https://twitter.com/mkt5126/b  https://twitter.com/mkt5126/c  http://twilog.org/mkt5126      TweetsWind                   TweetsWind                   TweetsWind


2013年10月15日

なぜD兵器やE兵器は軍事機密なのか? 登戸研究所や731部隊の末裔は 今も大量に其処へ存続している。 秘密戦その2

以前から酷かったが 最近は更に 検索へは不思議な呪文が混じり込み過ぎる。
URLを貼ること一つにも簡単ではない。


最近の千葉市の美浜区の新港にて またしても大きなホームセンターが出来た。
品ぞろえも豊富で アチコチに「設置などで出張する」などが書かれている。
お年寄りなどが使い方や設置が分からない販売品については 自宅へ出張をする という営業手法も
昨今では普通に行われている。

だからこそ疑問に思う。
 どうしてRO逆浸透膜の浄水器が またしても置いて無いんだろう
とね。俺達を殺す気だけしか感じられなかった。



「濾水管」の検索
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%22%E6%BF%BE%E6%B0%B4%E7%AE%A1%22

この遺留品は以前、単に 浄水器 として紹介しておりました。
しかし後に文献を見ていると、同じモノが秘密兵器にも相当する「軍機密品」として表されておりました。

それは98式衛生濾水器、通称を石井式濾過器と呼ぶ浄水器の部品、濾水管であった。
この関東軍防疫給水部(通称:満州第731部隊)創設者の名を冠する浄水器は、
細菌戦を主とする同部隊に於いて開発、昭和13年頃に制式制定され、
戦地での飲料水確保に重用されたと云われる。

第32軍隷下には第24師団防疫給水部(山1207)、第27野戦防疫給水部(球5753)が所在、
作井部隊と共に その任(飲料水確保)にあたっていた と思われる。

当時、浄水施設は那覇 上之屋 にしかなく、
http://phoenixexpress.ti-da.net/e3073522.html
飲料水の送水、運搬、貯留には往生したものと思われる。

但し水源に関しては、現在の様に汚染の可能性もなく、濾過器材の出番はなかったであろう。
部隊名は何れも防疫給水部を名乗るも、
両部隊が沖縄に於いて細菌、化学戦を画策していた記録、証言などはない。

濾水器の発見された壕は、歩兵第22聯隊(山3474)の戦線に位置する。
その為、壕を山兵団(第24師団)が用いたであろう、裏付けのひとつとなった。

濾水管
西原町幸地の壕内に於ける発見状況。
http://img04.ti-da.net/usr/phoenixexpress/pl08s_R008a.jpg
完品は登戸研究所資料館に展示保存されています。

濾水管
軍機密の98式衛生濾過器に用いる濾水管。
濾過に用いる素焼きの外筒は収容時に殆ど崩れ、アルミニウム製の上下部、内筒だけが残存する。
http://img04.ti-da.net/usr/phoenixexpress/pl08s_R008b.jpg


防疫給水部の台頭
http://members2.jcom.home.ne.jp/wa-chiyoko/731_0106.html

731部膠の任務 

石井部隊の表の顔である「防疫給水」とは、戦場での疫病対策や浄水(飲料水)の確保などのことである。
衛生環境の悪い外国などに軍隊が入るときには必要だが、
この当時その役割はあまり評価されていなかった。
ある事件は陸軍が「防疫給水」の重要性を認め、石井部隊を拡大させるきっかけとなったものである。

日中戦争が全面化した1937〈昭和12)年8月、
上海近郊のクリーク(水路)の水を飲んでいた日本軍の中でコレラ患者が多発した。
戦場では「下痢は頻発してズボンを着用しているものはほとんどない」状態で、
中国軍による細菌戦ではないかという噂も流れた。

このとき石井は給水部隊編成の必要を訴え、5台の石井式濾水自動車と約200人の部隊が派通された。
石井の濾水機は本来コレラ菌には効果がないが、とにかく患者は激減し、
石井は濾水機の実用化の功で勲章と高額の副賞を得ている。

このことが、アメリカ軍のスパイが「石井」という人物を知るきっかけとなる。
 なぜ軍医の業績がこれほど高い評価をうけたのか、
ということから調査対象になったのである。


石井式濾水機
http://members2.jcom.home.ne.jp/wa-chiyoko/img/731_016_003.gif
濾水管が内壁に沿って並べられていた。
汚水に圧力をかけて中に送りこむと、素焼の珪藻土でできた濾水管を通過した浄水が出てくるしくみだった。

濾水機と細菌爆弾

この新しい容器の素焼の珪藻土でできた濾水管の一番の特徴は
珪藻土あるいは粘土の素焼という点であり、
そのため比較的小さな衝撃によっても粉々に壊れるというところにあった。

したがって輸送に関していえば、金属製のものと比べて難しかった。

しかし石井部隊員は珪藻土を素焼しただけの物の取り扱いには慣れていた。
そして石井式細菌爆弾の容器を製作していたのは主に第三部であった、

この第三部は本当に防疫給水を担当する部隊である。
石井部隊の各部のうち ただひとつ第三部だけがハルピンに残された。

細菌爆弾の容器の主な原料は珪藻土であった。
そして容器は素焼製だった。

私たちが珪藻土に出会うのは これが初めてではない、
石井式濾水機を見ている。

珪藻土はベルケフェルド式の細菌濾過機の心臓部分であった。
そして石井式濾水機は そのベルケフェルド式細菌濾過機を改造したものだった。


すなわち珪藻土は石井式濾水機の主要材料であった。
したがってそれを製作していた第三部には珪藻土が大量に集められていた。
そしてその取り扱いに慣れていただろう。

濾過機と爆弾の容器とでは形状は少し異なるが、
無定形の土を一定の形に仕上げていく工程には 殆どに差が無い。
爆弾の容器の製作を、主に第三部が受け持っていたことは むしろ当然のことだった。
そしてその扱いに石井部隊員は慣れていたはずである。

常石敬−『消えた細菌戦部隊』(らくま文庫)


以下の話は真偽不明。ただコピペして置く。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9073/zinkotuhp/arcive/syougen1.htm
陳 述 書 k.s 一九九四年四月二日

一、私は、一九三八年(昭和一三年)の秋ごろ、束京郁新宿区にあった旧陸軍防疫研究室の建物の四階屋上で、水瓶の中にホルマリンで漬けられた人間の生首を見たことがありますので、これからそのことについて述べます。

二、私は、一九〇九年(明治四二年)七月二五日今の愛媛県で生まれ、一九二六年(大正一五年)に地元の楠河農業補修学校を卒業した後、大阪に出て銀行員となり、その後親戚筋を頼って横浜に出ました。そして、一九三七年(昭和一二年)から、新宿区戸山の旧陸軍軍医学佼に併設されていた石井四郎軍医の創設した防疫研究室に軍属として勤務することになりました。

三、当時、防疫研究室は、第一研究室から第六研究室までに分かれており、第一研究室は、建物の外の作業場で陸軍防疫給水部の将校たちに濾水器の操作や車輌への装着などを教えていました。また第二研究室では、濾水器に入れる濾水管の開発や研究をしていました。このように第一及び第二研究室は、濾水器に関する研究・開発や研修が主たる業務であったのです。私は第一研究室に配属されていました。

 そして、第三研究室から第六研究室は、細菌の培養を行っていました。細菌とは、ペストやコレラ等の細菌です。私自身、第三研究室に行く階段の途中でコレラ菌の入っていたアンプルが落ちているのを見つけたこともありますし(これを当時防疫研究室にいた北条圓了中佐に報告したところ、北条中佐は第三研究室の室員に厳しく叱りつけました。)、また毎日のように第三ないし第六研究室から大量のノミやマウスの入った輸送用の金属製の筒や金綱製の箱を運び出していくのを見たこともあります。これらのノミやマウスは、恐らく細菌に感染させられ、立川飛行場から中国大陸に運ばれたものと思われます。

四、一九三八年(昭和一三年)の秋ごろのある日、私は何の気なしに防疫研究室の建物の四階屋上に一人で上ってみました。その四階屋上は、従前から北条中佐(後にドイツに渡り、ドイツ軍とともに防疫の共同研究をしたそうです。)の通達により誰も上がってはいけないとされておりましたので、私はそれまで上がったことはなかったのですが、その日は何の気なしに上がってしまったのです。

 四階屋上には見慣れない水瓶が一五個くらい木で蓋をして並べてありました。その水瓶は、みな直径が約四〇センチメートル、深さもやはり約四〇センチメートルくらいあり、おわん型をしていましたが、特微的なことは、その外側の色でした。それまで国内で見た水瓶は、みな赤茶色をしていましたが、そのとき屋上で見た水瓶は、グレーがかった黒色をしていたのです。それで、私は珍しい色の水瓶もあるものだと思い、一つの水瓶の木で出来た蓋を開けて見たのです。

 そうしたところ、水瓶の中にはホルマリンに漬けられた人間の生首が三個か四個入っており、私は飛び上がらんばかりに驚いてしまいました。その生首は全て男性のもので、顔つきからするとみなアジア系の人種のものでした。生首の中には、眉間に刀傷のあるものもありましたし、また散髪途中だったのか半分だけ髪を刈られたものもありました。私は、続けてそこにあった水瓶を三つくらい開けて中を見ましたが、やはり男性の生首が三個か四個ずつホルマリンに漬けられて入っていました。

 そうして二、三分くらい水瓶の中の生首を見ていたのですが、そのうちに恐ろしくなり、また上がってはいけないと言われていた四階屋上にいるところを人に見られてはいけないと思い、すぐに屋上から階下に下りました。幸い、私が四階屋上に上がって水瓶の中を覗き込んでいたことは、誰にも見られていなかったようでした。

五、私が四階屋上に上がったのはこのときだけです。また、屋上で水瓶の中に入っているホルマリン漬けの生首を見たことは、当時誰にも話しませんでした。なぜなら、私は上がってはいけないと言われていた屋上で、見てはいけないものを見てしまったのではないか、と思ったからです。

 また、当時は水瓶の中の生首が、日木人のものか、それともそれ以外の中国人や朝鮮人などのものかはわかりませんでした。

六、その後、防疫研究室の建物の中では人間の生首を見たことはありませんでしたが、一度、防疫研究室に併設されていた旧陸軍軍医学校の教室から生首を板の上に乗せて運んでいるところを見たことがあります。その光景を見て、私は当時軍医学校の医学実習教育で人間の頭部を使ったのかな、と思った記憶はありますが、私自身軍医学校の教室には入ったことはなかったので定かなことは分かりませんでした。

七、その後、一九三九年(昭和一四年)の五月ころ、私は新宿区の防疫研究室から中国・広東にあった旧陸軍南支那派遣軍防疫給水部(波八六〇四部隊)に転勤になりました。この防疫給水部は、当時広東の東山にあった中山大学医学部に置かれており、私は、そこでも濾水器の使用方法や操作を陸軍将校に教える仕事をしていました。

 ところが、ある日広東郊外の農村地帯を自動車で通りかかった時、私は農家の軒先に新宿の防疫研究室の四階屋上に置かれていたのと同じ形や色をした黒い水瓶が置かれ、日常の家事に使用されていることを発見し、はっとしました。つまり、束京の新宿にある防疫研究室の屋上に置かれていた水瓶、そしてその中にホルマリン漬けにされていた生首は、中国の広東から運ばれたものではないか、と思ったのです。日本ではかつて見たことのない黒い色の水瓶であったことも、それで納得することができました。

八、こうした事実から今振り返って考えてみると、当時新宿の防疫研究室ないしは陸軍軍医学校には、中国大陸からいくつもの人間の生首がホルマリンに漬けられて運ばれてきており、軍医学校ではそれを使って医学的な実習教育や研究が行われていたのではないかと思います。

 また、人骨を処理する上で一番処理しやすいのは自分の所有ないしは管理する土地に捨てることであり、他人の土地に捨てることは常識的に考えてありえないのですから、旧陸軍軍医学校跡地から多数の人骨が発見されたのなら、それは旧陸軍軍医学校の関係者が捨てた人体のものだと思います。


「人体実験・731部隊・陸軍中将石井四郎」と長野県伊那村(現駒ヶ根市東伊那)
http://www.cek.ne.jp/~k-akasu/8-3.htm

731部隊長・石井四郎が発明した濾水器の部品である“濾水管”が、いまも大量に山積みされています。
その数1000本余。(直径8.5cm、長さ46cm)

それを知ったのは、赤穂高校平和ゼミナールの生徒たちが、
元・陸軍第9技術研究所(別名、登戸のぼりと研究所)の伴繁雄(少佐)氏を
駒ヶ根市東伊那の自宅に訪ねたときに、伴氏から「大量にある」と知らされたからです。

731部隊と陸軍第9研究所、そして陸軍中野学校とそれぞれが密接な関係のもとに、
謀略をもって侵略戦争を推し進めたことの“証拠品”が身近にあるとは驚きでした。

◎石井式濾水器とは?

「石井式濾水器」とは、のちに陸軍防疫給水部と石井四郎の名を前線にとどろかせた細菌ろ過器である。
珪藻土を焼いた素焼き陶器からなるろ過室に、汚水や河川水を通し、
素焼きの微細な粒子を通過させることによって細菌を排除し、安全な飲料水を確保することができる。
濾水管は その部品。


1931年(s7)春のことである。
東京・牛込神楽坂の料亭街で毎夜豪遊する男がいた。
戦前の神楽坂は、芸妓置屋だけで十数軒をつらね、農村から身売りしてきた娘たちが身を沈めた花街である。
「このごろ神楽坂の料亭に毎晩のようにあらわれ、湯水のように散財する若いお大尽がいる」
こんな通報が、ひそかに料亭関係者から所轄の牛込警察署に持ち込まれた。
通報を受けて、牛込署の刑事が内定してみると、確かに“客”の素性は怪しい。

牛込憲兵隊は内定を続けた結果、“客”が当時陸軍軍医学校教官、三等軍医正であることを突き止めた。

石井軍医正は、多額の遊興費をどこから捻出するのか?
・・ここにおいて「帝国医療株式会社」という医療器具メーカーの存在が浮かび上がった。

帝国医療は、石井四郎軍医正の発明した「石井式濾水器」の製造を陸軍から一手に受注していた会社である。


「石井式濾水器」とは、
のちに陸軍防疫給水部と石井四郎の名を前線で使われた細菌ろ過器である。

珪藻土を焼いた素焼き陶器からなるろ過室に、汚水や河川水を通し、
素焼きの微細な粒子を通過させることによって細菌を排除し、安全な飲料水を確保することができる。

憲兵隊は、帝国医療が「石井式濾水器」の一手生産を引き受け、
陸軍御用商人として急成長して行こうととする裏に、
石井四郎軍医正との莫大な贈収賄疑惑があることを察知した。

ただちに帝国医療関係者、石井四郎の双方を逮捕した牛込憲兵隊は、
当時の金で5万円という巨額の金子が動いた事実を知ったという。

http://ameblo.jp/aqgel/entry-10011203405.html
石井式濾水器≠ヘ、昭和7年当時、帝国医療と言う会社が一手に引き受けて生産をしており、
当時軍医少佐であった石井四郎にその遊興の為に、
5万円という(今の価値換算で約1億)大金を使われていた。

石井は憲兵隊に逮捕されて、あわや陸軍部内の一大汚職事件と言う時に、
あの相沢中佐に、10年8月12日に斬殺された永田鉄山(当時大佐、軍務局長)に助けられた。、
地団駄を踏んで口惜しがる、牛込憲兵隊を尻目に、陸軍刑務所の門を出た。


石井四郎が、細菌の兵器転用という発想を持ったのは、
昭和5年からの2年にもわたる、ヨーロッパでの視察旅行の結果である。
当時ヨーロッパの列強諸国の間では、すでに細菌兵器の研究が進んでいて
特に、ナチスドイツに於ける研究は群を抜いていた。
その研究視察の為に、石井四郎をヨーロッパへ行かせたのは、
当時陸軍の一課長であった永田鉄山であったのであった。

731部隊では、各種ウイルス・凍傷・ペスト・赤痢・梅毒・コレラ・チフス・結核などの病原菌の培養、
そして感染、治療、そして更に各種の毒ガスによる実験などを、
マルタ≠ニ称する人間の生体を使って行っていた。

そしてこのマルタ≠ニ称する実験材料の調達源は、
ハルピン市内での住民の拉致、中国軍の捕虜、抗日ゲリラ、浮浪者、そして死刑囚などであったと言い、
それらの人種は、中国人は勿論、モンゴル人、ロシヤ人、等々で、
老若男女を問わず、子連れの女もいた。

これらマルタ≠ニ言われた人たちは、
実験動物の飼育と同様に、実験に適する時期まで飼育棟で、動物と同様に飼育状態で置かれていて、
実験の後は、他の実験動物と同様に、効果測定・観察・標本採取などのために解剖されて、焼却をされた。

当時、当然の事ながら、これらマルタ≠フ取り扱いについては、極秘中の極秘とされていて、
石井四郎は、これらのマルタの扱いについては、
自分の生家がある千葉県の村から選んで連れてきた人たちに、取り扱いをさせた。

しかし石井は、自分の出身大学の京大の医学部の学生を、
3ケ月程のローテーションで、研究と実習の為に部隊内に受け入れていた為に、
誰からともなく、731部隊での実態が、日本内地の医学界の医師たちにも洩れ伝わって、
大学病院などでは、生体解剖を考える医師たちも出てきていた。

現に、九州大学では、20年の5月ごろ、
撃墜されたBー29の搭乗員で捕虜となった米兵8名を、
軍から貰い受けて、生体解剖をやっていた。

戦後軍事法廷でその罪を問われて、教授の一人は縊死して、5人は絞首刑、4人は終身刑の判決を出された。
しかし25年の、再審減刑で、5人の絞首刑は免れたが。

結果として、731部隊は、
その規模は、敷地は6キロ四方の広さであったと言い、人員は2600名ほどの部隊であったそうで、
生体実験で殺されたマルタ≠フ数は3000人に近い数であったと言う。

そして秘密保持の為に、日本軍の飛行機であってもその上空は、飛行禁止とされていて、
そして更に上空を侵犯した飛行機を撃墜をするために、
滑走路を造って戦闘機を待機させて、いつでも発進可能の態勢にしておいたと言う。


http://ameblo.jp/aqgel/entry-10011234418.html
昭和20年8月10日(以下の年号は昭和)ソ連軍は、
日ソ不可侵条約を破棄して、ソ満の国境を越えて怒涛の如く満州に攻め込んできた。

実験材料として捕らえてあったマルタ≠フ毒ガスによる大量殺戮、
そして死体の焼却、部隊施設の完全爆破 等々、
日本陸軍の行ってきた悪魔的な所業の、痕跡の抹殺に総動員であった。

そして多年にわたった人体実験、細菌培養、細菌兵器の開発、
各種細菌感染に対する治療や、抗体の研究等々、学術的にも貴重な膨大なデータは、
厳重に梱包をされて貨車に積み込まれ、部隊の将兵とともにいち早く満州を脱出し、
日本内地に運び込まれた。

ある説によると当時ソ連軍に対しても、南方戦線のアメリカ軍に対しても細菌兵器≠フ徹底的な行使しなかったのは、その効力があまりにも悪魔的に悲惨であったために、軍内部においても、戦後の連合国側の報復を恐れて、その徹底的な行使に踏み切れなかった経緯もあった。

また南方諸島のアメリカ軍に占領された島で、日本の民間人などがいない条件下ならともかく、満州で細菌兵器を行使すれば、開拓団として渡満していた在留邦人も満人も、皆大変な悲惨な状況のもとで犠牲になる。

戦争末期、如何になりふり構わずの軍部といえども、その戦闘手段としての細菌兵器の行使には、おのずと限界も制約もあった。

しかしアメリカのジャーナリストでジョン・パウエルと言う人は、
 19年の頃から日本軍が数千個にもわたる風船爆弾≠、
 福島・茨城・千葉の海岸から飛ばしてジエット気流に乗せて、アメリカ本土を攻撃をしたが、
 あの風船爆弾に細菌爆弾≠ェ使用されていた疑いが濃厚だと言っている。

アメリカには今もスミソニアン博物館に風船爆弾≠フ実物が、展示されている、
日本の「陸軍省軍事課特殊研究処理要領」という陸軍の公文書の第一項目に、
連合国側に証拠を掴まれては困る特殊研究として、
731部隊関連の資料と、風船爆弾を指すと思われる記号を付した項目があって、
「速やかに証拠となるべきものを隠滅すべし」
と書かれていた。

もしこの風船爆弾がジョン・パウエルの言うとおりの、細菌爆弾を吊り下げたものであったなら
戦史上最も幼稚な作戦≠ニ言われたものが、一挙にその様相を変えてしまう。

であるから前に書いた「これからの日本は細菌戦でアメリカをやっつける」とある生徒が私に言ったのは、
上記のような背景があっての話であったのかも知れなかった。

戦後石井四郎の身柄の引渡しを巡って、アメリカとソ連とで かなりの応酬があった。

結果的に
 石井四郎が、731部隊での総ての資料をアメリカに引き渡す事を条件に、
 731部隊全員を戦犯とはしない
というアメリカとの取引の条件として、膨大な資料はアメリカに引き渡された。


しかし石井四郎は、731部隊の解散に際して全員に、
戦後は如何なる時であっても
731部隊にいた者は、お互いに連絡し合うなどは絶対に、これを禁ずる
と申し渡しをしたと言う。

これは即ち、連合国側の事情の変化によって、
731部隊であった者からの事情聴取ということにでもなった場合は、
下手をすると全員検挙≠ノもなりかねないことを懸念したものであつた、。

しかし戦後いかにアメリカが、731部隊の資料の全部を手に入れたからと言っても、
全く731部隊についてその責任の追及をしなかったのは、
風船細菌爆弾によるアメリカ側への731部隊による被害も損害も
現実問題としては殆どになかったからではないのか
と思われるが如何なものであろうか。
さて どうだろうね。何とも言いきれないけど。
いずれにしても BC兵器は使いどころが難しい というのは今も昔も変わらない。



731部隊・中野学校・登戸研究所 日本陸軍の殺人光線開発計画
http://homepage3.nifty.com/time-trek/else-net/1945-4.html
昭和二十年(1945)四月
たばこ屋の婆さんに聞いたとおりに坂道を上って行くと、右に曲がった先でいきなり建物に出くわした。
看板に 『登戸研究所』 とある。学務課で貰った略図を確認すると、名前は違うが場所は同じだ。
念のために買って置いた市販の地図には、この周囲全体に文字らしいものが一切ない。
何もないところに駅だけは書いてあるから極めて不自然な感じがする。
守衛所があるが、こちらに関心を示す様子はない。特に不審がられてもいないようだ。
「陸軍の科学研究所に行きたいのですが … こちらでいいのでしょうか?」
恐る恐る訊いてみる。
「用件は?」
否定も肯定もしないが、要するにここらしい。鞄から " 大槻少佐殿 " と書かれた封筒を取りだして渡すと、
送話器を外して横のハンドルをぐるぐる回し、どこかと何やら話している。
「 … ええ、鳥養教授からです。あ、四科へ直接 … ハイ、わかりました」
守衛係は送話器を置き、メモ用紙を取りだして何やら書き、
「お待たせしました」
と改めて敬礼をした。
「そこの入り口をですね、二階に上がり、ここを曲がって直ぐの部屋が四科です。科長にこれを渡してください」
守衛の階級は見習い士官らしい。

メモの略図を辿って四科へ行くと大槻少佐が座っていたが、
全然軍人らしくない顔付きの人だ。そこでまた封筒を渡す。
大槻少佐
http://homepage3.nifty.com/time-trek/img/0-ohtuki.jpg
(大槻少佐)
「けさ着いたのか?」
「はい。科学研究所と聞いていたのですが、よくわからなくて … 少々まごつきました」
「科学研究所は現在十箇所の技術研究所に分割されておる。
 ここの正式名称は第九技術研究所だが、防諜上看板は出せんからね。
 科学研究所の登戸出張所だったから、登戸の研究所と仮称しているだけだ」
「市販の地図にはありませんでした」
「当然だ。スパイがいるから身辺に気を付けるように。ではこれを庶務の大林曹長に渡してくれ給え」
スパイがいるのか … 少し恐い感じがする。
なにせ秘密研究所なんて、生まれて始めての経験なのだ。
これから何が起こるのか知らないが、とりあえず庶務課へ行って書類を渡した。

看板は単に登戸研究所だが、証明書類には " 陸軍 " を入れるらしい。

小田急で新宿に行き、定期券を買った。研究所の表門は稲田登戸駅が近く、
裏門は東生田駅の方が近いそうだ。
下宿は西荻窪だから小田急線と省線の中央線の二枚が必要になる。

小田急線から省線へ乗り換えるには、地下の暗くて長いトンネルをくぐらねばならない。
時間が意外に長くかかるようだ。小田急線は誰でも乗れるが、省線は公用以外の人は乗れないのである。
下宿で一晩ゆっくり寝てから、小田原まで荷物を取りに行かねばならない。

荷物の中には密かに、命の次の次くらいに大事な短波受信機が忍ばせてある。

新宿で乗り換えるとき、折角だから戸山ケ原一帯を散策に及んだ。
登戸研究所の前身 『陸軍科学研究所』 は感慨一汐である。
なにしろ今日からは関係者の一員なのだ。

少し歩くと軍医学校の前に出た。
軍医学校や科学研究所は、満州の秘密部隊とともに生物兵器の研究をしているらしい。
しかも登戸出張所というから今の登戸研究所だ。
そして研究の中心は京大医学部とのこと。

東京へ来て気付いたことは、アメ鷲が投下する宣伝ビラの多さだ。
拾って所持していると罰せられるのだが、皆が持ってる。

そのビラの一つに中波の Voice of America の紹介があった。
http://homepage3.nifty.com/time-trek/img/0-voa.jpg
いつか短波放送で日系人の日本語翻訳部隊を編成したような話をしていた。
だから恐らく連中の仕事らしいが、このままじゃ Voice of America が 『声のアメリカ』 になっちゃうよ。

日本人は右から左へ書くからアメリカの声と読むだろうと思ったのかも知れないが、
いまの日本人で Voice of America の存在を知ってるものなんか殆ど居やしない。

この中波のサイパン放送は最初 1,010 キロサイクルだったが
日本側の電波妨害つまりジャミングを避けるために
850〜1,100 キロサイクルの間を順次変更しながら放送しているらしい。
妨害側は頻繁に変更されると作業が大変なのである。

下宿には何軒かの家の真ん中に井戸がある。
そのまわりの樹木に B29 が投下した宣伝ビラが引っかかっていた。
あまりにも多いと、みな慣れてしまって誰も拾わない。
だからビラも次第に派手になる。これはまた色刷りの惨劇ものだ。
http://homepage3.nifty.com/time-trek/img/0-dentan9.jpg
でも今どき、こんな着物を着たご婦人なんか、どこにも居やしないのだがね
それに家の中で靴や草履を履いている。
裏には、こんなことにならないように直ちに政府に戦争をやめるよう要求しませう とある。
せっかく命懸けでビラ撒きに来るんだから、作る人はもう少し考えた方がいいんじゃないの?

なかには戦争指導者向けのものもある。
http://homepage3.nifty.com/time-trek/img/0-dentan99.jpg

これは日の丸の旗が順次折られて行って、次はいよいよ本土だぞ、という設定なんだろう。
http://homepage3.nifty.com/time-trek/img/0-dentan-tokei.jpg
かなりいい出来の部類に入る。
今でこそ散らかったゴミ扱いだが、とって置けば後年記念の品になるかも知れぬ。
案外高値が付くかも知れないが、そこまで自分が生きている、という保障はどこにもない。


沖縄戦の次は本土上陸だろう、ということは殆どの人が感じてはいるが、
沖縄はサイパンや硫黄島に較べれば ずっと大きいし、
それまでになんらかの休戦とか講和の動きがあるかも知れない。

しかし軍部には本土を焦土と化しても徹底抗戦をしようという人々もいる。

いずれにせよ国民としては
自分たちでは もはや どうにもならない し、
台風とか地震のような災害と同じような感覚に陥っている。

不満を持っても どうなるでもなし、
いずれにしても 撃ちてし止まん、などと本気で思っている人も
実際には殆どいない。
大空襲も 次第に嵐が襲うような感覚 になり、
万事が思考停止の状態だ。

いよいよ明日から登戸研究所へ通勤だ。ところでドイツ方面はどうなっているのだろうか …

短波の VOA によれば、
イギリス軍がドイツ北部から、アメリカ軍はドイツ中部から南部へ進撃してエルベ川に達したらしい。
エルベ川といえばハンブルグを通って北海に注ぐ川だ。
ベルリンからも 100 キロしか離れていない。
http://homepage3.nifty.com/time-trek/img/0-elbe-river.jpg
もうそんな状況になっているのか …

引き続いてヒトラー総統の近況に関する解説が始まった。
先月中頃からドイツ軍はヒトラーの命令で、
ブダペストの奪還と、油田確保のための 『春の目覚め作戦 Operation Frühlingserwachen 』 を行った。
しかし失敗し、これにより組織的兵力としてのドイツ軍は事実上に壊滅をした。

早速に米軍機がベルリン情勢を知らせるビラを撒いた。
http://homepage3.nifty.com/time-trek/img/0-dentan-d.jpg

早朝、いよいよ初出勤だ。
空襲がなければ花見のころだが、今は散る花びらが不吉に見える。
花は桜木、人は武士 … 武士は食わねど高楊枝 … 皆すき腹を抱えて職場へ急ぐ。

医務所で 『三種混合』 という、なにやら得体の知れないものを注射された。
この注射は、打ってから二時間は熱が出て、全身がだるくなる、という。
「ここで寝ていろ」 と言われて案内されたところは、
四階建てで中が吹き抜けになった背の高い木造の建物だった。

二階の踊り場に、なんだか柔らかい大きな気球を畳んだようなものが重ねてあって、
その上に横になって午前中はそこで休むように、と言われた。なんだかフワフワして実に快適だ。

気球らしきものは和紙に何やら処理してあるのか妙に柔らかでツルツルである。
以前、弾薬庫に学徒動員で火薬を充填したとき指がツルツルしたことがある。
あ!、グリセリンだ、と途端に気付いた。試みに指を舐めてみると確かに甘い。
http://homepage3.nifty.com/time-trek/img/0-balloon-3.jpg
それは作戦中止になった気球爆弾のなれの果てであった。

中央に高圧発生装置と天井から吊り下がった長い碍子がある。
その横にサーチライトを大きくしたような巨大な放物鏡があった。
まことに異様な風景だが、ピンと来た。それは殺人光線の実験装置だったのである。

コンクリートではなく木造なのは、壁に火花が散らないようにするためだろう。
四方に観察用の階段があった。
壁に沿って斜めに登り、また水平の廊下になる。
その水平の部分が四階分ある。

高圧発生装置と紫外線ビームの組み合わせは、なんのことはない自分も少年時代に夢見た着想だ。
電離されたビームは電離層のように電気の良導体になる筈だ
だから電撃式殺人光線が可能な筈、などと思っていたが、今そのホンモノの装置が目の前にある。

もし本格的な電気工学を学んでいなかったら、" 俺も同じようなことを考えていた " 、と嘯くだろう。
恐らく同じように思う人が何百人も何千人もいるかも知れない。
だが単なる思い付きと、基礎の学問を土台にした現実の技術開発計画との間には天地の隔たりがある。

鳥が空を飛ぶのを見て、翼を身につければ飛べる筈だと思うのと、
実際に飛行機を設計し製造するのとは同じではない。
リリエンタールの飛翔機械と、いま東京の上空を脅かしている B29 との間には実に大きな差があるが、
目前の恐ろしげな実験装置も、将来は何かに進化し変身して行くのだろうか。

横になってから三十分も経過したのに、熱も出ずかつ何ごとも起こらない。
誰もいないところで何ごともないままじっとしているということは、退屈以外の何ものでもない。
少し散歩をしようと建物の中を歩き回った。とある机の上に軍事秘密というケースがある。
もう軍事秘密研究の当事者の一員になっているのだから別に構わんだろうと抽き出しを引っ張ったが、
これがまたやたらに重い。" えーいっ! " と力まかせに引くと突然飛び出して中身が周囲に散乱した。
ザラザラッと散らばった銘板には 『鳥養教授委託研究』 とあった。
鳥養教授 … 京大の電気工学の重鎮である。
電気工学教室の各教授はみんな弟子だ。
四科々長の大槻少佐もまた鳥養教授の弟子の一人なのだ。
何やら 風立ちぬ を読んでいるようだw
大林曹長が入って来た。
「なんともありませんよ。熱も出ないし、特にだるくもならないし … 効いてるのかなあ?」
「体質だろ。時々そういう変わり者がいる。じゃ、休んでるところを悪いんだが … 」
曹長は知り合いの息子だという若い男を連れて来て、
「相沢というんだ。話を聞いてやってくれ」
所属は一科だという。
「精密機械が専門なんだけど、アメリカ軍の VT Fuse の解析をやらされてね、
 これがさっぱりわからんのですよ。
 図面はこれなんだけど … 電気の専門家が来ると聞いたもんで、早速曹長に頼んだ、というわけで … 」
見ると瞬発信管の結線図らしい。
「じゃあ預かって置きましょう。少し時間が掛かると思うけど」
「助かった! ところで、少々考えていることがあるんだけど」
彼は一枚の紙切れを取りだした。P-51 が撒いて行ったものだという。
http://homepage3.nifty.com/time-trek/img/0-dentan-7.jpg
「これ、変だと思わない? 二世の幼稚な日本語とは違うしね、
 恐らく捕虜になった学徒出陣の連中ではないだろうか」
「だとすると、持ってると危険じゃないかな」
「その点は大丈夫だと思うよ。なにしろ研究所の証明書があるんだから。
 研究資料だ、で済むことだ。もともと第九技研は謀略も仕事の一つだし… 」

謀略か …
案の定、翌日には中野学校(東部33部隊)の教本を渡された。
第九技術研究所、つまり登戸研究所と協同で作成されたテキストである。
漏洩すると 『軍機保護法』 で処罰され、その最高刑は 『死刑』 だそうだ。


特に印象に残ったところは
戦争には休戦講和あるも、秘密戦には休戦無く講和無し
の部分である。
現代各国の情勢、或いは将来の傾向を勘考し、或いは過去の歴史を観るに、人間世界に絶対的平和境の発現するは到底これを望むべからず。即ち平和とは、その時間に於ける相反する力の平衡状態が保持せられあるに過ぎずして、平衡破壊が忽ち戦争となるものなり。如何なる国家と雖も戦争を覚悟し、軍備を保有しあるものにして一朝戦争行為に出んか必ず勝利を占めざるべからず。


また関東軍の石井四郎中将麾下の六五九部隊が捕虜の生体実験をしているらしいが、
満州のピンファン(平房)にある施設が中心で、ここは七三一部隊と称するらしく、
登戸研究所の二科が生物兵器の協同開発をしているとのことだ。

どうも我々が受けた教育や、それに基づく戦時研究は、
たとえ今次大戦が どのような終わり方をしたとしても、
次の戦いのために研究開発を引き続き行うことを前提にしたものらしい。

上の偉い人達は、もっぱら信州の山奥へ逃げる準備に懸命である。
なにしろ謀略や諜報の類も仕事の一つとする研究所だから、
米軍の動きは中立国にいるスパイを始め、いろんな機関や方法を通じて あらかたは把握しているのだ。

ここいらにしておこう、小説か何かだと思うが 此の後の話も 思ったより良く出来ている。
元の何かの話が有るのだろうか?


http://www.cek.ne.jp/~k-akasu/8-3.htm
「大量の濾水管は、帝国医療のしるし“松風”」

なぜ伊那村にあるのか?
それは、「登戸研究所」が川崎の登戸から伊那谷に疎開した1945年(s20)5月に、
列車にて大量の荷物が運び込まれました。
その中に濾水器やその部品がありました。
終戦とともに それは不必要となったのです。

直径8.5cm、長さ46cmの円筒の部品には、
両端の金属部分に「軍事秘密」と刻印され、
また“風”の記号が打たれています。帝国医療のものです。

なぜ伊那村と周辺の町村へ“登戸研究所”が疎開したのか?
長野市の松代への大本営の移転との関連はどうなのか?

戦前、731・石井部隊長と伴氏は当然に仕事柄の関係がありました。
しかし悪名高い石井四郎731部隊長は、戦後に何らの責任も問われていません。
終戦後、伴氏は占領アメリカ軍(GHQ)にドルだてで雇われ、米国へも行っていたそうです。

俺はね、
水俣病などなどの重松逸造 が 手足口病な川崎病にも関わっている と知った時に
此の話を書くしかない と思った。
長年に思っていた事が此処で繋がっているんだろうな、と考えてしまうようになったからね。

731部隊を軸にしたBC兵器や軍事医療関係の資料や人材などなどの「情報」は
アメリカ軍へ接収をされたのだろう。


そう考えると あの頃から今へ至る 様々な事は 大概に分かりやすく説明が付くからね。
昔の人達ならば 帝銀事件から 其の先を想像していたのだろうけど、
今に起きている事もまた 其の殆どが連続して続いている としてしまえば
大概に分かりやすく説明が付いていしまうだけだよね。

その延長線上に有る A兵器の被曝と汚染の話 E兵器の構造と解析の話 もまた同水準の軍事機密で有り
今も接収されまくっているのだろうし、
もしくは 其の軍事機密のCIAアメリカUSAと「日本人と日本」の攻防戦や
モサド系やEU系や中華系やロシア系などなどの横槍も少なくないのだろう。
其処には不思議な人間関係や宗教関係の内情も絡み合っているのだろう。
結局にカネの話でも有るから 官憲警察やヤクザ暴力団の蛮行だって多くに絡んでいるのだろう。

いずれにしても 馬鹿で豚にすぎない一般民衆からすれば 空の向こうの話にしか見えないのだろう。
屠殺とは 其処で起きるんだけどね。


http://www.cek.ne.jp/~k-akasu/8-3.htm
メ モ <陸軍中野学校>
・陸軍中野学校は、諜報、宣伝、謀略などの秘密戦にたずさわる要員の人的養成機関であった。
・登戸研究所は、秘密戦をささえる資材、機材の研究、開発、製造機関であった。
・ニセ札での経済謀略において、中野学校の果たした役割は大きかった。

メ モ <731部隊とは>
・満州第731部隊(関東軍防疫給水部)
・日本陸軍の細菌戦部隊
・世界で最大規模の細菌戦部隊は、日本全国の優秀な医師や科学者を集めて、
 3000人の捕虜を対象に生体実験を行い、細菌兵器の大量生産を急いだ。
・この技術とノウハウは、現在の米軍生物化学戦部隊に受け継がれている。
・第731部隊の記録は、終戦と同時に完全に抹消され、戦史の空白となっている。
・最高責任者の石井四郎中将は戦後も何らの責任も問われていない。

<100部隊とは>
・関東軍、軍馬防疫廠
・もう一つの細菌戦部隊
・731部隊の研究成果を基礎に、家畜と植物を対象とした細菌戦部隊。

<第9研がかかわった人体実験>
<薬の使用目的>
・敵地に潜入した情報員が捕われたとき、スキを見て看守を薬で殺し、脱出する時間稼ぎ。
・敗戦時の自決用として考えられた。飲んですぐ倒れたら後から飲むものが勇気を失うので、5〜6分の猶予をおくようつくられた。

昭和18年10月(1943)―上海特務機関の一室。相手は中国人捕虜。
3人づつ部屋に入れられ、白い手術衣の軍医(実は第9研究所員)が
「いま伝染病がはやっている。もし発病したら日本軍も困るし、君たちもつらい。
 それで、今日軍医が予防薬を持ってきた。
 飲み方は @第一薬を飲み Aすぐあとで第二薬を飲む」
と説明し、軍医も衛生兵(憲兵)も茶碗へ注いだ薬を飲んだ。
もちろん毒薬は捕虜のみに飲ませた。結果は予想通りうまくいった。
5〜6分たつと激しく苦しみだし、四股を引きつらせ昏倒し、2〜3分の後絶命した。
青酸カリなら即死だが、5〜6分後に倒れるという
この毒物の成果は、これで実験済みとなった。

昭和16年五月22日(1941)から、場所は南京の病院。
相手は支那人捕虜の男30人を毒殺する実験。
紅茶の中に薬をいれ、試験官と一緒に飲む。毒薬は捕虜のみ入れる。
島倉氏の供述
「青酸カリは沢山やった。
 完全死まで注射3分、飲ませて5分〜10分、
 心臓が止まるのが10分位。(飲むとすぐ倒れる)

 ↓
帝銀事件とは何だったのか?
http://ameblo.jp/aqgel/entry-10011385227.html

帝銀事件とは何だったのか? 2
http://ameblo.jp/aqgel/entry-10011399723.html

帝銀の椎名町支店の犠牲者の遺体解剖で、飲まされた薬物は青酸性の毒物と判ったので、
早速に捜査当局は松井博士の名刺の線とは別に、
青酸性の毒物は何処から出たものであるのかを求めて捜査を始めた。

とにかく特殊な薬物であるので、それを扱っていた所も特殊な機関などである、
もう既に戦後も3年も経っていたので、警察関係では731部隊でのことなどは周知の事であった、
捜査員は小田急線の登戸に在った
731部隊の支隊とも言われた登戸研究所≠フ、戦時中の関係者であった人を訪ねて情報を探った。

実際に登戸研究所の研究員であった人の話によると、
・一般に使われている青酸カリでは即効性であるので、
 12名もの人を同時に死亡させる事は困難で、
 服用してから1分ないしは2分ぐらいの遅効性がないと、
 今回のような犯行は不可能である

戦時中に登戸研究所≠ナ開発をした謀殺兵器であった青酸ニトリール≠ノ酷似している
・この青酸ニトリール≠ヘ戦中当時、極秘の毒物であったので、
 終戦の時に持ち出したにしても、登戸研究所のその部門の関係者でなければ、不可能であったはず
との話であった。

捜査員は青酸ニトリール≠フ部門に属していた人たちの、洗い出しを始めたが、
これが全く雲を掴むような話であった。
なにせ前述のように731部隊を解散をするときに、
石井四郎は戦後はお互いに連絡をし合うことを禁じた為に、
漸くに登戸研究所≠ノいたと言う人に辿りついても、それから先の人には繋がらない。

しかし捜査員に接した人たちは、銀行員の12名の毒殺と言う悪魔のような犯行に、
その犯人に辿り着くべく日夜を問わずに辛苦を重ねている捜査員の苦労を思って
この場限り≠ニ、念を押してある有力な情報をくれた人がいたという。

その人の情報によれば登戸研究所≠ノいたという人は、
終戦時佐官級の人で、毒物部門の担当官であった人で、今は千葉県に在住であると言う。

やがて その人の住所を突き止めた捜査員の調べによると、
帝銀事件のあった23年当時に其の人は無職であって
あの事件のあった前後には、かなり度々都内に行っていたことは確認が出来た。

捜査員はその人の尾行を始めてから公園で、写真をとる事ができて、
戦闘帽をかぶったその人の写真を、2件の未遂事件のあったそれぞれの行員たちに見せたら
かなり似ている≠ニの反応があって、
帝銀の生き残った4名に見てもらったらやはり似ている≠ニ言う返事であった。

白地の腕章をつけて厚生省から来た≠ニ言った犯人も戦後の事とて やはり戦闘帽をかぶっていた。
 あとは何かの理由をつけて、家宅捜索をすればよい
そして其処に青酸ニトリール≠ェあれば それで決まりだ。


しかしその頃、当時の捜査本部長はGHQの担当官に呼ばれていた。
それは捜査本部が
 登戸研究所≠ノいた毒物の担当官であった者について、
 捜査を進めている件について
であった。

当時は未だ日本の戦犯を裁いている東京裁判は終わってはいなかった。
であるから此処で
 アメリカが、その罪を問わないとした日本の細菌戦部隊員による事件
が国内の銀行での事件ではあっても その一部が、解き明かされようとしているのは
アメリカの立場としては極めて都合が悪い
という事であった。

それは即ちソビエトが、
 日本の細菌戦部隊にいた者が戦後とは言え、
 このように多数の人間を自分の部隊が開発をした毒物を以って殺して、
 警察の捜査も入っている。
 ならば戦時中は、これらと比較にならないほどの多数の人間を、
 細菌兵器の開発の為に殺した 実際に使用を燃して殺した の可能性も低く無いのだから
 アメリカが、戦後はその罪わ問わないとしたのは全く不当である。
 「アメリカはすべからく、細菌戦部隊の罪を当法廷で問うべきである」
とロシヤに動議でも出されたら困るという事であり、
更にアメリカの担当官は
「既に日本の警察は、平沢なる男を犯人として逮捕をしているではないか」
とも言った。

確かに平沢は23年の8月に逮捕をされていた。
しかし警視庁は、平沢と青酸の毒物とが結びつかない為に、
登戸研究所≠ノいた陸軍の佐官であった者にその焦点を絞っていたが、
なんと言ってもアメリカの占領下である。

そのアメリカが都合が悪いと言えば、それをあえてやるわけには行かなかった。
因みに東京裁判は23年の11月で終わっている。

そして陸軍の佐官であった人は、それから数年後に病気の為にこの世を去った という。


帝銀事件とは何だったのか? 3
http://ameblo.jp/aqgel/entry-10011445915.html
帝銀椎名町支店で12名の行員を毒殺をした犯人とされた平沢は
小樽で逮捕されて東京に送致された段階で、
拷問にも等しき過酷な取調べの末に、帝銀事件について私がやりましたと℃ゥ白した。

警察の方は、青酸劇物の入手方法とか、
16名もの行員に揃ってそれらを飲ませた要領とか手順などについて、
前に平沢が青酸劇物を扱った経験があったのかどうか、
あったとすればどのような場面で扱った経験があったのか
などについては、詳しく取り調べたのかどうか、一般には知らされてはいない。

平沢は、銀行に預金とした金の素性については、遂に説明をすることもなく、
昭和30年にはその死刑が確定をした。
しかしの死刑は執行される事もなく、在監39年と言う世界記録を残して、
最後は医療刑務所で、95才の多難であった人生の幕を閉じた。

歴代の法務大臣は、誰一人として平沢の死刑執行書に、印をつこうとした者はいなかった。

警察での帝銀事件の真犯人は、
登戸研究所≠ノいた、あの陸軍の佐官であった男、と言う結論であったようだ。

かつて 非加熱製剤≠ノよって586人と言う数の人がエイズになってしまう大問題 があった。
薬害エイズの原因となった血液製剤は
ミドリ十字・日本臓器製薬・バイエル薬品・バクスター・化学血清療法研究所)によって供給され、
この中で最初に非加熱製剤を輸入したのはミドリ十字≠ナあった。

ミドリ十字は、
戦時中に陸軍軍医学校防疫研究室≠フ主任であった内藤良一≠ノよって
昭和25年11月に設立されている。

この防疫研究室の主幹は、細菌戦部隊の長であった石井四郎≠ナある。
そして内藤良一は実質的には731部隊の参謀役でもあった。

朝鮮戦争でアメリカ兵への輸血の必要が生じた事を契機に、
内藤良一は売血制度を中心として日本ブラッド・バンク≠創設した。
そして731部隊の幹部であった北野政次≠ェ東京の工場長であった。

もし731部隊の幹部が戦犯とされていたら、数名の絞首刑が出たであろう。
しかし一切が免罪をされて 其の情報の多くはアメリカへ接収され
その人材の多くは戦後も全く同じような動きをし続けた。

話の顛末は其処で終わらない。
https://twitter.com/tokaiama/status/285289867099918336
日本ブラッドバンクは数百万の肝炎患者拡大を引き起こしたが不問とされた。
ただし閉鎖はされた。
けれども そのまま放射線検診協会へと名を変えて 事実上には存続し続けた。
児童を結核から守るという屁理屈で、
法的強制によって全員レントゲン被曝させられた。
 一枚10mSv 乳ガン肺ガン患者製造装置
レントゲンが安全 とされる嘘デマ扇動は 其処から始まっている。


なるほどね。
結核の話の向こう側には そもそもにBC兵器の実働部隊が居た というだけの話だったのね。
結局にはA兵器と合流をして今に至る訳だけど。



http://search.yahoo.co.jp/search?tt=c&ei=UTF-8&fr=sfp_as&aq=-1&oq=&p=%E7%99%BB%E6%88%B8%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80+%E4%BA%8C%E7%A7%91&meta=vc%3D
「登戸研究所 二科」の検索


第3回明治大学平和教育登戸研究所資料館記念証言会「元登戸研究所勤務者が語る“陸軍の秘密研究所”」
http://www.meiji.ac.jp/noborito/info/2012/6t5h7p00000ecsbh.html

陸軍の秘密戦研究所
http://www.meiji.ac.jp/noborito/info/2012/6t5h7p00000ecsbh-att/a1360830976034.pdf

明治大学平和教育登戸研究所資料館
http://21432839.at.webry.info/201205/article_4.html
「登戸研究所」は、秘密戦のための兵器の研究・開発を行う旧帝国陸軍に属する機関で、
現在の川崎市多摩区にありました。

最盛期の1944年には敷地面積11万坪、建物100棟余、技術将校・技師・技手など幹部所員250名、
一般雇員・工員など合わせ総勢1,000名に達する大規模な研究所でした。

猶、秘密戦とは戦争に付随して行われる水面下の戦いで、
防諜(スパイ防止)
諜報(スパイ活動)
謀略(破壊・攪乱活動・暗殺)
宣伝(人心の誘導)
の4つの要素から成り立っています。

明治大学は、戦後、この登戸研究所の敷地のうちから3万坪の払い下げを受けて大学用地とし、
建物や施設をそのまま利用して1950年に「生田校舎」を開設しました。

現在では殆どの建物や施設は建て替わっていますが、残された昔のままの建物の一つが改装されて、
このたび「明治大学平和教育登戸研究所資料館」として生まれ変わりました。

これまで闇に葬られてきた登戸研究所の戦後について、
「敗戦と登戸研究所」と題したパネルに
「証拠隠滅・解散→接収→召喚→免責→協力」
の流れが説明されていましたので、これについて要約します。

1945年8月15日、敗戦と同時に陸軍省から証拠隠滅のための極秘命令が出され、
登戸研究所では機密文書、兵器等の徹底的な証拠隠滅作戦が行われ、翌16日に解散式が行われました。

一方、アメリカは日本各地の施設を次々に接収すると同時に、関係者を召喚し、
秘密戦に関わる情報を、冷戦が進む中でソ連より早く収集しようとしました。
しかし関係者の口は重く、尋問はスムースには進みませんでした。

こうした中、極東国際軍事裁判(東京裁判)の公判中、
アメリカはソ連が731部隊関係者への尋問と訴追の準備をしているとの情報を入手しました。
アメリカはソ連によって秘密戦情報が暴露・独占されることを恐れ、
日本側へ免責を条件に、非協力的であった秘密戦関係者に情報提供を促しました。

その結果、アメリカは関係者より情報やサンプルを入手し、
日本の秘密戦研究とその実戦に関する戦争責任は、東京裁判で不問に付されました。

こうして関係者の協力によってアメリカに渡ったデータとノウハウは、
朝鮮戦争やベトナム戦争に継承されて行くこととなりました。


http://www.meiji.ac.jp/noborito/guide/
明治大学 登戸研究所資料館 館内マップ

http://ameblo.jp/hoshitukiyoru7/entry-11602792979.html
科学と戦争 戦後の歴史から消えた陸軍登戸研究所──殺人光線、 生体実験など血の汚点
偽札作った理由は
 インフレで蒋介石政権を揺さぶるため、
 1940年ごろから約45億元分が作られた
そうです。


http://blogs.dion.ne.jp/yohaku/archives/10547308.html
「敵に證據を得らるる事を不利とする特殊研究は全て證據を隱滅する如く至急處置す」
陸軍省軍事課より昭和20年8月15日に通達された「陸軍省軍事課特殊研究処理要領」の方針に従って、
地上から存在を抹殺されたのが第九陸軍技術研究所、通称「陸軍登戸研究所」です。

戦後、建物だけが残された跡地は、慶応義塾大学・北里研究所を経て、明治大学生田キャンパスとなりました。かつて陸軍登戸研究所で使用された施設の多くは失われたましたが、唯一残された建物である36号棟(名称は慶応時代のもの)を修復して、明治大学平和教育登戸研究所資料館として平成22年(2010)3月に開館し、「処置」から生き残った資料を展示しています。

陸軍登戸研究所は、日本軍の「秘密戦」の頭脳となっていた機関です。

組織は4科に分かれ、
第一科は、「ふ号兵器」、「く号兵器」など特殊兵器の研究・開発。
第二科は、スパイ器財および生物化学兵器の研究・開発。
第三科は、贋札、特に中国法幣の製造。
第四科は、第一・二科の研究品の製造および補給。


『陸軍登戸研究所の真実』を著した伴繁雄(故人)が第二科の技術少佐であったことから、
氏の証言によって活動の断片が掴むことはできます。
また近年発見された『雑書綴』という資料には、
機密事項は無いものの、人や物の移動から、第二科の活動の実態を類推することができます。

第三科の贋札製造は、中国にインフレを起こすつもりが、
国民党政府が高額紙幣を次々発行して自分でインフレを起こしてしまった
という笑い話のようなオチが着いています。


http://www.rikugun-noborito.com/

http://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=1211

おそらく 明治大学の展示の情報を既成事実化して 実態の中身の向こう側を探らせようとしない、
其の情報工作の技術の跡だけが明治大学で展示されているのだろうね。

登戸研究所の表に出てきた情報を見ておきながら
その向こう側を類推する事も無く素直に信じるウツクシイ人達は きっと幸せに死んでいけるだろう。




https://twitter.com/onodekita/status/386771048646971392
日本がこのままの暫定基準で食事をとり続けた場合の平均寿命
ウクライナ保健省が出した数値
2012年 男 79 女 86
2017年 男 63 女 72
2022年 男 48 女 55
2027年 男 40 女 43
2032年 男 35 女 31


誠天調書 2011年03月26日 東日本は腐海に沈む、腐海のほとり で生きるとは。 幼き者達ほど短命に しかも残酷に終わる人生しか残されていない、を教えなければならない。
http://mkt5126.seesaa.net/article/192525861.html
大雑把に適当に言えば
 20代以上の平均余命は10年ほど縮まります
 10代後半の平均余命は15年ほど縮まります
 10代前半の平均余命は20年ほど縮まります
 10才〜3才の子供達の平均余命は25年ほど縮まります
 3歳以下の子供達の平均余命は30年ほど縮まります
 これから生まれてくる子供達の平均余命は40年ほど縮まります

 だから「すぐに危険ではありません」

という事ですから御安心してくださいね。
消費税を25%にする事へ賛成する者のみ 余命を5年だけ伸ばしてあげましょう。

自分だけは大丈夫 詐欺になんか騙されるはずが無い 周りの皆が馬鹿なだけ、
と理由もなく信じて思いこむ“幸せな家畜”や“無自覚な下僕”は
今日も素敵な一日を送ってましたね。

戦争や略奪 この世の地獄は遠い空の向こうの世界の話 とか何の理由も無く安直に信じている人達は
今日も素敵な一日を送ってましたね。

本当に本当に 心の底から悔しい。 己が無力を 嫌というほどに味わっている。


活動的平均余命の国際比較
http://www.pfizer-zaidan.jp/fo/business/pdf/forum3/fo03_020.pdf

日本の平均寿命は世界一だが
「痴呆した老人」の時期 を「活動的な平均余命」から差し引いた場合 欧米以下へと転落する。

逆に言えば この問題が日本にあって如何に深刻なのか という意味でもあるんだけど
まぁ ほどなく解消されそうですね。 違う意味で。



https://twitter.com/takec1068/status/387567938896547841
私たちはね、今度の事件でこっぴどく思い知らされたんだ。
インダストリアがどうなるかで、このハイハーバーの運命もまるで変ってしまうことにね。
どうやら私たちは平和に慣れ、すっかり臆病になっていたらしい。
(未来少年コナン 20話)

https://twitter.com/takec1068/status/387567995897143297
オーロのことだって事を荒立てたくない一心で ああなってしまった。
それを君たちが いっぺんに突き破ってくれて、 私は目の覚める思いをした。
やはり、これからの世界は、君たちが築いていくんだね。
(未来少年コナン 20話)

https://twitter.com/takec1068/status/387568303830339585
 私たちはね、今度の震災でこっぴどく思い知らされたんだ。
 原発がどうなるかで、この福井の運命もまるで変ってしまうことにね。
 どうやら私たちは平和に慣れ、すっかり臆病になっていたらしい。
これは、俺が3.11を経験して本当に感じたことだ。

https://twitter.com/takec1068/status/387569080779030529
 福島のことだって事を荒立てたくない一心でああなってしまった。
だが、それを誰かがいっぺんに突き破ってくれて、目が覚める思いをさせてくれるようなことはなかった。
だから自分たちが、これからの世界を築いていく当事者であるんだ
と、自ら自覚して行動していくしかないと思うしかなかった。

https://twitter.com/takec1068/status/387569588667305984
どうしようもない現実に直面したときに、人は、せめて楽にありたいと願うものなのかもしれない。
どうしようもない現実と思っている現状は どうしようもない現実だ、
と思わせなければ行動してもらうことができないのだろうか?
その明確な答えは、俺にはまだない。
ただ、できることはしようと思う。

https://twitter.com/takec1068/status/387569893802913792
福島の人にも、諦めてほしくないという思いはある。 すこしづつでもできることをしてほしいと。
だけど、それを強要はできない。
俺は、俺の場所で、できることをやることしかできないんだろうね。

https://twitter.com/takec1068/status/387582554515062786
プレザンス神父
「焦ることはない。きみは十分に頑張った。
 人の心を変えるには時間が必要だ。
 我々は神ではないのだから、一歩ずつ進むしかないよ。」
プレザンス神父@タクティクスオウガ エンディングセリフから

https://twitter.com/takec1068/status/387582732173180929
「・・・奇蹟を求めてはいかん。所詮、奇蹟は幻だ。
 本当の変革は日常の中からのみ、生まれてくるものだ。
 日々の暮らしを大切にできぬ者に奇蹟を語る資格はない・・・。」
プレザンス神父@タクティクスオウガ エンディングセリフから

https://twitter.com/tetuo64/status/387940878113046529
法が完全だなんて思っているヤツは ただのバカ餓鬼。

https://twitter.com/tetuo64/status/387941000007929856
むしろ、法を越えたところでないと、人間のなんたるかは分からないんじゃないかな。

さりとて 法を守るの中身を知らない者達もまた ただの野蛮人 でしかない。
その両方を己が胸一つで如何に見定めていくか にこそ 人としての厚みが有る。
こんな事は言うまでも無い話だとは思うんだけどね。









posted by 誠 at 23:59| Comment(2) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月14日

「The Hunt For Gollum」 「Born of Hope」 指輪物語から“支配”と“統治”の違いを知る。

The Hunt For Gollum  Movie Website
http://www.thehuntforgollum.com/updates.htm

http://www.thehuntforgollum.com/player_film-hd.htm


おいおいおいおいw これ凄いな。

2009年05月02日 3000ポンドで こんなの作るなよ、すごすぎる――ある名作の二次創作
http://nofrills.seesaa.net/article/118435164.html
3000ポンド……換算してみますか?
今のレートでだいたい45万円です。
小さな金額ではないけれど、例えば映画制作に使うような金額ではありません。
でもこの金額で こんな映画を作っちゃう人たちがいるから、マニアはすごい。

映画のサイト&ブログ:
http://www.thehuntforgollum.com/
http://hunt4gollum.blogspot.com/

IMDB(ロケ地がウェールズだそうで):
http://www.imdb.com/title/tt1323925/

BBCの紹介記事:
Lord of the Rings on a shoestring
Page last updated at 12:16 GMT, Friday, 1 May 2009 13:16 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/8028657.stm

この映画、The Hunt for Gollumは40分の非営利の劇映画で、
予算は£3,000という ものすごい低予算。
この予算内に収めるためには当然俳優もスタッフもボランティアで、
プロデューサーのBrian Laveryさん(北アイルランドの人)は、
『指輪物語』が好きで好きでたまらないという160人のボランティアが協力して制作し、
非常に楽しかったと語っている。

監督のChris Bouchardさんは、Brian Laveryさんいわく、
チームの中でも彼以上のマニアはいないというほどの『指輪』マニアだとのこと。

ピーター・ジャクソンの映画も、ジャクソンやスタッフは相当なマニアだったそうですが、
£3000でこれを作っちゃう人たちのマニア度は、ひょっとしたらジャクソンをしのぐかもしれません。

お金があって何かをするにも情熱は必要ですが、
お金を使わずに何かをするには、
それ以上の情熱と創意工夫が必要だし。

で、プロデューサーの話では、
こんな低予算だったにもかかわらず、
毎日「何かできることはないか」という『指輪』ファンからの連絡が入って、
結局俳優から音声さん、デザイナーさんまで集めることができて、映画制作が実現した、
とのことです。
この制作の過程そのものが映画になりそうな。Behind the scenes的なものではなく、劇映画で。

キャスト一覧のページを見ると、
http://www.thehuntforgollum.com/cast.htm
俳優さんたちは自主制作映画やテレビなどでキャリアのある方々です。

映画のストーリーは、アラゴルンが「指輪」の真実を追う、というもの。
制作者はトールキンの著作権管理団体とは常に連絡を取っていたそうです。
著作権管理団体は、
「営利目的でないのであれば、ファンが3部作を膨らませることはかまわない」
というスタンス、極めてフリー・カルチャー的で粋。
http://creativecommons.org/weblog/entry/14329

こういう、「ファンによる、ファンのための」映画というものを、
Laveryさんは有望なものと見なしています。
「こういうことが実現可能なのだということがたくさんの人に伝わって、
 この先、また別なファンベースのものができるかもしれない」と。


2009.4.7 The Hunt for Gollum
http://pub.ne.jp/syamagam/?entry_id=2070587
「指輪物語」に「インスパイア」された「オタク」達が作った「映画」「王様」は
こっちの方がかっこいい


2009.4.26 LOTRファンによるファンのための映画、オンライン公開
http://pub.ne.jp/syamagam/?entry_id=2110741
日本のファンは字幕つけて!


2011/5/11 The Hunt For Gollum - LOTR Prequel
http://blogs.yahoo.co.jp/zegen2413a/51676841.html

イギリスの「指輪物語」のファンたちが作った40分ほどのアマチュア映画。
サイトで視聴可能だ。
60万円ほどの低予算で作られたらしいが、
160人近いスタッフが関わったとのことなので
大半は無償で働いたのだろう。

物語は いわゆる前日談的なもので、
 1つの指輪を探す闇の勢力が迫るなか、
 指輪のありかを知るゴラムを 闇の勢力よりも先に捕獲するために、
 ガンダルフの命を受けてアラゴルンは1人で旅立つのだった…
といったもの。
森の影に隠れながら敵たちを始末していく馳男さんの活躍がカッコいいぞ。
さすがにオークの集団を1人でノシてしまったのには「あなた強すぎじゃない?」と思ったけど。
其の辺りは
 そもそもにアラゴルンとは何者なのか?
の解説が特に映画版では完全に省かれてしまっているからね。


ドゥーネダイン - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%B3
シンダール語の「西方」(dún)と、「人間」(edain)で、「西方の人」を意味し、
・中つ国の西方に存在していた島の住人であるヌーメノール人、
・ヌーメノールの滅亡から生きのこって、中つ国へ移住した末裔
を差す。西方語ではこれを直訳して「西方の人」とも呼ぶ。

同時代の一般的な人間に比べて高い技術力を有するほか、肉体的にも優れていた。
ヌメノール時代の男性の平均身長は6フィート4インチ(193cm)ほどもあった。
また 資料によってまちまちではあるが、寿命が長く、常人の3倍ないし5倍は生きたとされている。

王族であるエルロスの子孫は特に長寿で400歳にもなった。
存命の間は壮年期が長く続くが、いったん衰えが来ると一気に老け込んだ。
ただし文明が爛熟する前のヌメノール人は、
寿命を悟ると衰える前に自ら眠るように世を去るのが常だった。

こうした長所は「エダインの子孫」に与えられた恩寵であった。
ヌメノールの没落後の彼らは、中つ国で暮らすうちに この祝福は徐々に取り消されていき、
身長も寿命も縮んで並の人間に近づいていった。



ヌーメノールのドゥーネダイン
ヌメノール人とは何者なのか? それは第二紀にまで遡る。
「イルーヴァタール」(神々達と思ってしまっても此処では構わない)はエルフと共に
モルゴス(此処では大魔王みたいなモノと思ってしまって構わない)と戦い、打ち倒した。
第一紀が 此処で終わる。

その第一紀の戦いを生き延びた「エダイン」を祝福し、
(此処での「エダイン」は当時の中つ国に生きていた神々に味方した人間達と思ってしまって構わない)
西方の地アマン(神々の住む土地)と中つ国(人々の住む土地)
の間の島「ヌメノール」を造り与えた。

イルーヴァタールの祝福を受け、中つ国の西方ヌーメノールへと渡ることを許されたエダインたちは、
通常の人間より長い寿命を持ち、かの地で大いに力を増し、栄えた。

しかしヌメノール人達は結局に
「エルフの不死」への嫉妬 や 中つ国の人間への傲慢 を押さえ切れなかった。
そしてサウロンの奸計によって
 イルーヴァタールの怒り すなわち 西方の地アマンへの侵略をすら始めてしまう
に触れることとなり、
其の直後にヌメノールは海へと沈む。

しかし エレンディルに率いられて中つ国へ逃げ延びて、
ヌーメノールの滅亡を生き延びたヌメノールの人々も居た
彼らをドゥーネダイン(デュネダイン)と呼ぶ。
デュネダインは、
中つ国で北方王国アルノールと南方王国ゴンドールを築き、
ヌメノール滅亡から生き残った冥王サウロンと其の配下の者達 と長きに渡り戦ったが、
デュネダインの技と寿命は次第に衰えていった。


南方王国のゴンドールのドゥーネダイン

ゴンドールは建国以来1000年ほど おおいに繁栄した。
しかし第三紀1250年に北国人のもとへ大使として派遣されたヴァラカール王子が
現地の女性と結婚したことが大問題となった。
こうした結びつきはドゥーネダインの純血を薄れさせ、衰退につながると考えられたからである。
そのため王国南部では反乱が起こり、
ヴァラカールの息子エルダカールは継承した王位を一時追われるまでにいたった。

懸念とは裏腹に、非純血のエルダカール王は早急に老化するようなことはなかった。
しかし一連の同族の争いで多くのドゥーネダインの命が失われたため、
ゴンドール国民における人の中つ国との混血比率は一層に高くなった。
2050年に王統が絶えるとデュネダイン一族の衰退には拍車がかかり、
かつては長かった寿命もかなり常人に近づいた。

北方王国とデュネダイン

北方王国は1000年を待たずにアルセダインとカルドランとルダウアの3つに分裂した。
アルセダインでは王統が保たれたが、カルドランとルダウアではイシルドゥアの子孫は絶えてしまった。
特にルダウアはドゥーネダインの人数が非常に少なく、国の実権は山岳人の手にあったのだが、
1409年のアングマールの侵攻で その残る少数もまた殺されるか駆逐された。
カルドランのドゥーネダインは何とか持ちこたえたが、後の疫病がはびこった時代に全滅した。

1974年にアルセダインも滅亡し、ドゥーネダインは旧アルノール領から姿を消すこととなった。
しかし、デュネダインの血統までが失われたわけではなかった。

亡国のアルノール王族やその遺臣達は、
荒野を流浪する「野伏」となっても 冥王の配下と戦い続けた。
人々から敬意を払われる事すらなくなっても 地域の人々の生活を陰から守護した。
よって地域の人々はデュネダインと協力者の素性を怪しみ、
得体の知れない輩として蔑み続けた。

指輪戦争の時にドゥーネダインが南方での戦いの援護に出払うことで、
バーリマン・バタバーのような一般人は ようやくデュネダインらのありがたみを悟ることになった。

ゴンドールではドゥーネダインの衰退が続く時代にあっても、
エルフ達の協力関係を続けた北方の族長の寿命は依然として常人の2倍はあった。
人々の守護という危険に身を置く生活ながらも、族長の多くは天寿を全うすることができた。

アラゴルンとは 其の末裔の族長である。
よってガンダルフや裂け谷のエルロンドらとの協力関係にあった。


デュネダイン、ハルバラド Halbarad
サルマンの没落後にアラゴルンを探してローハンに現れたドゥーナダン。
アルウェンから預かった旗印を携え、一族30名に加え、
エルロンド息子エルラダンとエルロヒアをも連れてきた。
小説版ではアラゴルンに従って死者の道を越えて、ペレンノール野の合戦に参戦して討ち死にした。


ヌメノールとドゥネダイン
http://members.jcom.home.ne.jp/1164129301/isil/numenor.html

誠天調書 2011年09月02日: 「テメーらが見落としたアホどもを、こっちはこっちで片付けてやってんだよ。 何にも知らねーのに、デカイ顔すんじゃねーよ」
http://mkt5126.seesaa.net/article/223742340.html

誠天調書 2012年02月14日
http://mkt5126.seesaa.net/article/252282831.html

われら荒野の野伏達は、孤独な人間だ。
我らは常に、我らの敵の召使いどもを追い求める野伏であり 狩猟者なのです。
敵の召使どもは ここかしこに見いだされるからです。

ボロミアよ、南方王国のゴンドールのミナスティリスが堅固な城塞であった と申されるのならば、
滅んだ北方王国の末裔である我らは我らで また別の役割を果たしてまいった。
あなた方の強固な城壁や輝く剣を持ってしてでも防ぎきれない悪しき者達が 沢山に居るのです。

あなた方は自分の国境の外の領域の事を殆どに御存じが無い。
平和と自由、と あなた方は言われるか?

もし我々が居なかったら
滅んだ北方王国の領域に今も住む者達も 恐怖で滅ぼされたでしょう。

家なき無人の山々から 昼なお暗き森林から
暗い者達が秘かに忍び出てきてくる連中は
我々を見て たちまちに逃げ失せます。

ところが
もし我ら野伏達すなわちデュネダインが惰眠を貪っていた としたら
あるいは一人残らずが北方王国の滅亡と同時に死に絶えていてしまった としたら
今の人々は どの街道を安心して通ったら良いのでしょうか?

北方王国が滅んで尚 この領域の素朴な人々の夜の平和と安全が 何故に保障されているのでしょうか?


けれども、そういう事であったとしても 我らが感謝される ということなどは、
あなた方よりも少ないだろう。

里人は我らを軽蔑の名で呼ぶ。
ある肥えた宿屋の主人からすれば わたしは『馳夫』なのだ、
その男からすれば敵が一日で歩いてくる所で住んでいる というのに。

もし我らによって守られていなければ、
敵は その男の心の臓までをも凍らしめて
その小さな町を廃墟としてしまう事も始めてしまうだろう。


しかし我らは もってよし としてきた。
素朴な者達は心配や恐怖を知らない知らなければこそ 素朴のままで居られるのだ。

その為に我らは隠れていなければならなかった。
我ら一族は これを任務としてきた。


話を戻そう。

ビジュアル的にはピーター・ジャクソンの映画版のそれを徹底的に踏襲しており、
アラゴルンの役者なんかもそっくり。
撮影はウェールズで行われたらしいが神秘的な森の雰囲気が良く出ているし、
アマチュア映画とはいえ十分に楽しめるクオリティの作品になっている。

ゴラムをCGで描写するのは金がかかるためか、
殆どのシーンで彼は袋の中にいたり影しか見えなかったりするんだけど、
逆にそれが臨場感を生んでいて良いんですよ。

最後に出てくるCGの顔が逆にショボく見えるくらいで。
CGに頼る前にまず演出で勝負しろという好例じゃないですかね。

今回は非営利での公開を条件としてトールキン財団からキャラクターの使用許可を得ているらしいけど、
こうした有志によるファンムービーでもきちんと利益を上がられるようなビジネスモデルが
近々に必要になってくるんでしょうね。
映画配給会社に頼るようなものではなくて。

http://videolicca.com/videos/9H09xnhlCQU/the-hunt-for-gollum---lotr-prequel

だからこそ俺は ニコマス→MMD という流れに注目をした。
其の真逆を進むのが「日本人と日本」というハイパーキチガイカルトの集団なのだが。


http://timeturner.exblog.jp/13709193/
2010年 02月 11日 「Born of Hope」
「The Hunt For Gollum」というファンが作った ロードオブザリングの前編 が評判になりました。

その次作の「Born of Hope」では
アラゴルンの両親であるアラソルンとギルライン(映画LOTRのSEEに石像が出てきました)を中心に
生き延びた僅かなデュネダイン達の苦闘を描いています。

「The Hunt For Gollum」は40分でしたが、こちらは1時間強と長いです。
殆どに分かっていないデュネダインの関係のオリジナルキャラクターを多くに使い、
ちゃんとしたストーリー仕立てになっています。

アラゴルンの父のアラソルン役の人は
映画版のアラゴルンより いい意味で軽く(シリアス過ぎない)ユーモラスな面があって
なかなか良いです。

原作を知らずに映画版を見ていた人達が
アラゴルンの生い立ちを知るには とても役に立つ内容です。
若き日のハルバラドやエルラダン/エルロヒア兄弟も出てきますよ!

低予算でここまで作ったのもすごい。
こういうエネルギーを多くの人たちから引き出せるのも
原作とPJ映画の素晴らしさなのでしょう。

http://www.bornofhope.com/
http://www.bornofhope.com/index2.html


原題:Born of Hope(2009)
上映時間:68 分
製作国:イギリス
監督:Kate Madison
出演:Christopher Dane、Kate Madison、Danny George、Matt Kennard、Sam Kennard、Luke Johnston、Robert Harvey、Jonah McLafferty、ほか。


http://mkt5126.seesaa.net/article/252282831.html
私の小説的原風景の一つが「指輪物語」であるのと同様、
漫画的原風景の一つは明らかに「辺境警備」である。
見た目そのまんまだ(笑) 

小説「指輪物語」は、善悪二元論のバリエーションだが、
マンガ「辺境警備」は、極東の一諸島的な融和のバリエーションである。

指輪物語の物語の中で主筋として賛美される方向性にあるのは、
 フロドが汚れを負いつつも果たした善への献身
である。

そして
辺境警備で主筋として賛美される方向性にあるのは、
 汚れを負い、節を曲げることで 過去とも融和を実現した“神官さん”ジェニアス・ローサイ
という形になる。

その主筋の物語の傍らで常に居たのが、狂言回しの役割にも等しい「隊長さん」サウル・カダフである。

辺境警備で描かれる隊長さんは、

・おちゃらけ昼行灯。誰にでも絡む、不精で不摂生で下ネタ大好きなおじさん。
 都で女に失敗して左遷されてきた。
・昔は切れ者で鳴らした傭兵部隊の隊長であり、経験という暗黙知を言葉にすることができる男。

という、中村主水やカミソリ後藤のファンタジー版みたいなおっさんだ。

ちなみに、この隊長さんは最後の最後まで、本来の「実力」を見せることはない。
神官さんやカイルの前では、彼の刀は最後まで抜かれなかった(サバイバルは何度かあったけど)。
彼の人格は、あくまで過去に築いた人脈と、現在のコミュニケーション能力によってのみ描かれる。
それすら 積み重ねてきた経験こそが根底には有る のだが。

この隊長さんに関して、私の中でずっと心に残っているフレーズがある。
物語の主要な展開の全てのオチが付いた後、エピローグの中でのことだ。

神官さん
「ああ… まだわたしは
 賢者さまや隊長さんのように
 いろいろなことを胸ひとつにおさめられるほど
 大人ではないのかもしれない――」

隊長さんは最後まで、
血なまぐさい戦闘や都の泥臭さのことなど、
のどかな辺境のドレングの村人達には全く感じさせない。

どこでもおちゃらけて自分流でいるが、
実は その世界のことを深く愛し、尊重してもいるのだ。

隊長さんは、典型的な、「境界線上の人間」だった。
境界線上にいて、村も、都も、魔物の世界も、神話の世界も、
彼なりの流儀で接し、尊重していた描写が物語を通じて一貫して見られる。

隊長さんサウル・カダフ という神懸かりな狂言回しがいる事で 物語的下地が整えられた からこそ、
辺境警備の主人公である神官さんの物語が主筋が 更に現実感を与えられている形になっている。

辺境警備の外伝「星が生まれた谷」のラストにおいて、
顔見知りの爺さんに『歳を取ったらどんな人間になりたいか』と問われた
若かりし日の隊長さんは こうも言う。


愛する女性と決別し、赴任した先でのことだ。

 俺は不良中年になりたいな

 いつまでも悟ったりせずにじたばた生きたい

 どんな痛みも苦しみも、喜び同様に覚えていたい

 果てしなく続く天使のいない夜も 軽々と生きていきたい

 もしも本当に そんな人間になれるのならね

隊長さんを見ればじたばた生きているように 確かに見えるが、
神官さんから見ればそれは「オトナ〜」なのだ、という解釈となる。
ただ
それを そう と感じさせる構成には、あえて なっていない。

「全てを胸一つに収める大人」

辺境警備は遠い世界として描かれている。

田舎に飛ばされてきた傭兵部隊の隊長サウル・カダフの「隊長さん」が居る
ただ駆逐されていくしかない古い世界、
という「辺境警備」の側面の部分を現代から眺める時
今尚 これからも 一定の評価を獲得していくことも不可能ではないだろう と思い続けたい。

多神教で文明人な社会共同体でもあった国家古代ローマが崩壊し
支配者層が一神教で蛮族野蛮人な者達に蹂躙されつくされた。
けれども被支配者層の文明人の社会共同体は脈々と生き続けた。

そしてルネサンス以降にて
支配者層としての観念で 文明人的な節理が導入していく歴史が始まり
大衆階層の成長と共に民主主義の概念が政治の技術として成熟の歴史を歩むようになる。

指輪物語に貫かれているのは 文明人としての摂理を上部の支配構造側へ問う姿勢である。
つまり、あくまで一神教的な階級差は厳然として残っている中で 文明人的な節理を問うているのである。

神の血を引く蒼き血の後継者アラゴルン と 北方王国の末裔のデュネダイン達 は
その血統ゆえに 過酷な責務を自らに課している。
しかも 下部構造側へ一神教的な厳格さを求める事すらしない。

こういうのが
 EU的な一神教にして文明人的な美意識つーか美徳観念つーか価値観なのかな
とか感じているんだよね。



俺はね、多神教にして文明人の社会共同体に生きてきたからこそ 別の生き方 別の見方をする。

それが
 極東の一諸島における社会共同体 其の伝統的な武士階級とは何だったのか?
  と
 ネットの日本語圏の下士官層
の概念つーか美意識つーか価値観なんだよね。

西欧で発展してきた民主主義という政治の技術を
極東の一諸島へ ただただ輸入しただけで上手く進むはずもない。

自分達が何者で 何を為して そして如何にしていけば良いのか
そういう事を考えていければ良いな と思う。

文明人的な感性というか価値観というか美意識というか そういうモノを
この150年間に学ぼうともしないままに 民主主義という政治の技術を輸入しただけで
上手に使いこなせるはずがないよねw

辺境警備のサウル・カダフ
指輪物語のアラゴルン
アガサクリスティの小説でもそうだが


 社会を構成する圧倒的大多数の一般民衆は馬鹿で豚に過ぎない
 素朴な者達は本当の危機や恐怖や心配を知らないままだから素朴で居られる
 その少しだけ上に居る者達は だからこそ責務を負う

という観点で描き出される部分が有る。

本当の危機や恐怖や心配を知る事が出来る者達が
その責務を自覚し その責務の意味を理解し その責務を負っていく事
という意味を読み解く事こそが民主主義という政治の技術を成熟させていく第一歩となる。

欧州で民主主義という政治の技術が成熟していく過程を読み解こうと考えていけば
その基盤たるモノは 極東の一諸島の社会共同体の歴史の中にも確固として有った事は
歴史をも一緒に読み解いていこうと思えば それほど難しく無く分かる。

欧州の人々には 青い血や血統や家柄を重んじる歴史が長かったせいもあるだろう、
その土地の歴史や風土などに合った手法が有るだろう。

この極東の一諸島ならばこその 歴史と風土に合った手法が有る。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/16057000/
武士(ぶし)は食わねど高楊枝(たかようじ) の意味とは - Yahoo!辞書
この言葉は アラゴルンが言ってる事と何の違いがあるのか?
けれども此の言葉には 青い血や血統や家柄を重んじる歴史を必要としない。
もっともっと一般民衆との距離が近い が故に 階級差を責務の背景としない方式へと通じる。

俺は 此の歴史と風土こそが
極東の一諸島へ民主主義という政治の技術を適切に導入させる第一歩が有ると考える。

この手法 この観念論 を一つ一つ積み上げていく事こそが、
民主主義という政治の技術を成熟させる第一歩である。
俺は そう考えるんだよね。

統治能力が無いクセに支配はしたがる。
何千年も改善されないんだから今更に無理でしょう。
3歳児が ただ欲しがる、のと同じ思考回路でしかない。
DQのレベルのゲーム観の 其の一つ上に在るモノとは何か?
という思考が出来ない者達は
 オタクと言っては馬鹿にしてきた連中と自分達が実は同レベルでしか無い
という見たくも無い現実を見る事は出来ないだろうけどねw

コミケ という素晴らしい社会共同体を学ぶ素材が有ったのにね。
でも それこそが 古今東西に変わらない馬鹿で豚にすぎない一般民衆 だ。

支配 と 統治 は違う。
この程度の事すら自らの言葉で語ることが出来ない者達が 政治とか外交とか民主主義とか言い出したのでは
そら混乱しか生まない となる。

家畜が自力で自覚できるはずも無いし 奴隷が自力で蜂起できるはずも無いけど
馬鹿で豚にすぎない一般民衆 が変われるはず、なんてのは宗教でしかない。

そして 宗教左翼カルトから脱却できない人達は
 20世紀のイデオロギーなカルトの残滓から 逃れられない自分自身をも認めたくない、
 変われない自分自身を認められない、
で それでも何かが変われるはず?w
そうですか 頑張ってください。

俺は 馬鹿で豚にすぎない一般民衆 に期待をしない。
多神教で文明人な社会共同体 の一員として 無垢な善性と勤勉さを持って日々の営みを続けてくれる
のならば、それ以上の過度の期待などをする気も無い。

自立した人間を自称するのならばこそ
 過去の言葉を温めては新しき道も自分で考える
が必要となるよね?
言われたまんまの言葉を繰り返すだけなら 其れこそ家畜や奴隷じゃね? なんかの信者じゃね?
コピペを繰り返すだけ とは そういうものでしかない。

宗教右翼や宗教左翼のカルトに溺れる20世紀の残滓は 其れを基礎にしつつも
目の前の環境や状況の変化に応じて 自力で適切に昇華させていく事が肝要だと思う。
21世紀になって なお20世紀なカルトに溺れ続けていくような連中が居たとしても
俺は哀しく眺め続けて それでも俺は俺なりに頑張る それだけだ。

俺なら こう言うね。
家畜を啓蒙し 奴隷を解放する、その役割を果たせる下士官を育成し続けたい。
俺も負けずに頑張り続けたい。
其の下士官の数を一定数以上に揃える のは150年に懸かるかもしれないけどねw

当然に、俺は 過激派になるつもりも無ければ カルト信者になるつもりも無い。
宗教右翼や宗教左翼へ帰依する訳でも無く 英雄待望論を叫ぶだけの熱狂的信奉者になるつもりも無い。

塩野七生のロードス島攻防記だったかな、
ロードス島へ移り住んだ聖ヨハネ騎士団を支配者層とする ロードス島で暮らす住人という被支配者層、
という構図だった。
支配者層の聖ヨハネ騎士団は宗教騎士団で有り 其の潤沢な資金力はキリスト教圏から集まる寄付金だった。
よってロードス島の住人という被支配者層から税を徴収する必要性を殆どに持たなかった。
塩野七生は其処で「現代の者達からは驚くほどの支配する側の兵力の数の少なさだった」と書いている。
それは被支配者層の側が「文明人」だからであり
支配者層の側が 資金が潤沢という極めて特殊な立ち位置の野蛮人だった から
という特殊な事情で有る。

けれども塩野七生は本文で 被支配者層の側が「文明人」だった という部分を極めて軽視している。

被支配者層の側が「文明人」という事は
・社会共同体の平和的な維持の費用が少なくて済む
・社会共同体の平和的な維持に無駄な軍事力を必要としない
という事が 極東の一諸島に生き続ける者達ならば 肌感覚で分かっている。

此れを如何に適宜に政治で持続させていくか が“統治”であり
此れを軍事力と政治によって略奪と搾取をする が“支配”である。

指輪物語 は 小説であろうとも 映画版であろうとも ホビットが文明人として描かれている。
その様相は確かにマヌケで経済効率も悪そうに見える


http://mkt5126.seesaa.net/article/363630379.html
映画 ロード・オブ・ザ・リング のスペシャルエディション とかいうモノを観た。
劇場版は 「編集されて切り落とされた場面」が非常に多い。
そういうモノを加えた大長編となっているのがスペシャルエディションだった。

その「旅の仲間」の冒頭部 は かなり違う。
 ホビット庄 とは何か?
 ホビットとは如何なる生き方をしているのか?
が説明されている。

アレを見た「一神教で野蛮人」ならば『何と堕落した集団だ』と神の御名を叫ぶだろうねw
「一神教で文明人」は「戒律」が足りない とか 「多神教で野蛮人」なら「掟」が不足 とか
そんな話を持ち出す連中も居るんだろうね。 

だけど
 多神教で文明人 という生き方や価値観や美意識を理解する者達が
 其の緩やかな階級格差の上部構造で 秩序の上部を担う
という話もまた 古今東西に理解がされる それほど難しくない話だと思うんだよね。

誠天調書 2011年06月22日
http://mkt5126.seesaa.net/article/211066765.html
風の谷の者達 ヴェネツィアの者達 に共通するのは
困難な時に至ろうとも 飢えに直面しようとも
人としての品性と節度を保って生きていこうとする姿である。

自分達だけが美味しく生きていこうとする姿勢を先に出す という事では決して無い
其れは恥ずべきで軽蔑すべき 蛮族野蛮人の下品な姿勢そのものなのだ。

ヴェネツィア的な 一神教にして文明人
 と
風の谷の者達 多神教にして文明人
という微妙な差異はあっても、
ごくごく普通の極東の一諸島の一般民衆ならば
此のような類の「文明人的節度」というのは
普通に自然に当然として弁えているモノでしかないよね。

俺が 何かクドクドと言わなくても 当たり前な感覚つーか感性の話でしかないよね。

だから
むしろ此の感性を捨てたのは ニホンジンというカルトへと移った売国奴連中である、
と俺は言いきれちゃうんだよね。カルトにすぎないニホンジンは 既にして問答無用で攻撃を仕掛けてきている。
これは殺し合いなのだ、と覚悟をしなければ 殺されるのみとなる。

同じ日本人だから 同じ言葉を話し 同じ食事を取ったりしていても
その根底に流れる民族的感性は 異民族の如くに全く違う、
と覚悟しておかなければ こっちが先に殺されるのみとなる。

だから民族浄化は 既にして始まっているのだ、と俺は言い続けてきた。

誠天調書 2012年01月21日: 欧州での理想と其の思想を そのままに輸入するだけで民主主義が成熟できるはずもない。 歴史が違う 気候が違う 風土が違う 培ってきた理念観念が違う。
http://mkt5126.seesaa.net/article/247534856.html
俺はね 
“今の欧州の成熟した「一神教にして文明人の共同体」としての民主主義”とは似て非なる
“日本もしくは新国家独自の「多神教にして文明人の共同体」としての民主主義”を構築するには?
というのを考えている。

ネットの日本語圏の下士官層 が 其の入口の部分になれば良いな、と思っている。

指輪物語 つまり映画「ロード・オブ・ザ・リング」は
“成熟した「一神教にして文明人の共同体」”という思想と理想で貫かれている。
小説版を深く深く読み解けば 極めて一貫している。
欧州世界の理想郷を描いている思想 を考えて読み直すと かなり別の視点で味わえるかと。

たとえば王の帰還で 神に等しきエルフの血を引く王族の直系の後継者アラゴルンは王になるが
その下に有る様々な領地は温存されている。
其の後の物語で ホビット庄は特別自治区となり 人の侵入が制限され 王すら其れを守る。
ホビットの庄長は選出は伝統的に7年ごとの選挙である。地方自治である。

つまり
文明人の矜持を知り 自ら奉仕する事を全く厭わぬ「尊き血筋」の下に 共同体は統治される、
そういう【やや厳格な階級序列】は有るものの
あくまで文明人同士の節度ある関係性を重視する者達同士で有る限りは友である、
となる。
 
たとえ蛮族野蛮人であろうとも
もし友好性を重視する者達となってくれるのならば 共存の道を探りたい、
となる。
それが文明人としての矜持だ とね。


俺は 俺の目の前に居る この地に住む圧倒的大多数もまた 言われるまでも無く ごくごく自然に
そういう文明人としての節度と矜持を持ち合わせている と肌で分かっている。

大震災が有っても 核攻撃が有っても 失われない
そういうマヌケな程の文明人としての節度を維持していこうとする平和を愛する気質は、
あまりにマヌケで あまりに素晴らしい。
ちょっと反省しつつ 大いに誇るべきだと思う。

そういう人の心の深さを大事にしていく共通意識は
これからもチョット反省しつつ とても大切にしたい。


この程度の事すら肌感覚で理解できず しかも己が言葉で紡ぎ出す事が出来ない者達は
何を根拠にして己が知性に自尊心を与える事が出来るのだろうかね?
俺ならば恥ずかしくて仕方が無くなるだろうけどね。


誠天調書 2013年10月10日 大切な事はゲームから学んだ。 DQUを群像劇として 政治と外交から眺め直す。
http://mkt5126.seesaa.net/article/376902914.html
にて 経済力も無ければ農業国でも無いローレシアには 軍事力が無い、けれども 軍事的な動きは有る。
というのが読み解けていた。


ドラクエU考察〜ロト戦記6・神速の英雄
http://togege.at.webry.info/201302/article_1.html

それは インテリジェンス なモノでもあり、
それは アラゴルンと北方デュネダインの一族 のようなものでもあろう。
そして それは今のイギリスのようなモノでも有ろう。

悪い意味ではイスラエルのモサドのようなものかもしれないが
其の最悪の例が「日本人と日本」なのだろうが、
其の中身を描いているのが攻殻機動隊であり stand alone complex なのであろう。


誠天調書 2013年10月02日 戦略的な意味合いでの 後退戦 撤退戦 退却戦 の成功例と失敗例を眺めた後で
http://mkt5126.seesaa.net/article/376262576.html

誠天調書 2013年09月18日 特務機関「 ヤマ 」 登戸研究所 陸軍中野学校 その1。
http://mkt5126.seesaa.net/article/375106816.html

誠天調書 2013年09月10日 国際的なスポーツの団体がスイスに本部を置けば、租税回避もマネロンも横領も簡単に出来てしまう。
http://mkt5126.seesaa.net/article/374401806.html

誠天調書 2013年09月09日 東京オリンピック招致 という諜報活動、その情報戦。2013東京オリンピック招致では どんだけ実弾な贈収賄が飛び交ったのか?w そして「ロンドンオリンピックの招致活動」における政治の技術
http://mkt5126.seesaa.net/article/374301647.html


21世紀の最先端の技術 は 20世紀までの感性だけで生きている者達の遥かに上を行く。

此処で言う“技術”とは
いわゆる ハード的な機械や技術 ソフト的なプログラムや技術 だけを指すのではなく
其の両方を含めて 更に人を如何に見据えて【そして如何に使うか?】という意味合いの【技術】である。

そういう見方をしていかなければ ABCDE兵器を複合的に利用する という観点までもが理解できなくなる。

20世紀までの情報や知識や感性だけでの生き方をしている者達にしてみれば
まさに空を舞う話であろう。皆目に理解できないだろう。完全に理解の範疇を超えるであろう。

だけど 其処までをも思考しなければならない。
それkそが 21世紀のネット時代に生きる という意味である。

其処まで考えなければ 無知蒙昧 でしかないのだ。
億劫となって思考を停止して 安直な答えへ飛びつき それを「信念」とか言って誤魔化す。
其れが カルトの罠 である。
カルトへ堕ちる とは 本当に簡単な事でしかないのだ。
馬鹿で豚に過ぎない一般民衆とは あまりに簡単にカルトへ堕ちるのみとなる。

空から降り注がれる日差しにまで疑問を問いかけ続ける、
其処までしなければ 何も分かっていない馬鹿となるだけであり、
それは まだ“光合成をする植物の方がマシ”にも劣る存在と化すのみとなる。

俺は人間として生きるぞ。




posted by 誠 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月13日

ベースボールではなく野球 は其処にも有る。

https://twitter.com/precrione/status/389311943581769728
9回裏でのあまりの様式美に思わずワロタ。
最後の打席が新井さんだし偶然にしては出木杉としか思えないな。
今日も勝てて本当によかった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131013-00000011-spnavi-base
“代打の神様”桧山、惜別の代打2ラン「野球の神様がいた」 スポーツナビ 10月13日(日)
今季限りで引退する桧山進次郎が13日、セ・リーグのクライマックスシリーズ(CS)・ファーストステージ広島戦の9回、代打で登場し、広島の抑え・ミコライオからライトスタンドに2ランを放った。

試合後の桧山のコメント。

――今日が最後の試合となってしまいましたが?
「チームとしては連敗してふがいないし、ファンの方に申し訳ない気持ちでいっぱい」

――最終打席はホームランでしたね?
良い打ち方ができて正直びっくりするぐらい。
 あんな打ち方ができたんだという感じ。
 僕にも野球の神様がいた。
 22年間で一番、自画自賛のホームラン。


 引退試合では強引にいってゴロだったんで、
 謙虚にセンターという気持ちで振ったら、
 クルっと回って良い打ち方ができた
 最後の打席でこんな風になるとは」

――まだ続けられるんじゃないですか?
「貢献できなかった悔しい思いもあるし、後輩に優勝を託して見守りたい」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131013-00000027-asahi-base
阪神の桧山は154キロの直球を振り抜き、右翼ポール際に運んだ。
「自分で驚くくらいの良い打ち方。自画自賛のホームラン」
と笑った。
2011年5月14日の中日戦以来の一発は、阪神一筋だった22年間で通算161本目。
念願の日本一はかなわなかったが、家族が見つめる中、44歳は自らの一振りで花道を飾った。
アレが出来るのは超一流の打者だけ、凄い打撃だった。
狙って出来る打者は殆どに居ない。

左打者の桧山が
 右投手のミコライオのインコース低目の剛速球を
 投球の速さ と 投球の力 の両方にも負けず
 しかも芯で取らえて
 なおかつに 腕を返さず バットに乗せるようにボールを運ぶ振り方をする
という複雑で様々な動作を一瞬の間で完璧にこなした。
此れが出来なければ 仮に芯で当たっても必ずファールとなる。

絶好調の時の巨人の阿部 すなわち「有り得ない」に匹敵する まさに出来過ぎな偶然と言いきって良い。
 凄いモノを見てしまった
とは この事だろう。 俺も 野球の神様 という言葉の方を信じてしまうね。

和田監督の采配は最悪だったのに 其れを一振りで消し去ってしまった。
今回の話は 其の一振りの前段階にこそ本質が有るんだけどね。




http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131013-00000002-wordleafs-base&p=2
CSの勝敗を分けたのは「打った」、「打たなかった」の問題だけではない。


真のエースが不在だった阪神

藤浪のCS開幕投手抜擢については賛否両論があるだろう。広島にしてみれば、一番出てきて欲しくなかったはずの左腕、能見というカードを切らないままCS敗退したことも考えねばならない反省点だ。本来ならばマエケンに阪神もエースをぶつけるべきであった。だが、裏を返せば信頼すべき真のエースが、今季の阪神には存在しなかったとも言える。

確かに来季のことを考えれば、藤浪に、このCS舞台を経験させた意義はある。
つまり むしろ問題にすべきは、継投についてだ
この日の第2戦も、安藤、ボイヤーの投入が、裏目となってゲームに緊張感がなくなった。
負ければ終わりの短期決戦なのだ。

ベンチ入りメンバーには巨人戦の先発要員だったスタンリッジもスタンバイさせていたと聞く。後がないのだからスタンリッジ、福原を惜しむことなく、つぎ込めば良かったと思う。終わってみれば、和田監督の采配は、シーズン中の広島3連戦と、なんら変わりがないように見えた。首脳陣に短期決戦の経験がなかったと総括すればそれまでだが、勝負への徹しようが、上から下まで中途半端だったように思える。この点もまた広島と阪神との“違い”であった。

(文責・掛布雅之
広島は5回で被安打1だけで抑えていた先発のバリントンを変えてでも積極采配を貫いた。
阪神は勝負所でカードを切れず 結局に能見・スタンリッジ・榎田は登板せずに全てが終わる。
阪神は監督やコーチが馬鹿すぎたね。

また守備力の違いも気になった。

広島の二遊間の守備力は、中日の“アライバ”に匹敵するものがあった。
特にセカンドの菊池は、甲子園の土と芝に境目に足がかかるほど、
深い守備位置を守って、その守備範囲は驚くほど広い。
逆にショートの梵は堅実にプレーするタイプ。

広島の野村監督からすれば、レフトのエルドレッドの守備力だけが不安だったのだろうが、
そのエルドレッドが、藤井の抜けそうな打球をジャンプ一番好捕した。
この試合にかける集中力の違いのようなものが際立つことになった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131013-00000096-spnannex-base
CS導入から7年目にして初出場を果たし、一気に2連勝でのファイナル進出。
6回に逆転の左前適時打を放ったエルドレッドは
「非常に興奮している。素晴らしいCSだった」
とお立ち台でまくし立てた。

西岡の先頭打者アーチで阪神にいきかけた流れを引き戻したのはエルドレッドだった。
0―1で迎えた2回の守備。1死一塁で阪神の8番・藤井彰が放った打球は長打になりそうな大飛球だった。
だが、元は一塁手の 急造な左翼手なエルドレッド が この大飛球を好捕する。
「打者もいい当たりを打ったと思うが、打球へのいい読みとジャンプができた。
 ジャンプしなければ捕れない打球だったが、身長もある(191cm)のでジャンプして何とか捕れた。
 走者が出ていたのが見えたから投げたんだ」。
好捕の次はすかさず送球し 見事な中継で一塁へ併殺を完成させ、ピンチを一瞬にしてしのいだ。

0―1で迎えた6回、1死三塁からキラの適時二塁打でまず同点。
2死三塁で打席に入ったエルドレッドに気合が入らないはずはなかった。
「初球を打ったらいいところに抜けてくれた。非常に気持ちのいい感触だった」。
逆転となる左前打を放つと、
「勝ち越せば、うちの投手が守ってくれると思った」
とチームメートを信頼して、あとは代走に譲り、交代。
最高の勝利の瞬間をベンチで見届けた。

16日からはセ・リーグ覇者・巨人とのファイナルステージに臨むが、「東京でいい試合をする準備はできている。そこで何とか勝って、広島に帰って来たい」とエルドレッド。高らかに“下剋上”でのG倒を誓った。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131011-00000021-tospoweb-base
CSが始まる2日前の10月10日、JFE西日本との練習試合で
シーズン後半に4番で奮闘したエルドレッドを初の6番で起用。
理由を
「エルドレッドはメッセンジャーに対してよろしくない。
 しかし彼の遠くに飛ばす力は相手が嫌がると思うので、どう機能するかを考えて」
と話し、今季阪神戦で1割7分と相性の悪い主砲の打順を下げる方針でいる。

2本塁打と期待に応えたエルドレッドも
「すごく感じがよかった。僕は変わりなく力を発揮するだけ」
と気合十分だ。

本番直前での打順変更だけに
「キラとエルドレッドが3、4番で並んでいたことで威圧感があったのに…」
との声もある。
しかし、指揮官の今季の“ミラクル采配”がそんな不安を打ち消している。

「シーズン後半の監督の采配は神懸かっていた。
 今回も監督なりの考えがあってのもの。
 いきなりになるが大丈夫でしょう」(球団関係者)。

8月末にコーチ陣の反対を押し切って昇格させて守備変更までさせたエルドレッドが大爆発、
大抜てきしたルーキー・鈴木誠也が活躍する
など勝負どころの采配がことごとく的中した。

この集中力の有る広島の守備 逆に集中力に散漫が見られた阪神の守備 という守備力の違いは、
投手への精神的負担の軽減など、あらゆる部分に波及効果をもたらす。
目立たぬ点だが、決してCSの勝敗を分けたのは「打った」、「打たなかった」の問題だけではない


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131011-00000302-sportiva-base
広島のレギュラーシーズンの成績は69勝72敗3分(勝率4割8分9厘)。
勝率5割を切ったチームがCSに出場するのは2009年のヤクルト(71勝72敗1分)以来、2度目。
さらに、今季リーグ優勝した巨人とのゲーム差は「17」。
もし、広島がCSを勝ち上がって日本シリーズ進出となれば、
現行制度見直しの声も出かねない状況だ。
それでも、現在のカープには、そんな騒動を起こしてしまいそうな勢いと可能性がある。

この広島躍進の要因には、3つのキーワードが挙げられる。
「ケガの功名」「昨年の教訓」「指揮官の覚醒」だ。
特に後半戦は、これらの要素が見事に噛み合い、快進撃へ繋がった。

「ケガの功名」は、開幕早々から見られた。春季キャンプで、セカンドのレギュラー候補だった東出輝裕が左ヒザ前十字靭帯を断裂し、今季絶望の重傷を負った。その代役として起用されたのが、本来はショートを守る2年目の菊池涼介だった。

今季から就任した新井宏昌打撃コーチが、「コーチに就任して、最初に名前が浮かんだ3人のうちのひとり」という菊池は、もうひとりの丸佳浩(打率2割7分3厘、29盗塁で盗塁王獲得)とのコンビで打線に新風を吹き込んだ。チーム最多となる141試合に出場し、打率2割4分7厘ながら球団新記録となる50犠打をマーク。守備でも規格外の守備範囲の広さで、日本新となる528捕殺を記録した。

また、ここ数年、貧打に泣かされた打線のターニングポイントとなったのが、6月に途中入団したキラの存在だ。新井コーチが「キラが加入して軸が固まってきたことで、点が入る雰囲気が出てきた」と評価する新外国人の獲得は、開幕から4番を任されていたエルドレッドが右手首に死球を受けて骨折し、離脱したことがきっかけだった。キラ(66試合に出場し、打率2割5分9厘、14本塁打、45打点)の加入後、打線は1試合平均4.5点を叩き出し、それまでの3.3点を大きく上回った。

さらにCS争いも佳境に入った8月20日、開幕からサードのポジションを守り続けていた堂林翔太が左手に死球を受けて骨折し、戦列を離れた。レギュラーに定着して2年目の堂林は離脱するまで、打率2割1分7厘、失策19個(リーグワースト)とマイナス面も多かったが、チーム2位の41打点をマークするなど、着実に成長を遂げていた。その堂林に代わりサードに入った木村省吾と小窪哲也が、見事にその穴を埋めた。特に木村は打率3割を超える打撃で、「下位からでもチャンスを作れたのは大きかった」と新井コーチの評価も高い。何より、安定した守備力は、投手陣に安心感をもたらした。2010年は東出、2011年は梵英心(そよぎ・えいしん)と、いずれも故障離脱した内野の穴を埋めたスーパーサブの真骨頂だった。


一方、投手陣はエースの前田健太を筆頭に、バリントン、大竹寛、野村祐輔の4本柱が2ケタ勝利を挙げた。広島で4投手による2ケタ勝利達成は、北別府学や大野豊などを擁し、「投手王国」と言われた1987年以来、26年ぶり。実は、この先発陣の活躍の背景には「昨年の教訓」があった。

9月の急激な失速でCS進出を逃した昨年は、開幕から主に中5日のローテーションを組んでいた。シーズンを通してフル回転状態が続いた結果、勝負どころの9月に前田が5試合に先発して1勝しかできなかったのをはじめ、4本柱が挙げた勝ち星はわずか4勝。スタミナ切れは明らかだった。

そうした反省を生かし、今季は開幕から先発に無理をさせない起用を続けた。連戦が続いた7、8月も、なかなか結果を残せない中村恭平や中崎翔太を使い続け、中6日のローテーションを守り抜いた。
調子の上がらない今村に代わり 中継ぎとセットアッパーへの横山と永川の復活が大きかった。
後ろが固まる事で先発投手を無理に引っ張る必要性が減り 安定感あるローテーションを維持させ続けた。


その結果、エースの前田は7月14日から9月21日まで負けなしの9連勝。
前半戦はなかなか勝てなかったバリントンも8月4日から9月25日まで7連勝。
大竹、野村も順調に白星を重ね、3位争いのライバルチームを大きく引き離した。

そして「指揮官の覚醒」だ。開幕当初から「日替わり打線」と揶揄され、144試合で109通りにも及んだ打順も、シーズン終盤にはある程度の形が完成し、機能した。休養を与えながら慎重に起用してきた故障持ちの梵や石原慶幸も勝負どころで結果を出し、昨年6勝17敗1分だった9月を今季は14勝7敗で乗り切った。
何より光ったのが野村謙二郎監督の積極采配だった。

その最たるものが、終盤に見せたエルドレッドとキラの両外国人の併用だ。
ふたりの適正ポジションはともにファースト。
だが、野村監督は守備面でのリスクは承知の上で、エルドレッドをレフトで起用した。
実際のところ、失点につながるミスも度々あった。
それでも、「今年は打ち勝つ野球がテーマ」(野村監督)と最後まで攻撃野球を貫いた。

キラが来日当初の勢いを失った9月に4番復帰したエルドレッドは、
打率3割2分9厘、7本塁打、15打点と打ちまくった。
野村監督は「万馬券が当たったようなもの」と自らの起用について語ったが、
ハイリスクハイリターンの決断が見事にはまった結果となった。

10月12日から始まるCSファーストステージで、まず広島はセ・リーグ2位の阪神と対戦する。
今季、阪神との対戦成績は12勝12敗とまったくの互角。
しかし、9月以降の両者の対戦では4勝1敗と広島が勝ち越しており、勢いの差は歴然としている。

しかも、広島には絶対的エースの前田がいる。
前田は今季、阪神戦に6試合先発して4勝1敗、防御率0.40と抜群の成績を残しており、
甲子園に限っていえば2戦2勝で防御率0.00と1点も許していない。
前田は初戦の登板が予定されており、ここを確実に取れば、
3試合制(2勝で勝ち抜き)のファーストステージを勝つ可能性は高くなる。

ファーストステージを勝ち抜けば、セカンドステージで対戦するのが巨人だ。
今季、巨人との対戦成績は8勝14敗2分と大きく負け越しているが、
9月以降に限れば広島が5勝2敗と勝ち越している。
また、昨年5月から14連敗を喫していた「鬼門」の東京ドームでの戦いも、
7月25日の試合で1イニング8得点の猛攻で勝利し、その後も4戦2勝と苦手意識を払拭した。

7月24日の時点で、広島の借金は今季最多の「14」に達していた。
目標だった5割には届かなかったが、
9月以降は7連勝を含む16勝9敗1分と巨人、阪神の上位チームを上回る成績で3位に入った。
それだけに1991年以来となる日本シリーズ進出も……広島ファンは今、そんな夢を見ている。
2013.08.26 「9月の悪夢」は繰り返さない。CS初進出へ、広島ナインの思い
http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/2013/08/26/cs_1/



http://thepage.jp/detail/20130930-00000001-wordleafs?page=1
2013.9.30 巨人・原監督が警戒する広島とのCS対決
広島が強い。

9月の広島は貯金「8」
9月の成績を見比べると、阪神は24試合で6勝16敗2分(借金10)。
対する広島は、23試合で15勝7敗1分(貯金8)。
一時は、阪神に10ゲーム以上離されていたが、今や勢いは完全に逆転している。
ただ、広島の残り試合は3で阪神は6試合。両チームの直接対決は1試合しかないので、
2位浮上は広島にとって他力本願にはなる。
それでも今の広島の勢いから見れば逆転劇は現実的だろう。

この後のクライマックスシリーズでは、カープの9月の勢いが、そのまま出そうな雰囲気はある。

巨人は広島を警戒

先日、東京ドームで原監督と少し立ち話をした。
「優勝おめでとうございます」と声をかけると、
原監督は「運も味方しました」と謙遜してから、
クライマックスシリーズ進出を決めていた広島について語り始めた。

「元々、マエケンがいるわけですから計算の立つチームなんですよね。
 問題は打線だったのでしょうが、キラが入ったことで、つながりが生まれました。
 ウチからすれば、本来、確実に(打線を)切れるところで切れなくなったんです。
 今は、セ・リーグで一番勢いに乗っているチームですよね」

私が「クライマックスでは阪神より広島が嫌でしょう?」と返すと、
原監督は、苦笑いを返しただけだったが、その表情がなによりの答えだろう。

広島打線は阪神打線より怖い

私は、原監督の「切れるところで切れなくなった」という話にピンと来た。
広島は、堂林というキラ星のような才能を持った三塁手の育成がチームの命題だった。
だが、8月20日の中日戦で、堂林は左手に死球を受けて骨折、チームから離れた。
皮肉なものだが、堂林がいなくなって三塁のポジションに木村と小窪が入るようになってから
広島の快進撃が始まることになる。

巨人のある関係者から、こんな話を聞いた。
「堂林がいると、ピッチャーが楽だったと言うんだよ。
 (堂林は)打てないポイントがあるので、堂林が次に控えているなら、
 前の打者と勝負せずともいいし、ひとつアウトが計算できて打線を切ることができる。
 でも、堂林がいなくなって、打線が切れなくなった。
 だから、今の広島は阪神打線より よほど怖い」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131013-00000102-nksports-base
野村謙二郎監督(47)は、エルドレッドの守備に「あれは、ビックリしたね」と驚いた。
犠打がことごとく得点に絡むなど、采配がことごとく的中したが、
「僕は普段通り。選手がひるむことなく、勢いを感じる中で、サインを実行してくれている。
 先制のホームランを打たれたけど、接戦になればどうにかなると思っていた。
 中盤のいいところで外国人が打ってくれた。みんながよくがんばってくれた」
と選手をたたえた。


http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20131013-1203829.html
広島ブライアン・バリントン投手(33)が粘り勝ちだ。いきなり阪神西岡に先頭打者弾を浴びたが、その後は無安打投球。

本調子ではないものの、5回1失点で勝ち投手になり、ファイナルステージ進出を決めた。9月末のCS進出が決定した試合でも勝利投手になっており、節目の試合に強い。ファイナルステージでは巨人と対戦するが「とても楽しみ。今のような野球をすれば勝機は十分ある」と自信を見せていた。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131013-00000002-wordleafs-base&p=1
私は、CSの2日前に甲子園を訪れ練習を見させてもらった。阪神はバントなどのケースバッティングをしていた。バントプレーの確認は必要なものだったが、首をひねったのは、エンドランのケースバッティングを取り入れ、バッターがボール球を打っていたことである。CSのような短期決戦の前にボール球を打たせると間違いなくバッティングのメカニックは微妙に狂う。それほどバッティングとは繊細なものだ。特に阪神の打線はボールの見極めができないことが課題だったから、なおさらである。私は、「広島戦では打てなくなるぞ」と悪い予感がしたが、それははからずしも現実のものとなってしまった。

打線がつながらないどころかヒットも出ない。
初戦の前田健太、そして、バリントン。バリントンの序盤は調子がいいように見えなかったが、同じようなパターンの凡退を繰り返した。
好球に手を出すのはいいのだが、それをファウルにしてしまうからカウントが悪くなる。そうなると相手のウイニングショットの餌食である。

「狙い球を絞って、それが来るまで我慢する」という、ぶれない戦略がなかったのである。私はCS前から、その意思統一の必要性を指摘していたのだが、結局、カウントを追いかける最悪のパターンから抜け出せなかった。一方、広島には「狙い球を絞る」という我慢があった。この日、キラがボール気味のストレートを強引に引っ張って同点タイムリーとしたが、キラとマートンという両チームの4番の違いが、如実にゲームの勝敗を分けることになった。

試合前に嫌な兆候はもうひとつあった。1番に座る西岡が、熱発で練習を休んでしまったことである。ゲームに出場できないほど深刻な病状であれば別だが、結果的に出場できたのだから練習に姿だけでも見せておかねばならなかった。西岡は、チームに勢いをもたらす中心人物なのだ。「何が何でも勝つ」という必死さをチームに伝えておくべきだったと思う。

甲子園には、多くの広島ファンがつめかけ、レフトスタンドは真っ赤に染まった。私たちが、現役の頃の阪神―巨人戦を彷彿させるような独特の雰囲気が出来上がっていて選手は、いつもとは“違う雰囲気”の浮き足だっているようにも思えた。こういう時こそ、勢いをチームに引き込んでくるのは、必死さやガムシャラさなのだ。

監督とコーチのベンチ采配からして CSという短期決戦に必要な積極采配 が全くに出来て無い
なのだから 選手に必死さが出るはずもない。
個人個人の戦術的奮闘が仮にあったとしても 作戦的な失敗は覆せない という典型的な事例で有る

夏から秋以降に、
偶然の要素が有ったにせよ広島のベンチ陣は昨年の失敗から学んだ教訓を活かし
阪神のベンチ陣は同じ失敗を何度でも何度でも繰り返し続けるだけだった。
つまり阪神は
 仮に作戦的な成功が起きていたとしても 戦略的な大失敗は覆せない
という典型的な事例を自ら証明させて見せた訳だ。

野球という戦いの場の考察を こういう観点で見定める事は
社会 政治 外交 軍事 の観点でも充分に応用の効く話でも有る。


戦略的視点を持つ原監督は 作戦面と戦術面での優秀なコーチ陣を揃え 勝ち続けた。
其れでもプロ野球というのは6割に勝てれば「ならばよし」でしかない過酷な話でもある。
 長所が短所を上回る勢いを持つ現在の広島
 盤石な強さで迎え撃つ巨人
おそらくに また此のままに1年を戦い続ければ巨人が勝ち越せるだろうけど
短期決戦だからこそ先は読みきれない程度にしか差は無い。



記事を読み進めていて、今の広島に 新井宏昌 がコーチで居る と有って、驚いた。
新井宏昌は広島と縁が無いはずだ。

広島もまた 監督コーチのベンチ陣は同族主義で貫かれる。
其れは天下り先という意味合いが有り
それは特に現在の阪神や中日で極めて深刻な事態を引き起こしている。
だから中日は落合をGMで復活させて谷繁監督で森ヘッドコーチにさせるという荒療治を選択した。
阪神は 全くに変わりそうもない。
そういう意味合いでは 原巨人もまた 天下りという観点を上手に排除し続けてきている。

で 広島のコーチ陣を眺め直してみた。


http://www.carp.co.jp/team13/member/k77.html
広島東洋カープ公式サイト 監督 コーチ
 ↓
http://www.carp.co.jp/team13/member/k78.html
一軍 投手コーチ 古澤憲司

古沢憲司・・・って、誰???
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/hee_haa11/article/315

この人事は非常に驚いている。
http://toshifumi.blogzine.jp/onetoshi/2012/10/post_ada5.html

古沢憲司 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E6%B2%A2%E6%86%B2%E5%8F%B8
1993年から1995年まで広島東洋カープの投手コーチ(93年は一軍の投手コーチ)、
1996年から2000年まで阪神タイガースの二軍投手コーチを務めた。
阪神の監督は 1999年 - 2001年 が野村克也である。
その時の2軍監督は岡田だった、此の時の1軍と2軍の意思疎通は非常に悪かった。

2001年からはドミニカ共和国カープアカデミー臨時コーチを務めた。

2012年10月22日に広島東洋カープと一軍投手コーチとして契約を結び、
2013年シーズンより広島東洋カープの一軍投手コーチに就任する。


http://nanj-nanj.com/blog-entry-2783.html
現役19年で阪神、西武、広島と渡り歩いて87勝。93年に広島で1軍投手コーチとなり、
阪神2軍投手コーチ時代には井川(現オリックス)、藤川らを指導した
V奪回を狙う野村内閣4年目の体制が、これでほぼ固まった。

大野投手チーフコーチ退団により、人選を進めていた1軍投手コーチは経験豊富な64歳に決まった。
この日、球団幹部が、ドミニカ共和国カープアカデミー臨時コーチを務める古沢氏に就任を要請し、
本人も快諾した。
「(野村)監督ともよく知った間柄で、話もできる。監督がやりやすい人」
と同幹部。
OBの中から人柄、指導力を考慮した上で最適の人材と判断した。
http://www.daily.co.jp/baseball/carp/2012/10/19/0005460273.shtml
なるほどねぇ。
広島は カネに渋い球団 だが よく練習をする球団 でもある。
其の為にも 選手守備に負担が大きいドーム球場な人工芝 を新マツダスタジアム球場でも採用しなかった。
選手は基本的に 育てる をしてきた。
外国人選手は 安くて良い選手を比較的に良く当てる という印象が有った。

此の記事の ドミニカ共和国カープアカデミー が特に気になった。


http://pootasouan.web.fc2.com/f_dominica/d-sosetsu.html
ドミニカ・カープアカデミーの創設
1999年のデータです。

■ドミニカ・カープ・アカデミーは、こうしてつくられた…。
●設立の趣旨
広島東洋カープは、
プロ野球球団を経営する一企業として
球団の財産ともいえる選手の発掘・育成には最も力を入れている。

日本の球界での たったひとりの大リーガーに投資する巨額の金銭 と その選手と日本での働きぶり
は必ずしも額面通りではない。

広島東洋カープ球団は独自の立場で、野球が盛んな中南米諸国の駐日大使館を訪れて事情を聴き、
さらに外務省の理解を得て各国の野球事情を視察した。
また、ドミニカ共和国には、過去5回にわたり訪問。
同国の政府関係者、野球関係者の協力のもとに野球アカデミーの建設に踏み切った。
広島東洋カープは、同国の習慣を尊重し、
さらに既に同国に進出している米国アカデミーの関係者と強調しながら、発展を図り、日本との交流を深め、
日本とドミニカ共和国の友好親善の使命を果たすことが願いであり、夢でもある。

■ドミニカ・カープ・アカデミーは、こうしてつくられた…。
●大きな教育的投資
ドミニカ共和国は、現在人口は約700万人で、GNPは1人当たり4,000ドルでですが、貧富の差が大きい国である。1990年11月29日の開校式には、ドミニカ共和国からは大統領、国防相、文化相、スポーツ相ら閣僚のご出席を賜った。
当時のホアキン・バラゲール大統領は御年83歳。目が不自由で、足どりが気になりましたが、定刻にヘリコプターで来場された。
親しく言葉を交わす機会を得たが、大統領はしっかりした口調で、「このベースボールアカデミーを発展させたい、ご協力をお願いする」と言われた。カープのアカデミーオプベースボールは、単にカープだけでなく、ドミニカにとっても大きな教育的投資であるとの感じを受けた。
ドミニカには現在、メジャー・リーグ26球団のうち、22球団がなんらかの形で、ドミニカの選手をスカウトし、養成する手段を持っているが、カープのように、本格的な施設を持っているのは、ドジャースとブルージェイズの2球団だけである。

これら、球団のスカウトは野球を教え、素質のある少年をスカウトしていますが、カープは2名、ドジャースは8名のスカウトを持っています。
カープのアカデミーには、17歳の遊撃手がいましたが、肩の強さは日本のプロ野球の中でも目立つほどであった。このような選手たち13人が、カープアカデミーオブベースボールと月額2万円で選手契約をしている。
カープアカデミーオブベースボールには、このほか国内規約(アカデミー連盟へ登録)によって、1か月ごとに登録を更新する16人の無給登録選手と練習生が10人程度いる。

●サン・ペドロ・デ・マコリスの野球事情
サン・ペドロ・デ・マコリス(San Pedro De Macoris)ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴ(Santo Domingo)の東、約80kmにある州と都市で、サン・ペドロ・デ・マコリス州は人口約17万人。
州都サン・ペドロ・デ・マコリス市は人口約5万人である。
広島東洋カープ・アカデミーオブベースボールは、この市の郊外にある。

サン・ペドロ・デ・マコリス市にはプロ野球のほか、まがリトルリーグのチームを含むアマチュアチームが数多くあるが、メジャーチームは10チームで、これらのチームは企業がスポンサーとなり、ユニホーム、スパイクシューズなどの用具を貸し与えている。小学校、中学校、高校はクラブ活動としてのチームはない。

広島東洋カープは、民族的にすでに野球選手としての優秀性を発揮している、サン・ペドロ・デ・マコリスの住民のなかに優れた野球選手を求めて、ベースボールアカデミーを設立しました。いま、ドミニカの少年たちの夢は、まず安心して眠れることと、日に三度の食事を摂ることだという。

■ドミニカ・カープ・アカデミーの概要
●名  称/(Spanish) ACADEMIA DE BEISBOL HIROSHIMA TOYO CARP
      (English) HIROSHIMA TOYO CARP ACADEMY OF BASEBALL
      (Japanese)広島東洋カープ・アカデミー・オブ・ベースボール
●住  所/KM31/2 Carretera Mella San Pedro de Macoris Rep, Dominicana.
      TEL 011-1-809-529-2040 FAX 011-1-809-529-6458
      首都のサント・ドミンゴより東に約80km、車で約1時間30分。サン・ペドロ・デ・マコリス
      の郊外

●土地面積/269.011平方m(約81.000坪・広島市民球場の約10倍)
●施  設/
 ▲第1グラウンド…試合用、両翼100m・センター125m 
 ▲第2グラウンド…練習用、両翼100m・センター125m 
 ▲第3グランド…内野守備練習用・芝生 
 ▲第4グラウンド…内野守備練習用・土 
 ▲オブザベーションタワー
 ▲室内バッティング練習場(3打席)
 ▲ピッチング練習場(5プレート)
 ▲ウェート・トレーニングルーム 
 ▲選手専用宿舎(48ベッド)、コーチ専用宿舎(5ルーム)従業員用、トレーナールーム、
  ロッカールーム、シャワールーム、
  ランドリールーム、ダイニングルーム、多目的ルーム、事務所、エントランスホール、
  ミーティングルーム、マネージャー
  ルーム、接客ルーム、スタッフルーム、車輌倉庫

▲コーチ
 ■トレーナー  1名
 ■スカウト   3名
 ■契約選手   30名前後
 ■登録選手   15名前後
 ■テスト生   20名前後
 ■常時駐在員  1名(鍜冶口尊将)
 ■定期駐在員  3名前後
 ■従業員    30名前後(上之光紀:通訳) 他(事務、グランドキーパー、食堂、掃除)
●着  工/1989年3月
●開  校/1990年11月29日
なるほどね。
成功している とは思えないけど 外国人選手との接点を球団として独自に作っている という背景には
この辺りの 外交による人脈形成の成果 とも言えるんだろうね。

カネでしか物事が考えられない そんな野蛮人へと堕ちるだけな存在となった蟲やケダモノの如きな存在では
 人の生き方や価値観や美意識の根幹とは何たるか?
が俺達とは全くに異なる 不思議な異民族 そのカルトの下僕 でしかない己が存在の中身にすら
もはや理解が欠片も及ばないんだろうけどね。

まさか
 人脈とは目先のカネモウケという意味合いで考えているハイパーキチガイカルトの下僕
は居ないとは思うけどさ。


カープアカデミー開校20周年記念Q&A 「不毛の10年」
http://kugyousow.blog.fc2.com/blog-entry-305.html

http://kugyousow.blog.fc2.com/blog-entry-1511.html
事情通
日本の球団としてはいち早くドミニカに目をつけたまでは良かったのですが、
この「カープアカデミー」、今は単なるお荷物でしかありません。
地理的なこともあり、現地の野球を志す若者が
より興味を持つのがNPBではなくMLBであることは想像に難くないでしょう。
MLB関係者だって馬鹿じゃありませんから現地にエージェントを置いたりアカデミーを設けたりしています。

そのような現状において、
カープアカデミーに在籍するのはメジャーの組織に入れてもらえなかった選手が殆ど
なのが今の実情です。
たまに網から漏れたダイヤの原石が表れないとも限りませんが。。。
このことは日本の球界関係者、マスコミにとっては公然の事実、
松田オーナーのドミニカ視察は単なるアリバイ作りに過ぎません。
鳴り物入りで始めたからにはダメでしたといって店じまいするわけにもいきませんからね。
2012/12/12 Wed 23:01

苦行僧
コメントありがとうございます
もうおそらく、ドミニカ共和国が国を挙げて歓迎してくれた手前、
引っ込みがつかんようになってしまってるんかも知れません。
もったいない話です。惰性でしょうね。
そう言えば由宇練習場も、造ったはいいけどそのあとの進展が全くありません。
「とにかく作ればいい、あとは知らん。」
みたいな傾向がカープ球団内に蔓延しておるような気もします。
2012/12/13 Thu 03:49


勿論に資本の論理の全てを否定する なんてキチガイな言葉をのみ吐くつもりも俺には無いけど
ハイパーキチガイカルトの情報流通の人民統制の下僕
の下で蟲かケダモノとしてだけ存在してきた事すら自覚できない者達は、
きっと最後の時が来るまで 己が存在の本質が微塵にも理解できないままなのでしょうね。


そして此の記事を読む、最後が非常に面白かった。
2013年05月14日 ドミニカで“日本式野球”を布教する男 広島カープのアカデミーを直撃取材
http://toyokeizai.net/articles/-/13946

ドミニカ共和国にある広島カープのアカデミーを訪れると、選手たちの着ているアンダーシャツのカラフルさが目についた。カープカラーの赤だけでなく、青、黒と色とりどりだ。目を凝らすと、赤のシャツにはセントルイス・カージナルス、青にはシカゴ・カブス、黒にはニューヨーク・ヤンキースのロゴが入っている。

「メジャーリーグの球団とマイナー契約を結んでも、活躍できなければすぐに解雇される。そうしたドミニカ人選手たちが、カープアカデミーにセカンドチャンスを求めてくるんだ」

そう語ったのは、投手コーチを務めるフアン・フェリシアーノ。彼自身、プロ生活をスタートさせたボストン・レッドソックスのマイナーリーグ時代には結果を残せなかったものの、カープアカデミーで実力を伸ばし、2004年から広島で3年間プレーした経歴を持つ。その後はイスラエルやメキシコ、アメリカの独立リーグなどに活躍の場を求め、2011年からカープアカデミーで指導している。

1990年、カープアカデミーは総工費6億円をかけて設立された。メジャーリーグでシルバースラッガー賞(各ポジションで最も打撃に優れた選手を選出)に4度輝いたアルフォンソ・ソリアーノ、1995年に広島でチーム最多の15勝を飾ったロビンソン・チェコを輩出したものの、近年はあまり機能しているとは言いがたい。

その理由について、フェリシアーノはこう説明する。

「カープアカデミーから日本に行く選手の多くは、プロ経験のない者ばかりだ。ドミニカ人が日本の野球に適応するためには、やるべきことがたくさんある」

カープアカデミーに所属する選手のほとんどが、貧困に苦しみながら育った。幼少期に学校へ通えなかった弊害で、規律と他者への敬意を欠いている。大人になった現在でも自らに厳しい練習を課せず、技術指導を受けても1週間後には忘れてしまうという。

フェリシアーノは広島でプレーしながら規律を学び、体格でドミニカ人に劣る日本人選手が活躍できる理由を肌で理解した。日本人はつねに一生懸命プレーし、強いメンタルを備えていた。

そうした心構えこそ、成功する秘訣だとフェリシアーノは熱弁する。

「いつだって、絶対にあきらめないことが重要だ。あきらめた瞬間に、付いて行けなくなる。つねに向上することを心掛け、チームのために貢献しなければならない。選手には日本の文化、日本の野球に敬意を払うように話している。互いを尊敬し合うことができなければ、野球をプレーするのは難しい」

フェリシアーノの指導はメンタルだけでなく、メニューも日本式だ。ドミニカにあるサンディエゴ・パドレスのアカデミーでは全体練習が2時間半なのに対し、カープアカデミーでは午前中から4時間、夕方に2時間行われる。午前練習の最後に待っているのは、ハードな中・長距離走、筋力トレーニングだ。

「走ることで体が強くなる。体力が増えれば、もっといいボールを投げられるようになる」

・厳しい練習のおかげ
メジャーでは週の限られた日数にしかブルペンに入らず、球数も30〜40球が一般的だが、カープアカデミーは毎日約70球を投げ込む。入団間もないドミニカ人選手は不平をこぼすものの、2〜3週間で慣れてくるという。下半身の使い方から体重移動、腕の振り方まで、フォームを修正するのもカープアカデミーでは当たり前だ。

合理的な投げ方を身に付けることで、スピードやコントロールが改善されていく。全体的にドミニカ人選手は腕の関節が固いため、鉄アレイを持たせて上下・左右に運動させることで、柔らかくするメニューも繰り返される。

そうした努力が実を結び、2012年12月、ワシントン・ナショナルズを解雇されてカープアカデミーにやって来たブライアン・ガブリエルは、140キロメートルだったストレートの平均球速が144〜150キロメートルにアップした。あこがれのアンディ・ペティット(ニューヨーク・ヤンキース)のようにきれいなフォームからキレのあるボールを投げる左腕投手は、厳しい練習のおかげで夢を取り戻すことができた。

「2カ月間、ここのプログラムに集中したことで、上達することができた。心からいい投手になりたいと思っている。それには、もっとコントロールの精度を上げなければならない。日本の野球は3Aのレベルと同じくらいなんだろ?そこで上達すれば、メジャーリーグに行くことができる」

昨シーズン、育成選手として広島で過ごしたホセ・ポランコは、日本で貴重な経験を積んだ。

「日本の練習がハードというのは、正確な表現ではない。それは彼らの熱意なんだ。日本人はそうやって上達していく。俺もさらなる努力が必要だ。メカニック(フォームにおける一連の動作)をもっと上達させなければならない」

フェリシアーノはカープアカデミー時代、コーチの古沢憲司(今季から広島の1軍投手コーチ)にかけられた言葉が脳裏に刻み込まれている。
「一生懸命プレーしなければ、何も達成することはできない。
 努力した者だけが、いい選手になることができる。
 古沢さんにそう言われたことを、絶対に忘れない。
 ドミニカのコーチは、そんなことを教えてくれないからね。
 メンタルの話をされることなんてないし、活躍できなければ解雇されるだけ。
 いい選手になるためには、日本の野球の考え方が必要だ」

人間的に成長する必要性

努力しなければ、上達できない――。
日本人にすれば当たり前のことが、外国では驚きとともに受け止められることもある。
外国人の考える努力と、日本人の定義する努力の違いもあるだろう。

「人間的に成長できない者には、人生にさまざまな障害が待ち受けている。
 信頼して共にプレーするコーチ、選手を見つけることができなければ、
 練習でうまくなることはできない」

日本人コーチとの出会いで人生観が変わったフェリシアーノは、
現在、母国のドミニカ人選手に日本流で教えながら、成長を促している。
今年の秋季キャンプには4〜5選手を広島に送り込める可能性があるという。

「皆さん、ドミニカからいい選手を送ります。頑張ります。お願いします!」
目を輝かせ、流暢な日本語でそう言ったフェリシアーノ。
メジャーの眼鏡にかなわなかったドミニカ人選手たちは、
日本式の練習でどこまで可能性を伸ばすことができるか。
まずは、今年の秋が楽しみでならない。
なるほどね、そういう事だったんだね。

ベースボールではなく野球 という意味合いの中身が理解できる人間は多くない。
分かっている という気になっている人間ほどに“何も分かって無い”場合が殆どだ。

人を育てる とは如何なる事なのか?
おそらくイケシャアシャアと御託を並べる者達ほどに 己が如何に恥を晒しているかも理解できないだろう。

人脈形成 外交 人を育てる とは投資で有る。
目先のカネモウケをのみ投資と呼称する そんなハイパーキチガイカルトを自分の言葉で否定できない者達は
きっと幸せに生きていけるだろう。

自分達は何者なのか? の本質を捉えた上での民間外交として考えれば
普通に「ならばよし」とは思うけどね。


東洋経済は 時に不思議な記事がある。まぁチョコチョコと変な個所も少なくは無いがw
野球の資本に強い接点が無い のかな?
特別に良い ではなく まだマシな記事だからこそ
キチガイな情報工作な情報流通 を眼前にすると 非常に際立つよね。


2013年09月04日 ノムさんの教えを守り、“名脇役”になった男 西武・渡辺直人はなぜ重宝がられるのか?
http://toyokeizai.net/articles/-/18820
社会人の三菱ふそう川崎で巧打のショートとして鳴らした右打者の渡辺は、2006年のインターコンチネンタルカップで日本代表に選ばれるなど、アマチュア球界の実力者として知られていた。同年の大学生・社会人ドラフト5巡目で楽天に指名され、野村の門下生となる。

当初はアッパースイングになる癖があったものの、バットを水平に振るよう野村に指摘され、
センターから逆方向中心のバッティングを心掛けるようになった。
渡辺の打撃スタイルは1番や2番のチャンスメーカーとしてはまり、
入団から3年連続でチームトップの盗塁数(25、34、26)を記録するなど、欠かせない戦力になった。

だが2010年シーズン終了後の12月、突然の金銭トレードを通告される。
8日前に翌年の契約更改を済ませたばかりで、球界では異例の出来事だった。

同じ内野手の松井稼頭央、岩村明憲(現ヤクルト)をメジャーリーグから獲得し、
出場機会が減少するための措置とも噂され、
楽天に残る主力選手やコーチは声高にトレード反対を訴えた。
自己犠牲の精神でチームの勝利を最優先する渡辺は、チームメートに それほど愛される存在だった。
此の事件についてはウチも記事を残している とか思ったけど見つからないw
此処でリンクとコピペをする。


2011/01/10 http://number.bunshun.jp/articles/-/78322
ある場所から去ることになった時、心から涙を流してくれる人が何人いるかで、その人の価値が決まる。
楽天・渡辺直人の横浜移籍が決まった時、鉄平、嶋基宏、草野大輔が悔し涙を流している。

「女性以外に3人も泣いてくれる人がいたんだ。それってすごいことじゃない」
渡辺に声をかけると、何とも所在無げな作り笑いを返してくれた。

昨年最下位に沈んだ楽天は岩村明憲、松井稼頭央の元メジャーリーガーで二遊間を補強し、
岩隈久志のポスティングで得た落札金でふたりの年俸を払う、という青写真を描いていた。
ところが交渉が“不思議な”不調と終わり、岩隈の残留が決定。
そこで同じ内野手の渡辺が放出されることになったのだ。
控えで置いておくよりも金銭トレードで金にしたい、そう思われても仕方のないトレードだった。

此の時の「星野の下では“死んでも仕事をしたくない”岩隈」への嫌がらせに等しいキチガイ事件の中身を
マスコミ新聞テレビ大手メディアは完全に嘘デマ扇動のみな情報流通を貫き通した。
今でも情けない俺だが 当時の俺は更に甘い記事しか書けて無かった。

ブラウンが指揮を執り出場機会が減った昨季「なぜダメなのか」と渡辺直人は直訴して説明を求めた
ことも、フロントから小うるさいタイプと思われたのかもしれない。

野村克也を師と仰ぐ尾花高夫と野村野球の申し子・渡辺直人。

渡辺は野村克也監督就任2年目の2007年に大学・社会人ドラフト5巡目で入団。野村監督の評価が高く、野村野球の申し子といわれる選手だった。一度だけ宴席をともにした時、若手が野村監督のボヤキに不満を言う中で、監督の意図はここにあるのだから、と仲介役を買って出ていたことを今でも憶えている

渡辺は移籍が決まった夜、野村克也に電話を入れ、「よそのメシを食うことは視野が広がる」とアドバイスをもらった。また世話になった仙台の知り合い一人ひとりに電話で挨拶を済ませ、誰もいないロッカールームで私物を整理していた時、渡辺を師匠と呼ぶ鉄平が「お手伝いさせて下さい」と声をかけてきた。さすがにこの時は涙が止まらなくなったと言う。
「今は横浜で自分のポジションをどう獲るか、それしか考えないようにしている」と渡辺は言うが、ショートには売り出し中の石川雄洋がおり、熾烈なポジション争いになることは確かだ。

3年連続最下位の横浜は「自己犠牲」という発想がないチーム。勝つためには泥臭いプレーも厭わない渡辺は、野村克也を師と仰ぐ尾花高夫にとって、何より頼りになる存在になるかもしれない。
しかしチーム身売りという激震が尾花と渡辺直人の運命を変えてしまう。
そもそもの アレな球団の横浜 から モバゲーへの身売り という事態が アレ なのだが。


2010/12/27 http://number.bunshun.jp/articles/-/74594
2010オフにロッテから横浜に移籍した橋本将捕手が1年間、横浜にいて感じたというこの言葉だった。
「このチームでは、ありえないことが当たり前になっている」――。
橋本によると「試合中にベンチにいる選手が少ない」など、
他チームでは考えられない出来事に、横浜では当たり前のように遭遇したというのだ。

確かにこれまでも某主力選手は途中交代すると、
ベンチ裏に下がってソファーで寝そべりながらテレビ観戦を決め込んでいた
――そんな話も聞いたことがある。
他チームでは打ちこまれた投手も、アイシングが終わればベンチに戻って声を出す。
そういうことは常識中の常識だと思っていたが、
横浜では どうやら違うようなのだ。


誠天調書 2013年09月30日 モバト の向こう側。
http://mkt5126.seesaa.net/article/376075520.html

誠天調書 2010年10月02日 横浜売却の不思議な構図
http://mkt5126.seesaa.net/article/164380209.html

2010/12/14 http://number.bunshun.jp/articles/-/71977
翌日の契約更改交渉に臨んだ選手のほとんどが、
渡辺直に惜別の言葉を贈る以上に、悔し涙を見せた。

公私ともに仲が良く、渡辺直を「師匠」と慕う鉄平は、
自身の契約にはわき目もふらず、事態の説明を球団に求めたほどだ。
「直人さんがあんなことになって……。
 技術だけではなく、人間的に未熟だった自分にいろいろなことを教えてくれた先輩でした」

同期入団で、来季から「二人三脚で頑張っていこう」と渡辺直と誓い合ったばかりの新選手会長の嶋基宏も、
涙ながらに語った。
「悩んでいるときに声をかけてくれましたし、
 来季も副会長としてサポートしてくれると言われていたので……。
 直人さんがいなくなってしまって、僕も悔しくて」

さらに翌日には、チームの精神的支柱の山崎武司ですら、
「プロだからトレードは仕方がありませんけど、出すべき選手ではなかったと思う」
と、球団に疑問を投げかけた。

これで十分に伝わるだろう。
彼はチームメイトから信頼される選手だった。
そして、ファンから愛される選手であった。

渡辺がどれほどファンから愛されていたか。それを裏付けるエピソードがある。

渡辺の厚い人情を知るファンは球場で熱い声援を送った。

1年目のことだった。同期入団のゴールデンルーキー・田中将大にファンが群がりサインを求める。
しかし、一部のファンが営利目的のためネットオークションで売却していたことを知った球団が、
公式イベント以外でのサインはしないよう全選手に通達した。

だが、渡辺直だけはサインをし続けた。
関係者の話によれば、球団が困惑しながらやめるように言うと、彼はこう返答したという。
「100人にサインをして、99人がネットオークションで売ったとしても、
 ひとりだけ本当に喜んでくれるファンがいるかもしれない。だからやめません」
ファンは、そんな渡辺直の人情を知っているからこそ、
ホームゲームではどの選手よりも大きな声援を贈るのだ。

派手さには欠けるが「フォア・ザ・チーム」を貫いた。

プレーヤーとしても、渡辺直は自分の持ち味を貫いた。
派手さはない。だが、右方向へ打球を飛ばすために何球もファウルで粘り、
死球を恐れることなく思い切り踏み込んでインコースの球を打ちに行く。
出塁すれば果敢に次の塁を狙った。4年通算97盗塁がその証。

上位、下位どの打線を任されても力を発揮した。
守備では、'09、'10年と2年連続でショートの守備率1位。
堅実かつ必死に打球に食らいつく守りでチームのピンチを幾度となく救った。
渡辺直は、「フォア・ザ・チーム」の塊のような男だった。

そんな選手が楽天からいなくなる。

人気と戦力以外で、球団を支えている要素とは何か?

監督が星野仙一になり、松井稼、岩村を獲得したことで人気、戦力は底上げされた。そのことで、来季は優勝争いに加わるかもしれないし、ホームの集客率も上がるだろう。
だからといって、楽天がより「ファンから愛されるチーム」になったかというと疑問符が残る。

渡辺直のように、
ファンと真摯に向き合う生え抜き選手がひとり、またひとりと増えていくことで信頼関係が生まれ、
愛されるチームになっていくのではないだろうか。

なにより仙台を拠点とする楽天は、「地域密着型のチーム」だ。
バレンタイン解任騒動で揺れた'09年の千葉ロッテのように、ファンの意思が形になって表れやすい。

今回の渡辺直の放出を教訓に、球団にはそのことを少しでも理解してもらいたい。
カネモウケと情報工作と人民統制を主目的にする一神教で野蛮人な集団でしかないからねぇ。
そんなハイパーキチガイカルトな連中に 多神教で文明人の生き方や価値観や美意識は絶対に理解されない。

そういうものだ としか言いようが無い。


http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamurahiroki/20130715-00026440/
2013年7月15日 トレード移籍の渡辺直人が各地で愛される理由 山村 宏樹
2010年のシーズンオフの事でした。

楽天で活躍、レギュラーだった渡辺直人が異例とも言える金銭トレードで横浜へ。
この、ニュースを聞いた私は、あまりの驚きで言葉が見つかりませんでした。
「こんな事があるんだ…。何でだ?」
様々な事が頭の中でぐるぐるとしました。決まった事は仕方が無いと思い、直人にメールをしました。
「悔しいと思うけど、活躍して楽天が出さなきゃ良かったな、と思う様に頑張れ!見返してやれ!」、
こんなメールをしました。

そのメールを見た直人がすぐに電話をかけてきて、
「ビックリです。今はなかなか気持ちの整理が出来ません。
 僕は頑張りますよ。でも仙台を離れるのが寂しいです。」
と語っていました。

やはり、慣れ親しんだチームメイトと一緒に野球が出来なくなるのは寂しいと思います。
私も2004年の球団消滅で当時のチームメイトと野球が一緒に出来なくなる事を経験しているので、
寂しい気持ちは痛いほど分かりました。
私自身も直人が出て行く事に寂しさを感じていました。

<ファン、チームメイトに愛され、そして信頼された直人>
そんな直人は楽天イーグルス時代に沢山のファン、チームメイトに愛される選手でした。
楽天イーグルスでの活躍は皆さんご存知だと思います。
「常に全力プレー」、「チームの為に」、そして「ファンの為に」。
自分を犠牲に出来る、素晴らしい選手でした。

選手間では、直人は「とにかく野球が大好き」、「野球オタク」、「野球の事なら何でも知っている」、
と言うキャラクターで、練習の取り組み方から何まで、学ぶ事が多かったと聞いています。

平石一軍打撃コーチ補佐は、当時現役時代に自主トレを一緒にしていた仲で、
先日に話を聞いた所、
「とにかく野球を知っているし、いつも野球の事を考えていますよ。
 野手の中では、直人が中心になり試合の反省や、あのプレー、このプレーについての話を、
 バッティングでも状況に応じた打撃を、
 といつもチームの事を考えていましたよ!」
と話してくれました。

投手だった私は、直人と野球の事で話した事で思い出されるのは、以下のようなやり取りです。
「俺はこの球種を投げるよ、この打者との対戦は三遊間寄りの打球が多いよ。少し動いてくれる?」
とリクエストをすると、直人が
「球種のサインを確認させて下さい!見ながら動きます!」
と聞いてきた直人は、既に私の球種のサインは知っていて、「やるな〜」と私は思いました。

後ろで守っている直人は頼もしかったです。
時には「今日は若い投手だから、声をかけてあげてな、頼むよ!」と何かとお願いをしていました。
リーダーシップのある選手だからこそ頼める事なのです。
ピッチャーは、直人の守備で幾度となく助けられました。

<直人の送別会での出来事>
直人のトレードが決まり、すぐに高須洋介選手が「送別コンペやろう!」と言い出しました。
直人はゴルフが大好きで、いつもシーズンオフになると選手達とラウンドをしていました。
そこで、「みんなで一緒にゴルフをして、横浜へ送り出そう!」となり、
ゴルフ好きの選手が集まりコンペをしました。

だけどコンペ当日は、なぜか大雨でした。
普段なら選手間で連絡を取り合い「雨だから止めよう」となりますが、
この日は参加の選手は雨の降る中ゴルフ場に集合しました。
みんな思いは一緒でした。
「今日が直人さんとラウンド出来る最後でしょ?直人さんの判断で決めましょう!」
高須さんも、「そうだな!直人に聞くぞ」と全員を集め、
直人に「今日はみんなおまえの判断に従うよ!」これを聞いた直人は驚いた顔で
「いいんですか?最後なんで宜しくお願いします!」
と笑顔で答えました。

本来、ゴルフ場も大雨でクローズで休みにしようとしていた所、
支配人が「直人さんの為ならどうぞ!」と気持ちよく了承してくれました。

大雨の中で集まった選手、プレーをさせてくれたゴルフ場の皆さん、全て直人の人柄によるものです。
最高に楽しかったですし、あのような大雨でゴルフをやる事は なかなか無いでしょう(笑)。

<囲まれたテレビ局>

その渡辺直人、先日、横浜DeNAベイスターズから埼玉西武ライオンズへ移籍しました。
横浜では、出場機会に恵まれずにいましたが、
在籍中も横浜スタジアムで「渡辺直人」とアナウンスが流れると、一番の声援が沸き起こりました。
これを聞いても、人気の高さが伺えますし、ファンに愛されているんだなと思います。

先日、7月12日(金)に埼玉西武ライオンズに移籍して初めての試合。
仙台での楽天イーグルスとの試合になりました。
これも何かの縁でしょう。直人が打席に向かう時の声援や拍手はとても大きく、温かいです。
改めて、仙台での人気の高さを再確認できました。

楽天時代にはこんな出来事もあったそうです。
当時、楽天で広報を担当していた、
岩越亮氏(現・ソスニック・コブ・スポーツ・ジャパン代表取締役)が話してくれました。
2010年のトレードが決まり、地元のテレビ局に出演し、
生放送が終わるとテレビ局から出てくる直人を待つファンが約300人いたそうです。
当時のテレビ局の関係者は「あんな光景は見た事がない!」と驚いていたそうです。

そんな、多く集まったファンの為にサインを一人ずつ丁寧に書く姿は、
ファンを誰よりも大切にしていた直人ならではです。
沢山のプレゼントや花束をもらい、局から帰りの車に乗り込んで走り出そうとした時に、
集まった多くのファンが涙を流しながら渡辺直人の応援歌の大合唱が始まったのです。

仙台では伝説になっている出来事です。


<本人のコメント>
先日、球場で話した時に直人本人は
「ライオンズに移籍して良かったです。
 3球団目になりますが、良い経験も出来ているし、
 大好きな野球を一軍で出来て、こうやってまた仙台にも来れますし、最高ですよ!」
と、とてもいい表情で話してくれました。

最後に私に「オフは、ゴルフ行きますよ!」と、あの時の事を思い出す言葉をかけてくれました。

既に移籍して直後の試合で結果を出し活躍をしています。
これから、埼玉西武ライオンズでこれまでの経験を生かし、
若い選手を引っ張りグランドを走り回り、
ライオンズファンから愛される選手になる事は間違いないでしょう!

野球人「渡辺直人」。
これからもファン、首脳陣、選手、チームスタッフに愛される選手でいてくれるでしょう。
活躍に期待です!!
言うまでも無く 不思議な楽天の三木谷と星野とナベツネという関係性が其処には有る。

情報工作どころか
実際に戦争での人殺しに比類するような工作を生業とするような連中の動きにも似た“不思議な話”が
その向こうで見えてしまうよね。


誠天調書 2013年09月27日 「勝率が8割な程度の実力の投手」が22連勝する確率は0.74%
http://mkt5126.seesaa.net/article/375883477.html



2013年09月18日 ミスター社会人に学ぶ、40歳超でも輝く術 東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/19639

“ミスター社会人野球”として知られる西郷泰之だ。
41歳の左打者はプロの世界とは縁がなかったものの、
1996年のアトランタ五輪で銀メダルを獲得するなど日本代表として長らく活躍し、
社会人ナンバーワンを決める都市対抗野球では“優勝請負人”の異名を授けられた。

三菱ふそう川崎でともにプレーした渡辺直人(西武)は「雲の上の人」と尊敬の念を表し、
現所属のホンダでチームメイトだった長野久義(巨人)も多大な影響を受けたという。
こんな選手が居るんだ、知らなかったなぁ。

西郷が野球界で一目置かれる理由のひとつは、他者がマネできないような生き様にある。20年以上に及ぶ社会人野球のキャリアで数々の栄光を築いた裏で、骨折5回、肉離れ8回と何度も故障を負った。ピッチングマシーンのボールが頭部に直撃し、頭蓋骨骨折で生死の淵をさまよったこともある。

不惑を経て、現在は満身創痍だ。それでも、バットを置くつもりはない。
「体が痛い、腰が痛いなんて些細なこと。もちろん痛いものは痛いけど……野球ができない苦しみに比べたら、体が痛いのは何てことない。自分はケガをして、野球をできない時期がありました。野球部が活動停止になって、プレーできない頃もありましたね。そういう時期は本当に辛かった。いま、野球ができているのはすごく幸せです」

41歳になったいまも現役にこだわる理由は、過去の悔恨と無関係ではない。西郷は20代の頃に1度、自分で野球をあきらめかけた経験がある。

95年、西郷は日本代表入りを果たした。日本・キューバ選手権で初の国際大会に挑み、翌年のアトランタ五輪では2番・レフトとして銀メダル獲得に貢献する。90年に三菱自動車川崎(後に三菱ふそう川崎と改称)に入社した当初は「期待もされていなかったし、2、3年でクビになるような選手」と自覚していた分、ガムシャラに練習した。三遊間に流してのヒットは「楽に打てる」と言うほどバットコントロールを磨き、アマチュアトップクラスの打者に登り詰めた。

「ダメな人間でした」

だが、秋になる度、プロ野球のドラフト会議で西郷の名が呼ばれることはなかった。小さい頃からプロに憧れ、活躍できる自信があったものの、年齢を重ねるにつれ自ら一線を引いてしまう。

「いまだったら27歳でプロに行く人もいますけど、20年くらい前は、24、25歳までに行けなかったら『もう指名されないな』という感じでした。そうやって、自分であきらめた部分はありますね。社会人野球でも30歳はベテランで、35歳まで続ける人はいませんでした。自分は社会人としてどう生きていこうかと考えていましたね」

15年ほど前を振り返る西郷が、達観した表情で続ける。

「いま思えば、それでもプロをあきらめないでやるべきだった。当時はまったくそんなことは思えなかったですね。ダメな人間でした(苦笑)。もったいなかったですね」

夢見たプロの世界をあきらめ、西郷は野球への意欲を失った。当時のチームを率いていた大須賀康浩監督(現・福井工大福井高校監督)に「野球をやめて、社業に就きます」と打ち明けたのは1度や2度ではない。だが、その度に「続けろ」と説得された。そんなやり取りを2、3年続けるうちに、事件は起こった。

社会人の頂点を争う都市対抗には、補強選手という独特の制度がある。各地方の代表が日本一を争うという大会趣旨のため、開催期間中、予選で敗れたチームから数名をレンタルすることができるのだ。

99年、日産自動車の補強選手に選ばれた西郷は都市対抗を控えた夏、日本代表の合宿に参加した。そのとき、予期せぬアクシデントに見舞われる。ベンチ前でバント練習用のピッチングマシーンが稼働していたことに気づかず、ヘルメットをかぶらないままグラウンドに飛び出すと、無防備な頭部に硬球が直撃した。頭蓋骨骨折、脳挫傷の重傷――。運良く失明は免れたものの、数カ月の入院生活を余儀なくされ、「もう野球をできないのでは」と悲嘆にくれた。

「日産がせっかく補強してくれたのに、結局、選手がひとり足りなくなって。自分の軽卒な行動で補強先に迷惑をかけ、自分自身もすごく悔しい思いをしました。そんな選手がいまでも野球をしているなんて、奇跡ですよ」

全部、フルスイング

病床で数年間を省みた西郷は、慢心していた自分に気づいた。社会人野球で確固たる地位を確立した一方、プロへの道をあきらめ、中途半端な気持ちでバットを振っていた。「これではダメだ」と思い直した。

一念発起した西郷が復帰すると、4年ぶりの再会が待っていた。99年シーズンオフ、垣野多鶴(現NTT東日本監督)が三菱自動車川崎の監督としてやって来たのだ。西郷が初めて日本代表に選ばれたとき、打撃コーチを務めていたのが垣野だった。

「もう、流し打ちは禁止だ。全部、フルスイングしていけ!」

逆方向へのバッティングでヒットを稼いできた西郷に、垣野は打撃改造を命じた。西郷は、「垣野監督の『今までのようなバッティングじゃダメだぞ。もっと上を目指せ』というメッセージ」と受け止め、バットを思い切り振り込んでいく。

二人三脚でバッティングを作り直す過程で、最も衝撃を受けたのは「ポイントは横一線」というアドバイスだった。少年野球の頃から「ポイントは斜め横」、つまりインコースは体の前、アウトコースは引きつけて打つよう教えられてきたが、垣野の指導は異なっていた。
「垣野さんは『インコースのボールは引きつけて、アウトコースは前で打って、全部センターバックスクリーンに入れろ』って言うんですよ。それまでとは反対のことを言われて、最初は『うん?』と思いましたが、やってみたら、何となくわかるんですね。

『インコースのボールを体の前で打つと右に行くから、ボールを引きつけて、バットを内側から出しながら90度の角度をつけてバックスクリーンにたたき込め。アウトコースのボールはバットのヘッドが遅れて出てくるとレフトに行っちゃうから、ヘッドを前に出して打て』と。言われてみると、確かに垣野さんの言う通りでした」

垣野は西郷に中心打者として期待し、どんなボールでも強打できるように説いた。西郷はティー打撃用の台にボールを置き、内角から外角まで横一線に移動させながらセンター目指してフルスイングを繰り返した。そうして習得した新打撃スタイルが、西郷を1段上のステージに引き上げた。

西郷が都市対抗で記録した14本塁打のうち、13本は打撃改造した00年以降に放ったものだ。02年に金属バットから木製バットを使用することにルール変更されたものの、木製で9本をスタンドインさせている。

2009年のターニングポイント

都市対抗では00年に初優勝すると、02年はいすゞ自動車の補強選手として社会人の頂点に立った。03、05年に所属の三菱ふそう川崎、07年には再び補強選手として東芝の優勝に貢献し、“優勝請負人”と呼ばれるようになった。

勝利の美酒に酔ったのは過去に6度あるが、特別な味わいだったのは09年大会だ。前年、不況の煽りで三菱ふそう川崎が活動停止となり、西郷の頭に引退がよぎった。そんな折、ホンダの安藤強監督(当時)から声をかけられる。

「ホンダのユニフォームを着て、都市対抗のホームラン記録を塗り替えてみろ」

当時、西郷は36歳だった。ホンダでは他の社会人チームから選手を取ってくる例が珍しく、社内から反対の声も挙がったが、安藤が説き伏せた。過去2年、ホンダは4番打者に適任者がおらず、苦しんでいた。期待されずに社会人野球の門をたたいてから19年、西郷は求められる選手に変わっていた。

09年の都市対抗では通算13号本塁打を放ち、4番打者としてホンダを優勝に導いた。その打棒はもちろん、西郷の姿勢がチームにいい流れを呼び込んだと安藤は言う。

「西郷はこれぞ社会人というお手本。走るにしろ、打つにしろ、意図が伝わってくる。守りでも攻撃でも、体を張っています。年齢が上の選手から若手まで、西郷の姿を見てまとまりました」

12年大会でタイ記録に並ぶ通算14本塁打を放ち、新記録に王手をかけた。記録はあくまで記録と位置づけるが、モチベーションになっている。

「安藤監督に『ホンダのユニフォームで記録を達成しろ』という言葉をもらって、ここに来ているので。何とか約束を果たせるようにと思っていますね」

10年限りで安藤がチームを去り、長谷川寿がチームを引き就いたが、西郷は4番を任されている。13年の都市対抗は初戦で敗れたものの、まだまだ勝利への欲は尽きない。

「これだけ長くやらせてもらって、チームが勝つ喜びを知っています。その喜びを1度知ったら、また味わいたいと思って目指しますね。若い選手にも、そういう気持ちを味わってもらいたい」

監督やコーチとして若手を指導する立場もあるが、現在の西郷にその選択肢はないという。

「チームメイトとして、何とか優勝するための力になりたい。生涯現役?まあ、許されるのであれば(笑)。でも、チームの役に立てなかったら意味がないので、何とかそうなりたいですね。周りから見て、『もう、やめればいいじゃん』と思う人はいっぱいいると思うんですよ。別に、それはしょうがない。でも、自分からあきらめる気にはなっていませんね。体が動くうちはやり続けたい。野球をできなくなった場合、またやりたくなることはわかっているから、やり切りたいですね」

過去の悔恨は、決して消すことができない。だが、後悔をモチベーションに変えることができれば、計り知れないパワーになる。

“ミスター社会人”の野球人生が、そう教えている。

ベースボールではなく野球 が其処にも有る。

2013年07月24日 ドラゴンズ浅尾が、マイナス思考にふける理由
http://toyokeizai.net/articles/-/16069
「失敗を乗り越える」という表現は「不撓不屈」や「前向きな取り組み」などポジティブなイメージを想起させられるが、浅尾のメンタルはむしろ逆だ。そこにこそ、球界トップに登り詰めることができた理由が潜んでいる。

2010年に歴代最多の47ホールドを記録して最優秀中継ぎ投手に輝き、翌年は同賞とシーズンMVPを獲得した浅尾だが、プロ入りまではスポットライトと無縁の日々を送った。小学生の頃はプロ野球選手を夢見ていたものの、中学生になると実力的に「プロにはなれない」と悟る。卒業後は捕手として愛知県立常滑北高校(現・常滑高校)に進学し、2年夏の大会後から本格的に投手として取り組んだ。高校3年夏の愛知県大会3回戦で敗れて「野球をやめよう」と思ったが、愛知大学野球連盟の下部リーグに所属していた日本福祉大学に推薦で合格した。「いつか絶対に野球をやめよう」と思う反面、「何となく続けていた」。

最速157kmのストレートと鋭く落ちるフォークで打者に向かっていく姿から、勝手に豪快なイメージを抱いていたものの、浅尾の発言にはネガティブな色が少なくなかった。

浅尾は冷静に物事を考えすぎるあまり、少年時代には野球に没頭し切れない部分があった。そんな彼を変えたのは、大学時代に喫した敗戦だ。

先輩の代の試合で登板し、自分が打たれたことでチームは敗れた。当時の浅尾は練習への熱が足りず、敗戦に申し訳ない気持ちになった。先輩の取り組みを見て「これだけ一生懸命やっているのだから、それで打たれたらしょうがない」と思っていた分、自らの甘さを情けなく感じたのだ。以降、浅尾は「こいつで打たれたらしょうがない」と周囲に認めてもらえるように努力を重ね、2006年、大学生・社会人ドラフト3巡目で中日に指名されるまでに成長した。

セットアッパーやクローザーを任される浅尾は、僅差でリードをしている試合終盤に登板機会が訪れる。「抑えて当たり前、打たれたら周囲からいろいろ言われます」と話すように、投手として最も過酷なポジションだ。日々のストレスと向き合わなければいけない職務柄、リリーフで打たれた場合、「失敗はすぐに切り替えろ」と言われる。だが、浅尾は「失敗を引きずる」ことを原動力としている。

「よく『日付が変わったら、切り替えろ』と言われますが、日付が変わった時点ではあまり変わりません(笑)。寝て、起きて、球場に行って、次に投げる瞬間まで打たれたことをずっと考えていますね。『次はやってやる』という気持ちに変わるのは、登板直前。すぐに切り替えてやれるタイプもいるでしょうけど、ミスから学ばなかったら意味がない。反省して、同じような失敗を繰り返さないように、ずっと記憶に残している部分はありますね」

昨年、巨人の阿部慎之助の取った行動が話題を呼んだ。ある試合で2点リードの9回裏2死にキャッチャーフライを落としたことで、チームは引き分けに持ち込まれた。翌日、自身のロッカーにエラーの写真を張り付けた。悔しさを刻み込むための阿部の行動を、浅尾は共感できるという。

「抑えたときのピッチングは、あまり覚えていないものなんです。打たれたときの記憶ばかりあるので、阿部さんの気持ちもわかりますね」

浅尾は“マイナス思考”にふける。

「『このバッターにはヒットを打たれて、バントで送られて』という状況を頭に置いておきます。そうすると、実際のマウンドで冷静になれるんですよ。『このバッターにフォアボールを出しても、まだこの状況だから』と頭に入れておきますね、つねに」

グラウンドに一歩足を踏み入れると冷静になるものの、ベンチにいる間は「足が震えるくらいに緊張している」。ストレスのかかる仕事ほどリラックスして向かったほうが成功しそうだが、そうではないと浅尾は言い切る。その考え方は今季、通算350セーブの日本記録を打ち立てた大先輩の岩瀬仁紀と共通するものだ。

「岩瀬さんも『緊張しなくなったら終わり』と言っていました。絶対、緊張は必要だと思います。緊張しない日もあるんですよ。そういう日はだいたい、打たれます。どこかに隙があるのでしょうね。油断で痛い思いはいっぱいしています」

要は、いかにストレスフルな仕事と向き合い、万全の準備をしておくということだ。リスクを想定しておけば、難しい状況が訪れても対処法を考え出すことができる。

2010年。浅尾の思考法は大きく変わった。内容ではなく、結果を重視するようになった。

きっかけは、試合中にチームメイトの投球を見ていたことだ。岩瀬や現在47歳の山本昌、エースの吉見一起は浅尾のようなスピードボールを投げるわけではないが、相手打者を巧みに打ち取っていた。

「球速150km以上の自分が打たれるのに、山本昌さんや岩瀬さん、吉見は『どうやって抑えるのだろう?』と見ていたんです。そのとき、コントロールや配球を見て学びました。156kmのストレートで打たれるなら、147kmのストレートで抑えるほうが絶対にいいですよね?プロで生き残っていくためには、抑えていかないといけない。スピードだけではないと気づきました」
「毎日試合にかかわって、特に自分の投げた試合で勝てたらうれしいですね。本当に、小さい積み重ねが楽しくて、楽しくてという感じです」
この「小さな積み重ね」という言葉にこそ、浅尾の哲学が潜んでいる。
「自分は次の日のことしか予定を決めたくないタイプなのです。だから高い目標は立てないようにしています。何試合登板とか、防御率は何点台とか、届くか、届かないかギリギリのところにしか立てないですね」


2012年12月11日 角中、大化けの秘密―月収13万から首位打者へ 素直な心で、実のある努力
http://toyokeizai.net/articles/-/12059
角中が月収13万円時代の独立リーグからはい上がり、日本トップクラスに成り上がることができたのは、自身がどんな状態や環境にあっても、つねに同じ姿勢を貫き通してきたからだろう。

「開幕1軍を逃した悔しさよりも、2軍で実戦の機会を増やせるプラスが大きかった」
中日新聞のインタビューに対し、角中はこう話している。
1軍でベンチを温めるより、2軍でプレーした方が、自身の腕を磨くことができると考えたのだろう。
http://tk.ismedia-deliver.jp/mwimgs/d/8/-/img_d863303822eda64ce389de93a8e9222435891.jpg
角中がプロ入り以降、周囲の声に惑わされず、信念を持って練習してきたことを示唆するデータがある。
1軍と2軍における、対照的な成績だ。

全然に関係ないけど こんな言葉が置いて有った。
西武の監督を務める渡辺久信。
前橋工業高校から1983年ドラフト1位でプロ入りした渡辺は、いわゆる天才タイプだ。
現役時代は豪速球を武器にチームのエースを張り、監督としても巧みな育成手腕を発揮している。
そんな指揮官に一般論として「凡才がトップに登り詰める方法」を尋ねると、興味深い話をしてくれた。
「努力は当然、必要だよね。その中にも実になる努力と、実にならない努力がある。
 もちろん、運もあるんだけどね。
 俺の持論として、初めから運命は決まっていて、実のある努力をすれば、運をつかめる
では、どうすれば、実のある努力をできるようになるのだろうか。
「今の子は小さい頃からパソコンに慣れ親しんでいて、いろんな情報が入ってくるでしょ?
その情報を自分で処理していくことが必要だよね。
 全部詰め込むと、伸びていかないと思う。
 『違うな』と思うことは捨てる

 昔の選手は、今の選手ほどそういうことができなかった。
 昔は指導者に『こうやれ』と言われて、うまく流せる選手は少なかった。
 今の選手は、いろいろ処理しながらやっていくことが大事だと思う」


2013年07月09日 創部7年の野球部が、日本一になれた理由 2006年から桐蔭横浜大学硬式野球部を率いる齊藤博久監督
http://toyokeizai.net/articles/-/15107

2013年06月25日 野球選手に学ぶ、"オリジナル技"の開発法 潮崎哲也はなぜ魔球シンカーを習得できたのか?
http://toyokeizai.net/articles/-/14465
右サイドの潮崎のシンカーが
 右打者からは「カーブに見える」のに「シンカーとして曲がって落ちる」
って そんな馬鹿なw

一般的なシンカーは、投手の利き腕の方向にシュート回転しながら落ちていく球種だ。
ソフトバンクの攝津正やヤクルトの石川雅規やヤンキースの黒田博樹が決め球としている。

打者にとって厄介なボールだが、
中でも潮崎のシンカーが“魔球”と特別視されるのは、独特な軌道を描くからだ。
右のサイドスローから放たれたボールは一度は浮き上がり、シュート回転しながら落ちていく。
其処までは分かる。

その凄味が良く分かるエピソードを、以前に社会人野球のホンダの安藤強前監督から聞いた。
安藤は現役時代、松下電器(現・パナソニック)に所属していた潮崎と対戦した。
「カーブを狙え」と言われて打席に立つと、
「この球は本当にカーブなのか?」と戸惑いを隠せなかった。

軌道をよく見ると、その球はシンカーだったという。

先日、別冊宝島2017号『「絶対エース」の魔球伝説』の取材で潮崎にその話を伝えると、
潮崎は こう話した。
「僕のシンカーを横から見たら、カーブみたいな感じだと思います。
 打席に立って初めて、右バッターなら『体の方に向かってくる』と感じるんじゃないかな?
実際に一度は見ないと、軌道をイメージできないと思います」
なんで?w

潮崎のシンカーが魔球と言われる理由は、この言葉に潜んでいる。

鳴門高校時代にシンカーを習得しようと決意した潮崎は、軌道をイメージすることから始めた。
「センター方向から見て、右に曲がりながら落ちる球を投げたいと思いました。
 左に曲がる球がカーブだから、その反対をやろう、と」
「カーブの逆」という発想自体はシンプルだが、
野球の常識で考えた場合、行うのは容易ではない。

しかし、潮崎は躊躇せずに取り組むと、1、2カ月後には習得できたという。
このボールが、潮崎の野球人生を変えた。

鳴門高校に入学した頃、潮崎は特に目立つ投手だったわけではない。
高校2年の頃、フォームをスリークオーターからサイドスローに変えたのは、
同級生に右のオーバースローから投げるエースがいたからだ。
首脳陣から「目先を変える意味で、横でも下からでも投げておけ」と指示されたことが理由だった。

週末になるとダブルヘッダーで練習試合が組まれ、
潮崎は「2試合目を消化するためのピッチャーだった」。
試合で打たれようが、特に怒られることもない。
本職は内野手で、投手としての期待は決して高くなかった。

だが、高校3年春に高松西高校と行った練習試合が分岐点となる。相手は小柄な投手で、特筆すべきスピードボールを投げていたわけではないが、サイドスローからのシンカーで内野ゴロの山を築いた。その姿を見た監督が、「お前も同じようなタイプだから、シンカーを投げろ」と潮崎に命じた。それから1、2カ月後、すぐに“魔球”を習得できたという。

「魔球と言うと、『開発に何年もかかって、ようやく試合に使えるようになった』
 という話をよく聞きますよね。
 僕にはそんな開発秘話はありません(笑)。
 コントロールも右バッターの膝元ばかりにいくような感じで。
 それまでは2番手投手だったのが、急に打たれなくなりました」

高校卒業後に松下電器へ進むと、ストレートの球速が10〜15km速くなった。150km近くのストレートとシンカーのコンビネーションで頭角を現し、19歳で出場した1988年のソウル五輪では銀メダル獲得に貢献する。89年ドラフト1位で西武に入団すると、抜群の勝負度胸でチームを何度も勝利に導いた。入団1年目の日本シリーズでは巨人と対戦し、3勝0敗で迎えた第4戦では7回から登板。最終回、駒田徳広をシンカーでピッチャーゴロに打ち取り、胴上げ投手になった。

宝刀のシンカーで打者をきりきり舞いさせる潮崎を見て、投げ方を教わりにきた投手は少なくなかったという。惜しまずにボールの握り方を教えたが、彼のようなシンカーを投げる者は現れなかった。潮崎のように薬指の柔らかさを持つ投手はおらず、ボールをリリースする際にうまく抜くことができないため、回転力を止めてしまうことが理由だった。

しかし、潮崎は「僕のシンカーを投げられなくてもいい」と言う。

2005年、中日から正津英志というサイドスローのピッチャーが西武に移籍してきた。07年から西武の指導者になった潮崎に、正津は「いろいろとマネしてみましたが、潮崎さんのシンカーを投げられませんでした」と言った。正津のシンカーを見ると、潮崎と球の握り方こそ違えども、リリース時にボールを抜く感覚は同じだった。

「僕みたいに薬指で抜くのは難しい。でも小指をどかして抜けるなら、そうやって投げればいい。その感覚自体は同じ。考え方の違いであって、自分に合っている球を操れればいい。僕の握りじゃなかったら絶対にあかんということではなく、似たような球がほうれるなら、どんな握りでもいいと思う。考え方ひとつで、どうにでもなるんじゃないですか」

その子のレベルまで行かせてあげたい

目標を明確に定め、ゴールに到達するまでの道を探っていく。逆算のイメージで“魔球”を習得した潮崎は現在、同じような考え方で西武の投手コーチとして若手投手を鍛えている。

今季の西武には、育成選手を含め34人の投手が在籍している。潮崎が念頭に置いているのは、彼らの能力は千差万別であるということだ。

「プロ野球に入ってきても、『この子は1軍に行けるかな?』という子もいるんです。もちろん『こいつはすごいな』というピッチャーもいる。だから、その子のレベルに合ったところまではちゃんと行かせてやりたい。『将来は先発ローテーションに入るピッチャーやな』と思えば、ローテーションまで行かせてあげる。『そこまで行くピッチャーじゃない』と思えば、何とか1軍に入れるようなピッチャーにしたい」

人の能力には限界がある。一方で「適材適所」と言われるように、適した場所に配置してやれば、持てる能力を存分に発揮できる確率が高くなる。そう考えると、選手の可能性を最大限に引き出してあげるのが指導者に求められる役割だ。

シンカーという“魔球”でトップに登り詰めた潮崎は、現実を冷静に見つめつつ、人の可能性を信じながら明日の戦力を育てている。


2013年04月02日 名コーチ、高橋慶彦の天才論
http://toyokeizai.net/articles/-/13504?page=4
高橋には打撃の師匠がいる。史上2人目の2000本安打を達成し、コーチとして落合博満を育てた山内一弘だ。現役時代に毎日(現ロッテ)や広島でプレーした山内は84年、中日の監督に就任した。高橋は試合前に山内を訪れ、敵将にアドバイスをもらっていた。

あるとき、山内が突然に投げてきたボールを高橋が手で捕ると、「おまえ、何で捕るんや?」と聞かれた。高橋は「ボールが来たからです」と答えた。すると山内は、「バッティングもそうならなあかん。考えている時間はないんやぞ。おまえは、考えて打っているやろ?」と言われた。つまり山内は、「コツをつかめ」と教えていたのだった。
高橋は両打ちを習得すべく、「1日24時間では足りなかった」と振り返るほど練習を重ねていく。ヒザを負傷している時期には、イスに座ってティーバッティングを行った。
「腕は空いているから。時間を大切にしなければいけない」。当時の広島は他球団を寄せつけない練習量で有名だったが、古葉は高橋について「あんなに練習した選手はいない。暇があったらバットを振っていた」と振り返る。そうして高橋は、球史に残るスイッチヒッターになった。

ロッテの2軍監督として若手選手を指導している頃、高橋はこんな話をしていた。
「天才って、何種類かいると思う。みんな、飽きずにやる天才になってほしい。人は飽きてしまうものだし、同じことをずっと続けるのはなかなか難しい。だから指導者として、それを何とかしなければいけないと思う」

凡人は周囲に飛び抜けた才能を見つけたとき、「あいつは天才だから……」と特別視し、自分の限界を決めつけがちだ。しかし、それは自身ができないことへのエクスキューズにすぎない。
高橋の言うように「天才的な感覚=コツ」だとしたら、努力次第では凡人でも身に付けることができる。その努力ができる者こそ、本物の天才なのだろう。


2013年08月20日 ヤクルト石川は、低身長でもなぜ勝てる?“自分の弱さ”と向き合う力
http://toyokeizai.net/articles/-/17891
球界トップクラスのコントロール

身長167cmは、800人を超えるプロ野球選手の中で4番目の低さだ。左腕を思い切り振っても、ストレートの球速は140kmに到達しない。それでもヤクルトの石川雅規がプロ12年間で110勝以上を積み重ね、エースとして君臨してきたのは、自身の“弱さ”と向き合ってきたからだろう。

「僕は150kmのボールを投げられるわけではありません。でも、技巧派だからこそ、攻めないといけない。心掛けているのは根気強く、低めを突くことですね」

ヤクルトで石川とバッテリーを組む捕手の相川亮二が言う。
「世間では真っすぐでインコースを突けば、攻めていることになりますよね?でも、そうじゃない。変化球を投げることが、かわすということでもありません。僕の意識では、自分の得意のボールを投げ込むことが攻めている投球です」

石川の武器は、球界トップクラスのコントロールだ。テレビのプロ野球中継ではストライクゾーンを縦と横に9分割した図で示されることがあるが、実際にそこまで投げ分けることのできる投手は皆無に近い。“精密機械”や“和製マダックス”と言われた小宮山悟(元ロッテ)でさえ、制球できるのは高低、左右の4分割だったという。

相川が続ける。
「4分割に投げ分けることができれば、すごいですよ。石川は、そこは外さないピッチャー。バッターの特徴をつかみながら、四隅に投げることができます。ここという勝負どころのコントロールは、うちではトップクラスですね。真っすぐも変化球も、すべての球種を勝負球にできるピッチャーです」

小さな体の自分が、どうすれば大きな打者を打ち取ることができるだろうか、と。
そんな折、父親にかけられた言葉が
「球が速くなくても、バッターを抑えられるんだぞ」
要は打者との駆け引きのうえで、いかにリズムを狂わせるか、なのだ。

現在、石川の“女房役”を務める相川は、リードする際にこんな意識をしている。
「石川は球が速くないので、コントロール、緩急が重要になります。緩急を使いながら、いかに真っすぐを生かすか。石川の真っすぐは見せ球ではなく、勝負球。変化球を生かすも殺すも真っすぐ次第です。それをどう使うかだと思いますね」

絶妙のコントロール、そして宝刀のシンカーを武器に青山学院大学から2001年ドラフト自由枠でヤクルトに入団した石川は、1年目から先発ローテーションに入って5年連続で2ケタ勝利を飾った。セ・リーグで入団から5年連続で10勝以上をマークしたのは、堀内恒夫、江夏豊に次ぐ快挙だった。

球界屈指の制球力を誇る石川でさえ、「10球のうち、7、8球も思うようなところにいかない」という。だからこそ、必要な心構えが2つある。

ひとつ目は、割り切りだ。
「自分が勝負を決めにいったときや、バッターが打ちにきたときだけ、思ったコースに行けばいいのです」
最初から「狙ったところにピタリと投げられるはずがない」と考えておけば、コントロールミスをしても動揺しない。相川はかつて、小宮山にこんな話をされたことがあるという。
「いくらコントロールがいいと言っても、お前がミットを構えたところに来ると思ったら、それは違うからな」

相川の解釈は、「キャッチャーの意図したボールが来なかった場合、次にどんな配球をするかを考えておけ」というものだ。その論理は投げる側も同じで、自分の狙いどおりにいかなかった球が打たれたとしても、仕方がないと割り切ったほうがいい。頭を切り替え、走者にホームを踏ませなければいい話なのだ。そういう発想を持っておけば、ピンチに備えることができる。
だから俺は「ならばよし」と言う。そう言いながら 其の先や先を幾つも想定して置く。
必要な心構えで窮地を切り抜けたのは、7月25日に行われた阪神戦の6回だ。1死2塁で4番のマートン、2死1、2塁で打率3割を超える今成亮太を迎えたが、いずれも内野ゴロに打ち取った。試合展開的に、並のピッチャーなら崩れているようなシーンだったが、なぜ石川は粘ることができたのだろうか。
「根気強く、いろんなボールを低めに、両サイドに、って小さな頃からやってきましたからね。低めと両サイドに投げていれば、大崩れはしません。習慣?そうでしょうね。球が速かったら勢いで抑えるピッチングをできるのでしょうけど、僕は速くないので。そんなピッチングをしたこともないですし。基本どおりに、低く、低く、コーナー、コーナーに。根気強くがいちばんです」

主力に故障者が続出し、下位に低迷している今季のヤクルトで、エースの石川は通算12年間のプロ生活で1、2を争う苦しさを味わっている。4月26日の巨人戦で勝利した後、3カ月も勝ち星から見放された。自身の責任で敗れた試合もあるが、味方の援護がないケースや、リリーフが打たれて勝ちが消えたことも少なくなかった。
7月25日の阪神戦で久々の勝利を手にすると、石川は「この3カ月はきつかった」と正直な心境を吐露した。しかし、その表情は浮かなかった。

「素直には喜べないですね。喉から手が出るほど欲しかった勝利だけど、チームがこういう状況にあるのは、自分が勝てなかったせいでもあるので」

個人の成績とチームの順位をいかに結び付けるかは、悩ましいところである。最高のシナリオは、自身の活躍が組織のプラスにつながることだが、うまくいかない場合はどこまで自己を犠牲にし、チームのために尽くせばいいのか。

3カ月ぶりの勝利を飾ってから10日後の8月4日、神宮外苑で練習を終えた石川に、「自分に勝ちがつかなくても、チームが勝てばいい」と話す真意を聞いてみた。
「もちろん、自分に勝ち星をつけたいと思っていますよ。でも、野球はチームプレー。チームあっての自分です。口では『チームが勝てば、これほどうれしいことはない』と言っても、頭では『自分に勝ちがつけば』と思っていますけどね。先発をしている人で、『チームが勝てばいい』と100%思っているピッチャーはいないんじゃないですか。ただ、僕らは小さい頃から集団プレーをしてきているわけです。『自分が、自分が』では長くプレーできません。でも、心の中に『自分が、自分が』という気持ちがゼロの人はいない。『自分が』という気持ちも大事だけど、チームプレーですから。心の隅に、『自分が勝ちたい』というのはもちろんありますけどね」

葛藤の中に、石川の本音が透けて見える。「チームが勝てばいい」という気持ちは、決して建前ではないだろう。組織の勝利に少しでも貢献できれば、たとえ自身に勝ち星がつかなくても、果たした仕事に意味を見出せる。「チームが勝てば」と考えることで、自らに前を向かせようとするメンタルコントロール法なのではないか。言い換えれば、それが根気強くということなのだと思う。

逆境に立ったときこそ、人の真価は試されると言われる。苦しむエースがどこまで根気強さを見せるのか、最後まで注目したい。


2013年02月26日 ノムさんの人生が示す、「一流」と「二流」の差 妥協、限定、満足は禁句
http://toyokeizai.net/articles/-/13032
打撃フォームを固めた野村は4年目の1957年、打率3割2厘を記録する。30本塁打でホームラン王に輝いた。「プロでやっていける」と自信を手中にした。

だが、1958、59年と成績が思うように伸びない。打率は2割5分3厘、2割6分3厘で、本塁打はいずれも21本。守備の負担の多いキャッチャーというポジションを考慮すれば、決して悪い成績ではないが、野村は納得できなかった。

そこにこそ、一流と二流の差がある。

「一流選手の共通として、自己満足をしない。妥協、限定、満足は禁句。『俺はこれくらいやれればいい』と思ったら、それで終わり。下降線をたどっていく。一流の人は成績を残せば給料に跳ね返ってくるから、年俸に対する意欲もあって、現状に満足しない。そういうものを共通して持っている」

野村は、「バッティングには限界がある」と言う。野球は相手のあるスポーツで、打者は打率3割を打てば一流と評価される世界だ。打撃とは、それほどに難しい。だからこそ、野村は「プロで生き残っていこうと思ったら、限界から先のことをやらなければならない」と言う。

投手のクイック投法、ストライクゾーンを9分割する配球表など、日本球界に独自の方法論を定着させてきた野村だが、彼の代名詞のように語られる言葉がある。「ID野球」だ。日本野球にデータという概念を定着させたのは、野村だった。

プロ入り6年目の野村が打率2割9分1厘、29本塁打と過去2年の壁を打ち破った裏には、ある先輩の一言があった。思うような結果を出せずに悩む姿を見て、田中一朗という選手が声をかけた。

「ぶん殴ったほうは忘れていても、殴られたほうは忘れていないぞ」
ヒットを打った打者はその打席について忘れても、打たれた投手は「次こそはやり返してやる」と苦い記憶を脳裏に刻み込む――野村は先輩の言葉をヒントに、相手投手の視点に立った。

当時の南海では、毎日新聞の記者だった尾張久次が球界初のスコアラーを務めていた。野村は自身に対する相手投手の球種、コースをすべての試合で出すように頼み、12種類別のストライクカウントに当てはめた。初球はどんな球で入り、1ボール2ストライクの場面では何をどこに投げてくるのか。

1957年と58、59年の2年間を比較すると、相手の攻め方が変わっていた。4番打者の野村に対し、57年までは外角中心の配球をする相手が多かったものの、58年以降は内角を突くボールが増えていた。実際、野村は「強気に攻めてくるな」と感じていた。それを数値に置き換えることで客観視でき、あらためて事実に気づくことができた。そうして生まれたのが「データ」という概念だ。当時は「データ」という言葉はなく、「傾向」と呼ばれていたという。

「このカウントでは、インコースに投げてくることは100%ないという状況がある。野球は相対関係でできているから。外角に対しての内角。高めと低め。速い、遅い。そういう組み合わせでできている。たとえば、内角を意識させれば、外角を広く使える。今では当たり前になっているけど、当時は誰もそんなことは言っていなかった。精神野球の時代で、気合いだ、根性だ、ばかりだった。でも、データで考えられるようになってから、急に野球が面白くなった」
長嶋茂雄や王貞治のように圧倒的な力を持つ者なら、自分を中心に考えることが好パフォーマンスへの最短距離になるだろう。しかし、野村のように持てる才能が限られている者は、相手との力関係で上回る創意工夫が必要だ。

技術力だけでは限界がある

現役引退後に野村克也が率いたチームは いわゆる“弱小球団”ばかりだった。相手より戦力が劣る中、どうすれば打ち負かすことができるか。野村は現役時代同様、頭をフル回転させた。

「バッティングでもピッチングでも、技術力には限界がある。わかりやすく言えば、80年の歴史があるプロ野球では4割を打った人が1人もいない。よく打っても3割。7割は凡打。そういう中で少しでも確率を上げていくためには、技術力だけでは難しい。プラスアルファをどう出していくか。技術力プラス、何かを出していく。これが僕の基本的な取り組み方です。ましてや南海を皮切りにヤクルト、阪神、楽天と最下位のチームばかりやらされてきましたから。そうすると選手も同じで、弱者が勝者になろうと思ったら、強者と同じことをやっていたら絶対に勝てない。当たり前のところから発想していくわけです」

押してダメなら、引いてみる。きっかけをつかめなければ、たどり着きたい結論を見据えて逆算する。
そうやって頭を使えば、凡才だって本当の頂点に到達できる。野村の野球人生はそう教えている。
というか 考えて 考えて 考えて をせずに 億劫になっているだけのクセして、
その途中で止まったマヌケな自分を無視しながら 其れを「信念」とか言って 同じマヌケを繰り返し続ける。
大馬鹿野郎にしてもキチガイにしても そして其れを利用する詐欺師にしても
其のマヌケな輪の中の地獄で のたうち回るだけ、な話だよね。

同じ愚か者だとしても俺は此処で一人で のたうち回る をするよ。



2012年11月27日 高卒外野手の栗山が、2億円を稼げるワケ 強みは、頭の良さと性格の良さ
http://toyokeizai.net/articles/-/11872
12年シーズン終盤、知人の報道関係者から興味深い話を耳にした。ある球団で編成担当を務める者から、栗山の性格面、頭のよさについて聞かれたというのだ。

プロのスカウトはアマチュア選手を獲得する際、性格面に目を光らせる。以前、『週刊東洋経済』のスポーツ&リーダーシップのコーナーで、広島の苑田聡彦スカウト部長に取材した際、こんな話をしていた。

「選手の伸びしろは、性格を見ます。たとえば練習の態度で、やる気があるか、ないか。やる気がない人はダメです。人のせいにするヤツもダメ。ベースカバーの際にピッチャーが怠ったとしても、内野手が『ピッチャーが悪い』とするのはよくない。それをみんなでカバーするのが野球。1つのボールを追いかけてやるものだから、他の競技とは違います。人の気持ちのわかるヤツが、ずっと伸びていく」

栗山は自分に厳しく、妥協を許さない。
10年シーズン開幕から2年連続で全144試合にフルイニング出場。12年は左太ももに負傷を抱えながら、グラウンドに立ち続けた。

チームのキャプテンという立場もあるのだろう。それに加え、世界記録を少しずつ、着実に更新していく棒高跳び選手のように、栗山は自らのハードルを上げていった。

「一昨年、去年は絶対フルイニング出場の気持ちでした。今年は強いこだわりというより、続けているものだから続けたい。去年もきついときがありました。でも、そこをできたのだから、今年できないのはおかしい。自分がやりたいと思ってやってきたことだから、やりたい。去年、一昨年の自分を否定するのは嫌。出られる状態に持っていって、ゲームに出たい。一歩引くのも大事だと思いますけど、今の立場、任されているポジションがあります。まだ若いし、痛いとか言っていられない」
29歳、自分に厳しいキャプテンは、絵に描いたような好青年でもある。周囲に気遣いができ、チームメートからの信頼は絶大だ。

論理的な思考を、言葉に表すことができる

12年シーズン序盤、八戸大学から入団して2年目の秋山翔吾は5番に抜擢された。クリーンアップで中島裕之、中村剛也という球界を代表する打者の後を打つことに「緊張した」という秋山に、栗山はこんなアドバイスを送った。

「どんなにいいバッターでも、10回に3回しか成功しない」
野球の世界では、バッターは3割を打てば一流と評価される。裏返せば、10回に7回は凡打でいいのだ。栗山の一言で、秋山は楽な気持ちになったという。

「10打席のうち3回の成功を狙うと、どうしてもそれより下がります。だから、5安打を狙うくらいの考えでいる。いい当たりが野手の正面を突くこともありますからね。栗山さんに言われて、『10回に3回の成功でいい』と思えるようになりました。ありがたい言葉ですね」

栗山はまた、論理的な思考を言葉に表すことができ、自らの成長を段階的にとらえられる選手でもある。

兵庫の名門・育英高校時代、栗山は2年生の頃から4番を打ち、通算47本塁打を記録した。当時は「ホントに技術がなかったので、スイングスピードで飛ばしていた」と言う。

しかし、現在は安打製造機のタイプだ。ピッチャーの投じたボールをぎりぎりまで見極め、打つポイントを体の近くに置いてボールを強くたたく。センターから左方向、いわゆる逆方向への安打が多く、玄人好みのタイプと言えるだろう。

“変身”のきっかけは、プロの壁にブチ当たったことだった。

「プロに入って、ボールにバットが当たらなかったんですよ。バーンと振っても当たらないので、まずは当てなきゃというところから始まった。2軍のピッチャーでもフォークを投げる人もいれば、緩急を使える人もいます。1軍には外国人もいますし、本物の長距離バッターがいる。僕は何とか1本のヒットを打たないと、2軍でも試合に出られない。打率を上げないことには話にならなかった」

懸命にバットを振り込んだ栗山は、センターからレフト方向への打撃を身に付けた。そうして08年、リーグ最多の167安打を放ち、同4位の打率3割1分7厘を記録した。

だが翌年、成績が下降する。打率はリーグ22位の2割6分7厘で、チームは4位に沈んだ。

迎えた10年シーズン、栗山は発想を転換した。2番打者という役割を与えられ、とにかく出塁数を増やそうと考えた。具体的に掲げた目標は、四球の数を増やし、三振を減らすことだった。

「09年を振り返ったら、三振が多くてフォアボールが少なかったので、そこを逆転させれば、いい形の打撃になっていくと思いました。09年があったから、10年はこうなったということですね。09年にもう少しいい成績を残してチームに貢献していれば、10年は違ったスタイルで臨んでいたと思います。絶対に優勝争いをしなくちゃいけないと考えて、個人としても絶対にチームに貢献したいという思いがあった」

09年と10年の成績を比べると、四球は53→80、三振は106→69。栗山は2つの目標を達成すると同時に、打率をリーグ11位の3割1分に上昇させた。

そして翌年、次のステップに進む。09年に好成績を残せず、10年シーズンに封印したもの――長打への欲求を表すようになった。

「僕は外野手なので、長打を打てないとダメ」
外野は守備の負担が少ないポジションだ。攻守ともハイレベルな選手の台頭が目立つ、「まずは打てなければダメ」というポジションなのだ。

しかし、栗山には本塁打を量産するようなパワーはない。
そこで重視したのが、2塁打だった。

09年は24本だった2塁打が、10年は35本、11年は30本に増加した。しかし、12年は17本に減少する。8月21日のソフトバンク戦で死球により左尺骨を骨折し、103試合目で戦線離脱となった影響が大きい。1番を任され、出塁率を重視したことも背景にあるだろう。

高校時代にパワーヒッターだった自分を安打製造機に変身させることで、プロ野球界のトップまではい上がった栗山巧。チームきっての努力家は来季、どうやって長打力という上積みを自身に加えるのか。

段階を踏みながらステップアップしてきた栗山の新たな挑戦が、今から楽しみでならない。

2013年05月28日 ショートゴロに隠された、栗山巧のすごみ 月間MVPプレーヤーの目標達成力
http://toyokeizai.net/articles/-/14101

栗山は、目標設定を的確にできる選手だ。

5月14日、神宮球場。4連敗中だった西武は交流戦初戦で、ヤクルトと対戦した。
試合は両先発が不安定な立ち上がりで、4回を終えて3対2でヤクルトがリード。
5回表、攻撃の西武は9番・投手の十亀剣に代打で送った片岡治大がレフト前ヒットを放ち、
1番・浅村栄斗のセンター前ヒット、続く秋山翔吾の送りバントで1死2、3塁。
是が非でも同点にしたい場面で、3番・栗山に打席が回ってきた。
「最低限の犠牲フライでも、1点入って追いつきますね」
バックネット裏で一緒に観戦していた某球団の元選手に、筆者が話しかけた。
「栗山はそんなタマじゃないだろ?」
ヒットで2人の走者を生還させれば、チームは逆転する。
左打者の栗山はセンターから左方向に打つ技術が高く、タイムリーヒット狙い
と元選手は見ていた。

だが、栗山の思考は我々の両者の予想の遙かに上を行っていた。

結果を見れば、
 単なるショートゴロ。
 相手野手のフィルダースチョイスが絡んで打点1が記録された
だけで、特に話題になった打席ではない。
しかし、この一打にこそ、栗山巧(西武)の凄味が凝縮されている。

「あのショートゴロは狙いどおりです」

翌日の試合前、“ドヤ顔”の栗山が言った。
明治神宮外苑の室内練習場からクラブハウスまでを歩きながら、満足気な表情で狙いを明かしていく。

「犠牲フライを打ちにいったら、もしフライの距離が足りなかった場合、点が入らないでしょ?あのケースで最悪なのは、点が入らないこと。もし1、2打席目で感じがよく、自信の持てる打席だったら、もちろんヒットを狙いにいきます。両投手が不安定な打撃戦の様相の中の5回の表の1死2、3塁で相手のヤクルトのリードは1点しか無い という局面で僕の打席の前にショート、セカンドが守備位置を下げました此のヤクルトの動きもまた面白い。だからセカンドゴロならツーアウトになっても1点入り、セカンドランナーもサードに進めますけど、今の僕の状態を考えれば、ショートゴロで1点がいちばん堅いんじゃないかな、と」

この試合を打率3割4分6厘という好調を維持した3番打者として迎えた栗山は、1打席目はバットを1度も振らずに四球で出塁。2打席目は外角低めのストレートをショートゴロに倒れた。相手先発の村中恭兵に対し、タイミングが合っていないと感じていた。

そして迎えた3打席目。初球は真ん中高めのスライダーでストライクを取られる。その時点で、確実に同点にしようという考えが強くなった。

「初球はスライダーで先手を取られたから、バッテリーからしたら次は何でも投げられる状態になってしまった。本当はセカンドゴロのほうがよかったんですけど、バットの面を作って打てるのはショートゴロ。どの球種でも打てるのはショートゴロでした」

結果、内角のストレートを狙いどおりにショートへ。この一打で同点に追いついた西武は、続くホセ・オーティズがセンター前タイムリーで逆転に成功する。この回の2点が決め手となり、4対3でヤクルトを下して連敗を4で止めた。
つまり ヤクルトの側も
3番の栗山そして4番のホセ・オーティズで
同点までで抑える 逆転はさせない
という選択をした訳だ、
おそらく此の場合は
 栗山と勝負をして傷口を広げてしまう よりも
 栗山は歩かせても最悪でも満塁で守りやすくして 打率の低いオーティーズで勝負
というのがヤクルトの判断なのだろう。
だからこそ栗山もまた とりあえず同点までは という選択を取る。

此処まで両者の読み合いが有る。
其れを一瞬一瞬の間に判断しなければならないのが ベースボールではない野球 の精神戦でもある。
まさに武道の如きな 心理戦と技術戦と肉体の勝負の高次の結晶が有る領域の話だ。

ベースボールではない野球 という本質を理解する者は数少なく、
ベースボールという一神教で野蛮人の道具 と 多神教で文明人の野球という文化
の違いまでをも言葉にする者となれば皆無に等しい。

野球という文化は誰の前にでも平等では有るけれども
 マヌケでキチガイな精神論しか言えない者達が 本当の意味での野球を語る事は絶対に出来ない
と俺は断言できるね。



2013年02月05日 ”まじめ力”だけでは、一流にはなれない 西武・秋山に見る、登り詰める条件
http://toyokeizai.net/articles/-/12779

仕事で失敗を犯したとき、人は力量を問われるものだ。予期せぬピンチを迎えた場合、どうやって切り抜けるのか。自分に原因があるなら、反省して二度と繰り返さないようにするのは当たり前だ。そうやって人は仕事の能力を高めていく。

では、その失敗が不可抗力によるものの場合、どうだろうか?足を引っ張った部下や間違った指示を送った上司に責任の所在を求め、「自分のせいではない」と考えるのは必ずしも悪いことではない。それが“他責”という考え方だ。失敗を引きずるくらいなら、人のせいにしてパッと切り替えるほうがマシと考えるのは、確かに一理ある。

しかし、トップに登り詰めるプロ野球選手は、失敗を人のせいにしない。その原因が不可抗力によるものであった場合でも、だ。
ケガは誰の責任か?

大学からプロに入って2年目の昨季、埼玉西武ライオンズで外野を守る秋山翔吾は大きく飛躍を果たした。107試合に出場し、リーグ6位の打率2割9分3厘を記録。シーズン序盤は5番を任され、勝負どころの終盤には2番で起用された。

一方、1年目より落とした数字がある。ルーキーイヤーには110試合に出場したものの、2年目には107試合とグラウンドに立つ機会がわずかに減った。2年目にチームにおける存在感を大きくしたにもかかわらず、出場試合数を減らしたのは開幕前、シーズン途中と左太ももに2度のケガを負ったからだ。

昨季終了後の秋季練習で、秋山はこう話している。
「同じケガを何度もしてはいけませんよね。ケガに強い選手は首脳陣から信頼を得られます。『ここで』という勝負どころでチームにいないと、信頼を得られない。成績が落ちて外れるのとは違います。今年は2回ケガをしました。それでチームに迷惑をかけた」

「プロ野球選手にケガは付きもの」と言われるように、負傷は避けられない部分がある。しかし、それでも秋山は自身を責めた。その考え方にこそ、大卒2年目にしてトップ外野手の仲間入りを果たすことができた要因がある。

横浜創学館高校、八戸大学出身の秋山は、いわゆる野球エリートではない。そんな秋山が西武の外野でレギュラーをつかむことができたのは、プロでもトップレベルの強肩&俊足という武器と、“まじめ力”を備えているからだ。

プロ入り1年目の2011年シーズン開幕戦で、秋山は球団の新人外野手としては30年ぶりとなる先発出場を果たした。この年は打率2割3分2厘と打撃の調子は思うように上がらなかったものの、守備力を買われて110試合に出場した。

周囲の誰もが、「秋山はまじめ」と口をそろえる。昨季前半には、土井前コーチがこんな話をしていた。

「2年目のジンクスがある人とない人がいるよね?1年目に経験を積んで、2年目に上がってくる人もいる。秋山はまじめ。キャンプからバットを振ってきた強さが出ている。練習はウソをつかない。野球をなめんかぎり、良い選手になる。将来的にクリーンアップを打つ力がある」

“まじめ力”は秋山の才能で、非エリート校からプロのレギュラーにまで登り詰めた原動力だ。しかし、秋山が本当のトップにたどり着くためには、ここにプラスアルファを加える必要がある。求められるのは、“非まじめ力”だ。

西武の渡辺監督は興味深い話をしてくれた。
「プロだからこそ当然、妥協しなければいけないところもある。妥協しないとケガをするからね。そこをわかっているかどうか。ケガをすると、元も子もない。プロとして、抜くところがあるのは当たり前。それをうまくできるかで違ってくる。つまり、練習のメリハリだよね。人に言われてやるのではなく『今日は休む、明日はやる』と信念を持たないと、サボって見えることがある」
この話を聞いた数時間後、西武ドームで秋山と話をしていると、くしくも指揮官と同じようなことを語り出した。

「シーズンに入っても、生活にメリハリをつける必要がありますよね。きつくしすぎると、自分を苦しめちゃいますから。やるところと、やらないところを見極める。秋季練習でも、コーチには『様子を見ながらでいい』と言ってもらっています(12年シーズン終盤は、左足太ももに負傷を抱えながら出場していたため)。それを言われるのではなく、自分で覚えないと一流にはなれない。今は若いから、声をかけてもらっています。要は、気持ちのメリハリですね」
名選手は一概に、オンとオフの切り替えが上手い。オフでの休養を、良きオンにつなげているのだ。抜くところで抜かなければ、頭も体もオーバーワークで壊れてしまう。

「プロ野球選手は、まじめすぎてはいけない」とよく言われるが、一生懸命に練習するのは言うまでもない話だ。そこに“非まじめ力”をいかにバランス良くミックスさせるかが、秘訣である。


2013年01月08日 引きこもりから年俸4000万に這い上がった男 千葉ロッテ・岡田幸文の「やり続ける力」
http://toyokeizai.net/articles/-/12397
自らの仕事に誇りを持ち、その世界のトップを目指して挑戦している者にとって、理想は右肩上がりで成長していくことだろう。だが、人生はそううまくいかない。誰にも停滞のときは訪れる。

では、その壁はどうやって乗り越えていけばいいのだろうか。
そのヒントを与えてくれるのが、千葉ロッテマリーンズでセンターを守る岡田幸文だ。

2011年から2年連続でゴールデングラブ賞に輝くなど、現在のプロ野球界の外野手で最も美しく、ダイナミックで、かつ堅実な守備を見せる岡田だが、08年のドラフト会議で指名されたときはほとんど注目されないような選手だった。指名順位は育成6位で、年俸は240万円(金額は推定。以下同)。ドラフト1位の木村雄太が1億円+出来高5000万円の契約金を手にした一方、岡田には100万円の支度金が用意されただけだった。

岡田の野球人生は波瀾万丈だ。栃木の名門・作新学院高校では通算打率が6割を超える成績を残し、日本大学に進学する。しかし、入学直後に左ヒジを負傷し、1年を経たずに中退した。あまりのショックに、岡田は実家で引きこもりになったという。

それでもケガの癒えた1年後の04年、クラブチームの全足利クラブに入団する。日中は足利給食センターで働きながら、夕方になると野球の腕を磨いた。そうして努力を続け、08年秋にロッテの入団テストに合格してプロ入りの夢をかなえた。

ともすれば、大学入学直後のケガで心が折れてしまっても不思議ではない。だが、当時の岡田を「志半ば」という思いが突き動かした。

「プロに入る前にケガをしましたからね。いいときに挫折したのとは違います。周りからはいろいろ言われますけど、自分では『苦労した』とは思っていません。たまたま遠回りしただけ。大事なのは、やり続けることじゃないですか。夢を持って」

本人が強靭な意志を持っていたことに加え、大きかったのは、よき理解者がいたことだ。06年に結婚した妻は足利市の職員で、岡田を陰で支えてきた。08年秋に念願のプロ入りが決まったが、扱いは育成選手だ。年俸はサラリーマンの平均より安く、いつクビを切られてもおかしくない。だから妻は足利に残り、働きながら家計を支えた。岡田は「2年間だけやらせてくれ」と妻に頼み、単身赴任で夢を追った。

岡田のよき理解者は、プロの世界にもいた。09年シーズンオフ、ロッテの二軍監督に就任した高橋慶彦だ。09年3月末に支配下登録され、年俸が支配下選手最低額の440万円に増えていた岡田は10年、高橋の下で“英才教育”を受ける。高橋が岡田を育てようと決めた理由は、2つあった。

その1つが、不屈の心だ。高橋が言う。

「ことわざで『後悔先に立たず』っていうものがあるけど、やっぱり精神力の強いヤツのほうが伸びてくる。岡田もそうだよね。二軍から巣立っていける選手とそうではない選手の違いは、そういうところじゃないかな。岡田は死にものぐるいで頑張った。そうやって自分に勝ってきたんだと思う」

アマチュア時代から打撃を課題としていた岡田には、得意の守備を突き詰める姿勢があった。そこに、育成選手から一軍のレギュラーまではい上がることができた要因がある。岡田に「凡才がトップに登り詰める方法」を聞くと、彼はこう答えた。

「守備はずっと好きでやってきました。『好きこそものの上手なれ』ではないですけどね。大切なのは、もっとうまくなりたいと、ずっと思っていることじゃないですか」

岡田の守備へのこだわりは、一流プロのすごみを実感させられる。彼が美技を連発できるのは、打者が打つ前に半歩動き出していることが背景にある。
「ピッチャーが投げるのは真っすぐ系のボールか、変化球のボールか。キャッチャーのサインまではわからないけど、構えと球種、バッターのタイミングを見て判断します。踏み込んで打つのか、とかですね。準備するという意味で、半歩動き出すということです。心掛けているのは状況判断と、ボールに追いつくまでの速さ。追いつく打球に合わせて捕るのではなく、いけるところでは後ろから入って捕る。状況判断は、捕ってからカットに投げるまでを含めて。ファインプレーも大事ですけど、普通のプレーを普通にやることも大事です」
右打者が踏み込んできた場合、ボールを強くたたいてくる可能性が高く、強烈な打球がセンターからレフト方向へ飛んでくることが予測される。また、ボールを後ろから捕球すれば、その後の送球をいい体勢で行うことができる。岡田は守備について、そこまで細かく考えているのだ。
守備への集中力 というのは そういう観点も有るよね。

野球の守備って 特に外野手の場合は
 仮に3時間に出場したとしても一回な程度にしか守備機会そのものが無い
なんて場合だって充分に有り得る。

其れでも
 集中力を切らさずに しかも相手の打者の一打席一打席 どころか
 一球一球にまで集中して しかも頭まで働かせ続ける
なんて仕事は極めて難しいよね。

其の殆どが無駄に終わる としても
其の無駄な努力をし続けるからこそ必要な時に必要な結果を作る事が出来る、
なんて話は 非常に非効率的だ と野蛮人ならば言うだろうけどね。

だけど 其れがベースボールではなく野球の真髄 だと俺は思っている。
俺は そういうのが美しい って感じるんだよね。


そこまで守備を考える事が出来る選手 ということは 打撃でも深く考える思考力を備えているといえる。そうした特性を理解したコーチの高橋は、二軍時代の岡田を1番打者として育てようと考えた。快足というアピールポイントがあったからだ。広島での現役時代、1番打者として日本記録の33試合連続安打など数々の記録を打ち立てた高橋は、自らの経験から"金言"を岡田に伝えた。

「お前が塁に出るか、出ないかで、チームの攻撃が変わってくる。初回の1打席目を大事にしろ」

10年シーズン開幕から二軍で1番として起用された岡田は、打率2割8分7厘の好成績を残した。6月1日の巨人戦で一軍初出場を果たすと、72試合に出場する。中日との日本シリーズでは第7戦の延長12回に決勝点を呼び込む3塁打を放ち、チームの5年ぶりの日本一に大きく貢献した。このオフには年俸が前年から127%アップの1000万円となり、「奥さんの給料を超えましたね」と満面の笑みを見せた。

翌年は開幕から1番に定着。育成ドラフト出身では史上初となる144試合フル出場、規定打席到達(打率2割6分7厘)を果たした。外野手としてシーズン連続守備機会無失策(359回)のリーグ記録を樹立し、初の個人タイトルとなるゴールデングラブ賞を受賞する。年俸は3200万円まで上がった。


2012年12月25日 日ハム・武田久は進化し続ける 小さな大魔神の「突っ張る」力
http://toyokeizai.net/articles/-/12257
プロ野球選手の寿命は、決して長くない。
投手になるとその傾向は顕著で、2012年に12球団に在籍した選手の平均年齢は27.5歳(データは『週刊ベースボール』2012.2.24増刊号より)。

屈強な男たちが競うプロ野球の世界で、彼は極めて小柄だ。
12年2月時点で、12球団に在籍した全785選手の平均は180.7cm、82.6kgで、
投手に限れば182.2cm、83.0kg(データは『週刊ベースボール』2012.2.24増刊号より)。
170cm、73kgの武田久は、日本人の成人男性平均と変わらない数字だ。

しかし、この右腕投手は自らの体躯を効果的に、かつ最大限に使うことで、周囲がマネできないような偉業を成し遂げてきた。12年9月11日のロッテ戦で通算456試合登板を果たし、球団記録を45年ぶりに更新。このシーズンには32セーブで自身3度目の最多セーブ投手に輝き、チームを3年ぶりのリーグ優勝に導いている。

「久さんは、小さな大魔神ですよね」
そう話すのは、西武の牧田和久だ。武田久と同じ日本通運からプロ入りし、11年にクローザーとして新人王に輝いた下手投げ投手は、先輩のすごみをこう説明する。

「スピードがずば抜けているわけではないけど、安定感がすごい。クローザーは安定していないといけませんから。フォアボールの後にホームランを打たれたら、それだけで2点入りますよね?僕がクローザーとして一番心掛けたのは、安定感です」

武田久の投じるストレートは、平均球速140kmと速くない。しかし、左足を大きく振み出し、右ヒザが地面に擦れるほど沈み込むことで、全身を使ってキレのあるボールを投げ込んでいく。リリースポイントが低く、バッターはボールが浮き上がってくるように感じるという。そのストレートにスライダーやフォーク、シュート、カーブを織り交ぜ、凡打の山を築いていく。

一般的なクローザーには、豪速球と宝刀の変化球で打ち取る者が多い。“大魔神”こと佐々木主浩(元横浜)や藤川球児(来季からシカゴ・カブス)、浅尾拓也(中日)が代表格だ。三者とも、うなりを上げるようなストレートと落差の大きなフォークで、打者を力でねじ伏せていく。

対して、武田久は一撃必殺のボールを持たない。だからこそ、彼には特有の安定感があると日本ハムの栗山英樹監督は言う。
「投球術で打ち取れるので、球が悪いときでも抑えてくれる可能性が強いですよね。ただ、球威だけで抑えをやっているわけではないので。本当に、久みたいなピッチャーをつくるのは大変ですよ」

悪い状態でも抑えられるから、監督は安心してマウンドに送り出すことができる。武田久はそんな安定感を、どうやって身に付けたのだろうか。12年1月6日、さいたま市の日本通運総合運動場で西武の牧田、日本ハムの谷元圭介ら計8人と行った合同自主トレに訪れると、その理由が垣間見えた。

武田久は「スピードも上げたくないし、体も大きくしたくない」という。「バランスが変わるから?」と聞くと、「感覚ですね」と答えてくれた。

この感覚こそ、武田久が誇る最大の武器だ。おそらく彼は、140kmでも打ち取れるボールをわかっているのだろう。体が大きくなり、球のスピードが上がれば、投げる感覚が変わって打ち取れるボールを投げられなくなる。

生きた球とは何か?

先日、南海やダイエー、西武などで強打者として活躍し、首位打者にも輝いたことのある佐々木誠に話を聞く機会があった。社会人のNTT西日本硬式野球部の監督として今年のドラフト会議で増田達至(西武ドラフト1位)、安部建輝(DeNAドラフト5位)と2人の投手をプロに送り込んだ佐々木は、こんな話をしてくれた。

「バッターから見て、
 どんなフォームなら球が見やすいのか、
 どういう球筋が嫌なのか、
 どういう球なら打てないのか
 という話をしてきました。

 ピッチャーで大事なのは、ホームベースの上でボールが生きているかどうか。
 いくらボールが速くても、ベース盤の上で死んでいれば、バッターは何とも思わない。
 生きた球というのは、ボールの初速と終速が変わらない状態。
 初速が150kmでも、終速で143kmだったら何とも思わない」
武田久がこだわるのは、佐々木の言う「生きたボール」だ。




2013年01月22日 偏差値30台のヤンチャを甲子園児に育てる男 大人が高校生を指導する意味
http://toyokeizai.net/articles/-/12257
体罰教師たちに聞いてほしい話がある。滋賀県立北大津高校で保健体育の教諭を務め、野球部を率いる宮崎裕也監督の指導法だ。「学力が高くないから、どうしてもヤンチャ坊主が集まる」という同校の野球部を1994年から率いる宮崎は、84年に創立した無名校を春夏合わせて6度甲子園に出場させた実績を持つ。

現在51歳の指揮官は、大人が高校生を指導する意味についてこう話している。
「スクイズや盗塁のサインを出すだけが、監督の役割ではない。高校生だから気持ちが折れかけたり、弱気になりかける選手もいる。そんなときに監督の自分が、どれだけそのケツをベンチでボーンとたたけるか。自分がどっしりして、メンタル面でどれだけ支えられるか。それが監督の仕事であり、ベンチの中に大人が必要な理由だと思う」

宮崎は滋賀県の名門・比叡山高校の3年時夏に外野手として甲子園へ出場し、ベスト8に進出した。中京大学時代は捕手を務め、3年秋の全国大会ではベスト4に進出したこともある。「高校の監督になれば、60歳まで野球を続けられる」と教職を取得した。

しかし、91年に赴任した北大津高校の野球部を見て、幻滅する。土のグラウンドにはヒザの高さまで雑草が生えているような状態で、選手たちは和気あいあいと練習していた。「こういうチームに自分が携わったら、選手の邪魔になるやろうな」。そう感じた宮崎は、アーチェリー部の顧問に就任した。同部は全国有数の強豪で、オリンピックに出場した卒業生もいるほどだった。

「野球が好きやから野球部の顧問になるのではなく、一生懸命しているヤツのそばにいることが好き。一生懸命さえしとったら、アーチェリーでも卓球でもバスケでもテニスでも、何でもいいわけです。自分が役に立てるのであればね」

3年後、野球部の監督が転勤となり、校長の要請を受けて跡を継いだ。

練習初日、「グラウンドに草がなくなるまで、練習しない」と言うと、11人いた部員が1人になった。宮崎とその生徒は雨の日も風の日も雑草を抜き続け、ようやくきれいになったグラウンドでキャッチボールを始めた(余談だが、雑草抜きを続けた部員は現在、西日本工業大学硬式野球部を監督として率い、昨夏には2度目の全日本大学選手権出場を果たした)。

「部に戻りたい」と頭を下げた10人を受け入れ、翌年は5人が入部してきた。宮崎は「黙って俺の言うことを聞いておけばいいんや」とグイグイ引っ張り、部は急速に力をつけていく。「北大津で野球をしたい」という新入部員が増え、98年夏には県大会で初の決勝進出を果たした。

宮崎の熱血指導がなければ、確かに北大津の急成長もなかっただろう。

教え魔となってはいけない

だが本人は、当時の自身について、肩に力が入っていたと振り返る。
「監督になったばかりの者は、選手にいかになめられないかに苦心します。選手のことなんて考えず、自分が監督として一目置かれなあかん。だから、ものすごく教え魔になる。教えんでええようなことも、野球の知識をひけらかすくらいに教える。選手の頭がパンクしようが関係なく、『すごいやろ、俺はこれだけ野球を知っているんや』ってね。僕自身もそうだったと思います」

順調に強くなった北大津高校野球部だが、どうしても甲子園出場には届かなかった。練習で細かく指示を仰いでくる選手に、宮崎は「ちょっとは自分たちで考えてできんのか?1から10まで人に指示を仰いで」とフラストレーションをためていく。悶々とする日々を送るうち、ようやく気づいた。県大会決勝の壁を突き破れないのは、自らに原因があるのではないか、と。
「情けない話で、僕の能力だけで選手を甲子園に連れていくのは不可能やなとわかった。僕の力には限界がある。選手の知恵も借りなければと、気づきました」

自ら練習メニューを考えさせ、ミーティングも選手たちの主導で行わせるように変えた。「大事なことは自分で決める習慣」を植え付けたかったからだ。当時のチームについて、「野球はやっているけど、勝負ができていない」と宮崎は感じていた。

たとえば、1点負けている8回裏の攻撃で、無死1塁の場面を迎えたとする。「勝負どころ」と感じた監督が盗塁のサインを出し、成功して無死2塁にチャンスが拡大された。打席の右打者はツーストライクに追い込まれた場合、最低限、右方向に流して走者を3塁へ進塁させることが求められる。対してサードゴロやショートゴロで走者が3塁に進めなかった場合、無死1塁から仕掛けたギャンブルの意味がなくなってしまう。

つまり、監督が盗塁のサインを出した意図を打者が理解し、逆方向への打撃で走者を3塁に進められて初めて、チームは「野球で勝負している」といえるのだ。その姿勢を教えるため、宮崎は「技術と戦術を分けて考えさせる」ことを重視している。

例を挙げると、打者は3ボール、ノーストライクの場面で、「1球待て」というセオリーがある。プレッシャーを感じたピッチャーの失敗=四球を待つためで、アマチュアばかりでなく、プロにも染みついているものだ。

その一方、3ボール、ノーストライクは最もヒットの出やすいカウントといわれる。投手は四球を嫌がり、ボールが甘くなるリスクを背負いながらストライクコースに投げてくるからだ。したがって、打者は打ちにいくべきなのである。

宮崎が言う。

「単純に考えたら、ノーストライク、3ボールから放るボールは、
 そのピッチャーが一番コントロールに自信のある球。

 そこでストレートを放るヤツは、一番ストレートに自信があるんだろうし。
 そこで変化球を放れるヤツはすごいけど、高校野球では少ない。

 そこで放る球が一番コントロールに自信のある球やから、
 確実にストライクを放るときはその球を放ると頭に入れておけば、
 次は真っすぐが来るのか、変化球が来るのか
 くらいは分かるわけです。

 そういうことを観察する目を持つことを含め、
 技術と戦術を分けて、野球を教えながら勝負を教えていかんといけない。

 指導者は、勝負と野球をごちゃ混ぜにして教えてはいけない」
技術は技術でしかない、
あくまで 如何に人の心の深さを読み解くか? こそが求められる。
ただし 戦術もまた戦術でしか無い、
勝つ為にならば如何なる卑怯な戦術を駆使しても構わない では単なるケダモノと化す。

だから技術とか戦術とか より先に 人の心を説く。
そういうのが武道だよね。
礼に始まり礼に終わり 其の作法をこそ重視する。

其の意味の中身を説く理由を己が言葉で語る事が出来ない者達が
だから大馬鹿野郎かキチガイか詐欺師なのである。


高校野球で大切な作戦の1つに、送りバントがある。その確率を上げるためには、どうすればいいか。多くの監督は練習量を増やすだろうが、宮崎は冬場の練習試合であえて送りバントを封印する。
「無死1塁でバントを使わずにランナーを進めろといっても、めっちゃ難しいですよ。ランナー2塁なら右にゴロを打てばいいけど、1塁ではわざと詰まって打つくらいしか方法がない。何でそんな無理なことをやらせるかというと、いかにバントがありがたいか を分からせるため。簡単にランナーを進めるためには、バントはなんて簡単なことやと意識づけています。バントは難しいと思うから、失敗する。打って送るほうが遙かに難しい」
なるほどねぇ。
蟲に等しき馬鹿で豚にすぎない一般民衆へ 物事の道理を教え込む という事が如何なる事なのか?
中々に面白い と思う。


宮崎の話の斬新な発想や作戦は、高校野球の指導雑誌によく紹介されているが、
手の内を明かすことで、相手に研究されるのは本望だという。
「僕みたいにずぼらな人間は、自分を追い込まんと行動しない。
 自分自身にあぐらをかいちゃうと、成長がない。
 手の内を明かしちゃったら、次のことを新たに考えないといけない。
 相手に研究されるということは、勝負できているということでしょ?
 野球が楽しいのではなく、野球を介して勝負できるのが楽しい。
 駆け引きというかね」
監督が誰より楽しみながら指導する姿を見て、選手は心から笑うために努力する。
監督が誰より考えているから、選手も負けじと脳を働かせる。
そうしてチーム一体となり、戦う集団ができていく。
俺も そんな感じだなぁw
県立の北大津高校には、中学時代から注目を集めるようなプロ候補生はまずいない。
関西には大阪桐蔭や履正社、智辯和歌山ら私学の強豪がひしめき、
青森の光星学院や東京の日大三高などに野球留学する高校生もいる。
北大津を志望する中学生も概して野球の腕はあるが、決して神童と言われるような選手ではない。

学校の偏差値は30台後半で、生徒はいわゆるヤンチャ坊主ばかりだ。
だが、宮崎とともに考えて野球をすることで、卒業する頃には見違える人間になっていく。

「3年間ここで野球をやって、卒業して出て行きおって、
 また顔を見せにくるとものすごくしっかりした子になっている。
 しっかり受け答えのできる、いっぱしの社会人にね。
 ここは更生所みたいなところです。
 ええ言葉でいうと、僕が導いていく。
 悪い言葉でいうと、たぶらかしていく(笑)。
 卒業するまでに、みんな、ちゃんとしますね」

宮崎に「凡才がトップに登り詰める方法」を聞いてみた。
「凡才が天才にならんでええんですよ。
 凡才を極めたらいい。
 亀がうさぎになる必要はない。
 亀を極める。何かに変わろうとしても無理だから」

ゴルフ場に務める生徒の親からプレゼントされたカートに乗り、
グラウンドを駆け回りながら高校生を教える宮崎は誰よりも楽しそうだ。
そこに、北大津の誇る強さの秘訣がある。
「監督が楽しくなかったら、絶対に選手も楽しくないやろうし。
 若い子に『夢や希望を持て』『あきらめるな』といっても、
 大人があきらめていたら、子どもがあきらめないのは無理ですよ。
 僕は、毎日 楽しい」

不幸にも理不尽な指導者と出会った場合、自ら命を絶つまでに追い込まれる高校生もいる。
しかし、尊敬できる指導者に出会えれば、凡才でも何かを目指す方法を学ぶことができる。

高校生を教える指導者の責任は、極めて重い。
「凡才が天才にならんでええんですよ」

いいじゃないか 三流で 熱い三流なら 上等よ
ってのはアカギの台詞だけど 俺なんかは熱くも無いけど 俺なりに進むだけの話だ。 

2013年09月04日 ノムさんの教えを守り、“名脇役”になった男 西武・渡辺直人はなぜ重宝がられるのか?
http://toyokeizai.net/articles/-/18820?page=2
DeNAではショートからセカンドにコンバートされた1年目の2011年こそ126試合に出場したものの、翌年はケガもあり、出場機会が70試合に減少した。今年は中畑清監督の戦力構想とマッチせず、4月22日以降は2軍暮らしが続く。若手の出場機会が優先され、難しい日々を送った。

置かれた状況を考えれば、並の選手なら心が折れていてもおかしくない。渡辺の年齢は32歳で、多くのプロ野球選手にとっては引退が近づく頃だ。だが、ユニフォームを脱ぐつもりなど毛頭なかった。
「年齢もいっているので、何もやらなかったら何もないまま終わってしまう。やるべきことを見失わないように、自分に厳しく練習していました。その気持ちがたまたま、トレードで生きてきましたね」

7月10日、長田秀一郎とのトレードで西武に入団した渡辺は、埼玉県所沢市の会見場で目を輝かせながら話した。
「野球に飢えています。西武は優勝して日本一になれるチームなので、力になりたい」
シーズン途中に移籍した渡辺は、合流直後にインパクトを残すことを意識していた。その意気込みどおり、7月末まで打率3割近くとヒットを積み重ねていく。打順はつなぎ役の2番、守ってはセカンド、ショート、サードをこなし、瞬く間にチームに欠かせない存在となった。
「チームが変わっても、今までやってきたことをブレずにやるだけです。いきなりホームランを打ったり、自分の特徴じゃないプレーをできるわけではないので、今までやってきたことを継続するだけですね」

渡辺の存在価値が評価されるのは、数字に表れる面ばかりではない。ベンチで声を出し、守備につけば二遊間でコンビを組む若手にアドバイスを送るなど、リーダーシップを発揮している。

「性格?いや、そうじゃないですね。何もしないのがいちばん楽ですよ。でも、勝つためには必要だからやっています」
8月に入り、渡辺の打率は急降下した。29日時点の打率は1割9分8厘。それでも2番で起用され続けているのは、チームへの貢献度が高いからだろう。

渡辺が“名脇役”ぶりを発揮したのは、8月17日の楽天戦だ。球団創設9年目の初優勝へ突き進む相手に対し、是が非でも負けられない一戦だった。9回表の2死から本塁打で1点差を追いつかれ、嫌な流れで迎えた裏の攻撃。先頭打者の渡辺は「どんな形でもいいから、絶対に塁に出ると自分に言い聞かせました」。マウンドの小山伸一郎に1ボール、2ストライクと追い込まれ、4球目がボールとなる。「2ボール、2ストライクになり、相手はコントロールのいいピッチャーではないから、粘ればいけるとフォアボール狙いに切り替えました」。ファウルを挟み、2球続けてボールを選び、フォアボールで出塁する。1死1塁から浅村栄斗の2塁打でホームを突いた渡辺は間一髪でアウトになったものの、その後の攻撃でサヨナラ勝ちをもぎ取った。

いぶし銀の働きで勝利に貢献したこの日の数日前、渡辺はこんな話をしていた。
「最近はヒットになっていないけど、悪い内容ではありません。しっかりバットを振れているし、いい当たりがアウトになることも絶対にあります。何か変えなければいけないこともないですね。僕の仕事は打つだけではありません。もちろん、打つのも仕事ですけどね。フォアボールを選ぶところは選ぶとか、自分の仕事を続けていくだけです」

筆者にとって渡辺が取材対象となったのは西武移籍後で、話を聞くようになってから日が浅い。それでも、なぜ楽天やDeNAで周囲から愛され、評価されるのか気になっていた。そこで、あえて嫌な話を聞いてみた。DeNAでチャンスに恵まれなかった今季序盤、なぜ自分に厳しくできたのか、と。「そこを話すんですか」と苦笑した渡辺だが、言葉を紡いでくれた。

「普通のことを普通にやるだけですよ。
 1軍にいるからとか、2軍にいるからとかで、自分のスタイルは変わらない。
 2軍で試合に出られないと、モチベーション的には厳しいですよ。
 でも、いつも目標として、いつかチームの力になれるときが来るから、
 そのためにしっかり準備しておかなければと思っていました。
 たまたまトレードで、それが生きてきましたね。
 自分がやっているのは普通のこと。
 どんな状況でも変わらず、目の前の状況のために練習、試合をやっていく。
 よくても、悪くてもベストを尽くす。
 それは変わらないというか、変えることができない。
 いつでも全力でやるし、勝ちたいし。それは変わらないですね」

エースや4番という主役のように、渡辺は花道を歩く存在ではない。
しかし、その名脇役ぶりは、チームが描くドラマにグッと深みを与えている。

普通のことを、普通に――。
意外と簡単なことではないが、サラッとやってみせるのが名脇役なのだろう。

こういう言葉の中身を 自分の言葉で口に出来る人は もはや殆どに居ない。
感覚的に理解する人 肌感覚だけで分かる人 は少なくないが、
けれども大概に 其の口から出る言葉は真逆となっている場合が圧倒的に多い。

考える事を億劫にして 結局に最後はカルトへ無自覚に堕ちている、な者達は
自分がカルトへ堕ちている事を指摘されると烈火の如くに怒り狂う。
それこそが野蛮人の証明でも有るのだけどね。
所詮に“其の程度”で思考停止になっただけの話なのに「信念」とか言い出す
のは カルトそのもの なのにね。

野球と政治の背景を徹底的に考えようとしないままに思考停止をする幸せ人達は
これからも幸せに生きていけるだろう。
俺は 考える事を止めない、人間として生きる事を止めない。
人の心の深さを読み解き続けようと思う。
ベースボールではなく野球の神髄とは そういう話だと俺は思う、それだけだ。
だから他の人が他の人なりに考える事を否定はしない。



posted by 誠 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月12日

少女「心臓がドキドキするよ・・・ これってもしかして・・・ 恋・・・!?」 説明「セシウムです。」

https://twitter.com/kintonM47/status/390002993942118400/
少女「心臓がドキドキするよ・・・ これってもしかして・・・ 恋・・・!?」
説明「セシウムです。」
_人人人人人人_
> セシウムです <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^ ̄



2013年09月28日 フクシマからの放出放射能−核実験最盛期の全放出量さえ上回っていた: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/76838647.html



21京ベクレルを青で示してみました。
核実験最盛期よりもはるかに多いセシウムが飛散したことがわかるでしょう。

これで、フクシマでなんの健康被害も起きないとしたら、
大気核実験など禁止する必要などなかったと言うことになります。

核大国が条約を結んで、大気核実験をしないと約束したり、
ストロンチウムの蓄積を調べた研究など、何の意味もなかったと考えられますか?


最もひどかった1963年の核実験をすべてフクシマでやってしまったわけですから、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E5%AE%9F%E9%A8%93%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
考えただけでもおそろしい。

放射性キセノンの量は公式発表でさえ、チェルノブイリの2倍なのですから、
同じく揮発しやすいヨウ素もまたチェルノブイリ放出総量よりも
はるかに多く飛散したことが容易に想像つきます。
EU計算の210PBqが正しいとすれば、
フクシマではチェルノブイリの2.3倍ものセシウムが放出されたことがわかるでしょう。

計算には一切含まれていない3号機のプールの中には、
514本と3号機の炉内(548本)とほぼ同等の燃料棒があります。

簡単に計算すると、このなかには240PBqのセシウム137が含まれていますし、
核反応で生じたセシウム137も大気中に拡散されました。
3号機の爆発時に原発周囲が最も汚染されたこともわあせて考えると、
おそらく今までの大気核実験で放出されたセシウムと同等か、
あるいはそれ以上のセシウムが大気中に拡散されたことになるのではないかと思います。

そして、格納容器内にとどまったとされる死の灰(放出されなかったセシウム、ストロンチウムetc.)は
汚染水とともに海洋流出しているのは明らかですから、
今回のフクシマは健康被害が起きるのは確実で、
一体それが どれだけの規模に収まるのかと考えておいた方がいいでしょう。

炉内に710PBq そして、3号機燃料プールに 240PBqセシウムがあったとして、合計 950PBq。
このうち四分の一が放出されたと概算すると240PBq(24京ベクレル) 
EUが概算した21京ベクレルと ほぼ同等になります。
また、この950PBqは、すべての大気核実験のセシウム放出量 964PBqとほぼ同等。

そして、それがたった数年間のフクシマ原発の死の灰に過ぎません。
今まで、地球上の原発で作られてきた死の灰は、大気中に拡散されれば、
全地球上の生命を滅ぼすのに十二分であることは間違いありません。。
(フクシマの出力は合計約300万キロワット。
 世界の原発の合計は3億9000万キロワット。つまり、約100倍)


2013年10月01日 ヨウ素100万Bq/kgを超えていたフクシマ葉物野菜−311直後の放射能汚染実態: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/77087148.html
本当の情報とニセモノの情報。どこで見分ければいいのでしょうか。

ニセモノの情報は、権威をまといかつ数字や統計の裏付けがあり、
どこからどう見ても文句をつけられないが、何となく胡散臭い。

逆にホンモノの情報は、
その逆で権威も何もない人が数字の裏付けも何もなくぽろっとこぼしたことだが、信用できそうだと思え、
かつあとからあとからその情報を裏付ける資料が出てくること。まさしく、

「どんな馬鹿でも真実を語ることは出来るが、
 うまく嘘をつくことは、かなり頭の働く人間でなければならない。」サミュエル・バトラー

の言うとおり。
このことを頭に入れておけば、いろいろなデマに騙されなくなります。

特に国連の傘下の各機関、東大をトップとする科学機関、NHK、読売などのマスコミに登場する
御用学者、論説員。たいてい「聖書」に書かれていることをオウム返しに話すだけですので、
聞いてておもしろくありませんし、発展がありません。

肩書きではなく、発言者の名前を覚えておけば、−膨大な人数がいますが−
ああ、またこいつか、あるいは、ああまたこの組織の人間か。
と だんだんと騙されなくなります。

ヨウ素119万Bq/kgの汚染でヨウ素剤を飲んだ福島医科大学の医師・看護師
http://onodekita.sblo.jp/article/69527938.html
http://www.chugainippoh.co.jp/ronbun/2013/0606rondan.html
で紹介した記事の中に書かれていた
当時の放射性ヨウ素の貴重なデータがある。福島市の南東に位置する県立医大近辺で3月15日(爆発から3日後)に採取された葉菜の検査記録だ。県が測定し手書きで残したその資料には、ヨウ素だけで1キロあたり119万ベクレルが検出されたことが示されている。

当時医大で医師・看護師などに「安定ヨウ素剤」を配ったのも頷けるデータだ。しかし、私たちにはそうしたデータが公表されることはなかった。
なにげにすごい発言ですし、説得力もあります。
しかし、何しろ証拠がない。

とあるかたに一級の資料を教えてもらいました。
http://www.meti.go.jp/press/2011/06/20110603019/20110603019-2.pdf

とても、探せない場所 2011 年経産省プレス発表の
http://www.meti.go.jp/press/index_2011.html

2011年6月3日 東京電力株式会社福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所周辺の緊急時モニタリング調査結果について(3月11日〜15日実施分)
http://www.meti.go.jp/press/2011/06/20110603019/20110603019-2.pdf
から最終ページ


4葉菜(3/15 18:21)
I-131 1,190,000Bq/kg
Cs-137 169,000Bq/kg

3葉菜(3/15 17:58)
I-131 1,230,000Bq/kg
Cs-137 109,000Bq/kg 


と確かに記してあります

この2011/03/11〜2011/03/15の直後は
人類史上に類例を見ない水準なまでに圧倒的に強烈なヨウ素が一帯を襲った
という事実の紛れもない証拠です。

311における福島第一原発事故の直後に こうして調査はされていたのに
なぜ、こういった重大な情報が隠されてしまっているのか。

もう一度、事故当時のJVJAの生々しいレポートを見て、何が起きたのかをしっかりと思い出しましょう。
とても、東京オリンピックなどと浮かれている場合ではないことは すぐに分かることでしょう。

http://www.youtube.com/watch?v=-pEanEpwEiU

http://www.youtube.com/watch?v=xuXhVTV4CD0

http://www.youtube.com/watch?v=szGonMt6ILI



2013年10月15日 火力燃料費4兆円で日本がつぶれるというデマ: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/78289544.html


2013年09月24日 放射能安全ブログの書き方−「聖書」の記述を見破れ: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/76492051.html

放射能安全デマのエッセンス−実効線量係数−: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/76401191.html

2013年09月25日 ヒロシマ、ナガサキで5年間癌が発症しなかった本当の理由: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/76560438.html




2013年10月03日 原発ゼロの小泉純一郎と、再稼働を推進するJR東海: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/77300441.html

2013年10月02日 電気自動車から、柏崎稼働に走る姉川尚史常務の思い出: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/77174089.html


2013年10月04日 オーストラリア(南半球)の核汚染: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/77418828.html
メルボルンにある車の水滴の汚れで5マイクロシーベルトを超えています。
九州の汚染状況から考えても、これがフクシマの汚染とは考えにくいと私自身は思いますが、
3号機のプルームが赤道を経由して直接南半球に来れば、このような結果が出るんでしょうか?
セシウム134/セシウム137の比を取れば、由来など簡単にわかるはずですが、調べてはなさそうです。

どこかに逃げたら安全、安心というわけではありません。
日本人が世界中へ散って、各地の線量を測定し始めています。

地道なことですが、核産業にとっては大変に憂うべきことでしょう。
予想を遥かに超えて 世界中の被曝と汚染は深刻で
ガイガーカウンターを買う経済力と必要性を問われてしまった者達が 世界中で調べる
というのは 大変に面白い よね。
さてさて今後は どうなりますかな。


2013年10月07日 「海の放射能に立ち向かった日本人〜 ビキニ事件と俊鶻丸」-全部知ってる日本政府: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/77694720.html



目の前で体調不良になる人を 何も言えずな状態で見ている。
未だにテレビをマトモに見ている段階で話をしても全く通じないだろうからね。
それ以前の部分が あまりにも多すぎる・・・。





1997年3月11日、動燃再処理施設で爆発事故があった日に、東京電力の女性管理職員が暗殺された。
http://www.asyura2.com/13/cult12/msg/302.html

耐えられる状況にない給与状態
http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/581.html

「最後の最後まで悩んだ」は演技と周囲に洩らした安倍総理 (simatyan2のブログ) 
http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/526.html

(プロメテウスの罠)給食に福島米:5 親たちから猛反発 (朝日新聞) 
http://www.asyura2.com/13/genpatu33/msg/875.html

関東における子供たちの内部被爆「これはもうアカンやろ」
http://www.asyura2.com/13/genpatu33/msg/835.html

「身長が1センチも伸びていない小学生が多い」いわき市の元教員が発言 (秋場龍一)
http://www.asyura2.com/13/genpatu34/msg/217.html


石油を独占しなければ、米ドルは紙屑になる
http://www.asyura2.com/13/cult12/msg/281.html


http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/700.html
2013年10月08日 西川失言でばれてしまった安倍自民党政権と万歳全中会長の密約 (天木直人のブログ) 
http://www.amakiblog.com/archives/2013/10/08/


http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/723.html
「ドキュメント茶番劇」を見た  田中 良紹 2013年10月8日
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakayoshitsugu/20131008-00028759/

http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/692.html
国を滅ぼす財務省役人 痴呆首相無能政治屋下のこの国の惨状 (日刊ゲンダイ) 


2001年10月15日、NHK解説委員の長谷川浩氏が9.11の謎の発言のあとに暗殺された。
http://www.asyura2.com/13/cult12/msg/364.html

不正選挙訴訟10月15(火)、17(木)は博多決戦、16日(水)は東京決戦&東京御前会議
http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/901.html

はやくも見えた小泉進次郎政務官の限界 (天木直人のブログ)
http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/871.html


http://www.asyura2.com/13/hasan83/msg/185.html
ニューヨークの惨状 (NEVADAブログ) 
http://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/archives/4553255.html



http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/881.html
田代政弘元検事への審査申立補充書を三井環市民連帯の会代表提出

http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/893.html
10月15日 「鳩山事件審査」(東京第四検審)"架空議決"の証拠発見! (一市民が斬る!!) 
http://civilopinions.main.jp/2013/10/1014.html

http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/900.html
2013年10月15日 「小沢謀殺の黒幕は最高裁事務総局」(EJ第3651号) (Electronic Journal) 
http://electronic-journal.seesaa.net/article/377457353.html

http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/907.html
小沢氏の政治活動を支援するのは国民世論だ。(日々雑感) 
http://km2295.iza.ne.jp/blog/entry/3205994/

http://www.asyura2.com/13/senkyo154/msg/703.html
小沢一郎 生活の党代表 記者会見 「ぜひ,国民自身の自覚を」 2013/10/08 08:54 銅のはしご
http://4472752.at.webry.info/201310/article_8.html



2013年10月10日 重要な情報は暗号化して連絡を-PGPの簡単な使い方: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/77871337.html

私のコメント欄に書き込みをされた方2名ほどから
本名ではなく、ペンネームにしてくださいと依頼がきました。
そのうちのおひとりと電話で話したのですが、
大企業では従業員の名前をネット中でロボット検索する部門があり、
その部門から不適切発言をしないように
とお叱りを受けたとのことでした。

私が会社勤めをしていた1995年当時は、
まだ少数のプロバイダーが一般音声電話回線にモデムで接続するサービスが
ようやく始まった頃でしたから、思いもよらないことでしたし、
そのようなことを日本の大企業がしていることにも驚きました。
昨今の大企業系の いわゆるホワイトカラー系では もはや普通の事かもしれないよね。
スノーデン氏が 米国NSAではネット上のあらゆる情報は盗聴されている と曝露したのも当然の話です。
http://www.afpbb.com/articles/-/2950073?pid=10897395

最近、話題になっている原発ホワイトアウト
一説によると、
ここまで曝露するとはけしからんから、現職官僚と思われる著者を特定するよう捜査が始まっている、
らしいのですが、
私が読んだ感想は、マスコミやネットに書かれている内容ばかりで、
驚くようなことはなく、更に原発の悪口を書いているようでありながら、
・脱原発派が非合法な手段を使ってまでも情報を集めている
・フクシマの汚染はたいしたこともないのに、知的レベルがちょっとだけ高い主婦が騒ぎすぎている
・朝鮮人が送電鉄塔に細工をして、停電事故を起こした
というかなり作為を感じる設定
・厳寒期にディーゼルが起動しないという現場を知っている人間からすると
 全くもってナンセンスな事故原因
 (一ヶ月に一度はサーベランス試験をしており、
  いざというときに凍結のため複数号機が全く稼働しないことなど まずありえない
  −そもそも室内に発電機はある)
といった かなり高度な情報操作とも思われる内容も含まれており、
そのような情報工作のモノに触れた後の読後感は かなり悪いものでした。

そういう意味合いでは
 購入はお勧めできませんが、
 上記の注意を頭に入れて読めば、
 電力会社の権力掌握の狡猾な方法などは参考になる
かもしれませんが。
つまり 何が言いたいのか というと
 激しいまでの情報工作 とは 其の情報工作を生業とするのプロが動いている
という意味合いで有るのだから、
 其れを前提にして此方側も行動をしなければならない
という事を言いたいのであろう。


女性の魅力で正義感のあふれる中央官僚を籠絡したジャーナリストが取った連絡手段
は、次のように書かれていました。p.140(ネタバレ含みます)
何かの小説かな?
結局に二人は 同一のGmailアカウントを共有して連絡を取ることにした。
おなじGmailアドレスとGmailパスワードを共有し、自分から自分へメールを送る仕組みだ。
これであれば一つのGmailアカウントでやりとりが閉じられているので、
メールが間違って他人へ転送されたりすることもない。
(中略)
相手に読んでもらいたいメールを送るたびに、LINEでクロネコの顔のスタンプを送る。
クロネコメール便を送りましたので読んでください、という意味だ。
これであれば、二人のやりとりはクロネコのスタンプしか残らない。
通信会社から捜査当局に開示されることがあっても、全く意味がわからないだろう。

クロネコのスタンプを受け取ったら、プライベートのスマホやパソコンでGmailを読む。
端末からGmailへのアクセス記録が一定期間グーグルのサーバー上に残るのかもしれないが、
地球上を駆け巡るGmailについて、発信者と受信者が実質的に特定できない状況下、
尻尾を掴まれることもないだろう。

そして、本当に決定的な証拠については、必ず二人であって手渡しすることにした。
ネット上に全く痕跡が残らないことが一番安全だからである。
まずまずに悪くないかもしれない、もっとも“穴だらけに見える”けどw
続きを読もう、
p.281(情報を漏えいできる役人を特定したあとに)

警視庁は裁判所の令状を取って、
携帯電話会社から、西岡の通話記録、位置情報、電子メール、インターネット・アクセスの情報を入手した。
これらの情報を解析したところ、まず、西岡がLINEで頻繁に玉川に連絡を取っていることが判明したのだ・・

警視庁はすぐに、携帯電話会社から、
玉川の通話記録、位置情報、電子メール、インターネットアクセスの情報を同様に入手するとともに、
LINEに対しても、裁判所の令状を取って西岡と玉川とのやりとりを開示させた。

クロネコのスタンプが使われたやりとりが、ちょうど審議官の機密漏えいのあとに発見された。
USBメモリーやマイクロSDカードのやりとりがされたのではないか、ということで、
宅配便会社からも、
西岡の自宅、玉川の自宅、玉川の勤務先等の荷物のやりとりについての情報が入手されたが、
荷物のやりとりの記録は一切残っていなかった。

しかし、西岡と玉川のインターネット・アクセス記録を見ると、
ちょうど同時期Gmailへの頻繁なアクセスが見られた。
それをグーグルに問い合わせた結果、二人が同一のアカウントにアクセスしていることが判明したのだ。

捜査令状に基づき捜査当局が開示を請求したところ、グーグルはあっさりと電子メールの内容を開示した。
当然でしょうね。LINEでやりとりをすれば、ばれるのは当たり前。
あまりにも幼稚な仕掛けに こちらが情けなくなるほどです。
だよねぇw
もっとも その場合は 両者が共に 別の第三者を経由すれば良い とは思うけどね。

つまりAとBが秘密裏に連絡手段を となれば 信頼できる不審者の扱いされてない第三者を両者に用意させる
A B
| |
C - D 
とすれば良いんだと思うけど、まぁ これすら まだまだ甘いけど ね。


では、どうすれば良かったのか。
その答えを言う前に、一つの本を紹介

サイモン・シンの暗号解読(上・下)
上巻に出てくる話で一番驚いたのは、
ローマ時代の有名なカエサルも暗号を使っていたという事実でした。
有名な
「来て、見て、勝った」
平 文 Veni, vidi, vici,
暗号文 YHQL, YLGL, YLFL
さえも、カエサル暗号という手法で暗号化されていたのです。
(私の知る限り、暗号化について触れた日本の歴史書はありません)
そして、この暗号と暗号解読が歴史上、大変大きなウェートを占めていたことがひしひしと伝わってきます。
また、古代くさび形文字だけで書かれた粘土板を手がかりもないままにどのように解読したか
など、知的好奇心を大変くすぐられます。

軍事通信は、、敵にも傍受される通常無線を使うため複雑に暗号化されます。
暗号で大事なのは、アルゴリズム、暗号キーをどのように配布するかであり、
そのことに長年苦心していたわけですが、
近年のコンピューター発達で公開鍵と秘密鍵のペアで、暗号キー配布問題が解決されました。

(素因数分解を用いているそうですが、私には原理など理解できませんでした)
書籍の中でPGPが紹介されていますので、そのソフトを紹介いたします。

ライセンスの問題があったり、Windows7ではインストールできなくなったりして困ったのですが、
Portable PGPが比較的使い勝手が良さそうなので紹介します。
http://sourceforge.jp/projects/sfnet_ppgp/
(Windows, Mac, Linuxバージョンがあります)
其れを使うのかぁw メンドクサイw

確かに俺も暗号化記事は考えたけど、
其れよりも情報公開をしていく の方向性の方が、俺的には何かと利益が大きいので
あんまり深くに考えた事は無かったなぁ。

ただ いずれの時には 暗号化記事 という情報流通すらをも考えなければならない時が来る可能性も
決して低くは無いとも思うので 覚えておいても損は無いかもね。

というか 平和な時代に考える話 では無いよね。






http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E4%BD%8F%E5%B0%8F%E6%AC%A1%E9%83%8E
西住小次郎 - Wikipedia



https://twitter.com/HIRO_SHIRAISHI/status/387398500150812673
知らない人からブロックされていることがたまにある。
社会運動家のみなさんは、本当に内ゲバが大好きだ。
「おれたちはクロヘルのような極左とは違う」
「おれたち普通の市民は、闘いたがるアブナイ人とは違う」。
ティピカルな内ゲバの論理でござる。
関わりたくないので就活してきます(☆_☆)



https://twitter.com/inuwashibot/status/386878898031439872

「野村監督の頃、監督から
 「沙知代のパソコンのパスワードのヒントを見たら『私の愛してる人』と出て、
  セキュリティー意識の低さに苦笑しつつ
  俺の名前を入れたが通らなかった時の俺の心情みたいな配球をしろ」
 と指導を受けてから5年間、今だにどういう配球なのか考え続けています」
実話とは思えねーなww
だが さもありなん とも思ってしまう。


https://twitter.com/ozyszm/status/388002259868856321
次は外角低め一杯しかない、
という配給の裏を掻いて
 内閣高め
と思いきや、外へ外れるボール…的なω

そういう事を意味する話なのだろうけどねw
 裏を掻く という此方の策
 其の裏を掻く という相手の策
 その裏の裏を掻く が故に 更にボール一個分だけ外す という此方の策
そういう感じの 相手の読みを如何に外すか? の話だよね。






posted by 誠 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月11日

極東の一諸島から秋が無くなり、10月になっても暑い日が続き 台風の時期が過ぎて 少しの時間が経つと急に冬へと至る、この311以降の気象の変化は【軍事機密】。

沈黙の艦隊
このまま日本が世界から孤立した場合
自衛隊だけで日本を守っていけるのか?
超大国の軍事力に対抗しうるだけの戦闘力が必要なのではないか?
「   」なしで日本は平和と安全を維持できるのか?

福島第一原発テロ事件によって 其の後の処理の無茶苦茶さによって
日本人と日本 は 其のハイパーキチガイカルトの集団でしか無い事を
全世界へ証明させた、この信頼の喪失は百年や二百年で取り戻せる話ではない。

そして もはや超兵器すなわち 超大国の軍事力に対抗するだけの戦闘力 とは
核兵器のみならずな事を311以降に生きる者達の多くが気付いている。


ABCDE兵器のうち
A兵器は使い道が実際には無い。
BC兵器も使いどころが非常に限定される。

ある意味では 社会的な認知度が低いD兵器やE兵器の方が よっぽどに使い道が有る。
攻撃兵器として考えれば A兵器よりもD兵器やE兵器の方が使用頻度や効果の面で美味しく使える兵器だ。

A兵器の“現実には使い道が無い使用方法”に固執する人達は
兵器の運用や有用性や費用対効果を如何に考えているんだろうね?

快楽殺人な性癖を自覚できない者達は 古今東西を問わずに悪魔と呼ばれる。
無自覚な悪魔 に殺される 蟲に等しき者達、という構図を屠殺と呼ぶ。
俺の眼前で起きているA兵器の利用を含めた屠殺を 止める事が出来ない己が無能と無力を俺は恥じる。





http://latache1992.blog56.fc2.com/blog-entry-649.html
自民党本部に放つ! 草のモノ・・
によれば・・
「小泉さんの原発ゼロ発言? 少し前に・・人を介して・・だけど、安倍さんに言ったんだよ。
 だけど・・無視された。
 オレの言ってることを歯牙にもかけない? 誰のおかげで総理になれたんだ!?
そんな気持ちなんだろ? 発言に深い意味はないと思うよ。
あの人のことだ・・ゼロでも100でも・・どっちでも良いんだよ、ホントのところ。

それより・・喜美さんと会ったのは・・インパクトあるよね。
 野党を纏めちゃうぞ!
安倍さんに対しては・・3年後の選挙見据えりゃ・・少しは牽制になるし・・
喜美さんと組もうと思ってたオタクのオヤブン・・。 ショックなんじゃないの?

でもまあ、小泉さんの本当の狙い?
原発をゼロにするって方向性は誰も否定できないんだから
・・道筋がついた暁には・・オレのおかげで・・なんて言い出して・・
 ノーベル平和賞でも貰おう
って魂胆じゃないの? もっぱらのウワサだよ・・」

なるほどね そっちか。
何を切り札に取るつもりなのかな? とは思ってたけど
だからこそ あの情報流通の流れ方だった 訳だね。
外道で下品な連中な事は分かってたけど 相も変わらずだねぇ。

さて どうする?
コイズミはウツクシイ を使う? それとも?

子鼠信じろ! が総理で?
子鼠がノーベル平和賞?
こんな悪夢が実現したら・・
それこそ、この世の終わりです。 (苦笑)

冒頭、ご紹介した・・
アリの研究・・のハナシ。
そう言えば・・
大事なことをお伝えするのを忘れていました。 (笑)

働かないアリのみの社会では・・
子孫を残すことはできない・・。
こうした・・
研究結果が出ているそうです。
働かないアリ・・
脱原発に動かない人たちが、
この国で優勢になれば・・
この・・
アリの研究結果が、現実となるかも知れません。

あくまで俺なんかは 自分達で という路線で行く事を続けるだけなのは 今更に言うまでも無い事。
それ以上でも それ以下でも無い。

出来る事ならば 自分達だけで なんだけど、中々に現実は思うがままに進まない。
なので親分が“そうする”のならば俺は 何をか言わんや でしかない。
これもまた それ以上でも それ以下でも無い、
其れを踏まえた上で また自分なりに頑張るだけだ。



スロウ忍ブログ: 靖国例大祭:安倍首相に差し出される「踏み絵」。
http://surouninja.blogspot.jp/2013/10/a-visit-to-yasukuni-is-the-loyalty-test-for-the-prime-minister-of-japan.html
2013/10/07
飯島勲内閣官房参与は7日午後、大阪市で講演し、
安倍晋三首相の靖国神社参拝について
「靖国には堂々と行ってもらいたい。
 秋の例大祭には何としてでも安倍晋三という政治家として参拝してもらいたい」
と述べ、17日から始まる秋季例大祭での参拝に期待を示した。
飯島氏は
「私は習近平国家主席の取り巻きと会ったりしたが、
 中国指導部から靖国に行くなとか、全く発言が出ていない」
と指摘。日中首脳会談の開催について
「秋の例大祭に仮に行っても、そう遠くない年内に間違いなくそうなると信じて行動している」
と述べた。

2013.5.25
飯島勲内閣官房参与の訪朝は、北朝鮮が数ヶ月前から誘ったもので、平壌で行われた会談などは全面的な北朝鮮ペースだったことがわかった。関係筋によると、ナンバー2の金永南・最高人民会議常任委員長との会談には在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)などの対日工作部署の幹部が同席しており、飯島氏は北朝鮮の「言い分」をたっぷり吹き込まれたようだ


2013/6/4
電撃訪問として注目を集めた「飯島訪朝」。その陰には、北朝鮮軍部と太いパイプを持つ在日商工人の存在があった。
この有力情報が捨ておけないのは、A氏が飯島勲・内閣官房参与の電撃的な訪朝(5月14〜17日)のキーマンだったからだ。飯島氏の訪朝中に彼も平壌(ピョンヤン)に滞在した。
1972年、北の工作船が上陸するとの情報を得た公安当局が新潟・佐渡で張り込み中、潜んでいたA氏を見つけ外国人登録証不携帯の容疑で逮捕。84年には北に中古漁船を不正輸出したとして船舶法違反などの疑いで逮捕されている。だがそれは、「A氏には北朝鮮の信用を得る勲章になったようだ。彼は朝鮮総連と全く別の太いパイプを北朝鮮軍部と持ち、西の某、東のAと呼ばれるほど北に食い込んだ」(朝鮮総連関係者)


最近の安倍内閣はヤヴァい方向へ傾きかけている。
ここで安倍首相が参拝を実行すれば、特定アジアとの関係を損なうこと以上に、
より重要な米国との関係をも損ってしまう虞れがあるからである。

習近平が何も云わなかったという飯島発言が本当なら、
それは日米関係を拗らせるためではないかと思われる。

米英勢力 と グローバリスト勢力(大陸系=グローバリスト勢力)
の間で揺れている安倍首相だが、
最近の動きを見ていると、どうも後者に偏り過ぎている感は否めない。

内閣発足当初から怪しげな
反米カルト保守勢力(大陸系=グローバリスト勢力)が多数ブレーンとして食い込んでいることを考えれば、
寧ろこの流れは既定路線だったのかも知れないがね。

意図的に こう書いているのかどうかは分からないけど
安倍政権の 思想的背景 政治背景 その思想政治勢力の背景 を考えれば

1 「日本人と日本」なハイパーキチガイカルト
2 米英勢力
3 グローバリスト勢力(大陸系=グローバリスト勢力)
という書き方が適切な表現で有ろう。
人の心が単純な一色では無い という事と同じように。
そして その影響力というか支配占有力というか そんなのを数字で出してみれば 適当だけど

1 45% 「日本人と日本」なハイパーキチガイカルト
2 35% 米英勢力
3 20% グローバリスト勢力(大陸系=グローバリスト勢力)
という事になるだろう。
所詮に 自分のウツクシイの為ならば人を殺す事もウツクシイ だからね。
つまり大馬鹿野郎でキチガイとしか表現しようがない、
当人は超一流の詐欺師を自負しているつもりかもしれないが。

例えば統一教会とは

1 125% 「日本人と日本」なハイパーキチガイカルト
2 125% 米英勢力
3 -50% グローバリスト勢力(大陸系=グローバリスト勢力)
とか表現できるかもしれない

そういう意味合いで創価公明を表現すれば

1 75% 「日本人と日本」なハイパーキチガイカルト
2 5% 米英勢力
3 20% グローバリスト勢力(大陸系=グローバリスト勢力)
とかになるかもしれない。

麻生なんかは

1 75% 「日本人と日本」なハイパーキチガイカルト
2 40% 米英勢力
3 -15% グローバリスト勢力(大陸系=グローバリスト勢力)
とかかな。

ではコイズミとか飯島となれば

1 25% 「日本人と日本」なハイパーキチガイカルト
2 50% 米英勢力
3 25% グローバリスト勢力(大陸系=グローバリスト勢力)
とか俺は考えている。
ただし実態は 単なる詐欺師 なので 幾らでも状況次第で言い方や立ち位置を変える。
 カネモウケの為ならば人を殺す事もウツクシイ
な連中な事を決して忘れてはならない。

つまり 飯島が安倍へ言った事 は罠としか思えない、となる。
詐欺師同士の安倍と飯島だが 詐欺をする根底が違う。

話の内実からすれば そういう意味合いを抜きにしては語れないはずだ。


安倍首相が今月の靖国例大祭に参加するか否かは、正に、彼にとっての踏み絵となるだろう。

若しも首相が靖国例大祭への参拝を実行したならば、
それは彼が日本経済と国民をカルト保守(グローバリスト勢力)側に渡すという選択をしたことを意味する。
それは、安倍政権が日本の闇社会との断絶を拒否したも同然である。

安倍政権は“反米イデオロギー”を錦の御旗に
再び日本を“全体主義”国家へと誘うのだろうか。
“「日本人と日本」というハイパーキチガイカルト”とは何か?の観点を妙に曖昧な表現とすれば そういう話になる。

ただ どっちに転んでも 
自らの立ち位置を全く別に構築してきた俺からすれば
 「異民族なカルトの勢力争い」
にしか見えないけどね。

その どれかだけが正しい とか 勢力の均衡 とかいう話では無く、
一神教で野蛮人な異民族 や 多神教で野蛮人な異民族 な様々な異民族のカルト集団では無く、
俺達は 多神教で文明人の民族 である。
この本質的で単純で分かりやすい簡単な たった一点の話への理解が無い限り
何処までも続く 終わりの無い地獄 を進むのみとなる。
もっとも 大馬鹿野郎やキチガイや詐欺師 は その方が“都合が良い”のだが。


https://twitter.com/mkt5126/status/386768530697236480
物理化学的な成功や失敗の可能性の話 と 政治力学的な成功と失敗の可能性の話 は一直線に結びつかない。
なれば 其処に深慮遠謀が如何に加わるか となる。
所詮に政治をカネモウケの道具としてしか利用しない者か否か、をから其の先を読む必要が有る。
政治とは 安直に考える続ける側 が負ける。

ネトウヨな大馬鹿野郎やキチガイではない 不思議な情報流通をする者達が居る。
良い感じな事を言い 知性も高く 説得力も有る、
だけど 何故か言う事 何故か言わない事 がある、だから逆算も出来る。
そういう彼らの背景や後ろ側を想定すると 色々と立ち位置が見えてくる。

彼らには彼らの生き方が有る 其れ以上でも其れ以下でも無い。
ただ俺達にも 俺達の生き方や価値観や美意識 が有る、そういう営みを続けてきた。
そういう立ち位置から見定め直す事を億劫にし続けたままだから カルトへ堕ち続けてきた。
だから俺は 其処から論理構築と理論武装をも再構築し続けてきた。
己が内と外を如何に整合していくか? までをも口にして行くしかない、そう考えてきた。

自分を如何に語るか? をしない者達は
 不思議なまでに 己が不明確な立ち位置 を如何に晒しているか
まで気付いているのだろうか?
俺が 己が趣味まで晒す意味は 其処に有る。
そもそもに説得力とは そういうモノだしね。


https://twitter.com/takec1068/status/387552219668561920
ヤクルトの古田が、
 キャッチャーとして、
 相手のバッターがどういう球種・コースに強いか弱いかも大事だが、
 その選手がどういう性格かを重視している
と言っていたはず。
負けたら同じ球を待つ選手、同じ球にひっかからないようにする選手、何も考えない選手、
そういうものがリードに生きてくると。

情報流通の其の先を如何に読み解くか? を考えれば 相手の心を如何に読み解くか となり、
俺は其の先で更に 己が考え方を如何に読み解かせるか? までをも此処で綴ろうとしてきた。

学ぶという事に果ては無い、つくづくに そう思う。
人の心の深さ 政治の深さ にも果てが無い、
安直に考えれば考える程に其の人は 幸せ な感覚の中で恍惚に生きていけるのだろう。
カルトへ堕ちる とは そういう意味でも有るのだけど ね。


https://twitter.com/takec1068/status/387552992565555200
だから、小泉がなにをした、どう言ったという行動に踊らされる必要はなく、
小泉はどう動く性格か?を考えておけばそれでいい。
どうせ、俺達の為になる事を優先して行う なはずがない
金や権力に忠実に生きているだけ。
リスクとして注視し、利用できる範囲で利用できればGood、でも結局に味方ではない。

飯島とコイズミが連動して動く、安倍を上手に倒して 傀儡な新次郎の権力を積み増そう と考える。
彼らは

1 25% 「日本人と日本」なハイパーキチガイカルト
2 50% 米英勢力
3 25% グローバリスト勢力(大陸系=グローバリスト勢力)
な詐欺師でしか無い。

https://twitter.com/desupehannari/status/388484305564872705
コイズミが出てきてから、より加速してるが。
同時期の許詠中の出所がテロの加速を生んでるね。
あいつが何処の狭間でやられたのかは、知ってるよね? アベがゲリゾーになった所以だ。

https://twitter.com/desupehannari/status/388488348655828993
テロって、吊り上げてアッチラコッチラに売り飛ばす芙蓉。
コイズミは、まんまだね。
で、郵政をGSに三井に投げたでしょ。
ニホンウヨクとガイシの狭間、住吉と稲川の狭間で悶えて下痢になったアベ。
山田洋行事件のあたりですよ。
日本宗教右翼カルトが抹殺されまくってたでしょ。

https://twitter.com/desupehannari/status/387957971117830144
イオンと自衛隊と四日市中学女子殺害事件と三鷹事件とか 2013/10/9 デスペのはんなり日記 http://desuperado.seesaa.net/article/377065850.html?1381331199

https://twitter.com/desupehannari/status/388589627533041664
みずほ(芙蓉)=稲川会 三菱=住吉会 三井=山口組 2013/10/11 デスペのはんなり日記 http://desuperado.seesaa.net/article/377249338.html

https://twitter.com/desupehannari/status/388706475578634240
ケムトレイル 台風 熱帯低気圧と温帯低気圧  メモ  2013/10/12 デスペのはんなり日記
http://desuperado.seesaa.net/article/377279880.html


https://twitter.com/aloe_aoi/status/388285150984802304
【みずほ銀行】 - 佐藤康博頭取、全公職を辞任

https://twitter.com/aloe_aoi/status/388285985940725760
・みずほ銀行 もう「次」はない覚悟を|みずほの醜態 トップの責任は重い - 朝日新聞
・みずほ改善命令 今度こそ変わらねば|みずほ銀行 メガバンクの資格なし - 毎日新聞
・暴力団融資 みずほの企業統治が問われる - 読売新聞

https://twitter.com/aloe_aoi/status/388286214064709632
・みずほ暴力団融資 排除機運に水差す大罪だ|みずほ銀行 人心一新で出直す覚悟を - 産経新聞
・銀行の社会的責任は重い|自浄能力問われるみずほ銀 - 日本経済新聞 - 新聞各紙の社説

https://twitter.com/aloe_aoi/status/388287272543461377
なんだか、すごい叩かれよう.

分かりやすいよね。


https://twitter.com/mkt5126/status/388415909892603904
三鷹女子校生殺害事件
・ターゲットを一発で仕留めるプロの技術。 http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-427.html
・浦安看護師殺害事件、ヤク 薬物 麻薬 http://mkt5126.seesaa.net/article/281087827.html
リンゼイ・アン・ホーカー事件

https://twitter.com/taked4700/status/388305668005847040
三鷹女子校生殺害事件についての疑問:
1.
首に傷を負ってそれが致命傷だったようですが、首を切りつけることは難しい。
2.
そもそもアイドルをやっていた女子高生がなぜ容疑者と付き合う必然性があるのか。

https://twitter.com/taked4700/status/388306780465287168
3.
母親がいる被害者宅に窓から侵入し、被害者の部屋の中に隠れて待つことがやはり不自然。
母親にかち合う可能性や、内部の配置を知らない建物内に入ることのリスクを考えると、
自宅の外で待ち伏せるのが普通。

https://twitter.com/taked4700/status/388307164818722816
4.
自分の部屋で襲われたということは、
路上に逃げるまでに少なくとも部屋のドアと玄関のドアの二つがあったことになる。
なぜ、容疑者は路上に被害者を逃がしたのか。

5.
もし捕まることを覚悟していたなら逃げないはず。

https://twitter.com/rirnrin9999/status/388073008520105984
三鷹女子高生刺殺事件
所属事務所の昔の住所が統一教会の世界日報社と同じ。

https://twitter.com/umayado17
しまむら土下座事件の女逮捕で判明したことは、
犯人はネット上で複数アカウントを使い、
一方で在日朝鮮人として振る舞いながら、別アカウントでネトウヨを装って朝鮮人批判を繰り返していた
ということ。
在日朝鮮人による「反韓ヘイトスピーチ」の自作自演工作の一端がバレたことだ。

どっちに転んでも 一神教で野蛮人 か 多神教で野蛮人 でしかない連中のキチガイ沙汰でしかない。

殺された女子高生。
潜水艦は プロ女子高生 と書いてた。
児童ポルノなんかを規制するのには、自分達だけの児童売春利権でもあるよね。
言いたいこと分かるよね?
思いっきり ヤクザのシノギの抗争そのもの でしかないよね。
なのに 其のタイミングで潜水艦は プロ女子高生 と書くのかぁ。
ナメられきってるね。

今の御時世で
 艦コレ の如きな話をリンクしたりコピペしたりな 情報流通に乗る
 宗教右翼カルトの情報工作に乗る
という連中は
 大東亜戦争時に「テンノウヘイカバンザイ」と叫んでいた連中
と全く同じ事でしか無いのだが。
無自覚ならば大馬鹿野郎だし 自覚が有るのならばキチガイだし カネモウケの為にならば詐欺師だ。

ただただ宗教右翼カルトに反対すれば正義 とか言うだけだった旧式左翼カルトもまた
実態はカルトの一派でしか無い。
無自覚ならば大馬鹿野郎だし 自覚が有るのならばキチガイだし カネモウケの為にならば詐欺師だ。

どっちに転んでも 其の程度な情報工作に
人間社会の圧倒的大多数を構成する馬鹿で豚にすぎない一般民衆は勝てない。



誠天調書: 白竜の原子力マフィア編の復活
http://mkt5126.seesaa.net/article/373008362.html

https://twitter.com/mkt5126/status/370692237190893568
白竜の原子力マフィア編の再開の先の話を読んだ。
まずは、あの水準での話が出版流通された、という事は喜びたい。
だからこそ非常に疑問が残る。
何故にコンビニへまで出版流通されたのだろう?
むしろ激しい違和感を覚える。
今までの通常の宗教右翼カルトの動きでは絶対に有り得ない。

今週号の週刊ゴラクは クロコーチをも含めて “有り得ない”な水準の内容だった。
双方に共通しているのは一点で有る
 「日本人と日本」の警察官憲がカネモウケな資本の論理で動く存在でしか無く
 その為にならば如何なる残虐な虐殺行為をも辞さない鬼畜な集団
という点で貫かれている。

実際に その通り なのだが、
宗教右翼カルトの自民党政権とは

1 85% 「日本人と日本」なハイパーキチガイカルト
2 25% 米英勢力
3 -10% グローバリスト勢力(大陸系=グローバリスト勢力)
という存在であり
「日本人と日本」の警察官憲と資本の論理なカネモウケの関係性 を あそこまで徹底的に描く
は絶対に 有り得ない 事だった。

禁忌へ触れる であったからこそ
 マヌケな出版業界の本質を示てきた
 出版流通から不思議に排除される
という事象が数多に生じ続けても来た。

其の前例踏襲主義から考えれば
今週号を含めた最近の週刊ゴラクの「クロコーチ」や「白竜」は
完全に 大幅な逸脱をしている内容 と化している。
明らかにオカシイと言える、何か有る と露骨に考えられる。

同時期の モーニングの「えふいち」 は 福島第一原発の現状を描きながら
実態は嘘デマ扇動の中身であるが故に 不思議なネトウヨが称賛をする という事象をも引き起こしていた。

もう分かるね。
起きている事は
 「日本人と日本」なハイパーキチガイカルト
   と
 米英イスラエル勢力なハイパーキチガイカルト
の争いが苛烈となっている、という事だよね。

言い換えれば 皇統派と統制派の争い とか 国内派と親米派 とか
色々に言いようは有るかもしれないけど 安直な色分けをする程に本質からは遠ざかる だろうね。
だって どっちに転んでも 多神教で文明人な俺達を食い殺す という点では全くに差が無いんだから。


野球も然り マンガも然り で 何故か不思議に
 政治や外交との関係性が含まれた情報工作 という観点
で考える人が 頭が良いはずの人達 な程に居ない。

チョット考えれば
 人民統制な観点では そんな事をしないはずが無い
という事は 馬鹿馬鹿しいまでに分かる簡単な話のはずなのにね。

そういうカネの流れが見えてくる という洞察を不思議にしない人達は
さて どういう人達なのでしょうかねぇ?
頭が其処まで馬鹿なはずが無い なのだから ねぇ。


「地震」という方向に誘導させようという「苦心」が見えますが
それだけでは全然足りませんよね。




https://twitter.com/touhokujinKTTT/status/387141227436445696
宮城ケムトレイル祭り3
https://pbs.twimg.com/media/BV9m5SuCEAAPDWm.jpg:large


https://twitter.com/GT_takahashi/status/387480919788883968
後、虹みたいな光も見えますわ…(((^_^;)なんじゃろか。。
https://pbs.twimg.com/media/BWCb1-jCYAAvEBd.jpg

https://twitter.com/wolvesknow/status/387483483439759360
彩雲 さいうん ですね。

https://twitter.com/GT_takahashi/status/387484521957830656
ありがとうございます♪
只今、工具片付けしたがらケムい空を楽しんでおりますよ〜(^_^;)

https://twitter.com/wolvesknow/status/387484973139128320
いえ、彩雲は吉兆と言われてます。何かいいことがあるといいですね。

あ そういえば 彩雲 とか 環水平アーク について書くの忘れてた

彩雲 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A9%E9%9B%B2

環水平アーク - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E6%B0%B4%E5%B9%B3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AF

環天頂アーク - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A4%A9%E9%A0%82%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AF

幻日 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%BB%E6%97%A5

幻日環 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%BB%E6%97%A5%E7%92%B0

これらの項目を読んで違和感を覚えるか否かで 詐欺に騙されるか否か が分かれるかもしれない。
もし良ければ 此れを読むのも悪くは無い


虹 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%B9

だからこそ 俺は此の現象↓が激しく気になった訳だ。

真珠母雲 - Wikipedia 極成層圏雲 極成層雲
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E6%AF%8D%E9%9B%B2

結果からすれば似た事象なのに 此の現象だけは「オゾン層が関連する」となっている。

真珠母雲 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E6%AF%8D%E9%9B%B2
高度 1,5000m 〜 3,0000 m
成層圏雲は雲粒の大きさが均一で 加えて雲粒が粒である。

15000mでも可能な現象で成層圏雲は
極地だけで起きるフロンやハロンだけと関係するオゾン層の破壊が原因?
彩雲は あくまで偶然に起きる?
妙に随分と都合の良い話にだけ聞こえてしまうのは 俺がヒネクレ者だからかなぁ。

極東の一諸島から秋が無くなり
10月になっても暑い日が続き 台風の時期が過ぎて 少しの時間が経つと急に冬へと至る、
この311以降の気象の変化を 具体的に説明して頂ける人は他に居るのでしょうか?
どうか どうか 俺の話がデマで有る事を どなたか証明してください。




夜光雲 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E5%85%89%E9%9B%B2

彩雲はなぜ起こるのか??
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1444353279

冬期に見られる可能性の高い自然現象を簡単に解説してあります。 彩雲
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/sizenhome/100p/sizen.htm

http://www.tbs.co.jp/morita/qanda/kumo/20100725.html
彩雲はどんな原理でできるのですか?

http://kemucome.seesaa.net/article/155135580.html

http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2004/2004_05_0375.pdf

エアロゾル層 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%82%BE%E3%83%AB%E5%B1%A4


https://twitter.com/touhokujinKTTT/status/387396883313725440
今日はやたらと雲が低い。
いつも雲の『下』を飛んでるヘリが今日は『上』を飛んでる。
いつもと違う。

http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=nh85ZC80JWUJ&p=%E7%A9%8D%E4%B9%B1%E9%9B%B2+%E7%86%B1%E5%B8%AF%E4%BD%8E%E6%B0%97%E5%9C%A7+%E5%8F%B0%E9%A2%A8+%E9%AB%98%E5%BA%A6+%E4%B8%8A%E6%98%87%E6%B0%97%E6%B5%81&u=www.oct-net.ne.jp%2F~gmind%2Ftayhoon.htm
「悪魔の怪物」コントロール計画 1997/09/21  報告 報告者:伊達 徹、マイケル高田、松沢 明

今年日本に上陸した台風は、この放映日時点でも、6月20日台風7号、6月28日台風8号、7月26日台風9号と、すでに3つの台風が上陸し、たいへんな被害を被った。気象庁気候情報課 湯田氏によれば台風のコースは太平洋高気圧の動向に左右される。今年は太平洋高気圧が発達しなかったため、多くの被害を受けたと考えられる。この一つの要因としてエルニーニョ現象が関係していると思われる。エルニーニョ現象とは、ペルー沖の海面水温が平年より高くなる現象をいう。日本は2つの高気圧に挟まれ、台風の通り道に存在しているため、台風の被害をもっとも受けやすい。

台風を制御しようという実験が1947年のアメリカで行われた。
方法は台風のメカニズムを利用したものである。

台風の発生は、太陽光線により大量の海水が蒸発し、上昇気流が発生、
そして積乱雲が発生し豪雨・突風・雷を発生し熱帯低気圧をつくる、
地球の自転の影響で渦を巻き最大風速が17.2mを超えるとできるのだ。

台風の積乱雲は高度10000mに達し、上部の気温はー40度にもなるが、
しかし、雨の元となる水蒸気は不純物を含まないため、
過冷却水(0度でも凍らない水)となり凍らない。
この純水を凍らせる方法としてドライアイスの空中散布が考えられた。

冷却水である純水はドライアイスが核となり、氷の粒となるのである。
そして重力に耐え切れなくなり落下した氷は、途中で溶け雨となるのである。

1947年10月に実験は行われたが、その効果は表われたものの台風の進路が変わり、
豪雨による大きな被害を出し、この計画は中止された。

1962年プロジェクト・ストーム・フューリーという計画が進行した。
これは、最も強い風が吹いているアイ・ウォール(目の壁雲)に人工的に雲の壁を作り、
台風の目を拡大させる。
台風の目の外側には小さな積乱雲があり、その中の過冷却水を凍らし、熱を発生させ上昇気流をつくる。
上昇気流が強まると巨大な積乱雲へと成長、
次第に台風の目が拡大し、台風の勢力が弱まっていくという計画である。
台風制御実験の場所として太平洋西部が選ばれた。

1971年第4回台風委員会(国連アジア太平洋経済社会委員会と世界気象機関が共同運営する会議)が行われ、
日本は外務省・気象庁・建設省などが参加し、水不足の影響を考えた結果反対した。

そして1992年世界気象機関(WHO )は、
気象制御は国と国、地域と地域間の利害対立を起こす危険性があると警告。
また、軍事兵器にもなりうる台風は、現在、その制御を凍結したままである。


http://karapaia.livedoor.biz/archives/51771971.html
2010年10月04日 潜水艦を使って台風の勢力を抑える技術を開発(日本)

三重県桑名市の鋼構造物設備会社、伊勢工業が、台風が進む海域に潜水艦を出動させ、海中の低温水をくみ上げて海面水温を下げることで勢力を弱める構想をまとめ、このほど日本とインドで特許を取得した。海面水温が高いと台風の勢力が維持されることに着目して考え出したという。
http://phys.org/news205046389.html
伊勢工業は、2006年1月に日本と米国、インドの3カ国で申請、今年7月に日本とインドで認められ、近く米国でも認められる見通しという。

特許は「海水温低下装置」という名称で、潜水艦の両側に長さ20メートル、直径70センチのポンプ付き送水管を8本取り付けたうえで、水深30メートルから低温の海水を海面にくみ上げる仕組みだ。

発案者である同社の北村皓一社長(84)によると、潜水艦1隻当たりの送水能力は毎分480トン。潜水艦20隻を台風の進路に配備すると、1時間で周辺海域5万7600平方メートルで水温を3度程度下げられ、台風の勢力を弱められるという。

気象研究所(茨城県つくば市)などによると、台風の発生には海水温が25〜26度以上であることが重要な条件で、勢力を維持するには27度以上が目安になるという。同研究所は今回の特許について「現状では台風の進路予想の精度などに課題はあるが、理論上は台風を小さくすることが可能」と評価している。


https://twitter.com/5newspaper/status/388523894119755776
[読売] 都心で最も遅い真夏日…1875年統計開始から
ttp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20131011-OYT1T00664.htm
日本列島は11日、太平洋高気圧に覆われて各地で気温が上昇し、
東京都心は午後1時過ぎ、30・0度を観測した。
気象庁によると、東京都心では1875年の統計開始から最も遅い真夏日とな…

https://twitter.com/mayoiga88/status/388514222658699264
日曜日から気温がぐっと下がり、寒くなるらしい。冬の掛け布団必要かな〜。

https://twitter.com/mkt5126/status/388579623547592704
福島第一原発テロ事件より以降に、
・太平洋高気圧の勢力が強くなりやすい理由。
 (この2013/10の秋の太平洋高気圧の中心は福島の真東側だったよね)
・秋に台風が極東の一諸島を通過する度に極端に日差しが痛く感じる理由。
オゾン層と放射性物質(特にセシウム)の関係性を含めて
「秋が無くなる理由」を解説してくれる人が居ない
のは何故なのでしょうか?

https://twitter.com/mkt5126/status/388581996047257600
・誠天調書 2013年09月28日 焼かれる天罰 922
http://mkt5126.seesaa.net/article/376070841.html
・誠天調書 2013年10月08日 だって どう考えても陽射しが痛かったもん、アレおかしいよ。
http://mkt5126.seesaa.net/article/376800115.html

https://twitter.com/sihouhappou/status/388626490297815040
今日、雲の流れがいつもより「早すぎだった」
高い雲にしろ、低い雲にしろ異様に早かった。
基本的に雲の流れが速い翌日は雨が降って崩れるのだが、
来週の木曜日まで崩れないという事だ。
はてさて、これはどういった事なのだろうかね。

https://twitter.com/sihouhappou/status/388626829923188736
気象庁 週間天気予報
http://www.jma.go.jp/jp/week/
大気安定度 http://t.co/I3ZSOMFGhK
渦度 http://t.co/EZDsAfKoO5
風速 http://t.co/ra3npbQUrN

https://twitter.com/sihouhappou/status/388628253134438401
普通に可能性があるとすれば、この上空での速い風速が「消された台風」だとすれば、
「気象というのは安定しようとする傾向」や「エネルギーを保存する」とするならば。
「消された台風」にはどういった意味があるのだろうかね? 
どっちにしろ、E兵器の打ち合いなのだろうがね。

惑星の対流圏における風とは通常に 自転や公転の影響などなどの他に
結局は エントロピーの法則に則って動いている だからね。

秋の彼岸が過ぎたのに 何故か不思議に急激な成長をした太平洋高気圧とは如何なる意味なのだろう?

おそらくに 福島第一原発テロ事件によって放出され続けている放射性物質(特にセシウム)が
熱帯低気圧の台風の急激な上昇気流によって上空へまで舞い上げられて
オゾン層の破壊と同一の現象を引き起こす。

此の場合でも対流圏および成層圏も結局は西へ流されるので
オゾン層の破壊に伴う下降気流そのものは太平洋側で強く促される。
つまり偏西風の動きもまた強い影響を受ける。

あくまで一時的な事象なので(今の所は)
・太平洋高気圧の勢力の一時的な急成長
・紫外線が通過しやすい状況となるので必要以上に日差しを痛く感じる
という現象だけで済んでいる。

けれども結局は 急激な気象変動でしかないので
その結果としてエントロピーの法則つーか揺り戻しつーか な訳で
急激な風が当然に起きて 戻ろうとする。

この程度な話で済めば良いんだけど。
この程度で済むはずが無い と俺は思っているんだけど。

ただ 世界の異常気象を造るのは「日本人と日本」というハイパーキチガイカルトの集団 と揶揄されても
致し方が無いよね。
そういう意味合いでは
「日本人と日本」なハイパーキチガイカルト と 米英イスラエル勢力なハイパーキチガイカルト は
共同歩調で事態の鎮静化を図ろう とはするだろうけど、
責任問題はとかな話になれば ねぇ。


ABCDE兵器のうち
A兵器は使い道が実際には無い。
BC兵器も使いどころが非常に限定される。

ある意味では D兵器やE兵器の方が よっぽどに使い道が有る。
攻撃兵器として考えれば A兵器よりもD兵器やE兵器の方が使用頻度や効果の面で美味しく使える兵器だ。

A兵器に固執する人達は 兵器の運用や有用性を如何に考えているんだろうね?


結局に E兵器の補給を異国へ差し出している でしかない事にすら理解が及ばないまま
戦争を始めたがるような大馬鹿野郎やキチガイしか居ないままな水準の 戦略性の皆無 だから
またしても国を滅ぼすになる。

馬鹿は死ななきゃ治らない だが 巻き添いになって惨殺される側は たまったものではない。
それすら死人に口無しで封じ込めて無かった事にするのがウツクシイという教条主義が 連中の聖戦だ。
そして 古今東西を問わずに人間社会の圧倒的大多数は馬鹿で豚にすぎない一般民衆だ、
 
大馬鹿野郎やキチガイにも劣るが故に
蟲な程度でしかない者達は ただただ大量虐殺と民族浄化を受けるだけの存在である。


https://twitter.com/saitoyasunori/status/389892623357325313
台風26号は昨日の予報よりもより陸寄りに。
しかも、福島沖から宮城沖で再発達。
こんなパターンは見たことない。

16日福島県、宮城県は嵐。台風の接近時間と満潮が重なる。
気圧が記録的に低下、海面が膨張。津波被災地は広範囲で冠水、浸水の恐れ。
http://twitter.com/saitoyasunori/status/389892623357325313/photo/1
有り得ない時期の太平洋高気圧の発達 という事象から考えればこそ
台風の移動と発達の道の話が出てくる も考えられるけど、
もう少し話が足りないから 其処にこそ「作為」を感じたりもするけどね。
今思い出したけど、今日の10時ごろだったかな?東京アメッシュ見てたら見事に綺麗な円形の降雨状況だったな〜。前の福島あたりで見た円形と同じようにまんまるになってた。中心は調布飛行場あたりかな〜と見えたけど正直断定出来ん。
さて どうなのだろうね。




2013年10月09日 フクシマ後に急増する川崎病−放射能被曝も一因か: 院長の独り言
http://onodekita.sblo.jp/article/77804264.html
川崎病は極めて大規模な疫学調査をしているのに、なぜ原因が見つけられないのか。
この調査の指揮を執った人物の名前を見て、わたしはピンときました。
川崎病と闘う日々
http://www.jhf.or.jp/shinzo/mth/images/History-37-2.pdf
加倉井氏はとても丁寧に話を聞いてくれました.私は原著やその後の地方会の発表,たくさんのカラー写真を持っていったので,それを広げて説明しました.すると,「疫学調査はされましたか」と聞かれました.私はそんなことは全然考えていませんでした.加倉井氏は,「公衆衛生院の疫学部に重松逸造という方がいます.熱心な先生ですから,ぜひ重松先生に会ってください」と言われました.

重松先生の独壇場で,申請書作りに私も何回も通いました.そうしたところ,昭和45年度の厚生省科学参事官室の医療研究助成補助金でトップの200万円がつきました.そしてその年に第 1 回の疫学調査を行ったわけです


「重松逸造」
川崎病の疫学調査で「重松逸造」の名を聞くとは思いませんでした。

ここでコイツの名前を聞くとはね、
つーか やはり という印象の方が強いよね。

重松逸造のやってきたこと
http://blog.goo.ne.jp/ryuzou42/e/a9d5c9d21d8a0cb307da530ca28a178d

・「黒い雨「人体影響認められず」
 広島県、広島市共同設置の「黒い雨に関する専門家会議」
 (座長・重松逸造・放射線影響研究所長、十二人)は、十三日、
 「人体影響を明確に示唆するデータは得られなかった」との調査結果をまとめた。
 (一九九一年五月一四日付毎日新聞)ここでも重松氏は調査責任者。

・「環境庁の水俣病調査中間報告「頭髪水銀値は正常」、論議必至。
 (一九九一年六月二三日付読売新聞)重松氏は水俣病の調査責任者で、
  水俣病被害者とチッソの因果関係はないと発表したのです。

・「イタイイタイ病について環境庁の委託で原因を調査していた
 「イタイイタイ病およびカドミウム中毒に関する総合研究班(会長・重松逸造放射線影響研究所理事長)
 とし、イ病の発症過程を解明するに至らなかった。
 イ病では、認定患者百五十人のうち、既に百三十四人が激痛の中で死亡している」
 (一九八九年四月九日付読売新聞。)

・岡山スモンの記録
 「スモン研究の思い出。前厚生省スモン調査研究班々長重松逸造。
 結局は後で原因と判明したキノホルムに到達することができませんでした」
 重松氏はスモン調査の責任者でありましたが、
 キノホルムの因果関係はないと発表していたのです。

・九三年一月一三日、岡山県の動燃人形峠事業所が計画している
 大規模な回収ウラン転換試験の安全性を審査していた
 「環境放射線専門家会議」(重松逸造委員長)は、ゴーサンを出しました。

こうして あらゆる公害問題においての政府・企業の利益になる決定に、
重松逸造氏が責任者となっているのが分かります。

そして、チェルノブイリ調査団の団長に選ばれ

・1990年4月、IAEAが発足させたチェルノブイリ原発事故をめぐる国際諮問委員会(IAC)の委員長に就任。
 各国から集められた200人の専門家集団の責任者として、
 ソ連国内の汚染状況と住民の健康の調査、住民の防護対策の妥当性の検討を目的とする
 国際チェルノブイリプロジェクト実施にあたった。
 翌1991年5月、ウィーンのIAEA本部で開かれたプロジェクト報告会において、
 汚染地帯の住民には放射能による健康影響は認められない、
 むしろ、「ラジオフォビア(放射能恐怖症)」による精神的ストレスの方が問題である、
 1平方km当り40キュリーという移住基準はもっと上げてもよいが、
 社会的条件を考えると今のままでしかたないであろう、との報告をまとめ発表した

と恥ずべき報告書を作り上げたにもかかわらず、
大物医師として疫学界に君臨し、叙勲まで受けました。
この人物が疫学調査に立ったからには、真相が解明されるはずもありません。

感染症のように風に乗って流行する。なぜ、放射能が原因の一つとしてあげられなかったのか。
この人物を疫学調査のトップに持ってきたからではないのでしょうか。

川崎病と被曝。
もう一度に考えてみる必要があると思います。


http://ameblo.jp/sunamerio/entry-11478478963.html
激増している川崎病は被曝症状と似ている

http://onodekita.sblo.jp/article/63284467.html
福島の甲状腺ガン増加をチェルノブイリと全く同じ文言で否定する日本人医師たち 2013年03月03日

http://onodekita.sblo.jp/article/56719635.html
長崎原爆訴訟−内部被曝を無視する裁判所により棄却2012年06月26日


https://twitter.com/tokaiama/status/108149521271357440
水俣病では重松逸造、
カネミ油症では勝木司馬之助、
ロボトミーでは台弘、
フクシマでは重松の弟子、山下俊一、
全て731部隊帰還者の流れなんだ。
戦後日本医療は731部隊出身者に独占された。
医学部長、医師会長のポストを独占してきた

http://twitter.com/tokaiama/status/77594442822991872
そして米軍ABCCの後継、放射線影響研究所理事長の重松逸造は
21世紀になっても実態の完全解明はされていない水俣病の原因を発生当時に「水銀でない」と断定、
被害者を救済させず多数の死者障害者を出させた人物。
江藤豊と並び極悪犯罪者。
同じことをチェルノブイリでも繰り返し百万人の死者を数十名に矮小化してみせた。
その弟子の山下俊一が今まったく同じ欺瞞殺人犯罪を繰り返している。

http://twitter.com/tokaiama/status/77595805422338049
政府による被曝隠蔽、山下、中川らによる安全デマ洗脳によって
数百万人の人たちが取り返しのつかない被曝をさせられた。
すでに双葉町で急性放射線死者が数百名と思われるが震災死者に計上、
避難地で被曝死亡した人も原因解明されず過労死などに分類されてきた。
これから数万の人が急死するはずだが被曝死とされない。

http://twitter.com/tokaiama/status/77592792112701441
河田昌東はウクライナ現地の被曝障害者を多数に見て、そして現地医師から情報を得た。
被曝障害の最多は
 心筋梗塞次に糖尿病、
 免疫低下による諸病、
 ガン白血病。
それは全体の2割に満たず因果関係の特定も不可能だから
ICRP重松逸造は被曝被害と認めなかった。
死者が少ない秘密だ。
だが実死者は数百万以上に上るだろう。

http://twitter.com/tokaiama/status/77591773072982016
放射線内部被曝の問題はセシウム137がカリウム代謝に乗って体細胞に入り込むこと。
赤血球に入り血管を内部から被曝させる。
粘膜はただ一粒のCSから甚大な破壊受け血管膠原組織がボロボロとなり硬化を招く。
このためICRPは内部被曝障害をガン白血病に限定してるが、実際には脳・心筋梗塞が最大に。

http://twitter.com/tokaiama/status/77582198148046848
チェルノブイリの被害者にも知能障害や脳腫瘍が多いですね。
そして岡野博士は日本の事故はチェルノブイリよりセシウムが多いのが特徴と仰ってました。
RT @kamui0128: セシウムの害として、ウクライナでのラットを使った実験では脳細胞が破壊された。

「mkt5126.seesaa.net "重松逸造" 水俣病」の検索
http://search.yahoo.co.jp/search?p=mkt5126.seesaa.net++%22%E9%87%8D%E6%9D%BE%E9%80%B8%E9%80%A0%22%E3%80%80%E6%B0%B4%E4%BF%A3%E7%97%85

やはり水俣病すらも 被曝と他の科学物質の複合的な作用 と考え直さなければならないだろうね。

mkt5126.seesaa.net "水俣病" ウラン
http://search.yahoo.co.jp/search?p=mkt5126.seesaa.net+++%22%E6%B0%B4%E4%BF%A3%E7%97%85%22+%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%83%B3

2013/01/08 水俣病は劣化ウランが原因物質ではなかったか。 | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-492.html

・なぜ311にて延焼したのはコスモ石油化学五井製造所に隣接する「チッソ」には
 劣化ウラン保管倉庫が有ったのだろうか?
・なぜ311直後に延焼したコスモ石油化学五井製造所に関しての
 デマとされるチェ-ンメール が流されたのか?
・「チッソ」そして水俣病は 其の完全な原因究明は全くに出来ていない。
水銀中毒であることは確かだが、
当時、数ある有機水銀のうちのメチル水銀が原因であるという確証が得られなかった


俺的には
 水銀と水俣病 川崎病と被曝 そして 極東の一諸島から秋が無くなる理由
は ある点で共通している事がハッキリと見えている。

放出された放射性物質が自然界で如何なる反応をするのか?
放出された放射性物質が人間社会活動と自然界で如何なる反応をするのか?
放出された放射性物質は 如何なる化学反応を起こし続けるのか?

其の先が完全に「未知の世界」と為っていて
其処へ関する「“文字通りに”あらゆる観点」”において
深く拡く探求され研究されて そして強く情報流通されている話が
圧倒的なまでに少ない。


放射性物質が大量拡散された場合に 何が起きるのか?
軍事 政治 生活 医療 気象 等々に上げたらキリが無い程に
ありとあらゆる人間活動や自然活動の全てにおいて
あまりにも圧倒的なまでに「未知の領域」が多すぎる。

不自然なんてもんじゃない、誰が 何を どー考えても 恣意的でしか無い。


誠天調書 2013年02月08日 福島第一原発テロ事件で大量に放出された放射性物質のウラン(α線)やセシウム(γ線)が なんらかの化学変化を起こす事は当然に想定すべき事ではないのか?
http://mkt5126.seesaa.net/article/319279021.html




https://twitter.com/sihouhappou/status/389769729612603394
オゾンホールはいつできる
http://www.env01.net/highschool/a05.htm

経済産業省 オゾン層破壊物質リスト
http://www.env-r.com/onestop/pdf/111/sheet012.pdf

有機化合物
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%A9%9F%E5%8C%96%E5%90%88%E7%89%A9

https://twitter.com/sihouhappou/status/389770168009637891
オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BE%E3%83%B3%E5%B1%A4%E3%82%92%E7%A0%B4%E5%A3%8A%E3%81%99%E3%82%8B%E7%89%A9%E8%B3%AA%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E8%AD%B0%E5%AE%9A%E6%9B%B8

有機臭素化合物
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%A9%9F%E8%87%AD%E7%B4%A0%E5%8C%96%E5%90%88%E7%89%A9

有機塩素化合物
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%A9%9F%E5%A1%A9%E7%B4%A0%E5%8C%96%E5%90%88%E7%89%A9

https://twitter.com/sihouhappou/status/389770424696832000
レイチェル・ルイーズ・カーソン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3
「沈黙の春」などでDDTなどの農薬の問題の告発を始めた人

アメリカ合衆国魚類野生生物局
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E9%AD%9A%E9%A1%9E%E9%87%8E%E7%94%9F%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%B1%80

レッドウィング作戦
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E4%BD%9C%E6%88%A6


https://twitter.com/sihouhappou/status/389772050807533568
それにしても カーソンという女は すげえな。
死ぬまで「情報工作」して 大気中における核実験での「大気汚染」というモノを隠し通すために
DDTなどの有機化合物を否定し続けた訳で
その有機化合物も「有機酸」に関しては影響がないようにされているな。

なるほどね、そういう観点での見方も有る訳だ。
単純に 環境破壊 や 自然や地球に優しい という御題目を先行させる形で
 BC兵器は危険 としながら A兵器との関連性については徹底的に隠蔽がされる
という意味合いでの情報工作としてならば 21世紀の今の現在ですら 全く同じ意味合いで進行中だからね。

だからこそ俺は
 BC兵器は危険 として
 A兵器の危険性との関連性も複層的に考えていきながら
 DE兵器との関連性もまた同列にして複層的に考えていく
をしなければ 完全に片手落ちとなって無意味と化す と言い続けて来たんだけどね。

不思議に何か一つだけに絞って考えていくカルトな人達は なので俺を異教徒と呼ぶのだろうけど。


https://twitter.com/sihouhappou/status/389773148381384705
様々な物質がなんだかんだ言って反応しやすいのは「酸素」なわけで、
実際「鉄」が「錆びる」のは「酸化鉄」に戻ろうとするから「錆びる」訳であり。
空気中に蔓延しまくっている、
「酸化セシウム」や「酸化ストロンチウム」などなど「酸化物」による「オゾン層破壊」って出てこないね。
不思議だね。
チョット自分の頭で考えれば 其の程度の事は思いつくはずなのにね。
頭の良い人達って 凄いよね。 何を根拠にしているんだろうね。


https://twitter.com/sihouhappou/status/389774826606317569
オゾン層の保護のためのウィーン条約
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BE%E3%83%B3%E5%B1%A4%E3%81%AE%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3%E6%9D%A1%E7%B4%84

ウィーン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3

石油輸出国機構
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E6%B2%B9%E8%BC%B8%E5%87%BA%E5%9B%BD%E6%A9%9F%E6%A7%8B
本部はオーストリアのウィーン。
そういや そうだったね。

https://twitter.com/sihouhappou/status/389776762587992064
前にもあげたけど「ウィーン」というのは「情報金融屋系」の「交差点」な訳ですね。
「オゾン層破壊」という情報を垂れ流して「有機物加工業者」即ち「油屋・戦争屋系」を攻撃するが
「核」による「オゾン層破壊」については黙秘する。
実にウツクシイすぎて頭にきますねー、くたばれ汚物共めが。



https://twitter.com/chatran6/status/389189127893045248
@tokaiama 3年前から紫外線の量が40%も増えたそうです

五井野博士以外誰も指摘しない #放射能による熱圏電離層崩壊
http://www.sayonara-genpatsu.de/2012/12/26/%E4%BA%94%E4%BA%95%E9%87%8E%E6%AD%A3%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E4%BB%A5%E5%A4%96%E8%AA%B0%E3%82%82%E6%8C%87%E6%91%98%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%84%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%86%B1%E5%9C%8F-%E9%9B%BB%E9%9B%A2%E5%B1%A4%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BD%B1%E9%9F%BF/

「熱圏について簡単に説明すれば、地球を取り巻く大気圏には4つの層があり、
 地表から順に対流圏、成層圏、中間圏、そして、その上が熱圏と呼ばれています。
 熱圏は地上から大体80〜90km上空の高さから800kmくらいまでの高さの層になります。

 熱圏(thermosphere)と呼ばれる理由は、
 上層に上がるに従い、大気の温度がマイナス80℃からプラス2000℃近くまで上がるため、
 熱(熱はギリシャ語で“thermo”)のある圏域という意味からきている訳です。

 熱い理由は、太陽から来る陽子や電子などが熱圏の構成物質である酸素原子や窒素原子と衝突して、
 それによって発生するエネルギーが熱に変わるからです。

 それと同時に、熱圏を構成している酸素や窒素がイオン化して
 電離した状態を一般に電離層と呼んでいますが、
 オーロラはこの電離層の中で発光しているのです。」

「ただ、空気密度が低いために熱伝導が非常に弱いのです。
 ちなみに、国際宇宙ステーションではこの熱圏内地上333kmの上を飛んでいます。
 また、宇宙船シャトルもこの熱圏の中を飛んでいますが、
 熱によって加熱されるということはありません。
 そして、この熱圏の上が外気圏となって宇宙はここからになるんですよ。」

ということは、宇宙飛行士は宇宙の中を飛んでいる訳ではないんですね。
すると、宇宙飛行士の毛利さんたちは熱圏の中を飛んで入るから
熱圏飛行士ということになっちゃいますね。
「そうですね。でも、それだと宇宙への夢がなくなってしまうから、
 やはり広い意味での“宇宙飛行士”と呼んであげた方が
 宇宙への夢が失わないでいいと思いますね。」

「NASAは2010年7月15日に
 熱圏が大きく収縮して崩壊していると発表しました。
 ちょうど、この2010年の日本では記録的な暑さでしたね。

 熱圏は太陽や宇宙から来る有害な放射線を熱に変えて地球の生物を保護すると同時に、
 生物に対して適度な気温で温めているのですが、
 これ程シードルが壊れたということは、
 どんどん地上に有害な短波長の電磁波やβ線等の放射線が降り注ぐだけでなく、
 過熱化していくということです。

 例えば、2年前の2010年から紫外線の量が40%も増えたという報告もあり、
 それゆえ、暑いだけでなく皮膚がヒリヒリして痛いとか、
 太陽の光が眩しくて目が痛いとか、
 朝、散歩するのに体が重いとか、
 そういう体験をしていらっしゃる人が多いと思う。

 これから徐々に宇宙からの放射線も増えてくることになるから私たちの身体は大変ですね。
 もちろん、痛みだけでなく放射線は遺伝子を傷つけるから、
 様々な病気や奇形児を生む原因として働いてくるでしょう。
 福島原発の放射能に加えて。」

「日本の広島と長崎に原爆が落とされて 戦後は米ソの原水爆実験によって
 多量の放射能を出されました。
 これは、生物に危険だけでなく、大気圏にも大きな影響を与えます。
 地球の電離層に大きな影響を与えます。

 紫外線や放射線などが地球上に降り注いで
 皮膚がんや老化現象など様々な病気や精神異常を引き起こします。

 でも、それだけではないですよ。
 電離層の上の磁気圏にも大きな影響を与えます。
 と言うのも、放射線は磁気と反発しますので、磁気の流れが乱れてしまうからです。」

「地上に熱が もたらされる その熱源は太陽熱だというのは分かりますね。
 実は太陽から光と熱が直接に地球に届くのではなく、
 太陽からの高速プラズマ流(陽子や電子)が地球の熱圏(電離層)の中で紫外線や熱に変わって、
 それから地上へ光と熱を与えるのです。」
「地球には(図1)のように地磁気があります。
 
 この地磁気が太陽からの高速プラズマを(図2)のように地球の前面で防いで横に流します。
 
  すると、プラズマ流の一部は地球の地磁気に沿って流れ、
 (図2)の(A)のカスプに捉えられなかった大半のプラズマ流は、
 地球の地磁気の外側に沿ってさらに後方に長く吹き流されます。
 (図2の(B)の方まで) 

 そこで、太陽風のプラズマ流の流れと地球の地磁気の釣り合う領域の境界線の内側を磁気圏と呼び、
 その磁気圏は彗星のような形をして後方に長い尾を引き長さは地球半径の数百倍と言われています。
 ちょうど地球半径の120倍(図2における(B)点)のところで
 地球の磁場とプラズマ流の圧力が均等になります。

 すると、後方に流れたプラズマ流の一部も磁気圏の尾部(B)から中に入って磁力線に沿いながら、
 再び地球に近づいて(A)のカスプ領域まで来ると一部は熱圏に入ってきます。
 このとき地磁気の乱れが起きると、このカスプ領域でオーロラが発生します。

 もし、太陽からの全てのプラズマ流が 地球の地磁気で遮られて地球の中に届かないと
 地球は太陽エネルギーを失って極寒と光の無い世界になってしまいます。
 つまり、地球は地球に住む生命体のために、
 ほど良い太陽エネルギー(プラズマ流)を地磁気とのバランスによって
 磁気圏の中に取り入れて光と熱を生み出しているのです。」

「蛍光灯の原理で説明してみましょう。
 電球はフィラメントに電流を流してその抵抗熱で発光するのですが、
 蛍光灯の場合は先ず陰極側のフィラメントを加熱すると電子が熱によって勃起されて飛び出し、
 蛍光灯の中に閉じ込めてあった水銀ガスと衝突して紫外線を発生させます。
 
 
 その紫外線は蛍光管の内側に塗ってある蛍光塗料に衝突して
 私たちが光として見ることが出来る可視光線になる訳です。

 つまり、地球には蛍光管の中にある水銀ガスと同じような働きをする電離層、
 すなわち、酸素や窒素原子を含む熱圏が存在して、
 太陽からのプラズマ流である電子や陽子などの荷電粒子と衝突して紫外線や熱を発生させるのです。

 それゆえ、地上に住む我々から見れば太陽が光輝いて見え、また暖かく感じるのですが、
 もし熱圏がなければ、太陽は黒銅色で光の色も錆びた赤い色に見えてしまうのです。」
太陽が燃えていて、その熱と光が真空中の宇宙を通って地球に届いているのではないんだ!
「そうです。真空中では熱は電播しませんし、
 太陽からは可視光線ではなく、放射線が地球に飛んでくるのです。
 しかも、太陽から来る放射線が地上にそのまま降りてしまうと、地上の生物を殺傷してしまいます
 それゆえにNASAが発表した熱圏が崩壊しつつある という警告は
 太陽から来る放射線をストレートに浴びてしまうという危険が生じるのです。」

「例えば、宇宙空間の温度はマイナス270度と言われていますが、
 その地球に太陽プラズマ流が10万度の温度で降り注ぐのです。
 その状況の中で地球を取り巻く磁気圏、そして大気圏が
 地上に住む生命体を適度な温度で維持してくれるのです。」

「地上に熱がもたらされるその熱源は太陽熱だというのはわかりましたね。
 けれども太陽には周期的な活動期があって、
 時に地球に強大なプラズマ流(太陽嵐)を吹きつけることもあります。
 しかし地球の磁気圏、大気圏が それを上手く遮断して
 地球の温度を常に生態系が維持できるように一定温度に保っていてくれてます。」


ただし こういう話も有る。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1245027437
熱圏の密度は太陽活動とリンクして同じ11年周期で増減します。
高度400kmでの密度の常用対数値で、波長10.7cmの太陽放射の強度です。
現在は密度の極小から回復期に入っていますが、
極小状態では1996年ごろの極小値より28%低くなったそうで、
これが観測史上最も低いというわけです。

極小値は4回のサイクルで減少しつづけています。
同様に太陽黒点活動も最近の極小期は周期からする2006〜7年ころに来るはずが大幅に遅れ、
しかも非常に活動が不活発でした。

熱圏は電離層があることから分かるように、
紫外線によって上層大気が電離しています。
紫外線量の増減で電離して高温になり上方へ拡散するイオン量が増減し、密度変化が起こるわけです。

記事では密度の28%もの減少は太陽活動だけでは説明できず、
大気中の二酸化炭素の効果による熱圏の冷却を考えてもまだ説明できない、
としていますが、近年の太陽活動の不活発さも まだ何故か分かっておらず、
それが地球大気に及ぼす影響も充分わかっているわけではありません。
なにしろ観測史上初めてで、観測史も短いのでデータ不足なのです。

電離層の密度減少は地球上での電波の伝播には影響があったかもしれませんが、
オゾン層の破壊と違って大きな影響はないと思われます。
むしろそのメカニズムの解明によって地球環境の解析に役立つ類のものと思われます。


地磁気日変動の振幅から推察される超高層大気の長期変動について - iugonet_20130820
http://www.iugonet.org/meetings/2013-08-19_20/iugonet_20130820_shinbori2.pdf

磁気圏から極域電離層へ流入する電磁エネルギーと硬貨粒子エネルギーに関する研究
http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/~eiscat/thesis/Master_thesis_hhanda.pdf

地磁気日変動の振幅から推察される超高層大気の長期変動について
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/178168/1/iugonet_20130820_shinbori2.pdf

ただ どうなんだろうね。
この件を情報流通しまくっているのは 陰謀系と宗教右翼カルト系 なんだよねw
つまり 他の危険性を大きく取り上げる で 問題の本質は隠蔽する という手法は
汚染水のみならずに アレな情報工作の十八番だと思うんだよね。

熱圏の状況の変化 を ノーベル賞(笑)のオゾン層の破壊 以外の論理構築が持ち込まれる
という事から目を逸らさせる為には どのように情報工作が行われるだろうね?
逆算をしてみれば 頭の良い筈の理系の人達ならば簡単に分かるほどに 簡単な話とは思うけどね。

けれども いずれにしても
 そういう意味合いの話の本質が全く情報流通されることも無く
 むしろ傍流の話ばかりが情報流通され続けていく
となれば むしろ其の作為こそが気になる とは思うんだよね。

何を目的にして情報工作の作為が行われているのか? とね。
何かが起きている、という事は 肌で分かっているからね。



http://www.aopo.net/goino/vol872.html
異常気象と言う前に何が原因でこういう気候になったかを知る必要があると言うことですね。
「そうです。まず、暑いと言っても今までとは違った暑さだと気が付きましたか?
 つまり、太陽の日差しが今までよりも強くなっていると思いませんか?
やはりそうですか。太陽の日差しが強くて身体が照りつけられると、暑いというよりもヒリヒリして痛いという感覚です。

「そうですね。今は朝も10時頃になると太陽の日差しが強すぎて農作業ができなくなりますね。
 半袖で作業したら腕が火傷みたいに赤くなる人もいます。
 それほど、太陽光線が今までと違って強くなっているのです。
 このような気候は2010年までと ちょっと違うと思いませんか?


思います。最近、朝が早くなっているような気がします。
「そうですね。朝の4時前は空が明るくなってきていますね。
 新聞やテレビが報道しないから、気のせいかなと皆さんは思っているでしょうね。
 実は夜が明けるのが早いのも太陽光線が強くなっているのも
 地球に大きな変化が起きているからなのです。

なるほど、そういう意味か。

そうなんですか!?どういう変化なのですか?
「その説明は少し難しくなるので後でゆっくり話しますね。
 いずれにしても、今年は冬からいきなり夏が来たように暑くなっていますが、
 よくよく観察すると、陽が当たっている部分は暑くても日陰に入るとヒンヤリと涼しいはずです。」

ええ、その通りです。家の中にいると寒いと感じる時もありますし、
夜になると急に寒くなるから身体の調子が悪くなる人がたくさん出てきます。
そのせいでしょうか、夏風邪のようなものが秋田でも流行していて、咳が止まらない人がたくさんいます。
咳が止まって治るのに1か月近くかかる人もいます。
「秋田だけでなく東京も長野もそうですし、多分全国的にこの風邪が流行っていると思います。
 私も長引くひどい咳に困っています。」

何でも博士もそうですか。実は私もそうです。
咳が止まらなくて、しかも、身体がだるいので仕事にやる気がでません。
「わかります。体験するとよくわかります。咳もなかなか治らなくて本当にひどいですね。」


RT@n0ri_tiki:この太陽のジリジリ感って何?

勘の良い人達から気付き始めるよね。

福島第一原発テロ事件によって 其の後の処理の無茶苦茶さによって
日本人と日本 は 其のハイパーキチガイカルトの集団でしか無い事を
全世界へ証明させた、この信頼の喪失は百年や二百年で取り戻せる話ではない。
俺は 核の炎と共に其のハイパーキチガイカルトの集団が燃え尽きて滅んでくれる事を心の底から祈っている。
其の核の焦土の先で 新たな旗を立てる日が来る事しか俺には予言が出来ないけれども。
そんなマヌケな未来しか手渡せそうも無い未来の子供達は 決して俺を許してくれないだろうけど。

そして もはや超兵器すなわち 超大国の軍事力に対抗するだけの戦闘力 とは
核兵器のみならずな事を311以降に生きる者達の多くが気付いている。
核の焦土と化す極東の一諸島の地の下へ
その ありがたがっているABC兵器と共に燃え尽きて埋まった「日本人と日本」の上にしか
俺達の未来は無いのだろう。

どれだけ過酷な地獄の中で 未来の子供達は生きる幸せを騙らなければ成らないのだろう。
それでも おそらくに 更なるDE兵器が彼らを苦しめるだろう。

例えば スマホの次の時代を担う電脳化は 幸よりも害悪の方が圧倒的に大きいだろう。
空から降り注がれる未知の光 や 地から湧き出る未知の水 は
「恵み」よりも「子供を食らうサトゥルヌス」として受け入れるしかなくなるだろう。

それでも彼らは 多神教で文明人の生き方や価値観や美意識を受け継いでくれるだろうか?
思考停止をして“神に祈る”へと至っても仕方が無いだろうね。

その1000年の悔恨を受け止める気も無いままに イケシャアシャアと生きていけたら やっぱり幸せなのだろうけど
俺は 俺なりにしか生きていけない。
だから 未来の子供達もまた 大体そんな感じ で生きていけるだけの言葉を せめて俺は此処に残したい。俺は こんな感じで生きていたんだ ってね。








posted by 誠 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。