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2009年11月16日

襲名による最高裁判所長官の名跡が続く人事 が日本へ与える災厄

適当にリンクを張り続けるブログ それが誠天調書
こんな適当なブログに御来訪して頂ける皆様 本当にありがとうございます
でも 一文字たりとて信じては駄目ですよ



前置きが長くなるけど まず先に コレを置いておく
襲名 - Wikipedia
伝統芸能以外では、
 ヤクザ や 的屋 の世界において、
 伝統的に名跡の襲名により代替わりが行われる。
官職 という公正と中立を期待される役職が
前代からの指名によって襲名が行われ続けている場合
(もしくは ある種の合意が既に強く形成された組織によって
 襲名そのもの自体には 世襲と同質なほどに嫌疑が掛けられなくなってしまっている場合)
引き継ぐ者へは 当然に前代から引き継がれる形質があるはずだ。
名跡 - Wikipedia

 名跡により継承されるのは
 「信用」「伝統」「歴史」「良きイメージ」「芸統・気風」
 すなわちブランドであるが、それのみならず、
 「顧客リスト(ハウス・リスト)」
 (=優良な顧客層。ご贔屓筋。スポンサー。タニマチ。借金の貸主)
 そのものも含む。


 今日では顧客リスト(ハウス・リスト)こそが
 収益と同義語であることが明らかになっている。



官職が襲名によって名跡され続ける場合 顧客リストとは一般民衆であり
国権の最高権力にも等しい官職が実質的な襲名によって名跡され続けていれば
その収益の対象として収奪可能な顧客とは国民全体を指す ってな話になろうねw

以上を踏まえて 裁判所という官僚機構 を眺め直すと
裁判所なんかに それに近いする官憲(警察と検察)なんかに そして自衛隊と防衛省に
公正や中立を期待することなんか 馬鹿馬鹿しくて欠片もできなくなるとは思う。
では始めます




最高裁事務総局 - Google 検索

司法官僚裁判所支配に触れた佐宗那皇氏の急逝: 植草一秀の『知られざる真実』
日本国憲法第80条には以下の定めが示されている。
「下級裁判所の裁判官は、
 最高裁判所の指名した者の名簿によつて、
 内閣でこれを任命する。

 その裁判官は、任期を10年とし、再任されることができる。
 但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。」

 この規定に関して、新藤氏は上記著書に重大な事実を指摘している。
「最高裁事務総局が
 裁判官人事に実質的に強大な権限をもっている法的根拠は、
 なによりも憲法八〇条一項の前段
 「下級裁判所の裁判官は、
  最高裁判所の指名した者の名簿によつて、
  内閣でこれを任命する」
 にあるといってよい。

 そして、この憲法条文をうけた裁判所法は、
 第四二条において
  高裁長官ならびに裁判官の任命資格を列挙するとともに、
 第四七条において
 「下級裁判所の裁判官の職は、
  最高裁判所がこれを補する」とし、
  裁判官の指名、人事異動や昇任などの権限を
  最高裁に与えている。

 これらの規定を「素朴に」解釈するならば、
 最高裁が裁判官人事のすべてを取り仕切ることになる。」 


(『司法官僚』197〜198ページ)

新藤氏は最高裁の裁判官人事に関する権限を次のように総括する。
「判事補・裁判官の任用と再任用、
 転勤、昇任、報酬、部総括指名、人事評価などは、
 実質的に最高裁事務総局の司法官僚の手に握られている。

 そしてまた、選任の基準はまったく不明のままだが、
 判事補段階において司法官僚のエリート候補生の選別が、
 最高裁事務総局によっておこなわれている。


(同197ページ)

つまり、裁判官の人事上の命運は、
ひとえに最高裁事務総局という、司法官僚のエリート組織に完全に握られている
それが、日本の裁判所の実態なのである。
というか
警察と検察 という官憲組織の人事の実態が全く分からないんだけど
それらもまた ほぼ寸分に違わぬ状況下にあろうことは ほぼ間違いない
 だろうねwwwwwwww

さらに新藤氏は1974年9月に発生した台風16号による東京都狛江市の多摩川堤防決壊に伴う国家賠償法に基づく損害賠償訴訟についての重大な事例を紹介する。この訴訟では東京地裁が79年1月に住民勝訴の判決を示したが、87年8月に東京高裁は住民逆転敗訴の判決を提示した。

新藤氏はこの問題に関連して、1987年11月8日付朝日新聞が、83年12月2日に最高裁事務総局が全国の地裁・高裁の水害訴訟担当裁判官を集めて裁判官協議会を開催していた事実を報道したことを紹介する。新藤氏はこの裁判官協議会がクローズアップされた理由が、84年1月26日の大東水害訴訟最高裁判決直前の協議会であったことを指摘する。

この辺りは分かりにくいが流し読みで、で ともかく結論は

これらの事実関係を踏まえて新藤氏は次のように記述する。


「朝日新聞のスクープ記事や多摩川水害訴訟の東京高裁判決を機として、
 最高裁事務総局がこれまでみてきた人事による裁判官コントロールにくわえて、
 法律の解釈や判決内容についてもコントロールしているのではないか、
 そしてこの二つは相互に密接に関係しつつ、
 下級審や裁判官にたいする事務総局「支配」の基盤となっているのではないか
 との問題関心が、在野の弁護士を中心にたかまっていった。」

その状況証拠ならば もはや枚挙に暇がない程に積み上がっている よねwwwwwwww
司法という 公正と中立を絶対的に求められながら
なのに根幹の人事部分での恣意的関与が疑われる にも関わらず
監査の目が殆ど全く入らない事態が そもそもに極めて異常である。

この場合の監査の目とは
すなわちマスコミ新聞テレビ大手メディアからの情報の露出となるが
それは 天皇に関する情報に等しいレベルでの禁忌(タブー) となっている。

禁忌に触れた者は ことごとく抹殺される かの如くにねwwwwwwwwwwwwwwwww

ま 司法側の言い訳は 昔 ナニワ金融道でも読んだけど
裁判官 一般人 接触 制限 - Google 検索
と 公正さを保つが為に という大義名分があるけど

官僚裁判官制度における裁判官弾圧の実態
Amazon.co.jp: 犬になれなかった裁判官―司法官僚統制に抗して36年: 安倍 晴彦:

p214 「これまで述べてきたとおり、
裁判所・裁判官の問題に限定してみても、現実の事態は深刻である。
現在、日本の裁判官の置かれている状況について整理して言及してみる。

現在の官僚統制は、
有無をいわせぬ転勤制度と小刻みな昇給制度を武器として、
「公正らしさ」という意味不明の理屈を振りかざし、
裁判官の市民との接触の場を失わせている。

その結果、裁判官たちを、自主的な考えのできない、もの言わぬ裁判官に育てあげている。
裁判官自治は後退し、
最高裁に集中させた管理権限を行使して、職務の指定・配分を行い、
裁判内容も含めて、一定方向へ向けて統制された裁判所・裁判官にしていく。
これが、日本の裁判官統制の方向である。

そして、その方向が、
政治勢力の望む方向にただ従うのみで、
ともすれば、憲法を護り、平和と民主主義を前進させ、人権を擁護しよ

という動きに背を向げていることが気がかりなのである。


映画『日独裁判官物語』の中で、
梶田英雄元裁判官は、裁判官に対する人事上の処遇についての質問に対して、次のように答えている。

「具体的にいえば、一応三つあるのですがね。

 一つは任地ですね。
 任地上の差別があります。これはやはり希望する所へなかなか行け
ない。
 それから二つ目は給料ですね。
 それから三つ目は部総括裁判長の指名を受けられない。
 部総括裁判官というのは裁判長になることですね、
 合議体の裁判長。

 裁判官としては非常にやりがいのある仕事なんですけれど、
 こういうポストになかなか就けさせてもらえない。
 この三つが人事上の差別の非常に大きな要素になっているわけですね」。

裁判所は全国にあり、何処でも、いい裁判を受けることを期待して
いる人たち、国民がいる。
裁判官それぞれには希望もあり、個人的事情もあるが、
誰もが希望どおりの仕事やポストに就けるものではない。
このことは誰でも理解している。

しかし、転勤、昇給、そして職務配分というような司法行政上の方法手段を最大限に利用して、
ある裁判官には極端な冷遇を、
ある裁判官には論功行賞的な厚遇を、
意識的に、露骨に、あるいは巧妙にもっていく「司法官僚統制」が進められてきたのが、
残念ながら現実の経過といってよいであろう。
場合によっては「裁判官をやめよ」といわんばかりの、
狙いはそうとしか考えられない処遇を受ける裁判官もいるのである。

これまで拾ってきた事と 完全に合致してますねぇwwwwwwwwwwwwwwwwww
民主連立は 検察や警察などなども含めた こういう部分へまで踏み込めるのでしょうか?wwwwww

ハッキリ言うよ、一般民衆が期待している事の一つは 粛清 だからね。


【日本の司法をダメにする「最高裁事務総局」の正体】@

日本司法の逆説 最高裁事務総局の「裁判しない裁判官」たち 著:西川伸一 - livedoor BOOKS | 新刊 | 法律 | 司法・訴訟本 | 司法・訴訟法一般
第1章 民事裁判の被告として
第2章 司法小国ニッポン
第3章 「裁判しない裁判官」たちが支配する日本の司法
第4章 司法行政官庁としての最高裁
第5章 司法官僚制強化の歴史的経緯
第6章 最高裁事務総局による裁判統制
第7章 最高裁事務総局による裁判官統制


[2009.10.04]  官僚支配の最後の砦、最高裁事務総局を改革せよ | [公式] 天木直人のブログ

民主党政権は官僚支配最後の砦「最高裁事務総局」を解体・再編せよ!−JanJanニュース

 ↓ ↓ ↓

最高裁判所事務総局 - Wikipedia
 ↓
最高裁事務総長 - Google 検索
最高裁判所事務総長 - Wikipedia
裁判官以外の裁判所職員の中では最も高位のポストであり、
行政における事務方の長である各府省の事務次官、金融庁・警察庁の長官、会計検査院・人事院の事務総長
と同格の待遇
である。
要するに 権限は集中してあっても 更に高位の存在があるので 
官僚組織としては 上位の者の影響力から逃れる事ができない
最高裁判所事務総長に就任した判事は、この職にある間、裁判官の身分を一時的に離れることになる。

事務総長は職業裁判官の出世コースにおける通過ポストであり、
事務総長を一定の期間勤め上げた者は、
多くの場合 高等裁判所長官(副大臣・準副大臣級待遇 )に任命され、
そのうちのほとんど全員が最高裁判所判事(国務大臣級待遇)に達する。
最高裁判事とは国務大臣級の格である ということ
となれば そのTOPの最高裁判所長官とは 総理大臣と同格 とも言える。
なので その人事については 法の問題と格の問題 から見ると面白い 


 ↓ ↓ ↓ ↓

最高裁判所長官 - Wikipedia
最高裁判所長官が内閣の指名に基づいて天皇が任命する
と法の下ではなっているが 
最高裁判所長官は、
内閣総理大臣、衆議院議長・参議院議長とともに、三権の長
と呼ばれる。
格の問題では同格に在り
最高裁判所発足当初、
長官はいわゆるキャリア裁判官(判事補から判事となった裁判官)以外の者から任命された。

しかし、その後、キャリア裁判官から任命される者が多くなり、
1979年(昭和54年)以降は、
9代続けてキャリア裁判官から長官が任命されている。
事実上 先代から“最高裁判所長官”を襲名する に近い形となっている面もあるみたい

慣例的に、最高裁判所長官は内閣総理大臣に対し、
次期最高裁判所長官として誰が適任であるか意見を述べる。

内閣総理大臣がその意見を了承すると、
閣議により内閣が次期最高裁判所長官を指名する。


 そのため、
 実質的に最高裁判所長官の指名権があるのは、
 前任の最高裁判所長官といえる。
 

なので爆笑なのが
 司法権の行使、つまり裁判所における審理に関して、
 最高裁判所長官の権限は、最高裁判所判事と違いはなく、
 他の最高裁判所裁判官に対して優越的な地位を占めるものではない
とか書いてあるが まぁ爆笑だよねwwwwwwwwwwwwwwwww

次期の最高裁判所長官の指名権を事実上に握り
かつ最高裁判所事務総局の上部に居るが故に裁判所全体の人事権をも握る
そういう存在が 裁判所に属する他の者に対し なんら優越権が無い訳がないわなwwwwwwwwwww
んな話は誰にしたって「お前は何を言ってるんだ」で返されるよねwwwwwwwwww
最高裁判所長官の意向が 下部の裁判所における判決内容にまで大きく影響を与える
なんてのは 絶対に避けられない罠

さてさて では最高裁判所長官の系譜を見ていきましょう

竹崎博允 - Wikipedia  2008年(平成20年)11月25日 - 現職
島田仁郎 - Wikipedia  2006年(平成18年)10月16日 - 2008年(平成20年)11月21日
町田顯 - Wikipedia  2002年(平成14年)11月6日 - 2006年(平成18年)10月15日
山口繁 - Wikipedia  1997年(平成9年)10月31日 - 2002年(平成14年)11月3日
三好達 - Wikipedia  1995年(平成7年)11月7日 - 1997年(平成9年)10月30日

愛媛玉ぐし料訴訟判決に反対意見など、
在任中は保守的な判決を多く出したことで知られる。


定年退官後は、
保守派の牙城ともいわれる「日本会議」第3代会長。
靖国神社崇敬者総代。
1999年勲一等旭日大綬章受章。


 宗教教団「自民党」に任命権がある時代の
司法の最高権力者の指名権を持つ者の人事が実質的に襲名で行われているのならば
当然に コレも置いておく 腹が痛くなるに笑える


橋本龍太郎 1996年1月11日 - 1998年7月30日
小渕恵三 1998年7月30日 - 2000年4月5日
森喜朗 2000年4月5日 - 2000年7月4日
小泉純一郎 2001年4月26日 - 2006年9月26日
安倍晋三 2006年9月26日 - 2007年9月26日
福田康夫 2007年9月26日 - 2008年9月24日
麻生太郎 2008年9月24日 - 2009年9月16日

そしてコッチへ戻る
草場良八 - Wikipedia  1990年(平成2年)2月20日 - 1995年(平成7年)11月7日

矢口洪一 - Wikipedia
 1985年(昭和60年)11月5日 - 1990年(平成2年)2月19日

後任の長官推薦

1990年2月に矢口が定年を迎えるときに、
後任の最高裁判所長官としては、
最高裁判所の経理局長を務め、
最高裁判所の新庁舎を建て、
最高裁判所判事として4年3か月のキャリアをもつ
大内恒夫が有力と見られていた。

しかし、矢口が選んだのは、
最高裁判事15人の中で2番目に若い草場良八であり、
当時、13人飛び抜き人事といわれた。

この背景には、
その7ヶ月前の1989年の参議院選挙での
自民党の惨敗による与野党逆転がある。
衆議院でも同様のことがあれば、
社会党が最高裁長官にリベラルな学者を据えるかも知れない
という危機感があった。

憲法第6条は、
「天皇は、内閣の指名に基づいて、
 最高裁判所の長たる裁判官を任命する」
と定めており、
政権を手に入れた陣営が
現在とは異なる最高裁判所に変えることができるからである。

そこで、自民党政権が下野
(事実この予感は3年後に的中する)しても、
最高裁判所長官人事にまでは影響が及ばないようにするため、
70歳の定年まで2年しかない大内より、
5年9ヶ月ある草場を選んだという。




キャリアの特徴

裁判官生活の3分の2を法服ではなく背広姿で過ごした人は、
矢口以外にはなく、その守備範囲は広い。

事務総長をはじめ、総務・人事・行政・民事・経理と7局のうち、
5局までを経験した。
普通は、この中の1局でも担当すれば、
最高裁行政の専門家として重きをなすのだが、
矢口の場合は想像を超える最高裁の表裏のすべてに通じていた。



矢口洪一氏は「研修所教官の方で、疑わしい左翼な連中の試験の成績を悪くしておいてくれれば、問題は解決するじゃないか、何とか考えてくれ」と言った。
矢口洪一 靖国 - Google 検索
こういう靖国教の影響力が表に陰にある中での
国権の最高権力に等しい権限が 実質的に襲名で行われ続けた事実。
そしてまた 今もって おそらくは民主連立政権という官僚政治打破という事態を前にして
その襲名に対する断絶への徹底抵抗の布石は打たれて無かったのかなぁ?wwww



竹崎博允 - Wikipedia  2008年(平成20年)11月25日 - 現職

 ↓ ↓ ↓  ↑ ↑ ↑


漆間巌 - Wikipedia
2008年(平成20年)9月24日 内閣官房副長官



既に下野の可能性をも含めた麻生政権の発足直後に
竹崎博允 - Wikipedia

東京高等裁判所長官から、最高裁判所判事を飛び越えて
第17代最高裁判所長官に就任した。

最高裁判事を経験せずに就任した最高裁長官は横田喜三郎以来、
48年ぶりであった。


任期は
 2014年までになる見込み
である。


つまり6年という長期に 其処へ居座り続けるが可能であり
民主連立政権という立法府に対し 徹底的な敵対が可能な陣地が其処に残る。

官憲と自衛隊防衛省関連の人事も知りたいが
この裁判所の人事の流れの先を見届けるだけで
日本の災厄とは如何なる所にあるのか が 嫌という程に突きつけられる。



最高裁判所長官 - Wikipedia
最高裁判所長官は、
対外的には、最高裁判所を代表する地位を有する。

また、最高裁判所長官は、
当然に皇室会議の議員となる(皇室典範28条)。


襲名した者達が その腹の底で如何なる信仰を持っているかなぞ知る由もないが
イワシの頭を信じるも信心の次第 とは言ったもので
そのイワシの頭が何も言わない事の方が 色々と都合の良い人達は 古今東西を問わずに極めて多い。

ま 全部は 俺の与太話ですけどね



http://suzuki-okame.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/62_d203.html
矢口長官によって最高裁の性格は変わった
●その2 矢口洪一は「司法天皇」になってしまった

 1988年、矢口洪一長官は
最高裁事務総局に陪審制・参審制の調査・研究を指示しました。

続いて、88年〜89年にかけて、同じテーマを持たせて、
東京地裁の三人の判事をアメリカとイギリスに派遣しました。

最高裁判所長官が最高裁事務総局に対して絶大な権力行使を可能とする
というのが分かりやすく説明して有る

まぁ それ以上に この事は 重大な問題を孕んでいるけどね




これは、最高裁長官として当然
のことを行ったように見えますが、とんでもない越権行為なの
です。陪審制・参審制の調査・研究は最高裁に与えられてい
る司法権(裁判権+司法行政権)には属しません。この研究
は司法制度の改革につながる作業ですから、まず行政の権
限に属し、立法措置が必要な変更・改革になれば国会の権
限となります。最高裁判所は立法府である国会で立法され
た法律に基づいて裁判を行うのです。裁判所は裁判を行うこ
と、そのために必要な司法行政を行う、この権限しか憲法で
与えられていないのです。

 最高裁長官の指示で、最高裁事務総局が調査・研究した
り、裁判官を派遣したりする権限など誰にも与えられていま
せん。佐藤内閣のとき「臨時司法制度調査会」が設置され、
小渕内閣のとき「司法制度改革審議会」がせっちされました。
「臨司」のときは、意見書が提出されただけで実際の改革に
手をつけることはありませんでしたが、司法審のときは、裁
判員制度の導入や、法科大学院など実際の施策が行われ
ようとしています。

 臨司も司法審も内閣が組織した機関です。
 では、矢口洪一が行った調査・研究は何だったのでしょう
か? 無駄な行為だったのでしょうか。矢口のような悪党が
無駄で無意味なことを行うはずはありません。ちゃんとした
目的があったのです。やがて来る司法改革を、最高裁の司
法支配に都合よく“ねじ曲げる”ための陽動作戦だったので
す。矢口謀略の目的は三つあります。ひとつは、戦前の陪
審休止法を闇に葬ること。ふたつには裁判所法を黙殺する
こと。みっつには、陪審制と参審制の原理的違いを有耶無
耶にして正体不明の裁判員制度というイカサマを押し出す
こと。矢口は、この謀略を偽装するために、「裁判への国
民参加」というキャッチフレーズで包みました。しかし、司法
審が設置された1999年から今日まで、政府の代表や最高
裁の代表が、裁判への国民参加の必要性を、直接、国民
に訴えることは一回もありませんでした。
 裁判官や弁護士や法律学者が国民に訴えることもありま
せんでした。陪審制復活に燃えた弁護士や法律学者が少
数いましたが、裁判員制度という具体的な制度の正体が明
らかになるにつれて、逃げ出してしまいました。


では最後に今一度 コレを置きます 後は皆さんで判断してくださいね
俺なんかは もう あまりに馬鹿馬鹿しすぎて
軽蔑する労力すら無意味さを感じるしかないけどね
襲名 - Wikipedia
伝統芸能以外では、
 ヤクザ や 的屋 の世界において、
 伝統的に名跡の襲名により代替わりが行われる。
官職 という公正と中立を期待される役職が
前代からの指名によって襲名が行われ続けている場合
(もしくは ある種の合意が既に強く形成された組織によって
 襲名そのもの自体には 世襲と同質なほどに嫌疑が掛けられなくなってしまっている場合)
引き継ぐ者へは 当然に前代から引き継がれる形質があるはずだ。
名跡 - Wikipedia

 名跡により継承されるのは
 「信用」「伝統」「歴史」「良きイメージ」「芸統・気風」
 すなわちブランドであるが、それのみならず、
 「顧客リスト(ハウス・リスト)」
 (=優良な顧客層。ご贔屓筋。スポンサー。タニマチ。借金の貸主)
 そのものも含む。


 今日では顧客リスト(ハウス・リスト)こそが
 収益と同義語であることが明らかになっている。



官職が襲名によって名跡され続ける場合 顧客リストとは一般民衆であり
国権の最高権力にも等しい官職が実質的な襲名によって名跡され続けていれば
その収益の対象として収奪可能な顧客とは国民全体を指す ってな話になろうねw

以上を踏まえて 裁判所という官僚機構 を眺め直すと
裁判所なんかに それに近いする官憲(警察と検察)なんかに そして自衛隊と防衛省に
公正や中立を期待することなんか 馬鹿馬鹿しくて欠片もできなくなるとは思う。






調べてて 途中で拾ったモノ この先には 何があるんだろうなぁwwww
裁判所  物品等の調達情報 | 公示の種類の選択





posted by 誠 at 05:43| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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