同体が
武装していたことから武装勢力の蜂起の意味合いを強く想起する向きもあるが、
この時代、自検断権に基づいて、
ほとんど全ての階層の共同体が軍事警察力と司法権の行使を認められ、
その達成のための保障となる武装は当然であったことを忘れてはならない。

特に日本が明治期以降の近代に入り、
江戸時代が最も近い前近代の「歴史」となってからは、
一揆は「百姓一揆」を指すような印象があるが、
前述のように表向きは一揆の盟約が禁止されていながらも、
百姓身分の権利行使の慣例として現実的には認めざるを得なかった。

この現実と建前の著しく乖離した構図を持っていた 江戸時代の一揆 をもって、
日本の歴史的一揆の典型とみなすべきではないであろう。

この表向きの一揆の盟約の禁止下で行われた百姓一揆は、
その建前上の性格ゆえに土寇(どこう)とも漢語表記された。

日本では、
史学界で階級闘争史観が支配的だった時代の
「一揆は 強者たる存在からの抑圧に対する、弱者たる民衆の決死の反抗であり、
 平等意識のもとで強固な団結力を持っていた」
とみなす一揆観が、未だに一般市民レベルでは普及しているが、
上記のような事情に鑑みると、
その一揆観は一揆のごく一部の相を見て創られたものに過ぎない。
わはww 宗教左翼カルトの思想ですなぁww


実際の一揆は、大名層からの抑圧に関係なく結ばれることも多く、
また、一揆内での主導権を巡る派閥抗争も絶えなかった。

こうした一揆内の派閥抗争を一揆内一揆と呼ぶことがあり、
越前一向一揆におけるものが有名である。
(下間頼照を参照
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%96%93%E9%A0%BC%E7%85%A7 )




一揆の盟約を結ぶに際しては、
神前で宣言内容や罰則などを記す起請文を書いて誓約を行い、
紙を焼いた灰を飲む一味神水と呼ばれる儀式が行われた。


血判状 の事を指す、と考えれば分かりやすい話かと。

室町時代から江戸初期までの社会用語としては、
神社勢力が強訴などの要求を行うための武力である僧衆(江戸時代に僧兵と呼ばれる)も含め、
中央もしくは地方政権から非公認の武装勢力そのもの、
もしくは
それらが何らかの主張のもと既成の支配体制に対して武力行使を含む抵抗運動を展開している状態を指し、
室町時代の其れを国一揆(くにいっき)と言う。



通説的には惣領制が崩壊し、
庶子家が独自の動きを取り始めると
一族一揆を結ぶことで庶子家との繋がりを維持したが、
やがて地縁による国人一揆へと発展したと言われるが、
必ずしも そのように単純に移行した訳ではない。

一般的には
血統的正統性や圧倒的な武力を持つリーダーが存在せず、
「連判状」はんせいに代表される一揆契状に見られるように、
局地的には全参加者が平等で民主的な合議制の場合が多く、
それ故に迅速で統一的リーダーシップが存在せず、
大部分は一時強勢を誇っても内部分裂等で弱体化し、
個別に撃破されるケースが ほとんどであった。

しかし、中には守護など上位者が、
地域の中小武士に斡旋して一揆を組織させ、
実質上の家臣団として編成する例も見られる。


なぜ 早川教授の言う「一揆」が成立しきれないか その一端が此処に有る以上
其の説明をしていかないとね。

勝俣邸宅ツアー が一揆になりきれなかった理由は何故か? を読み解く線の一つが此処に有るかと。


南北朝時代から室町時代には、
関東地方で武蔵七党など中小武士団による白旗一揆、平一揆などの国人一揆が盛んに結ばれる。

やがて同属集団である国人一揆から地域集団である国一揆へと主体が移り変わる。
国一揆は山城の国一揆、伊賀惣国一揆、甲賀郡中惣など畿内に集中する。

加賀国(石川県)では、
室町時代に応仁の乱で東軍に属した守護の富樫氏を追放し、
戦国時代まで100年近くに亘って一揆勢が共和国的な体制を維持していた
最大にして唯一の成功例とも言える。

この場合も周辺諸国の事情が それを許しただけであり、
現に事情が変われば瞬く間に内部分裂が起こり、
織田信長と対立して敗北した。
何故に一揆が成立しないか?って。
だから そういう事でもあるんだよね。


豊臣政権時代より領内の騒擾を理由とした大名改易のケースが現れたため、
「領内が治まっていない」ことを公然と示すことができれば、
領主側に匹敵する武力を集めずとも、責任問題を恐れる領主や代官への重大な圧力となった。

百姓一揆の闘争形態の分類として、代表越訴、惣百姓一揆、村方騒動、国訴などが挙げられる。
コレを見る限り まだ「一揆」としての本質は失われてなかったんだけど

江戸時代には幕府が一揆を禁止し、
1637年(寛永14年)の島原の乱以降は一揆は沈静化し、
強訴や逃散など百姓一揆と呼ばれる闘争の形態が主流となる。


歴史的には 此処が転換点だね。

簡単に言っちゃえば
 江戸幕府の善政が ずば抜けて凄かった
という事に尽きるかとw

その功の面は その後に思わぬ問題点を作り出しちゃったんだねw
“「一揆」の技術”が一般民衆から失われてしまったんだね。

其の必要性が無くなってしまう程の 驚異的な善政と平和が成立してしまった事 によってね。 


江戸時代後期の天明・天保年間には再び広域の一揆が多発したが、
この頃には
無宿など「悪党」と呼ばれる集団に主導され、武器を携行し打ち壊しのみならず、
強盗や放火など百姓一揆の作法から逸脱行為を行う形態の一揆も見られてしまった。

幕末には世直し一揆、
明治には新政府の政策に反対する徴兵令反対一揆や解放令反対一揆、地租改正反対一揆が起こる。
あ コレ↓だなw 合わせて読むと
誠天調書 2011年10月24日: 日本の貴族政の律令制 を学んでいこうとすると、いつの時代の話をしているのか分からなくなるw
 ↓
http://www.alphapolis.co.jp/mailmaga/maga_each.php?maga_id=1000060&maga_no=14007&back=1&back_time=1202444100

以下はコピペ改変させて頂きます
http://ameblo.jp/bishamonten337/archive1-201104.html
江戸幕府は霞ヶ関へと変貌を遂げさせられてきたのである。

徳川家は
権力者の座を死守しようとする皇室を隠れ蓑にした藤原5摂家と融合させられたのである。

先進国の中で日本ほど国の最高権力者の姿が曖昧な国家は無い。

国民の意思を反映しない国会。
全く指導力のない内閣。
国民には理解できない天下り(天上がり)。
特殊法人や宗教法人は国家権力の象徴である。

そして
表舞台から消えた徳川家は だから批判されることが無くなった。


まして皇室批判は非国民である。

実に巧妙でなカラクリである。

明治維新って何?w っていう事を考えちゃうだろうから
其の時は きっとスゴク嫌な笑い顔になってるでしょう、御注意をw



明治政権官僚機構の下で生きてきた俺達が受けてきた教育とは
そういう虚実が激しく入り混じる中のモノでしかない。
洗脳とは そういうモノだからね。
だから俺の言う事だって信じてはいけないと思うし それぞれが学んでいくしかないのだ。

私達の本来の姿は、自然との共生社会である。

一部の権力者達が望んでいる破壊と殺戮の奴隷化社会では無い。


彼らの創り上げてきた この現代社会は虚像である。
彼らの造り上げてきた この現代ニホン社会は虚像である。
近代民主政の外観をしているが その内実は欠片も近代民主政では無い。

彼らの造り上げてきた この現代ニホン社会は虚像である。

いわゆる宗教右翼やネトウヨ等の皇道派が唱えるような王政は、
つまり善政で有れば王政でも構わない
という論法への盲目的賛美ではあるからこそ 近代民主制も安直に否定できるのだが、
裏を返せば 叫びだすキチガイどもが理解できているのかどうかは別にしているから
その実態に王政復古は欠片も無いんじゃね?w って俺は思っちゃうんだよね。


彼らの造り上げてきた この現代ニホン社会は
奈良時代・平安時代から脈々と受け継がれる貴族政による支配統治の美味しさを忘れられない連中による
律令政治を隠蔽する為の虚像を引き剥がす事が 最終的には必要だという事なんだろうね。


では 律令政治 って何?

http://note.masm.jp/%CE%A7%CE%E1%C0%AF%BC%A3/
7世紀の初頭になると、推古天皇の下で蘇我馬子と聖徳太子が中心となって、集権化をめざして冠位十二階、憲法十七条の制定、遣隋使の派遣などの諸政策を試みたが、中央集権化は十分には達成されなかった。

聖徳太子の死後、蘇我氏が強大化した為、645年に反蘇我勢力によって大化の改新が断行された。

改新の詔で、公地公民、班田収授法が制定されるが、その実現は白村江の戦いの敗北後即位した天智天皇の下でつくられた最初の全国的戸籍の庚午年籍の作成を待たねばならなかった。

律令制の整備は、天智天皇の死後おきた皇位継承争いの壬申の乱に勝利した天武天皇によって推進され、次の天皇の持統天皇の時に日本初の都城の藤原京が造営された。

710年、元明天皇の時に平城京に遷都して以後は奈良時代と呼ばれる。
この時代は、光明子の立后に代表される藤原氏の台頭に対して橘氏との抗争が激化するなど、天部朝以来の皇親政治(皇族中心の政治)から貴族政治への転換がおこなわれた政争の時代。政争の渦中、律令体制は、衰退。律令体制の再建は、人心の一新をはかって、794年に平安京に遷都した桓武天皇、嵯峨天皇によっておこなわれたが、藤原北家の他氏排斥による摂関政治の確立期を経て、律令政治は平安時代半ばの10世紀初頭の延喜の治・天暦の治で最後を迎えた。

http://www.weblio.jp/content/%E5%BE%8B%E4%BB%A4%E6%94%BF%E6%B2%BB
律令制(りつりょうせい)は、
主に古代東アジアで見られた中央集権的な統治制度であるといわれることもあるが、
唐制に倣った体系的法典を編纂・施行したことが実証されるのは日本だけである。

日本では律令制または律令体制や律令国家と呼ばれるが、中国にはこのような呼称は存在しない。

http://www.weblio.jp/wkpja/content/%E5%BE%8B%E4%BB%A4%E5%88%B6_%E5%BE%8B%E4%BB%A4%E5%88%B6%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81
律令制とは、
古代中国から理想とされてきた王土王民(王土王臣とも)、
すなわち「土地と人民は王の支配に服属する」という理念を具現化しようとする体制であった。

また、王土王民の理念は、
「王だけが君臨し、王の前では誰もが平等である」とする一君万民思想と表裏一体の関係をなしていた。
いわゆる 王の徳を持って支配統治をする政治体制 という意味だよね。

ところが んな事は夢物語でしか無い事は馬鹿でもチョンでも分かる訳でw
なので その理想論が口実に利用されているだけにすぎなくなるのは
馬と鹿の区別が付かないような者達以外には 馬鹿馬鹿しい位に分かる話になる訳でw

律令制では、王土王民および一君万民の理念のもと、
人民(百姓)に対し一律平等に耕作地を支給し、
その代償として、租税・労役・兵役が同じく一律平等に課せられていた。

さらに、こうした統一的な支配を遺漏なく実施するために、
高度に体系的な法令、
すなわち律令と格式が編纂され、
律令格式に基づいた非常に精緻な官僚機構が構築されていた。

この官僚機構は、王土王民理念による人民統治を実現するための必要な権力装置であった。

現実には 徳治な王政は存在できるはずもなく
人民統治を実現するための必要な権力装置を握る貴族政が支配統治の実権を握るだけの話となる。

こんなことは、こうしてイチイチに説明しなくても誰もが分かる話なんだけど
あえて逐一に説明する事もまた大事かと思ってね。
基本制度

概して次の4つの制度が統治の根幹となっていた。

・一律的に耕作地を班給する土地制度
中国では均田制、日本では班田収授制(班田制)として施行された。
中国では、土地の班給よりも租税の確保が重視されていたが、
日本では土地の班給が重視されていた。
爆笑wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
そういや そうだwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
考えてみれば無茶苦茶だよねwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

コレを読んで即座に 郵政疑獄における“かんぽの宿” を思い出したのは俺の妄想ですね?w

王土王民思想を最も反映していたのが この土地制度である。
王が自らの支配する土地を、
自らが支配する人民(百姓)へ直接(中間支配者である豪族を介さずに)班給する というものであり、
儒教的な理想を多分に含んでいた。
何その説明wwwwwwwwwww
日本の班田収授制(班田制)って
班給 日本の班田収授制 班田制 荘園 - Google 検索
奈良時代のポルポトの如き理想論が当然に崩壊したのに
班給の実務を(当然に徴税の実務も)貴族政官僚主義が握り続けたままなもんだから
結局に三世一身の法 墾田永世私財法 - Google 検索の荘園制度へと至った訳で
王土王民思想なんか欠片も無いじゃんwwwwwwwwwwwww
どの口が そんな説明で読む人を納得させようとしているんだろうなwwwwwwwwwwww

つーか なに この既視感はwwwwwwwwwwww
竹中のコイズミカイカク の その詭弁詐術のまんまを読むようだwwwwwwwwwwwwwwwwwww
コイズミの郵政民営化 と 三世一身の法と墾田永世私財法 って何処に違いが有るのだろう?wwwwww

こんな口実が罷り通っていたんだねwwwww
そら平安後期に武士階級が 止むにやまれずに蜂起して台頭せざるを得なくなる
となる訳だわなwwwwww
当り前だwwwwwwwwwwwwww

・個人を課税対象とする体系的な租税制度
中国や日本では租庸調制として施行された。人民は耕作地班給の代償として納税義務を負った。
土地の班給が人民一人一人に対して行われたので、課税も個人に対してなされた。
これは、律令国家による人民支配が非常に徹底していたことを物語っている。
また、課税は恣意性の介入を排除して、誰に対しても同じように一律に行われた。
おいおいおいおいwwwwwwwwwww
上記のような日本の班田収授制(班田制)の中身を考えれば
既に恣意性が猛然と介在している以上
とてもじゃないが その下で働く個人への課税の厳格化 なんてのは正気の沙汰ではないわなwww

日本の班田収授制(班田制)を守る私兵を祖とする武士階級が
こんな現場を見て武装蜂起するのは あまりに当り前の話になるわなwwwwwwwwwww

・一律的に兵役が課せられる軍事制度
中国では府兵制、日本では軍団制として施行された。
耕作地班給の代償として兵役の義務を負ったのである。
ただし、唐代の江南地方では兵役がほぼ免除されていたり、
日本では東国(関東)ばかりが防人の兵役義務を負っていたなど、
必ずしも一律的に兵役が課されていないという実態があった。
何故か定期的に繰り返される 「徴兵制と軍役」へのマスコミ新聞テレビ大手メディアからの叫び声、
って 一体なんなのだろうね?wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

・人民を把握するための地方行政制度
中国では郷里制、日本では国郡里制を採用した。
支配を貫徹するために、末端の近くまで官僚が体系的に配置されていた。
この制度の下で、班給・課税・徴兵の台帳となる戸籍・計帳の作成が可能となった。
逆に言えば、戸籍・計帳の作成によって、上記の三制度の実施が可能となったのである。
その発想の先に有るのが人民統制だよねwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
以上の4制度を漏れなく実施するために、
律令国家は、非常に精緻な律令法典と、それに基づいた高度に体系化された官僚制を必要とした。
いやいやいやいや 面白いなぁwwwwwwwwwwwwwww
何時の時代の話を読み込んでいるのか 全く分からなくなっていたよwwwwwwwwwwwwwww

官僚主義とは 貴族政による律令政治の一側面である。
司法が法治を捨てる とは 貴族政による律令政治の一側面である。
他に挙げればキリが無いだろう。

頭の中では分かっているつもりな話でも
こうして言葉にして羅列していくと
今の時代に起きている事が 更に明瞭に輪郭がハッキリと見えてくるんだね


 ↓
うpを止めていた記事を 途中のままだけど上げます

誠天調書 2011年12月10日: 「政治改革」を口実とした単なる権力簒奪劇でしかない【大化の改新】だとしたら? しかも血統の純潔性すら極めて危ういモノだとしたら?w
http://mkt5126.seesaa.net/article/239671083.html


 ↓

天武天皇の年齢研究
http://www7a.biglobe.ne.jp/~kamiya1/index.htm

そこいらの 歴史系の謎解きの話なんかを 吹き飛ばす威力は申し分なくある逸品の記事。
完成された話では無く まだまだ途中で有るし論の甘さも残るけど
其処に内包されてるモノは 間違いなく歴史的な逸品 だと俺は思う。






http://twitter.com/HayakawaYukio/status/149987257896550401
だそうだ。知恵袋からのご教示です。
RT @pochipress: デモは公安委員会に届けて行う平和行事。一揆は無届けの叛乱。
東電の勝俣の邸宅前までの話は一揆に近かったが 最終的にはデモでしか無かった という訳だ。


一揆を 具体的に進行させるには 何が必要なのか?

【カルト宗教を排除した形式での “一般民衆の「一揆」の技術”の伝統】は 250年に途絶している以上
21世紀の社会共同体の現状に合わせて再興させなければならない。
同じままでは多分 上手くいかない可能性が高いような気がする。
真似られる所は真似して 上手に改変できる所は改変すべきだと思う。




具体的に【“カルト宗教”に頼らない形式 での「一揆を進行させる技術」】には何が必要だろう?
俺だけでは無く 様々な人が考えるべき話だと思うな。


そこが進まない限り 早川教授が一揆一揆と言っても、話は 一歩も1_も前に進まないと思う。









戦闘教師「ケン」 激闘永田町編: またきゃ!都合が悪くなるとルール改悪?
http://kenuchka.paslog.jp/article/2318507.html
女性天皇を前提としない女性宮家は何の役にも立たないのだから、ムダ以外の何物でもない。

さらに女性宮家をつくったところで、結婚相手はどうするのか?
仮に一般人と結婚した場合、子どもが生まれて、その子には皇位継承資格を認めるのか?
認めない場合は、男子はいかなる地位になるのか?
課題多すぎ。

「伝統」通りに「男系」に絞って、途絶えたら「絶家」ってことで、共和制に移行すればいいんじゃない?










http://kodomonomirai.jpn.org/wp/?p=993






posted by 誠 at 06:27| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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