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2013年02月02日

せめて少しでも人間らしく

http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_28.html
「挙国一致体制と国民生活」 戸坂潤 が今とかぶりまくりの件:樋口新一【職業:Truthseeker】
http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_28.html
昭和12年(1937年)に書かれた「挙国一致体制と国民生活」 戸坂潤。


歴史は繰り返しますし、彼が書いていることは
そのまま、「せんかくがー」「ちゅうごくがー」「あべのみくすがー」「ぞうぜいがー」の話と同じだな
ということが分かるかと。
そして「国防」や「増税」という言葉の使われ方は 今と同じく 胡散臭すぎますね。

歴史は繰り返すわけです。
と言いますか、支配者層はある意味では
 馬鹿な家畜には、何度でも同じ手法が通じる、
と考えているわけです。

そして、これが書かれた昭和12年以後、
極東の一諸島のコッカのコクミンは 全く同じ悲劇の舞台で踊らされている わけです。
多くの人々が命を失う舞台に立たされていきます。


http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_2.html
参院選までは「実体の伴わない景気回復」の報道がマスコミで大本営発表され続けるでしょう。
その後は、いよいよ、亡国の年表の始まりです。

ずっと このクニでは
 多様な選択肢があって そこから自分が選んだ
かのような幻想を持たされてきましたが、
実は どれを選択しても同じ答えに行き着くし、
同じ言葉や考え方を何度も何度も繰り返されて
しまいには それが、自分の考えだと信じ込まされ、受け売りしか言えなくなり、
断片的な短い情報しか与えられず、判断力を狂わされ、
過酷かつ長時間労働で思考を奪われる
ということが、続けられてきたわけですね。

国家単位でマインドコントロールされているということで。
これって、俗に言われ続けてきた北朝鮮を笑えないですよね。
このクニの実態は「資本主義のショーウインド」の役目も兼ねた「事実上の北朝鮮」だったわけです。

しかし、もう、ショーウインドの必要もなくなりましたから、
あとは、核廃棄物処理場にするだけ。
それとも強制収容所の本性が曝け出されるだけか。


http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_4.html
自民党などによる「偏向」批判の嵐の中、
55年秋から翌年の初夏にかけて検定が進められていたのは、
主として 高校1年生用の国語、社会、数学、英語など。

当時、文部省を担当していた長井は、出版社、執筆者の間を走り回った。
「予想通り、検定のチェックは『現代社会』に集中していましたが、ひどいもんでしたねえ。
 300ページ足らずの本一冊につき、条件指示が700とか800とか、もうメッタメタ。
 (注:条件指示→編集者・執筆者を呼び、書き直したり、削除すべき箇所を教科書調査官が申し渡すこと)
 公害企業の名を削れとかねえ、
 われわれの常識では考えられない修正が行われたんですよ。」
史上、最もきつい検定が加えられたという高校1年生用の「現代社会」。

57年の新学期から使われはじめた この教科書は、
編集者や執筆者の間で「傷だらけの教科書」と呼ばれている。

では、その前年の夏にかけて行われた検定の実態は どんなものであったのか。
長井によれば、こんな具合だった。

たとえば、公害。
それは、どの出版社の編集者、執筆者にとっても、耳を疑う「宣告」であった。

教科書調査官は こう言ったのだ。
「公害企業名は全面削除。これは各社に横並びで お願いしています」
【横並び】というのも、はじめての言葉であった。
堅いお役所言葉に言い直せば、「各社共通指示事項」つまり、
そのとき検定を受けていた16社21点の「現代社会」すべてに、公害企業名の削除を求めている、
それほど強い指示なのだ。

だが、公害企業名の明記は、つい前年の中学「公民」の教科書では、すんなりとOKになっていた。
「いったい、なぜ」と食い下がる執筆者らに、
調査官は
「検定基準に『特定の企業の宣伝や非難になるおそれのないこと』
 とあります。理由は、それがすべてです」
と頑なに言い張るばかりであった。

【横並び】指示は、他にもあった。
「日本国民としての自覚(愛国心の意)に触れよ」
「権利の列挙だけでなく、義務や公共の福祉も」
「自衛隊は法律で成立したとすること」
「防衛費の推移は対予算費なども加えて」
など、ざっと10項目である。

「愛国心、自衛隊の合法性・・・・、
 公害企業名の削除以外はすべて、自民党などが例の「偏向」キャンペーンで言っていたことなんです。

 いや、その内容について是非を問うのは、これはもう大変難しい問題だし、
 ある意味では、政治家がなにを言おうとかまわないですが、
 何故か文部省が これに完全に同調してしまっていた。

 検定の中立、公正はどこへいってしまったのか。
 与党がなにかを言いはじめた途端に官僚機構が同調を始める。

 その言いなりになっていたら、教育というものは、いったいどういうことになるのか。
 と はじめは出版社側も抵抗したんですがね、
 文部省の それまでにない強い姿勢に、泣く泣くのんでしまった。

 こうなるともう、まったくの検閲ですよね。
 公害企業名削除は、悪乗りとしか言いようがない。
 当時の鯨岡環境庁長官なんかも、行きすぎだと言ったくらいですから。」

公害企業名については、文部省内部でも異論が出た。
すでに検定作業を終えていたが、念のためにと、
同じ時期に検定した他教科の教科書を点検すると、
高校「保健体育」「政治・経済」などに、
「チッソ」「昭和電工」「三井金属鉱業」といった
公害源の企業名がはっきりと書かれていた。

「現代社会」担当の調査官が「偏向」批判の大合唱に、
つい浮かれすぎてしまったというところか。

ともかく文部省は、これも史上はじめて、
自らの検定結果を修正、公害企業名復活を各出版社に伝えたのだった。


ところで、
この高校「現代社会」、それまでの「日本史」「世界史」「政治・経済」「倫理・社会」とは別に、
「社会と人間に関する問題についての理解を深め、判断力を養う」ために新設された1年生の必修科目。
いってみれば、政治、経済、倫理、社会問題をわかりやすくミックスしたものだが、
その教科書については、はじめから奇妙な足かせが はめられていた。

文部省は出版社各社に こう注文をつけたのだ。
「歴史に深入りするのは避けていただきたい」
高校の新設科目「現代社会」の教科書発行に名乗りをあげた16出版社に、
文部省から「歴史に深入りするな」という指示が流されたのは53年の夏。

すでに各社とも原稿作りにかかっていた。
そして、どの社も
「現代の社会は、歴史的背景抜きにしては語れない」
というのを編集方針のひとつに据えていたから、この文部省の指示には驚いた。

もっとも、この段階ではそれ以上の具体的な話はなく、
各社ともセーブはしながらも、歴史的背景の説明は欠かせないものとして記述を進めた。
ところが二年後、いざ検定となると・・・・・・・
長井が会ったある社の編集幹部の溜息は深かった。
「ひどいもんです。ズタズタに切り刻まれてしまいました」

近代工業は「産業革命」を抜きに語れるはずはないのだが、教科書調査官は
「削除。それは世界史でやればよい」
とくる。
社会保障制度は、19世紀ドイツの宰相、ビスマルクによる「社会保険立法」に始まるが、
この記述にもクレームがつく。

あげくに「××の発達」という見出しが
「発達という言葉自体、歴史的である」という理由で、書き換えを求められる。

執筆者、編集者は、ついに調査官に詰めよった。
「いったい、どこまで歴史を削れば気がすむんですか」
返った答えは、
「歴史的記述の許容範囲は、政治は終戦以降、経済は昭和30年代の高度成長から。
 それ以前のことは、原則として認めません」
其れを聞いて
「編集者の話を聞いていて、ぼくは腹が立つというより、まず呆気にとられた。
 だってそうでしょ。
 社会と人間に関する問題について理解を深め、判断力を養う、
 というのが「現代社会」のねらいなんですよ。
 そのためには、とくに日本の場合は、
 戦前、戦中と現代との比較が必要なことくらいは、誰が考えたってわかる。
 ところが、歴史的なことは日本史などでやるからいい という。
 でも、「現代社会」は一年生の必修科目なんですよ、
 それに、二、三年生になっても歴史を選択しない子だっている。
 にもかかわらず、なぜ、それほどまでに歴史を削れというのか。

 取材を進め、いろんな人の話を聞いていくうちに、
 どうやら その理由がわかってきました。

 それは「侵略」を「進出」その他に書き換えさせる考えと軸を一つにするんですが、
  戦前、戦中、戦後を通じ、日本について
  いささかでも悪くかかれることに、文部省は非常に神経質である、
 ということなんですね。

 しかも、古代から記述がはじまる歴史教科書に比べ、
 なにせ「現代社会」ですから、
 どうしても終戦をはさんでの対比が多くなる。

 戦前、戦中の日本社会がどんなものであったかが よくわかる。
 現在の何かについて戦前と同じ体質だという指摘が あるかもしれない。
 そこで、歴史的記述を極力、削れということに・・・・
 ぼくはこれ、けっしてうがった見方ではないと思いますね。

 とにかく、日本の過去、現在を問わず、
 きれいごとですまそうとする例は、他にもいっぱい あるんですよ」

佐藤は、東京に来る前に目を通した高校「日本史」の太平洋戦争の記述を思い浮かべながらうなずいた。
長井は続けた。
「でもねえ、あの戦争なんかをきれいごとですませていたら、将来どういうことになるか・・・・
 ところが文部省は、原爆の図を残酷だからと「現代社会」からはずさせちゃった。
 あれは許せないと思ったなあ」

長井は、広島県三原市の出身。
叔母二人、いとこ一人が、広島の原爆の犠牲になっていた。

(中略)

「編集者に(原爆の図の)削除を命じた理由が、なんとも腹立たしいんですよねえ。
 教科書調査官は、扱いが大きすぎる、色も鮮明で生徒に与える印象が強すぎる、と言ったんだそうです。
 これほどまでに悲惨さを意識させる必要はない、ともねえ」
大きさを比べてみると、パスした教科書の口絵は縦6・2cm、横10cm。
ダメを出された方は 縦10cm、横9・7cm。
出版社側がのぞかせた わずかなすきに、文部省がつけ入ったという格好であった。
「あの原爆までも、きれいごとにしておきたいのか、と、ぼくはもう・・・」
長井の話を聞いた日の夜、佐藤は連載「教科書」のデスクを務めた浅野秀満と飲んだ。

(中略)

(浅野氏は)話が「原爆の図」削除のことになると声を荒げた。
「あれには腹が立ったねえ。文部省の役人を怒鳴りつけてやりたくなったよ。
 悲惨なものは、あくまでも悲惨なんだ。
 それは事実、日本であったことなんだよ。

 それを悲惨さを強調するのは、どうのこうのとくる。
 あいつらまた、子どもたちを騙そうとしてるんだよ」
終戦のとき、国民学校4年生。
前章で紹介した千々岩和美同様、黒塗りの教科書にやり切れぬ思いを抱いていた。
「戦争が終わるまでは、ひたすら鬼畜米英。
 ぼくら、アメリカ人やイギリス人は本当に鬼のような顔をしてると思っていた。
 それがあの日を境にコロリと変わり、
 鬼畜米英を叫んでいた同じ先生が、
  聖戦は、実は悪いことだった、
  だから教科書に墨を塗りましょう
 だろう。
 ぼくは子供心にも、心底から、ダマサレタッと思った」

鬼畜米英から一転、ハロー・アメリカへ。
「黒塗り世代」の浅野が、原爆の絵が削除されるなど
「現代社会」の検定をめぐる一連の動きを知ったとき、
胸に苦くこみあげてきたのは、
三十数年前、子供心に味わった、悔しさと憤りの入りまじる「ダマサレタッ」という思いであった。

長々と御覧いただき、ありがとうございました。
まだ抜粋したいのですが、とりあえずはここまで。

さて。
上記抜粋文にある「現代社会」の教科書。
今もずっと、検定を受けながら高一の必修科目として子どもたちが勉強させられ、暗記させられています。

学校教育が、人間を馬鹿にするというのは事実です。
しかも、「教科書」に対する信頼は絶対的で、
「教科書」に載っていることが正しく、あとは胡散臭いものとまで洗脳されています。

ですから、私がここで、明治維新などの話をしても、
「検定でズタズタにされた教科書」
の知識を絶対だと信じている人たちには 中々に伝わらないわけです。

教科書は誰にとって都合のいいものか。
学校教育は誰にとって都合のいいものか。
よく、考えないといけないと思います。
同じく、
民主主義とはなにか についても。

しかし、自民党と官僚と愉快な仲間たち。
昔から よくやるわ。やってるわ。


戦争よりも酷いことが、進行してるのに、まだ殆んどの人が、気付いていない
http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_5.html
戦争、民主主義、教科書検定をみてきました。

これらは、全部つながっていて、
 家畜の子は家畜であり、家畜に教育され、
 支配者層の好きなように金儲けの材料にされている、
ということが、ご理解いただけたでしょうか?

なにしろ、街を歩いている人のほとんどは、「疑う」ことすらしない、
完全なる家畜と化してますから・・・
学校教科書を「真理」だと信じ込まされ、それ以外は「デマ」だと思い込み、
自分が蓄えた知識を否定されることをとても嫌がりますから。

それにしても。
学校教育と言うのは、いまさらですが
ファシズム訓練所として、立派に機能してますねー。

日本がこんな画一化された統制社会になってしまったのは明治維新以降なんだよ。

江戸時代までは、日本人はお互いの違いを尊重する文化があった。
「異なることを尊重する」考え方があった。
徳川吉宗は「江戸町民の数だけ江戸はある」と言い、
当時の江戸には、それぞれの人の違いを尊重する気風があった。

幕末に日本人は、外国の謀略にのせられて自国民同士で争った。
結果、儲かったのは外国人の武器商人だ。
しかし日本の教育は このことを殆ど教えない。

「戦争をすると、誰が儲かるのか?」
この視点こそが最も重要なのに、日本のマスコミはこの点を一切報道しない。

「戦争をすると、誰が儲かるのか?」
という視点を完全に無視した教育と報道。
当然ですよね。

それをみんなに知られると、
せっかく戦争で儲ける一部の奴らが
「愛国心」「領土問題」「民族問題」などで煽ってきた戦争への国民の意欲(笑)が、
すべて無駄になりますから。

だって、そいつらの金儲けのための戦争だとばれたら、
「え?あんたらの金儲けのために、俺が特攻隊に行くわけ?
 ありえねー。おまえらが自分で行って来いや」
とか言われるわけで。


http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_6.html
支配者側にとって、どういう状況だと支配しやすいかという話を、教育に関してお話したいと思います。

まず、一番支配しやすいのは、大衆が無知な場合。
文字を読めない、書けない人ばかりだと、楽に情報を統制できますから、やりやすいですね。

カンボジアではポル・ポト政権が、知識人のほとんどを虐殺しました。
知識人が自分たちにとって邪魔でしたから。
無知な人たちだけ集めて、独裁を確固たるものにしようとしたのです。

昔は、知識というものは、特権階級しか持つことができなかったわけで、
ヨーロッパでは、フランス革命あたりから、
 教育に関しても「開かれたもの」にしなければ
という意識が出てきます。

知識を、一部の特権階級だけのものにするな
という考えは、たとえば今、
あなたが勉強している化学や物理や数学にも引き継がれています。

世が世なら、化学の知識は特権階級だけのものです。
錬金術 という言葉を知っていると思いますが、
その知識は当時は極秘のことでした。

数学を学ぶということは、
支配者側の情報統制に騙されなくなることでもあるわけです。
彼らの出してくる数字の嘘を見破ることができるわけですから。

天文学は中国の昔の支配者にはとても大切な学問でした。
日食を予言し、神がかり的な支配者として
大衆に尊敬させるのに有効でしたから。
今なら日食、月食の知識は小学生でも持っていますね。


しかし、いつのまにか、特権階級だけのものにしない、
開かれた教育を、という考え方の中にあって、
今、あなたがたが経験している、
「社会に出れば不要な知識」ばかり詰め込まれる、
ということが起きています。
これはなぜでしょうか?

建前は、一応、「教育の機会均等」であるとされています。
特権階級の知識をみんな学ぼうということですね。
しかし、この考え方、現代では何かズレていると思いませんか?


ネル・ノディングスという教育哲学者は、その著書「教育の哲学」の中で、
「結局、知識が重要なのは
  資本として
 であって、
  知識論的な意味において重要なのではない、
 と主張されることになる。

 それゆえ現実的に重要となるのは、
 ある特定の知識を所有しているか否かではない。

 重要となるのは、知識であろうと何であろうと、
 人々が重要とみなすものを獲得することである。

 エリート主義の知識を これまで以上に公正に配分しても、
 それだけでは社会の物的財の再配分の効果を
 もたらすことはないであろうし、
 そうした努力は逆に、
 @ エリート主義の知識の最規定
 A 被抑圧集団にとって真に役立つ知識の剥奪
 B 低賃金労働に従事せざるをえない集団の不成功を
   彼ら自身の落ち度とする社会的常識の広がり
 などによって、再配分に反するものとなってしまう可能性がある」
と指摘しています。

また、脱学校論者にイリイチ氏という方がおられますが、
彼はこう言っています。

「教育思想史」(中内敏夫著)から一部抜粋
イリイチが「教育」を難ずるのは、
「西洋の伝統のそとにある、いかなる社会にも その顔を見ないもの」と彼の判断する、
この「人作り」の技が実際には人々の
「自立した生活」を約束通りにはもたらさず、
それどころか逆に
「多くの人間を彼らが かつて(共同体で)持っていた
 自立自存から引き離し」つづけているからである。

彼によれば「教育」は「僅かばかりの賃労働者と広範のシャドーワーク」に埋もれる人々をつくりだしている。

さてさて、ずいぶんとおかしな話です。
本来なら、みんなが機会均等に知識を得て、幸福になる、そのための教育だったはずです。

なぜ、それが、
「社会に出ても使わない知識ばかり」
「学校教育によって格差が生まれている」
という当初の理想の対極になってしまったのでしょうか?
支配者側というのは、ここに どのような仕組みを組み込んだのでしょうか?

仮に、
 支配者側というのは、ごく少数の人たちで、支配するための特権を世襲制で持っている、
とすれば、
どうやって大衆を支配するのかというのを考えたとき、
 見た目は、自分たちに近い場所まで来る機会を与え、
 しかし、実際には決して自分たちの特権のある場所には近づけないようにする
でしょう。

財界、経団連という仲良しグループ。
東電とのつながり、議員の世襲制、
郵便局長の世襲制、学閥、
そういうものを考えると、見えてくると思いますが、
「すでに富と権力の配分は終わっていて、大衆の入る隙間はない」
ということですね。

ですので、
 殺しても逮捕されない理由は「特権階級」であるから
であり、そういう事例は腐るほどあるわけです。

学校教育において、「支配者側の特権」に近づけず、
なおかつ「近いところまでは来させる」ための仕組みが受験であり、大学の偏差値であるわけです。
そして、国家公務員試験。

これらの競争に勝ち残れば、本当の支配者側の特権までは持てませんが、
その傀儡としての甘い汁くらいは吸わせてもらえるという仕組みですね。

たまに、これをひっくり返そうとする人が出てきます。
けれども徹底的に あっという間に潰されます。
特権を持つ人たちは すでに決められているので 増やすことは許されないわけです。

こういう仕組みに気づかれないようにしながら、
「役に立たない知識」や「暗記重視の入試」が
延々と繰り返され、結果、ノディングスやイリイチの指摘する格差社会となっているわけです。
そしてそれこそ、支配者側の求めるものです。

ですので、学校で学ばされる科目は、特に大学受験に関して、あのような科目選択になっているわけです。

本来、人間が幸福になるための知識 というものとは程遠いものを詰め込まねばならないわけです。
そして、16年間も、そういう教育に浸り続け、幸福な家畜が誕生するわけですし、
途中で放棄した人は それだけで生きにくい社会を作られてしまっているのです。

また、
 中学や高校における、服装検査や校則が いかにファシズム訓練所としての役割を果たしているか
というのは改めて指摘しなくてもよいかと。

支配者側は、おとなしい家畜を求めています。
家畜が、疑問を抱いたり、考え始めるのを嫌がります。

ですから、そういう思考回路の持てない教育内容になります。
暗記中心、教科書絶対、結果ありきの実験などなど。
形だけは「特権階級に近づける手段」としての機会均等の学校教育を設けていますし、
そこで勝てば仮の権力は持てます。

しかし、それらは、支配者側のいる場所とは違うのです。
彼らは どこまでいっても安泰。
永久に特権階級。

その下で、私たちは家畜として、家畜同士で競わされ、勝った負けたと判断しているわけです。

仮に、16年間、
「人間とはなにか」
「幸福とはなにか」
「生きるとはなにか」
などを考える教育を行ったり、
「政治とはなにか」
「経済とはなにか」
「民主主義とはなにか」
を研究する教育を行ったりすれば、ずいぶん違う社会になるのですが、
そういうことは絶対にしません。

家畜が家畜でなくなるからです。


http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_7.html
誰が何のために教科書に「検定」という名前の「検閲」をするのか、という話ですね。

鶏や豚、牛や羊を商売として飼う人たち、
家畜を利用して金儲けをしようとする人たちが
普段家畜に何をするのか、を考えればいいことです。

肉や毛皮、ミルク、そういうものを最大限に搾取できるように、良い環境を作ろうとします。
家畜がすくすくと育つ環境を整えます。
そして、搾取できるだけ搾取したら、あとはお払い箱。
家畜は、お払い箱にされて、殺される瞬間まで自分が家畜であって、搾取された挙句死ぬことを気付けません。
おそらく、死ぬ瞬間でも気付きません。

それを人間が人間に行っているだけのことです。
特に珍しい話ではありません。
人間が人間を家畜扱いすることなら過去から現在まで いくらでも例があります。

「特攻隊」を発明して若者を消費した国だから、「食べて除染」くらいなんてことないわな。

特攻隊の発想の根源には
大衆は家畜であって、支配者層のために好きなときに好きなだけ殺してよい
とする考えがある。

でなければ、
 片道分の燃料を積んで、爆弾と共に死んでこい
というのは、とても人間のできる発想ではない。

それと同じ思考回路を持つ者たちが今、何をしているのか。


http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_8.html
大学入試科目の問題が解ければ
それで賢い、知性が高いと信じ込まされているわけです。
だから、それ以上のことを学ぼうともせず、
何十年過ぎても「卒業大学」から卒業できない、
大学の偏差値にのみすがりつく、そういう「知性の高い」人たちが、あふれているわけです。

そして、そういう人たちは致命的に、文字通りですが「致命的に」ものごとを考える力がない。
だから、簡単に殺されていくわけです。
家畜としての自覚なしに。

知性というものは、学校教育で育つものではなく、
経験と、フィールドワークと、それに基づく思索。
そして何よりも、自分の思想なり哲学なり、美学なりを無意識にでも持っている人、にしか生まれないものです。
知性とは、学校教科書で生まれるものではありません。

・「おためごかし」しか言わない、
・自分が頭がいいと信じ込んでいる「バカ」の言動
に左右される人が出てこないよう、ここに頑張って書き続けているわけです。

"抗議すべき時に 沈黙するのは 卑怯者である" 
エラ W・ウィルコックス

残念ながら、いつが「抗議すべき時」なのかさえ知ることができず、
支配者側の情報に踊らされたまま、死んでいくわけで。
家畜は自分が殺されるときまで、飼い主を疑わない。

知性とは
・知識
・想像力や創造力
の2種類で構成される。
どちらか片方だけでは 知性の高さ とは結びつかない。

その両方を会得しようと思うのならば、俺の経験からすれば
 全く別々の方法で獲得してく すなわち 全く別々の生き方をもしていく
とまでする必要が有る。
少なくとも俺は そう思う。

・大学レベル以上の知識で有ろうとも 問答無用で得て行こうとする
・下層民の下卑な遊興にも積極的に参加する
を同時にこなしながら なおかつ
・その両方を並列に見定めながら 己が胸一つで収める
をするだけだ。

俺にとっては
 下層民の世界で生きている様々な人達が先生 でもあるし
 そういえば先日にブックオフで「蟹工船」のマンガを立ち読みしたけど 其れも大事だし
 X-BOX360でトロピコ3を と思ったらウチのアナログテレビでは文字が潰れて読めねぇw という経験も大事だし
 じゃあ ってアーマード・コア フォーアンサーを始めているんだけど もうついていけねぇなw どーすべかだし
 体質的な劣化 つーか 老化 が被曝の本質なんだろうかねぇ なんて考えたりするのも大事だし
 スマホは持ちたい ゲームの為だけに なんて考えているけど 危険つーかリスクが大きすぎるなぁ だし
そういう事の一つ一つが常に勉強だしね。

子供の頃から 強制的に勉強しろ と言われても、違和感しか覚えなかった。
そうそう 公文式の数学をしてて小6の頃に高一のをしたりしていたけど
アレも適当に楽しかったから だけだった。
塾に行く必要性が無い程度に偏差値を落とさない をしたら 後は 好き勝手に色々と見ているだけだった。

それでも中学の頃は ちょっとは学校の授業でノートを取っていた記憶も有るが
高校の頃は殆どに授業でノートを取っていた記憶が無いなw
それよりも 全く関係ない事をノートに書いていたから 提出しろとか言われた時にメンドクサイとしか思わなかったな。

俺にとって高校時代は 精神的に病んでいるだけだったなw
だけど そういう記憶が有るから 今の俺も有る。


今年に入って 病気を何度もして「体質」的にも「頭の瞬発力」的にも 一気に相当に衰えた。
小沢が頑張っているんだから 俺なんか何をか言わんや とは確かに思うけど
被爆地の下で生きる下層民の生活は 本当に苛酷だ。

俺の模倣子達が 絶えずネットへ流されていく、其の事を夢に見ながら死ぬのは 幸せなことかもしれない。
どうしようもなくマヌケな俺には過ぎた幸福だろう、俺なんかは 其の程度の事しか望んではいけないのだろう。


戦争を知らない人は、
 戦争に向かっていくときは街に軍歌が鳴り響き、
 みんなが日本の勝利をひたすら祈っている
そんな異常な状況になると思っているらしい。

でも私の経験では、ありふれた日常の中で進行し、戦争へと突入していった。 

作家 小田実


ありふれた日常の中で進行し、戦争へ突入します。
でなければ、猛反対にあいますから。
だから、家畜は「抗議すべき時」すら知ることができません。
できないまま、また、戦争へ向かわされます。
まさかまさか、あれよあれよ というまに戦争になります。
それがあちら側の常套手段。

知性の高いはずの人たちが何も言わないのは
・「わかっていて言わない」人たち
・「本当に分かっていない」から言えない人たち
がいて けれども どちらも「自分の知性は高い」と信じているわけです。

仮に彼らに「知性」の欠片くらいあったとしましょう。
しかし、使うべきときに使わない、または使えない知性など何の価値もありません。
自分も周囲も世界も見えない、救えない知性など存在しないに等しいわけです。

もちろん、てめえの金儲けのために働かせる知識は 決して知性ではありません。


‏@hyodo_masatoshi
安倍晋三は平凡な対米隷属主義者である。
「韓国と仲良くしろ!」「イエッサー」
「中国と仲良くするな!」「アイ・アイ・サー」
「オスプレイを買え!」「イエッサー」
「TPPに入れ」「アイ・アイ・サー」
「原発を新設し、日本を世界中の使用済み核燃料の再処理工場にせよ」「イエッサー」


おりんぴっくがたのしみだー
とか言っている人には
リオのカーニバルが何の目くらましのためか
とか調べてもらえると有難いが。

しかし、つくづく・・・ 自分は知性が高いと信じ込んでいる馬鹿が国を滅ぼす。

「抗議すべき時すら」素通りして、気づけないまま。
むしろ、抗議している人々に違和感さえ持つ。

抗議していた人たちのことを理解できたときには すでに遅すぎる事態となってしまっている。

歴史は繰り返す。残念ながら。


http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_9.html
学校教育基本法 というものがある。

それの10条において、
「第10条 (教育行政)
  教育は、不当な支配に服することなく、
  国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。」
とある。

http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/UniversityIssues/futoushihai.html

「不当な支配」の主体の中心は「政治的官僚的支配」の主体、

すなわち、政権党を中心とする政党・党派などの政治的勢力や文部省を中心とする官僚的勢力であり,
この文言の核心は国家権力・公権力による教育
−−特に内的事項の不当な支配の禁止
である。

国家権力を動かし、事実上、教育を根底から支配する財界の教育介入も「不当な支配」に当たる。
当時の文部省内研究会著作の『教育基本法の解十』(一九四七年一二月)は、
「教育に侵入してはならない現実的な力として、
 政党のほかに、官僚、財閥、組合等の、国民全体でない、
 一部の勢力が考えられる」
とのベ、「政党、官僚、財閥、組合」を「不当な支配」の主体の典型として例示し、
それらの教育支配をきびしく警戒している。

教育への政治介入というのは、決してなされてはいけない。
それは、第二次大戦の戦前〜戦中を通じて、皆が学んだことではなかったか。


この介入が何も言われず、非難されないとすれば、
今後は 教育への政治介入は当然のこと となり、
「政党、官僚、財閥」などの「不当な支配」のもとに 一層の強権政治化が進行するだろう。


国防軍での訓練は、旧日本軍のものと同じになる。

狙うのは、軍国主義であり、
それが浸透した結果の
 原発作業員として何の不平も言わず働く人たち
 米国の尖兵として戦地に行くことを喜ぶ人たち
の“合法的な”大量同一規格生産である。

まさか、と思われるだろう。
しかし、私たちは常に「最悪のまさか」を考慮しつつ考え続けなければ、
今よりもっと簡単に、あっけなく命を奪われたり、思考を奪われたりする、
まさしく家畜の生き方になってしまう。

常に疑うこと。
それすらできないようにされた家畜は、
マスコミの受け売りを言っては、
知性が高いと自認し、他者にまで害を及ぼし、
搾取されつつ、喜んで殺される。

気付いている者達の声を聞けず、彼らをも巻き込んで滅びていく。


http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_11.html
体罰の会。子どもには体罰を受ける権利があるそうだ。
発起人の浅田均氏って、大阪維新の幹部では?
http://taibatsu.com/m5.html
署名活動のお願い

体罰の会 では、教育の正常化を目指すにあたり、
学校教育法第11条に定められている
「ただし、体罰を加えることはできない」
との条文削除を求めて、
賛同される多くの方からの署名をお願いしております。

国民道徳が崩壊しつつある一因は、師道・師魂を持って教育にあたるべき教師が、
生徒を叱ることができなくなった教育現場にあります。
学校の教育現場には、騒いだり、反抗したり、盗んだり、恐喝したりと、道徳に反する生徒もいます。
彼らを道義・道徳に照らして正しく教育してこそ、教育が成り立つものと考えます。
当会の趣旨に賛同して頂ける方は、是非、学校教育法第11条の改正を求める署名に ご協力をお願い致します。
キチガイだなw
子供へ対してすら行使できない「己が説得力の無さ」「その説得力を支えるはずの知性の低さ」を無視して
暴力で解決 かぁ。
ウツクシイなニホンジンのコッカのニホンを敬う人達の性癖 って 本当にバカジャネーノの一言しかないよね。

だから俺は
宗教右翼カルト の一言で言いきっては 異民族として切り捨てていく とまで言い出すしかないんだよね。

彼らの経歴を調べると、またいろいろ出てきそうだ。
戸塚ヨットスクールが関わっているのはもう、当たり前すぎるが。

つーか教育の話つーか それ以前だしw
俺はね そういう人達には必ず チュウゴクガーとかカンコクガーとかの話を むしろ あえてする、カンミンゾク奴隷の前でね。

カンミンゾク奴隷達は
・出稼ぎ という意識
・住みやすい「極東の一諸島の多神教で文明人の社会共同体」
 如何に自分達の中国が多神教で蛮族野蛮人の世界観で存在していて住みにくかったか
 だけど故郷は故郷だ
との間で生きている。

其の彼らを 宗教右翼カルトの下僕な連中は
 自分達カルトのキチガイ沙汰と無能が故の現状を前にして
 尚に宗教右翼カルトの教条主義を叫びまくりながら
 カネモウケだけは自分達のモノだ
とか もう論理破綻どころか 人間の言葉としても成立できなくなっている。
カンミンゾク奴隷の輸入とは 論理破綻の象徴であり それは天皇の象徴の話にも似ている。


カンミンゾク奴隷の方は むしろ割り切っている。
目先のカネモウケだけ とね。
目先のカネモウケ をするには 中国本土よりも よっぽどに良い、という者達も多い。
住みやすい社会共同体だからね。
インフラは素晴らしく 住人の文明人として洗練された成熟度は世界でも屈指の水準
被曝の汚染さえ無ければ まさに楽園だ。

1.狂人化 → 2.ゼネコン → 3.カンミンゾク奴隷
というピンハネ構造の3.だけが気に喰わない とか言い出す連中って キチガイ丸出しだよね。
今更に おまえは何を言ってるんだ ってね。

一神教で蛮族野蛮人の跳梁跋扈を150年も許した後の末路
というのは 古今東西を問わずに こういう衰亡なのだろう。
カルトの暴走を如何に抑止していくか? を無視した結果は そういう地獄絵図となる。


文明人の社会共同体が崩れていく という事に比べれば
ニホンジンのコッカのニホンが徹底的に滅亡しようとも まさに瑣末で些細な事だ、
ぶっちゃけ ドーデモイイ としか思えない。

そのニホンジンのコッカのニホンという狂信的なカルトコッカが
営々として築いてきた多神教で文明人の社会共同体を根底から破滅させようとしている。
カルトの住人達は 自分達が地獄からの使者しかない事を欠片も理解できないままに
今日も
 カンミンゾク奴隷を輸入し続けながら カンミンゾク奴隷を憎み
 大量虐殺と民族浄化を繰り返しながら 自分達は聖戦を行う聖戦士だ と叫びまくる
というキチガイ沙汰を繰り返す。
屠殺されるがままの「ヒト」達も 自分と食用家畜とムシケラの差異すら理解できないままだから 五十歩百歩だが。


滅びる時 というのは こういうモノなのだろう。
やっぱりね 腐海の底に生きる蟲達も電脳蟲の夢を見るのだろうか? とか考える方が早いかもしれないね。


宗教右翼カルトのテロリスト養成の訓練所として機能している「学校」を卒業したら
立派な「魔女狩りスタッフ」として動いてもらわないと 費用対効果に合わない
とか言い出されているんだろうね。

マスコミと同じく、この国の家畜は「魔女狩り」が大好きで
学校でとことん訓練されたあとは、マスコミが後を引き継いで家畜を再教育し続けてくれる。
マスコミが「さあ、魔女狩りのための狩りの基準は これですよ」とガイドを渡してくれる。

それを鵜呑みに、
「おざわはくろだー」
「不正選挙などないー」
「原発はひつようだー」
「こいずみさいこー」
などと叫びだし、同じように叫ばないものは狩る。

支配者にとってこんなに支配しやすい家畜もない。
学校における「いじめ」や「不登校」や「体罰」は そのまま社会に引き継がれる。
家畜は死ぬまで家畜なのだから「仕方がない」と思わせ続ける。


http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_12.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%94%BB%E6%92%83%E9%9A%8A
機体故障などでやむをえず引き返した特攻員を振武寮に隔離し
片っ端から
「おめおめ帰ってきおって!貴様たちそんなに命が惜しいのか!」
とリンチしたこと知られる第6航空軍参謀 倉澤清忠 少佐は
死の直前まで拳銃と軍刀を手放せず、特攻隊員や遺族からの報復に怯えながら2003年死の床についた
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%80%89%E6%BE%A4%E6%B8%85%E5%BF%A0

「振武寮」に隔離された元陸軍 特攻隊員の証言など(文字起こし) - Transnational History
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20090420/p1
だけど
『2007/10/21 NHKスペシャル「学徒兵 許されざる帰還 〜陸軍特攻隊の悲劇〜」』では、
『2006/10/21 ETV特集「許されなかった帰還 〜福岡 陸軍振武寮〜」』で紹介されていた
もっと驚くべき証言が編集によって削除されているんですね。
両番組が言おうとしている事に あまり違わない んだけど、なんでここを削除したんだろ?


振武寮(しんぶりょう)に関する公的資料は いまだ発見されていない。
私文書で「振武寮」という言葉のあるものは存在する。
また振武寮の存在は当時の軍の機密事項に属したため、今でも知る人は少ない。

一応に 此処に資料は有るが そもそもに倉澤清忠が持っていた資料であり
だからこそキチガイ宗教右翼カルトのサイトが載せる という程度なので 何処まで本当かは不明。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~s244f/shinbutai_hensei-top.htm
http://www5b.biglobe.ne.jp/~s244f/shinbutai_ido-top.htm

第6航空軍が作成した『振武隊編成表』によると、
特攻隊員1276人中605人が生還したことが判明している形式になっている。
そのうち一部の隊員の備考欄に「在福岡」の記載が見受けられ、これは
 振武寮に送致された
事を意味した

拉致監禁は 宗教右翼カルトの十八番だしねぇ。
公式文書を抹消しまくるもまた十八番だよね。

倉澤は、
「多くの隊員を出撃させたので、恨みに思われるのは仕方ないし、遺族からも反感を買っているので、
 いつ報復されるかわからないと、夜も安心して寝ることができなかった。
 80歳までは自己防衛のために、ピストルに実弾を込めて持ち歩き、家では軍刀を手離さなかったんです」
と告白した。
倉澤は印刷会社の役員になったものの、
1945年の終戦から1996年までの51年間もの間、生き残りの特攻隊員や遺族の報復を恐れて、
軍刀や拳銃を隠し持っていた。
拳銃は「敗戦時に父に預けたものが遺品の中から偶然出てきた」として警察に提出し、
そのまま認められたという。
警察という宗教右翼カルトの集団が 如何に狂信的なカルト集団なのかを 端的に教えてくれるよね。
ならば 俺も自衛の為に武装をしても許されるの?w

http://d.hatena.ne.jp/dj19/20090420/p1
元第二十二振武隊所属 大貫健一郎さんの証言
「『お前たち命が惜しくて帰ってきたのか。
  そんな死ぬの嫌か。
  卑怯者だとか、死んだ連中に申し訳ないと思わないか』
 とか、そういことを毎日毎日言う訳です。『おまえら人間のクズだ』と。」

元第二十二振武隊所属 島津等さんの証言
「『お前ら1人、帰ってきたために何人もの(アメリカ軍の)兵隊が助かっとる』
 と言うんです。
 『なんで死んでこなかったのか』と言われた。
 理由のいかんを問わず『お前ら国賊だ』、と言うて。」

元第六十五振武隊所属 片山啓二さんの証言
「振武寮に入ったらビックリしましたね。
 周り見たらもう出撃して死んだと思っていた奴らが ごろごろしとったんですね。
 ここは特別攻撃隊の収容所かと思いましたね。
 そのときの参謀の態度も非常に腹が立ちましてね。
 腕組みして長靴履いた足をバーンとこういう(机の上に足をのせる)格好でだしましてね。
 ふんぞり返って、『貴様らなんで帰ってきた。』
 『飛行機が具合悪かったんでございます。』
 『悪かったのはお前らの腕前だろ。』」

「紙が配られ、
 特攻隊員になることを『熱望する』『希望する』『希望せず』の3つの文字の
 いづれかに○を付けて提出するよう言われた。」

「『希望せず』に○を付けた者でも特攻隊になってるの者がおりましたから、
 そんなもん、形式的なものだけであって、
 希望するもしないも全部ひっくるめて特攻隊を指名したんじゃないでしょうかね。
 こんなんがおりました、
 『オレは希望せずなんだよなぁ〜、』言うて、
 『しかしやっぱり指名されてしまったわ』というのがおりました。」


http://d.hatena.ne.jp/tako2005/20090830/1251593766
「作戦参謀の倉澤である。貴様らなんだ、その格好は」
それが彼の第一声でした。
彼こそが以降一六日間にわたって我々を心身ともに痛めつづけた倉澤清忠少佐だったのです。
確かに我々は髪もひげも茫々、垢だらけの飛行服に破れた飛行長靴を履いており、
誰ひとり出発時の面影を留めていません。

「なんで貴様ら、帰ってきたんだ。貴様らは人間のクズだ。」
我々は、炎天下で倉澤参謀から怒鳴られ続けました。

「そんなに命が惜しいのか。
 いかなる理由があろうと、突入の意思がなかったのは明白である。
 死んだ仲間に恥ずかしくないのか」

「沖縄に四万五〇〇〇人の敵兵が上陸したとき、
 貴様ら二八人が一〇〇〇人乗りの輸送船に突っこめば二万八〇〇〇人の損害を与え、
 皇軍の苦戦はなかった。
 全員が切腹ものだ。」
とも言われ、反論はいっさい許されません。
そう言った当人は最後まで切腹をしなかったが。
宗教右翼カルトの住人が10000人に切腹したら 俺も改宗するよw

宗教右翼カルトは そういう性癖なので 死ぬまで「息を吐くように嘘デマ扇動を繰り返し続ける」と
必ずに覚えておいた方が良い

だから こういう嘘デマ扇動を平然と繰り返し続ける。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~s244f/shinburyo.htm
キチガイカルトの下僕は 即時強制入院措置が必要な水準の 重度の精神疾患 を抱える者達なので
こういう事を死ぬまで吐き続ける、もう治らないでしょうね。


http://blog.livedoor.jp/janjannews/archives/2951014.html
元陸軍特攻生き残りの大貫健一郎氏(元少尉)とNHKディレクターの渡辺考氏の共著で、前半は戦争経過である。
本書の帯には大貫氏の長女が「父は特攻隊が美化されることを常に危惧していた」と記している。
 
当時、特攻は「軍神」と崇め祭りあげられ死への旅を強制され、
戦果の情報は嘘ばかり、何の情報も与えられずに知覧等の特攻基地を発進した。

知覧から出撃した大貫氏の「第22振武隊」の藤山二典隊長(中尉22歳)は
出撃3日前に面会に来た妹と一緒の布団に寝て、
妹を手枕に寝かせ何時までも髪を撫でながら
「好子の花嫁姿を見られんなとポツリとつぶやいた」


出撃に際し上官は
「天皇陛下の大事な飛行機は万が一にも敵に渡ってはいけないから必ず燃やせ。
 その後は不時着の責任を取って自決せよ」
と命じられた。
そして、エンジンに打ち込む1発と、自決用に2発の弾を込めた拳銃を渡される。
機は爆弾搭載で軽量化のため通信機も機関砲も外され、丸裸の戦闘機であった。
そして、偵察機も同行せず、天候など何の情報も与えられず飛び立ったのである。
 
整備不調で出撃出来ない機も多く、
第22振部隊の12人も出撃30分前に5機のエンジン不良で大貫氏も出撃できず、
藤山隊長以下7人が先行出撃した。

その1時間半後に徳之島上空で隊長機を含む4機がグラマン機に攻撃を受け、
3機は徳之島に緊急着陸した。
エンジン不調で出撃出来なかった5人内の1人が、
そのエンジン不調機で発進し滑走路末端で事故に遭っている。
 
その後、知覧で3機の用意ができ、
残された第22振部隊の4人の内の大貫氏を含む2名と他部隊の1名が出撃し
経由地の喜界島に着陸待機する。
しかし、1機を残し敵機に破壊され、残った1機も飛び立ち戦闘機が無くなり現地待機となる。

大貫氏らは喜界島から28名と共に福岡・蓆田飛行場に移送された。
その収容先は女学校の寄宿舎を利用し、
鉄条網を張り巡らし銃を持った衛兵が警備する建物には『振武寮』と書いてあり、
此処は彼ら帰還兵の「収容・軟禁施設」であった。
 
何故なら「お国のため死んでいく英霊」と崇められた彼らは、
決して生きて帰って来てはならず、
また、逝かせた方も後続の士気に関わるとされた為に、
生還は極秘とされ 其の中では自殺者も出ていた。


倉澤参謀は帰還の理由の如何を問わず帰還を許さず、
「なぜ貴様ら帰ってきた。そんなに命が欲しいのか。人間のクズ、切腹ものだ」
等と罵倒・国賊扱いし、大貫氏は意識不明になるまで竹刀でめった打ちにされている。


また、第22振部隊12人のうち5名が帰還したが、
出撃の日付で戦死広報が作成され軍籍から抹殺されていた。
つまり、出撃時点で戦死扱いのため、生還してもらっては困るということである。

そして、
「国のため任務を遂行してくれ。俺も最後の一機で必ずお前たちの後を追う」
と訓辞を垂れた菅原道大・第6航空軍司令官(中将)は戦後95歳まで生き伸び、
特攻について最後まで殆ど語ることはなかったという。
 

大貫氏が「振武寮」に収容されたのは16日間だったが、ひと月にも、ふた月にも感じたという。
その後、数カ所に転属になったが乗る飛行機はなく、終戦まで50日間出撃命令を待ち続けていた。
陸軍特攻(海軍の特攻もある)の犠牲は1036人(知覧「特攻平和記念館」)にのぼる。
 
記者は若い命の犠牲を強いながら、
この軍の上層部の 無責任 と いい加減さ、
そして、自己保身や靖国・天皇の利用に心から憤りを感じる。

戦争に「良い戦争」はなく、如何なる戦争も許されない、
戦争を肯定し死を強いる人間は、常に安全な場所にいて、
決して危ない所へは行かず責任も取らないことを裏付けている。


海軍特攻の生き残りである伊東正治さん(群馬県)は「犬死になんですよ」
(03.8.14付「東京新聞)と発言している。


http://blogs.yahoo.co.jp/digital_devil0611/archive/2012/4/17
穴沢利夫少尉(戦死後二階級特進で大尉)は、
大正11(1922)年2月12日、福島県那麻郡(旧・会津藩)生まれ。

昭和18年10月1日、戦時特例法によって中央大学を繰り上げ卒業。
陸軍特別操縦見習士官第一期生として、熊谷陸軍飛行学校相模教育隊に入隊。
昭和19年12月8日、飛行第二四六戦隊に配属後、特別攻撃隊第二〇振武隊員に選抜。

婚約者の孫田智恵子さんに宛てた最後の手紙にこうあります。
二人で力を合わせて努めて来たが終に実を結ばずに終わった。
希望も持ちながらも心の一隅であんなにも恐れていた“時期を失する”ということが実現して了ったのである。

去月十日、楽しみの日を胸に描きながら池袋の駅で別れたが、
帰隊直後、我が隊を直接取り巻く情況は急転した。発信は当分禁止された。
転々と処を変えつつ多忙の毎日を送った。そして今、晴れの出撃の日を迎えたのである。

便りを書きたい、書くことはうんとある。
然しそのどれもが今迄のあなたの厚情に御礼を言う言葉以外の何物でもないことを知る。
あなたの御両親様、兄様、姉様、妹様、弟様、みんないい人でした。

至らぬ自分にかけて下さった御親切、全く月並の御礼の言葉では済み切れぬけれど
「ありがとうございました」と
最後の純一なる心底から言っておきます。

今は徒に過去に於ける長い交際のあとをたどりたくない。
問題は今後にあるのだから。
常に正しい判断をあなたの頭脳は与えて進ませてくれることと信ずる。

然しそれとは別個に、婚約をしてあった男性として、散ってゆく男子として、
女性であるあなたに少し言って往きたい。

あなたの幸を希う以外に何物もない。

徒に過去の小義に拘るなかれ。あなたは過去に生きるのではない。

勇気をもって過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと。

あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ。

穴沢は現実の世界にはもう存在しない。

極めて抽象的に流れたかも知れぬが、
将来生起する具体的な場面々々に活かしてくれる様、自分勝手な一方的な言葉ではないつもりである。
純客観的な立場に立って言うのである。

当地は既に桜も散り果てた。
大好きな嫩葉の候が此処へは直に訪れることだろう。

今更何を言うかと自分でも考えるが、ちょっぴり欲を言って見たい。

1、読みたい本
 「万葉」「句集」「道程」「一点鐘」「故郷」
2、観たい画
 ラファエル「聖母子像」、芳崖「悲母観音」
3、智恵子。会いたい、話したい、無性に。

今後は明るく朗らかに。

自分も負けずに朗らかに笑って往く。

 

昭和20年4月12日 .      .         智恵子様    利夫  


穴沢利夫少尉 中央大學卒 陸軍特別攻撃隊第二十期振武隊 
昭和20年4月12日 沖縄周辺洋上で戦死 23歳


菅原第六航空軍司令官と幕僚が訓辞
「お前たちは、生きながらの神である。日本の国を救うのは、お前たち以外にない。
 一命を投げ出していさぎよく死んでくれ。
 お前たちのことは畏くも上聞に達するようにする。
 軍司令官も参謀も、最後の一機で突っ込む覚悟だ。
 お前たちだけ見殺しはしない!」

終戦の日、
菅原道大以下上級将校が搭乗する特攻機の準備が整った
と報告を受けた際、それを菅原道大は却下。
1983年まで生き延びる。

菅原道大陸軍大将 戦後、文春の取材に対し
 「『特攻隊で飛んだ人たちのことを悪くいわないで下さい。あの青年たちは誰も彼もが立派だった。神々しくすらあった』  そして、いきなり板の間に両の手をつくと、七十歳を越えたと思われる老人は、そこにひれ伏した。 『悪いのは大本営の高級将校とか私たちなのです。私たちは何といわれてもいい。犬畜生とののしられても決してうらみません…だが、青年たちのことは…』 
 死ぬまで息を吐くように嘘デマ扇動を吐く その典型的な例。
いいから切腹しろよ の一言しかないよね。


いやはや、美しい軍人魂、大和魂ですこと。
報復に怯えながらの毎日ですか。
今、保身のつもりで何も言わない教育関係者というのは、
後日このようになっても誰も同情しないでしょう。

チェルノの子どもたちを見ろ、と何百回言えば彼らは理解するのでしょうか?

帰還特攻兵の振武寮
http://www.kyushu01.com/01/0706/0706-196.html


誠天調書 2012年02月10日: 宇垣が山本五十六の前でやったSLG だが、実際は 山本 五十六がGMをしたTRPGでしかない。 公務員が4月2日に退職すると、基本給が上がり退職金が増える。業務の都合というわけではない。
http://mkt5126.seesaa.net/article/251450600.html



http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_12.html
幻想が作り出した社会の中で、奴隷として扱われている。

誰かが書いた「倫理」や「正義」、
誰かが決めた「価値観」や「人生観」に縛られ、
テレビや新聞、雑誌にラジオにと、その縛りを強化するツールで、
奴隷を拘束状態のまま、それに気付かれぬように操作。

これを買いなさい、ここに行きなさい、
これを食べなさい、これに乗りなさい、
これを聴きなさい、これを身に着けなさい、
これを言いなさい、これを観なさい、
これに文句を言いなさい、これを素敵と思いなさい、
これを悪いと思いなさい、これを正しいと思いなさい、
まるで、命令ばかり受け続けている家畜かペット。

考えさせない、疑問を持たせない。学校教育から それが始まる。

綺麗に飾られた世界に生かされているだけで、何も見えなくされている。
「民主主義とはなにか」「働くとはなにか」などの答え、
「生きるとはなにか」「人生とはなにか」などの答え、
何でも、与えられた解答があり、微塵もそれを疑わない。

個人がコントロールされ、全体主義になっていることすら気付かずに、
この国はいい国だ と信じきっている。



http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_13.html
@lessor_tw
橋下のブレーンが居る「体罰の会」が凄すぎる。
Q&Aで
「体罰の目的は進歩なのですから、
 その事を頭の中において体罰を行います。
 「進歩、進歩」と頭の中で言いながらやって下さい。
 口に出してもいいですよ。 」
発起人には維新の会政調会長で「八策」起草者でもある浅田均。
http://taibatsu.com/index.html

どう見ても新興宗教だな。
「進歩、進歩」と言いながら体罰を加えるって、
「修行するぞ」と繰り返してたオウムと全く同じ。
「気合を入れなおす」との理屈で、兵隊を殴っていた旧日本軍と同じ。

どう見ても気が狂っている。
気がふれてしまった人たちが集まると、相乗効果は・・・

子供は教育的進歩を遂げなければ社会人として完成できないのですから、
体罰を含む教育を受ける権利があり、
国家としても体罰を含む教育をすべき義務があります。
(中略)
戦後教育によって多くの国民に深く刷り込まれた体罰という言葉の
その否定的なイメージを払いのけるのは並大抵のことではありませんが、
我々は、この洗脳から解放されることが
教育再生の大きな第一歩であり、その具体的な目的として、
学校教育法第11条但書の改正(削除)をもって
教育正常化を実現する国民運動を展開するために本会を設立しました。

狙いが「戦前〜戦中の軍国主義教育」なのが
あまりにもわかりすくて、
頭が悪すぎるので
この会は即刻解散するのがよろしいかと。

自分の子や孫に体罰が加えられることを 一度でいいから想像してみろよと。

そんな事よりも先に 貴方達が率先して竹島への万歳突撃をして欲しいんですけどね。
宗教右翼カルトの住人が独立編成で自力に竹槍で武装して10000人ほど万歳突撃したら 俺も改宗を考えるよ。


http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_14.html
@doradis1
電通が準備しているであろうキャッチコピー案
「被曝は正義」
「セシウムでしか味わえない感動がある」
「収束作業しているお兄さんが、好きですか。
 除染しているお兄さんが、好きですか。」
「胸のときめき、高線量。」
「うん、内部被曝がぼくの体にいいみたい」
「そうだ、フクイチ行こう。」



http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_19.html
「いかなる宣伝も大衆の好まれるものでなければならず、
 その知的水準は宣伝の対象相手となる大衆のうちの低レベルの人々が理解できるように調整されねばならない」
by アドルフ・ヒトラー。


ゲッペルスも見ときましょうか。
※ヨゼフ・ゲッベルス(1897-1945)(ナチス・ドイツの宣伝大臣)
「思想宣伝には秘訣がある。何より宣伝の対象人物に、それが宣伝だと気づかせてはならない。
 同様に、宣伝の意図も巧妙に隠しておく必要がある。
 相手の知らぬ間に、たっぷり思想をしみこませるのだ。」

「よりよく統治するためにはよりよいプロパガンダが必要だ。
 両者は不可分で、
 統治なきプロパガンダが無意味なように
 プロパガンダなき統治もあり得ない」

そしてメンゲレ。※ 死の天使 メンゲレ(狂信者たちの宴)
http://narazumono20-21.seesaa.net/article/231657364.html
ヨーゼフ・メンゲレ(Josef Mengele)1911年 - 1979年
ナチスSS親衛隊 大尉 アウシュヴィッツ強制収容所主任医官

死の天使メンゲレは、アウシュビッツ収容所医師として勤務。
実験対象である囚人をモルモットと呼び、貨物で送られて来る囚人を
プラットフォーム上で実験用、ガス室用に仕分けを行った。
そして実験用の囚人を使い、意味の無い人体実験を繰り返し行い、多くのユダヤ人を殺害した。


そして、山下。
※山下俊一センセイ講演会 「データを出し続けている」
(田中龍作ジャーナル)
http://tanakaryusaku.jp/2013/01/0006507

長崎大学を卒業した山下氏は、
冒頭、壊滅的被害を受けた母校の原爆投下直後の写真をスクリーンにアップさせ、
長崎の被爆状況から語り始めた。
「長崎市民23万人のうち、7万人が被爆で亡くなり、
 7万人が生存被爆者としてデータを出し続けている。」

データを出し続けている?耳を疑った。
被爆者は治療の対象でなく、データを取るための対象である
―それが骨の髄まで染み込んだ山下氏ならではの表現だった。

「ガラスバッジ」や「県民健康調査」の話題に移って
しばらくした時のことだ。

最前列に座っていた3〜40代と見られる男性が突然に怒鳴った。
「あんたが見る資格なんかないんだ!秘密会なんかしているヤツが!」
福島に子供がいる父親だろうか。
即座に数人のスタッフに囲まれて退場するよう促されたが、男性は押し黙って動かなかった。
(中略)
最後に山下氏はある図を掲げた。
市民の「情緒・非論理的」不安に対して、「科学性・論理性」が交わる。
それでも拭いがたい不安に対して、第三の円、
「地域のコミュニティー・保健・医療。信頼・価値観の共有」を置き、解決するとした。

そしてそれぞれを「パトス」「ロゴス」「エトス」と言い換えてみせた。
そう、エートスである。
聞いていて身震いがした。
ここまで話し終えると、挨拶もそこそこに 山下氏はあっという間に退場した。

再び会場は騒然となった。
「山下にしゃべらせろ!」
だれかが叫び、氏の後を追いかけてスタッフともみ合いになった。
あちこちから拍手が沸いた。山下氏は逃げるように会場を後にした。


座長の臼井正彦・東京医科大学長は
質疑応答の時間が設定されていないことを伝え、収拾を図ろうとしたが、
納得のいかない聴衆はなお発言した。
「この時期に山下俊一を呼んできてそれでいいのか」
「刑事告訴されている医者を守るのが役目か!」
「あなた方は腐敗している」
山下氏が一般市民にどんなに嫌われているか、
不幸なことにこのセンセイは ご存知なかったようだ。

この放射能時代に医者が放射能障害に無関心であることも、
福島での山下氏の好き勝手を増長させている一因かもしれない。

ならば俺も 馬鹿で豚に過ぎない一般民衆へも届く簡潔明快な一言を繰り返し続けるよ。
「宗教右翼カルト」
とね。



http://s.webry.info/sp/06020596.at.webry.info/201301/article_20.html
@yamada_taro7
ヘンリー王子アフガン任務終了
「タリバン戦闘員を殺した」(AFP=時事)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130122-00000007-jij_afp-int
「楽しいよ。僕はプレイステーションやXboxで遊ぶのが大好きな人間だから。
 僕のこの親指がすごく役に立っていると思いたいね」 
 冗談かと思ったが…ヘンリーって最低だな

AFP=時事 1月22日(火)9時58分配信
ヘンリー王子がアフガン任務終了、「タリバン戦闘員を殺した」
攻撃ヘリコプターの乗員としてアフガニスタンに派遣されていた英国のヘンリー王子(Prince Harry、28)が
任務を終え、21日にインタビューが公開された。
ヘンリー王子は派遣中に同国の旧支配勢力タリバン(Taliban)の戦闘員を殺したと語った。

タリバンがヘンリー王子殺害を予告、アフガニスタン(2012年9月)
ヘンリー王子は同国南部ヘルマンド(Helmand)州での20週間にわたった任務で、
アパッチ(Apache)攻撃ヘリに搭乗して多数の任務をこなした。

インタビューで王子は、イスラム過激派は「打ち負かされた」と述べたほか、
テントや輸送コンテナの中で寝起きした体験など、
広大なバスティオン基地(Camp Bastion)での日々について語った。

英国内通信社プレス・アソシエーション(Press Association)の記者が投げ掛けた、
ヘリから人を殺したことがあるかとの質問に対しては
「ああ、他のたくさんの人も(同じことをした)」と答えた。
「命を守るために命を奪う。そういう考えを軸に僕たちは活動していると思う」。
「必要な時には撃つ…
 けど、本質的に英軍は抑止力以外の何物でもない」
アフガニスタンでの従軍中、ヘンリー王子は3度にわたり記者らのインタビューに応じていたが、
王子が戦場から離れるまで公開しないという取り決めが交わされていた。

王子はタリバンとの接近戦を行った部隊の支援や、英米のヘリ部隊と共に負傷兵の輸送任務を行った。
アパッチ攻撃ヘリの副操縦士だった王子は
武器システムを担当し、ヘルファイア(Hellfire)空対地ミサイルやロケット弾、30ミリ機関砲を発射した。
「楽しいよ。
 僕はプレイステーション(PlayStation)やXboxで遊ぶのが大好きな人間だから。
 僕の この親指がすごく役に立っていると思いたいね」
ヘンリー王子はヘリの操縦訓練を受ける前の2007〜08年にもアフガニスタンに派遣され、
10週間にわたってタリバンに対する空爆の調整任務に就いたが、
この時は報道規制が破られたため予定を切り上げて帰国していた。
【翻訳編集】 AFPBB News


テレビゲームの賛否はあちこちで議論されている。
特に、戦場や殺人をゲームにしたものは、その心理的な影響を無視されたまま、
金儲けのために 政治的プロパガンダのために世界中で販売されている。
そして、行き着くところまで行き着いてしまった。
ゲーム感覚で、人を殺せるようになった。

ヘンリー王子の言う
「楽しいよ。僕はプレイステーション(PlayStation)やXboxで遊ぶのが大好きな人間だから。
 僕のこの親指がすごく役に立っていると思いたいね」
という言葉に戦慄する。

もう一度、よしだ・ゆたか(一橋大学助教授:当時)の言葉を。
「本年一月に勃発した湾岸戦争は、日本人の戦争観にも、何がしかの変化を、もたらしつつあるように思える。
 テレビの映像を通じて目にする最新鋭のハイテク兵器、
 「大本営発表」を思わせるような米軍スポークスマンの戦況報告、
 兵器の性能だけを得々として解説する「軍事評論家」。
 そうした報道の渦の中で、我々は知らず知らずのうちに、
 ウォーゲームのような発想と感覚で、戦争を「観察」し、「論評」している。

 そして、その時、我々の視野からは、
 最前線の塹壕の中に はいつくばって死の恐怖と戦っている兵士の存在や、
 恐怖に顔をゆがませている民間人の存在は、完全に姿を消しているし、
 かつて、我々がしかけた戦争のことも、全く意識の外に追いやられているのである。」

そして
 其処が旧式左翼の限界であり
 だからこそ「宗教右翼カルトの下僕と化す旧式左翼」
という構図を俺は何十回と繰り返し書いてきた。

平和を叫べば 平和になるのかい?
技術は このまま必ずに進歩し続ける、 なのに其れを抑制すれば良いのかい?
違うだろ?
 其れを踏まえた上で 戦争の 戦術の 作戦の 戦略の 其の知識をも学び 
 その先をも啓蒙していこうとして行く
という努力を 何故か不思議に怠った旧式左翼 という構図を忘れ、
「王子の言動に戦慄する?」とか手垢の付いた言い回しで
そう言えば自分だけ免責される とか期待しているんじゃないだろうね?

御高尚な事を言えば免罪される自分に満足しているだけならば コピペだけを繰り返す連中にだって出来る。
俺は 戦術も作戦も戦略をも見据える と書く、その上で 平和 を言う。
戦争を画面の向こう側の事象にしてしまっている というのならば 旧式左翼も同罪で有る。

俺は 目の前の被曝を 核攻撃 と言いきってきた。
コレが核攻撃でなければ 何であると言うんだろうね。

今に起きている事は戦争である と旧式左翼は言わない。
だから宗教右翼カルトの下僕でしか無いのだが、その自覚の有無を問わずにね。


俺は
 ゲームやマンガの その向こう側に有るモノを見定められない者達こそが「バカ」である、
と啓蒙しきれなかった己が無能と無力を恥じる。

世の中の圧倒的大多数が馬鹿で豚に過ぎない一般民衆であろうとも
 見たくも無い「苛酷で残虐な現実」が その向こうには必ずに有る
と啓蒙し続けていく為の社会環境を構築できない己が無能と無力をこそ恥じる。

だから俺は責任を転嫁する前に 己が責務を全うするべく生きていく。
馬鹿で豚に過ぎない一般民衆と共に 其の中で泥に塗れて生きていく。
綺麗事を言って逃げていく連中の事なんか 知ったこっちゃない。
俺は そういう己が“つまらぬ誇り”だけを持って生きていく。
そういう美意識 そういう美的観念 そういう価値観だけを持って 死を前にしたい。


20世紀のイデオロギーの残滓を超えていく とは そういう事だと俺は考えてきた。
多神教で文明人の社会共同体 とは 如何なるモノなのか、を必死に考えてきた。
俺は 其の中で生きる。


テレビではきっと、勧善懲悪のわかりやすい構図で
視聴者を騙していることだろう。
オウムの松本サリン事件のとき、
河野氏を犯人に仕立て上げたのは誰か。
まだ、マスコミを信じますか?
魔女狩りに加担させられている自覚はありますか?
さっきの例を上げれば
旧式左翼は 魔女は悪くないが錬金術が悪い と言いだして逃げる
という話になるよね。
 そ う じ ゃ ね ー だ ろ 
と俺は言い続けてきた。

今や 旧式左翼な人達は俺を絶対にリンクしないw
そんな訳で宗教右翼カルトの中の反原発系も俺をリンクしないw

20世紀のイデオロギーの残滓に耽溺する自分を指摘された者達ほど 俺を否定する。
俺を否定するのは別に良いんだけど
 20世紀のイデオロギーの残滓に溺れたままだから 詐欺に加担する自分達
を 如何に考えるつもりなんだろう?
とか思って見ていると 大概が
 さっきの特攻隊員を送り出した挙句に自分だけは生き延びる連中のように
 別の何か 口実 を言いだして逃げる
をするんだよね、そうでなければ 黙りこむか なんだよね。

箱庭の中で生きてきた人達は 其れが許される中で生きてきたからね。
そっか、俺は 生家すら生きるか死ぬかでしか無かった からなぁ。
親子関係すらカネが第一だったからなぁ。

平和だった時代の甘い世界で生きてきた者達は そういう性癖から逃れられないのだろう。


だけど俺はね、そういう彼らを リンクしてコピペもする。
彼らが俺を拒絶しても 俺はリンクするしコピペもする。
個人的に感情よりも そんな事よりも俺は
 馬鹿で豚に過ぎない一般民衆が圧倒的大多数を構成する この極東の一諸島の多神教で文明人の社会共同体
 とは そういうモノなのだからこそ
 其の有るがままを見定めて 其の有るがままに守って行きたい
って思うんだよね。

いずれ ネットの進化と深化の先に生きる者達は
20世紀のイデオロギーの残滓なんかを軽く飛び越えて
21世紀のネット社会の多様性と共に生きていくだろう。
俺の言葉の意味なんかを考えるよりも先に、其の肌感覚のままにね。

俺は「ならばよし」と思うだけだ。

そう思えばこそ
どうしても其の範疇に入れることが難しいニホンジンを俺は異民族と規定するしかなくなっちゃうんだよね。





http://twitter.com/oganekaoru/status/297269925603573760
警視庁捜査2課は、
詐欺容疑で医療機器販売会社「ヤマト樹脂光学」(破産)元社長、久保村広子容疑者(79)を逮捕した。
偽の売掛債権を担保として、融資金名目でりそな銀行他7金融機関から
同様の手口で延べ計約1100億円をだまし取ったとみている。
銀行がそれだけ騙し取られるとは

http://danshi.gundari.info/%e3%82%8a%e3%81%9d%e3%81%aa%e9%8a%80%e3%81%8b%e3%82%8940%e5%84%84%e5%86%86%e8%a9%90%e5%8f%96%e5%ae%b9%e7%96%91%e3%80%80%e8%b2%a0%e5%82%b5%ef%bc%92%ef%bc%92%ef%bc%96%e5%84%84%e3%81%a7%e7%a0%b4%e7%94%a3.html
りそな銀から40億円詐取容疑 負債226億で破産したヤマト樹脂光学久保村広子と自民党の関係
これで総合まとめとかw
それだけ この問題を掘り下げられたら困る人達が多いという事ですなぁ。
ウチは2009政権交代以前から この問題には突っ込んできたが
現状を踏まえながら 今から見返すと
「2013に安倍政権となったからこそ 何故か不思議に 今頃になって ほじくり返される」
としか思えなくなるよね。

ニホンジンのコッカのニホン の支配統治層を簒奪し続ける一神教で蛮族野蛮人な宗教右翼カルトの連中は
宗派の違う同士が その内側で こうして殺し合いをし続ける。
多神教で文明人の社会共同体の「ヒト」を大量虐殺し民族浄化して 其処から上がってくるカネモウケを
出来る限りに自分達だけが美味しく貪り喰う という目的の為だけに だ。

端的に言ってしまえば 統制派から皇道派への攻撃 でしかない。


誠天調書 2009年04月18日: ヤマト樹脂光学 と 防衛医大 と 痴漢冤罪での最高裁判決 と
http://mkt5126.seesaa.net/article/117689233.html

誠天調書 2009年04月17日: 思想犯を逮捕する為の 痴漢冤罪という官製テロ、政敵を排除する為の官製テロ
http://mkt5126.seesaa.net/article/117540525.html


今から眺め直すと
植草先生の話を知っている人達からすれば分かりやすいんだけど
りそなを軸にした詐欺事件で
 統制派なコイズミやケケ中に近い連中からすれば 皇道派へ流されるカネが面白くない
という事に端を発している、もっと言ってしまえば
 ユダヤイスラエルシオニストにしてみれば
 米共和党系へ流されるカネは(まだマシにしても)面白くないのに
 皇道派へ流されるカネなんかは更に面白くない
という意味合いに端を発しているようにしか見えないんだよね。
そういう言い方をする人達は この頃も 今も 皆無だが。

そういう観点を抜きに テンノウヘイカバンザイとかチュウゴクガーとかセンカクガーとか言い出すだけな連中が如何にキチガイか
というのみならず、
単に アメリカが とかいう観点だけでも 見極めきれないんじゃないかなぁ。

細かく精査すれば その辺りがゴチャゴチャに混ざりまくるので 却って見えづらくはなるんだろうけど、
だからこそ先に 系統を分けて話を始めてしまった方が 見極めやすい話だとは思うんだよね。


宗教右翼カルトな連中の インテリジェンス(笑)な者達は
自分達の正体つーか素性が精査される事を徹底的に嫌う。
動きが取れなくなるからね。
だけれども
 其れを利用してカネモウケをして
 其れを利用して大量虐殺と民族浄化をもする
とまで行きついてしまった。

もはや 其の思想までのみならずに 其の感情や性癖までをも 曝け出させなければならない。
そうでなければ 此方が屠殺されるだけ となってしまうからね。

宗教右翼カルトの内側で、何か高尚な事を仰ったって 所詮にカルトはカルトだ。
厳格な階級格差を前提にした一神教で蛮族野蛮人な者達でしかない。

 カルトとは宗教を指す言葉では無く、集団の状態状況を表す言葉である。
 「一握りの人間が、有無を言わさず 全てを専制独裁的に 支配管理 統制する」であり、
 カルトにおける宗教とは 其の口実に利用されるだけの存在でしか無い。
俺達は 多神教で文明人の社会共同体 の中で生きる美意識や美徳観念や価値観を大事にしている。

カルトな連中は その上に乗っかりたいだけの連中であり
其の中で生きていく事が大事とは出来ない性向で生きている者達である。

だから俺は ニホンジンは異民族である と規定している。


此の事件の背景には そういう「異民族ニホンジンと宗主国サマ」という宗教右翼カルトの内側の
宗派の違いな程度の差異しかない連中のカネモウケの分捕り合い が背景にある、
という馬鹿馬鹿しいにもほどが有る話が その本質である。
一言で言えば キチガイ沙汰 である。

そんなキチガイ沙汰で
どれだけの多神教で文明人の社会郷土隊の者達が大量虐殺され民族浄化されていくのだろうか?
もっとも、屠殺される側の圧倒的大多数は 何も分からないままに屠殺され続けるだけなのだが。

だから俺は せめて少しでも人間らしく と思い、そう祈って 更新をし続けるだけだ。







posted by 誠 at 06:30| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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