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2010年02月01日

日本が腐海に飲み込まれる を悦ぶ連中は

まず、特に この半年から一年ほどに感じたことなんだけど
マスコミ新聞テレビ大手メディアの記事はもとより
ありとあらゆる記事に 商品広告を目的とした提灯記事が猛烈に増えている。
個人の(とされる)記事に 雑誌の記事に ありとあらゆる配信記事に だ。

つまり 其処を分かってリンクをしているのかなぁ とは思うことが非常に多い。
更に、露骨に 広告記事だと分かってて知らないふりをしているトコも数多い。

個人(とされる)ニュースサイトは 2chニュー速系コピペサイトは
アクセスを集める 衆目を集める がゆえに
広告代理店の走狗と化すは 赤子の手を捻るよりも簡単なようだねwww

リンクを張るという行為に責任が全く伴わない とか 勘違いをしている人は多いだろうが
その甘さが 平和ボケ ってヤツなんだろうけどさ。

常に覚悟を意識して行動しなければ あっという間に資本の下僕と化す。
その事を 馬鹿で豚にすぎない民衆は理解できず
自身が馬鹿で豚にすぎない という事にすら理解が及ばない。
あまつさえ 自分が馬鹿で豚にすぎない“はずがない” と何の根拠によってかは知らないが信じ込む始末。

カネを稼ぐな などと言う気は毛頭にない。
提灯記事を張る行為もまた 資本の下僕と化す責任を伴う
つまり誹謗中傷の標的となる、という覚悟をお持ちなのか?と問いたいんだよね。

ま 馬鹿につける薬は無い、好きに生きるが良いさ。
俺は冷淡に軽蔑し続けるだけなので 覚悟をしてリンクを選別し続ける。
色々な意味を含めて リンクを結ぶ価値がない と判断すれば、更新に意味を付け続ける。
それだけだ。





iPadで拡大する日米の情報格差 | エコノMIX異論正論 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
アメリカの出版社はその教訓に学んで、電子出版をチャンスとして生かそうとしているが、日本の出版業界は音楽業界の失敗を繰り返そうとしているようだ。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶということわざがあるが、経験にも学ぶことのできない者を何と呼べばいいのだろうか。
お前が言うな でしかない。

露骨に
日本のサブカル産業という草刈り場を狙った 新自由主義連中の言葉じゃねーかwwwwwwwwwwww
コイズミやケケ中の言葉に よく似ている気がするのは 俺の気のせいでしょうかねぇ?wwwwwwwwwww
アメリカ賛美の言葉を並べて 日本の旧態依然の構造を攻撃すれば
馬鹿でも分かるとは思うんだけどねwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

詐欺師≠賢者であり 歴史から学べば 疑いようもなく詐欺師の詭弁でしかない。
なめてんのか?

こんな詐欺師の扇動に引っ掛かる は コイズミ郵政詐欺の二の舞なんだが
日本の出版業界は その事に適切な対処ができないほどに
上部構造は動脈硬化を起こしているんだろうね。

もし歴史の紐を解くのならば
文化系産業の暴利を貪り続けていた〜2000の時代が そもそもに特異であり
没落期に入れば 大きく価格が下落するは 当たり前の事だ。
音楽産業と違い 特にマンガ産業は 安価な価格で提供可能な商品であり続けたので
特異な右肩上がりが持続することもなかろうが 音楽業界ほどの破滅は構造的に起きにくい。
無論に 動脈硬化を起こした上部構造の破滅は起きるだろうが 俺は自業自得と嘲笑し続けるだけだw

無理なネットへのシフトは 必要以上の暴落を作り出すので
結果的に新自由主義者の草刈り場にはもってこいの火事場と化す。
こんな簡単な話なのに

【2ch】ニュー速クオリティ:iPadで拡大する日米の情報格差 日本の出版業界は音楽業界の失敗を繰り返そうとしているようだ
ttp://news4vip.livedoor.biz/archives/51474123.html
2chが どんだけ狂った場所と化しているか 如実に分かるし
情報の選別が どうなっているんだろうなぁwwwwwwwwwwww
とは 思うんだけどね


それでも出版社が「生き残る」としたら: たけくまメモ
つまり俺がいいたいことは、

電子出版の時代になっても、出版責任の代行業としての出版社は生き残るのではないか

ということであります。
ま そういうことだねw

単純に
暴利を貪り それを前提にした右肩上がりによる美味しい生活 という上部構造が
新自由主義の負債で溺れ 中共カンミンゾクという腐海に飲み込まれ
階段を転げ落ちているだけの話だよねw

腐海のほとりで生きる大和民族系日本人の生活水準の下落に対して
マンガは安価な娯楽であり続けた英知を これからも淡々と続ければ良いだけで、
その事で得られる年収は200万程度 という覚悟ができない連中が慌てふためいているのは
平和ボケしてた事を晒してしまうだけなので みっともないなぁ とは思いますけどねw


俺は、さんざんこのブログでも主張しているように、
今ある出版界(紙出版)の枠組みは、遠からず崩壊すると思うんですよ。
此処で言う崩壊とは
美味しい生活をし続ける人達の崩壊 であって
マンガが滅ぶかどうかとは殆ど関係が無いよねwww

新聞が滅んでも言論は滅ばない
テレビが滅んでも動画文化は滅ばない
出版社が滅んでもマンガ文化は滅ばない。

新聞が大きく価値を落として言論の価値そのものは下落しない
テレビが大きく価値を落として動画文化の価値そのものは下落しない
出版社が大きく価値を落としてマンガ文化の価値そのものは下落しない。

細々と でも 覚悟と確信を持って 文化を謳歌していこうではないか と胸を張れば良い。
その誇りさえ失わなければ みすぼらしい容姿であろうとも
生み出された文化的価値は必ず輝くだろうし 価値を認める人は必ず居るだろう。

そして主流は電子出版に移行していくと思うんですが、
此処は ちょっと異論がある、
マンガの価格は そもそもに安価なので 単行本単価を¥250〜¥400に戻すだけで充分で、
腐海に飲み込まれる暴落を加味しても対応しきれる と かなり強く考えている。

だから 無理なデジタル移行をするは むしろ危険性のほうが圧倒的に高い。
もちろんに何もしないよりは 環境の変化に適応するは必要だ。
けれども デジタル化へ走りすぎるは価格の暴落を引き起こすだけで  新自由主義者の思う坪だ。


その過程で、必ず「出版責任」を誰が担うのか、という問題が出てくると思うんですね。

だから、俺が現時点で考えていることは、今ある出版社は一度解体して、編集者や営業マンがそれぞれ小さな「編集会社」や「営業会社」を作り、それぞれ看板を掲げて著者を顧客とした出版サポート業を営むという未来です。これまでは、出版社の編集者が著者に依頼して本を書いてもらっていましたが、

これからは著者が編集者や営業マンを雇う時代になるかもしれない。

と俺は思うのです。クオリティの高い本を作って売ろうと思ったら、どうしても「本作りのプロ」の力は必要になるでしょうし、

編集者は、弁護士や税理士のような役割になる

かもしれません。版元や編集者抜きで出版するということは、弁護士抜きで裁判をしたり、税理士や会計士抜きで会社を経営するようなものだからです。

これと同時に、これまで書いてきた

出版責任を担うための出版社はおそらく残っていく

のではないかと思います。同時に「企画主体の出版を編集者中心で行う」というありかたも考えられますが、長くなったので、これはまたの機会に書くことにします。

まぁ 概ねコレが正解。 「ただし」というのはある。

だって 既に始めている者達が居るんだもんね
wwwwwwwwwww
誠天調書 2010年01月27日
【MMD】なでこサーキュレーション【千石撫子】‐ニコニコ動画
前にも書いたけど MMDは危険なソフトになっちゃったね
コレ 俺は間違いなくプロモーションだと考えている。
この完成度の高さを DVD付属の曲公開直後に構築するは 前準備が必要であり
そしてフルバージョンと言いながら 権利者削除をされない。

CD発売は更に別バージョンとなるだろう、DVD販売の更なる部分をも含めて
そのプロモーションとしては まさにニコニコ的には完璧に近い。
これを見た直後に だから即リンクを張った、
やられたw 見事だw と感心してしまったからね。
 いや かわいいからとか 俺はロリコンだとか そういうのじゃないんだからねw
この 時流を読み MMDは共有化が軸なので権利関係が曖昧な所を即時に突く戦術的な上手さ
けれども 其処から直接に利益を目指すのでは さすがに反発を招きやすいので
あくまで次の伏線に利用する深慮遠謀な作戦的な上手さにね。
ま でも ダンピングには違いないので やりすぎが無いかどうかには 今後とも注意したいけどね。


動画制作に 広告代理店が深く入り込み 周辺権利関係への交渉を一手に引き受けている
というのは分かっている。
まぁ 実際にしているのかどうかは 勿論に俺の知るところではないけどさw

完全に後手を踏んでいる出版業界が 此処まで差をつけられて なお追いつけるかどうか
となると かなりの疑問。
先行者に食い潰されるか 後ろから踏み潰されるか 横から焼かれるか。

なれば 答えは戻る 

誠天調書: 腐海のほとり で生きていく
労働政策の肝は労働力の安売りを許さないこと 
値段を一度下げたら後から元に戻すことはたいへん難しく、あとは安売り競争に落ちていくばかりであり、一度非人間的な労働条件を制度・習慣として認めてしまったらそれを元に戻すことはたいへん難しいのだから、最初から「普通に働けば普通に暮らしができる」ような労働条件が作られないと、労働者にとって取り返しがつかないことになる、ということです。

西からカンミンゾクの人的侵略という腐海に飲み込まれて沈んだら 二度と戻らないよ。
もっとも 東からだって新自由主義という別の猛毒の風が流れ込んできているけどねw
腐海のほとりに生きる とは どういうことなのか ってことだあね。
嬉々として腐海を広げては目先の享楽に溺れ続けた自民党なぞ
1000年先でも癒されない傷跡を残しただけだ。

誠天調書 2008年07月22日: 聞こえるか?「また一つの村が消えた・・・」というユパ様の声が。
瘴気を吐き出す連中は 自らは腐海でのみ活性化する生物だよね。
日本が腐海に飲み込まれる日は近い。

風の谷のナウシカでは、
旧世代の人間達は 腐海が果てた その先で人類の再生を行う為にも
自分達の栄華叡智を受け継がせるべく 奴隷を必要としていたから、
腐海のほとりで生きる風の谷の民すらも 
その血も肉も 実は 旧世代の人間達とは根本から入れ替わっている、
というのが原作の終盤で描かれている。

ナウシカは 旧世代の栄華叡智を拒絶し 意思を持つ者としての尊厳を選ぶ。

えっと 俺が もう何年も書き続けてきた事なんだけど、
日本が衰退して
旧世代の栄華叡智を 腐海の中でも存続させるべく他民族の血と混ぜ合わせた後で増やして奴隷化し
腐海が果てた先で元に戻して復活させるも可能 とか公言している人達がいるようですけど
さて その時 その人達でも
本当に日本人大和民族の伝統や美徳美意識を受け継いでくれる
と本気で思っているのでしょうか?wwwww

ましてや腐海の植生の中で 単なる食物連鎖の上部構造でしかない連中が
その奴隷と餌を求めるべく腐海を嬉々として拡げている場合
旧世代の 更にその前の一般民衆を自認する俺は
目の前で暴れまわる蟲達に 絶望しか覚えない。


誠天調書 2008年06月07日
“「連載漫画の編集者」のマンガ” というと
俺は 最近では げんしけん とかあるなぁ とか思った。
あと ベル・エポック も後半は そうだよね。
でも俺が すぐに思い出したのは
誠天調書: 「愛[AI・REN]人」田中ユタカ 2006年04月10日
誠天調書: このマンガに出会えた事を幸せに思う 2006年04月09日
この素晴らしき物語の そのあとがきには
作者と担当の 強い信頼関係が非常に印象深く窺え しかもそのことが何度も登場する。

そして単行本化はされて無いけど
漫画家と担当を描いた「もと子先生の恋人」は傑作だと思う。
げんしけん にしても ベル・エポック にしても 他の類似漫画にしても
漫画家と担当の信頼関係が築かれる という感じになるけど
「もと子先生の恋人」は少し違う感じがする。

他の類似漫画が 仕事上の信頼関係以上の
その発展した関係に恋愛関係 という描き方が常套手段として描かれる
まぁ その方が売れやすいしねww

けれども 
女性漫画家もと子先生 と 情熱ある若き担当の物語は
信頼関係の発展には 仕事上の関係の経済的観念より
それを超えて より良いモノを求めて より良い漫画を求めて
その模索を必死に繋いでいこうとする物語 が先に構築されていく。

サンデーの漫画家 と 担当や編集部 との関係
ベル・エポック で描かれた仕事上の信頼関係の構築
 よりも 
「もと子先生の恋人」は 人間同士の信頼関係の密度の濃さを感じる。

これは 愛人[AI-REN]の後書きでも分かるように
そこで育て上げられた信頼関係が 如何に田中ユタカという人間へ
感動と敬意を宿らせたかをも物語るようにも感じる。
おそらく 多少の損害が編集や担当から田中ユタカへ及ぼうとも
訴訟に踏み切り ネットでそれを晒す
というコトを 彼は絶対にしないであろうね。

ここまで書いて
そういえば 思えば ヤングアニマル という雑誌は
実は 相当に担当と漫画家の信頼関係を重視する方針なのかなぁ と感じてしまう。

たとえば ベルセルク、
あれだけ休載をし落とそうとも
三浦健太郎が できる限り一人で書き進もうとする手法を
担当や編集部が止める気配を感じない。
他の雑誌だったら アシを無理矢理送り込んででも
連載に穴を開けさせないで先へ進ませるだろう。
勝手な妄想だけど この三浦健太郎の職人気質を
担当と編集部が大きく認めている という部分があるからこそ
彼の一生を注ぎ込む覚悟すら感じる執筆と連載継続があるのかもしれない。

ま 根拠は全く無いですが。

漫画は売れてナンボ ではありますが
漫画家が その仕事に良き環境を求めるは自然であります、
だからといって それが良き結果に結びつくとは限りませんが。

経済的利益の為ならば漫画家をも道具にすぎないとして奴隷化する事も手法の一つでしょう
経済的利益よりも 漫画家の芸術的観念をのみ重視するもまた 手法の一つかもしれません。
どっちかが絶対的に正しい という思考停止は すべきではないでしょう。

ただ 俺は そのバランスを取るのが 大和民族的美意識だと思います。
極端に走るは どちらに転んでも評価できないと思います。
特に 漫画家の感性すら奴隷化するような経済的利益重視は
大和民族的な美意識からすれば
はっきり言って 美しくない と思います。

美しくない関係の先の
紙の上に線の重なる先のマンガ の先に宿るモノを
その微妙な感性の差を見出す のが
ワビとサビを感じる という事なのかなぁ
なんて思ったりもしました。


「正義」の観念は一元論となりやすい。
大和民族は多元論的観念 諸行無常などを伝統としているので
「正義」で説明を試みるは無理が生じる。

明治維新にて緊急に国論の集約を図るべく
一神教の性質を色濃く持つ神道を利用したことで
民間伝統の観念は揺らいだが
江戸時代という泰平の時代の長さが 民衆の美意識の伝統の強固さとなっていたので
その当初の揺らぎは 民族性そのものを破壊することもなく
日本人という観念 と 大和民族の美意識の伝統 の共存共栄を可能とした。
正義 と 善性 の使い分けを可能としていた。
しかし 明治維新から150年
大和民族の善性という美徳の概念は顧みられなくなってしまった。

大政奉還や明治維新 という時代に
西欧列強の植民地主義侵略に対抗するという緊急事態に
神道による国論の集約によって急成長と攻勢を試みるという手法は
有効性が確かにあった、間違いではない。

ところが 没落後退期と守勢に迫られる場面では
その多様性を否定する視点によって 一気に全体を崩壊させる
というのも 大東亜戦争末期で散々に目の当たりとしてきた。

そして今 異民族の語る騙る「正義」と
ニホンジンの語る「正義」は どこに違いがあるのだろう。
まぁ 違いは大同小異で それほど大きくは無いよねw
だ か ら 勝 て な い、
騙る「正義」を否定しきれないから。

大和民族系日本人の利益に即した「正義」を立証するに求められる論理と労力には
多くコストが必要となってしまうので、
その大変さに見合う費用対効果は 色々な意味で望みにくいかとw
もっと単純に 大和民族系日本人の美徳で進む の方が どう考えてもコストは低いよねww


また 幕末から明治維新の時代の帝国列強の植民地主義
    と
21世紀の 日本への植民地主義 の差異 は
日本人の中の野蛮人 という人間達(俺はニホンジンと呼称しているけど)が
大和民族を奴隷化することに厭うことが無い、
というところだろう。

だからこそ 日本人の正義 では 日本人と日本族の区別が付けにくくなる。
そこが詭弁の温床となる。
「日本人の正義」とは 権力を握る支配の道具でしかないのが現状であり
その最たる例が 神道 である。


困っている人を助けるという正義の一例 を極端に賛美したところで、
力なく や 他の事情 で助けられない他の圧倒的大多数、
という事を無下に認めても良い理由には 決してならない。

一つの観念に縛られ 世の中を片側からの視点でのみ決する
よりも
様々な観念による 諸行の無常の中に侘びと寂を感じる が
大和民族系日本人の美徳であり美意識の伝統であろう。

できる者や強い物 が その成功例を殊更に強調し
できない者や弱い者 の その悲しみや苦しみを無視して 単純に貶めるなんてのは
大和民族系日本人の伝統的な美意識からすれば
は っ き り 言 っ て 美 し く な い と 思 う 。



確かに昭和の時代は 事なかれ主義に行き過ぎで
一神教的な「正義」や「悪」すらも 放置をしすぎた。

だからといって  一神教的な「正義」や「悪」の概念のみを強調することで
多面的な人の世の在り様を 単純に区分けするは
弾力ある優しさを 単純に簡単に否定してしまう危険性の方が高い。

もっと 単純に考えて良いと思い
それを俺は 大和民族系日本人の無垢な善性 という言葉にした。

一神教的な「正義」や「悪」の概念 を出すのも良いが
それに固執するは 大和民族的には美しくない。
また昭和の時代の 事なかれな 見てみぬフリな感覚の是正も当然だけど
全ての人間に求める なんて極端さを求める方が また馬鹿げている。

 まぁ その位な事を 考えられる範囲でしていければ 良いんじゃね
 という感じを一言で表現して 俺は“無垢な善性”と呼んだ


たとえば
コミケの会場を包む秩序は 特別に素晴らしい訳ではないけれども
必要なだけ充分な状態にはあると思う。

もちろん個別な事例を挙げれば 悪は潜むけれども
あの状況を考慮すれば 望み得るに充分な結果ではないかと思う。

ネット日本語圏の虚構世界を取り巻く 自治と秩序の成立には
大和民族系日本人の美徳と美意識の伝統が その根底にある。


だから
ケイサツ権力や公的権力の介入によって その無垢な善性が削がれ
結果として更なる混沌を生み出すスパイラル が始まる可能性も大きく危惧するのだ。

ネット日本語圏の虚構世界で進むであろう そのあまりにも馬鹿げた愚行について
どうしてもどうしてもどうしても 書き残しておきたくなった。
 ↓
誠天調書 2008年06月09日: 人的資源を使い捨て 富を吸い上げるだけの 派遣ピンハネ人件費切捨て や 奴隷輸入 が 経済自爆テロの温床となる
富の再配分を怠った日本の上部構造が生んだ 自爆のテロですね。

オカシナ人間が人間社会に必ず存在するのは避けられないんだけど
その比率が 富の再配分の不均衡で極端に跳ね上げられているので
同様の自爆テロは 今後とも続くだろうね。

ね テロが起きるよ って いつも言ってるでしょ
この程度で済んでいるのは幸運だと思った方が良い。

どこを どう考えても 経済的理由が起因のテロなのに
テロを起こすのは 宗教上の理由 個人的な理由 精神的な理由
としたい人間が多いからねぇwwwwww
 ↓
2010.1.28 産経 【秋葉原17人殺傷】加藤智大被告 無関心から反省、謝罪の言葉も 
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100128/trl1001281120007-n1.htm
 「富豪と貧民。イケメンとブサイク。中間は、無い」−。屈折した感情を携帯電話サイトに書き連ね、凶行に走った加藤智大被告(27)。逮捕当初は被害者に関心のない態度で「世の中がいやになった」などと身勝手な動機を語っていたとされる。しかし、最近になって遺族や被害者全員に送った手紙に「当然死刑になると考えています。開き直るのではなくすべてを説明しようと思っています」などと記すなど、事件から1年半以上を経て、その心情に変化がみられる。

 加藤被告は28日午前10時前、東京地裁104号法廷に入廷した。逮捕当時よりもやせた体に黒っぽいスーツに白いシャツを身につけ、黒縁の眼鏡をかけて、髪を短く刈り込んだ加藤被告。傍聴席に向かって軽く頭を下げ、落ち着いた様子で、被告人席に座った。

 事件前、正社員ではなく派遣社員としての自分、彼女ができない自分をさげすむような言葉を携帯電話サイトに書き連ねていた加藤被告。別の携帯電話サイトに、「車でつっこんで、車がつかえなくなったらナイフを使います みんなさようなら」などと犯行予告、その内容を実行に移した。

 逮捕当初は被害者への謝罪もなく、淡々と取り調べを受けていたとされる。そんな姿が伝わるたび、屈折した感情を爆発させた壮絶な犯行とともに、一般人の理解を超えた、現代社会が生み出した“怪物”扱いもされた。

 しかし、加藤被告の取り調べを担当した検察官は「話をしてみるとごく普通の青年だった」と指摘。だからこそ、「なぜあのような犯行を犯したのか、余計に分からなくなった」と首をひねる。

 また、被害者の1人のタクシー運転手、湯浅洋さんも、加藤被告からの手紙を読み、「きれいな字で文章もしっかりしている。きっと、頭がよくてまじめだったんだろうと思います」と感想を漏らした。

 法廷では、起訴内容を認め、「私の償いは、どうして事件を起こしたのか明らかにすることです」と、用意した紙を読み上げ、謝罪した加藤被告。今後の公判の中で、自らの言葉で事件をどのように振り返るのか。採用された証人が多いため、被告人質問は夏以降になるとみられる。
トヨタの文字を全く書かない あくまで個人的で さもなくば社会全体が悪い
と言いたい産経の素晴らしき姿勢が如実に表れる 後世に残すべき記事かとwwww

2008年07月22日 誠天調書: 聞こえるか?「また一つの村が消えた・・・」というユパ様の声が。
本来 のたれ死ぬしかなくて
生き延びていること自体が有り得ない位に幸運でしかない俺からすれば、
長く生きている人達は 生きていることに成功してきた人達である
と思ってしまう。
長く生きていて しかも その幸運を感じないままに生き伸び続けている中で
幸運を感じないままに自由も享受し続けられる
という 強烈に幸せな成功をしている人達 に見えてしまう。

長く生きていて しかも その幸運を感じないままに生き伸び続けているという成功体験がある人達は
その成功体験が当然で当り前なので
特に説明すら必要としない固定観念となって生きていることにすら 疑問を持たない。
だからこそ その事から大きく外れる概念や価値観に対しては
培ってきた成功体験では説明できない部分や領域に相当する為
受け入れる必然性を全く感じないので 激しい拒否反応を示す。

ネットへ接続しないままに 長く生きていて
しかも その幸運を感じないままに生き伸び続けているという成功体験がある人達は、
ネットに接続するが故に生じる概念や価値観の大きな変質に対して
仮に ネットに接続するが故に生まれた利便性や幸福であろうとも
培ってきた成功体験では説明できない部分や領域に相当する為
受け入れる必然性を全く感じないので 激しい拒否反応を示す。

年を経てきた人間だから頑固になる のではない、
その成功体験が 頑固にさせてしまうのだ。

よって 戦後の成功体験の中で生きている人達が 未だ有権者の大多数を占める日本にあって
しかも社会を構成する大多数は馬鹿で豚にすぎない民衆 となれば、
ネットに繋がり続けるが故に生まれる 人間意識の根幹から社会構造そのものへまで至ってしまう大きな変容
に対して 敵対意識に等しい拒絶反応を示すというのは むしろ自然で必然なのかもしれない。


ところが 幸か不幸か
成功体験とは関係ないままに育つ今の若者だからこそ
日本の携帯が その高機能性ゆえにネット接続への壁を容易に飛び越えさせてしまう環境の登場は
どれほどの老いた人達との価値観の齟齬と衝突を造り出すのだろうか? なんて思ってしまう。

老いた者達と若者達 の価値観の衝突 なんてのは古今東西にあることなんだけど
それでも 繋ぎ続けるモノ 続いていくモノ が「伝統」である。
老いていく者である俺は 何を若者へ残し届けたいんだろう?

目上の者達への敬意や尊敬が もし若者から届かないのならば
それは礼儀が無いから というより
敬意を示したり尊敬を感じたりに値しない人間へ だから、と思うようにしている。
強要しろ と言う気にはなれない 自らがそれに値できないカスなのだ、
と我が身を振り返ろう と思っている。
まぁ もしくは、虫ケラには そんな感性は無い、とかねw

で、若者が進むのは 間違いなくネットが浸透していく社会 であり、
幸運にも ネットを見て知って触れている俺は
若者へ届けるべき「美徳と美意識の伝統」を
幸運を感じないままに生き伸び続けているという成功体験が無い人間  として
このブログへ綴り続けている。




ネットに日本語圏で形成されてきた独自で自制と抑制の効いた虚構世界の形成
という大きな変容に対してすら
成功体験があるからこそ 敵対意識に等しい拒絶反応を示す人間が極めて多いのが現状であり
それが 大きな変容の先に生じる若者がゆえの飛躍の可能性すら摘んでしまおうとしている部分がある。

法で強烈に押さえつけなくても ある程度の高い水準での秩序を保ち続けるからこそ
自由に動ける範囲の広さが より飛躍する可能性ある場を形成する
という 俺の目の前で起きている奇跡的な現象を
より多くの人へ見せて伝えて残して その道を整えること、
それが老いた者達に近い人間である俺の 伝えたい「美意識と美徳の伝統」への入り口。

その道の周りは もちろん楽園ではないけれども
幸運を感じないままに現実世界で生き伸び続けている という成功体験がある人間からは
全く想定もできないであろう。

自制と抑制の効いたネットの日本語圏に独自に形成されている虚構世界が拡がっている、
という「美意識と美徳の伝統」を ここで繋がっている その軌跡を その奇跡を
綴り残し続けようと思う。



人がより多く集う場所であれば当然に
どうしようもなく悪い人間は必ず現れて 犯罪が悪意が人を惑わすは仕方がない。
だからといって その犯罪抑止の為に 自由な人々の抑止を優先させるは
幸運を感じないままに現実世界で生き伸び続けている中で自由すら享受し続けられた
という歴史上でも稀にみる成功体験が在った社会に生きてきた 今の老いた人達の
極めて極めて傲慢な話であろう。

仮に そんな老いた人達が「伝統」を口にして 心から受け止める若者がいるのだろうか?
むしろ そんな中で受け止められた「伝統」とかいうモノならば
失礼ながら そんな程度の「伝統」をすら ありがたがる若者に、俺は期待もできない しない。


より できる限り自由に動ける人々の先の道に それなりの場所がある事の幸せを
俺は ここで言葉にして綴り続けようと思う。

それを 他の人々がどう受け止めるか は、
俺の言葉の先に何が起きるか は、止めることはできない。
それで良い、ならば よし、だ。

先に「伝統」を強要をする人間の言葉 なんかに翻弄されずに
自らが道を作り出す 未来は自分達の前でできる
それくらいの意思を立ち上がらせるも可能な場所は 其処に在る。

そして俺も見たい、その先を。

こういうネットの日本語圏で起きている現場を理解する には
何が起きているのかを言葉にして論理構築していけなければ
本当に分かっている とは言えない気がしている。

以前にイチローが 前々回のWBCの時だったかな
野球技術を言葉にして口にできなければ 本当に理解しているとは言えない、
だから、若い者達に それを問うてみたら
本当に理解できている者達 と そうでない者達の差が分かった、
とか言っていた のを覚えている。

んで俺は
ネットの日本語圏という広大無辺の領域を語ろうとしているので
一言二言だけで論理構築を可能として説明しきれるだけの話になるはずもない
とは ずっとずっと思っていて だからこそ こうして此処で書き続けている。

twitterに食指が全く動かないのは そういう所からだと思う。
あれは 論理構築には かなり不向きだ。
だからむしろ 感性で動きたがる人間には 使い心地が良くなるのかもしれないね。
これは道具としての性質の差異であり 道具としての優越性に差異ではないから
時と場合によって どうとでも変容するけどね。

なので俺は 政治とは論理構築を軸にした世界 だと確信を持っているので
ブログ世界に残るけど 感性を軸にして政治を語りたい人は どうぞそちらへw


http://twitter.com/maruyama3/statuses/7352254267
【極論】日本に民主主義が育ってない事の原因のひとつに、国語教育が文芸消費者養成のための道徳教育で終始し、論理的に読む/書く/話す/対話するを教えないまま、合意形成の会議/議会などを行うものだから、声の大きさや泣きや感情論(特に子どもをダシにする手法)が主導権を握ったりする。
概ね間違いではないけど

日本語とは 極めて活用変化が緩やかに大きく だから其処に情緒表現の豊かさが在る。

論理構築には不向きな言語であるからこそ 情緒表現の豊かさが在る この表裏一体の言語に生きる、
となれば 逃れられない現実を受け入れ
絶望的な論理的啓蒙を 強烈な持続する意思で続けていく覚悟が求められる。
ちょっとした意識の高さ な程度では 全く話にならないだろうねw
そんなのは 扇動や詐欺のカモにされるのがオチかとwwwwww

なので 政治報道関係者達が 政治関係を書こうとしている者達がtwitterを使い分けないでいるのは 如何なモノなのかなぁw とは思うんだけどね。
現場での有用性はあるだろうけどさ。

ま 俺は此処で 情報の選別する技術を磨いてきたからね 冷酷に続けるまでだw


http://twitter.com/doatease2313/statuses/7677915553
東京地検の会見は、突然クラブ側に予告があって、
すっ飛んでいくと、次席検事が、逮捕者と被疑事実を数行程度読み上げるだけ
というスタイルですね。

メディア側は捜査の動きを事前に察して準備しておかないと、
それだけでは全く記事に足らない
という、「血の気が引く」恐ろしい会見なんですよ。
そんな記者会見に 何の意味があるのかとwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
なるほど だから顔色を読む占い師の能力が必要になるのですねwwwwwwwwwwww
そんな占い師な連中が作った記事を元に日本の政治の命運を語る なんてのが
どんなにキチガイ沙汰かとは思うんだけどねwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
邪馬台国の卑弥呼と同レベルの政治が自民党時代だったんだなぁ と 改めて思う。

http://twitter.com/kamematsu/status/8362979120
某記者クラブの某記者に「記者会見開放」について取材した際の話。

最初に名刺を渡したが相手からもらえなかったので、
最後に「名刺をいただけますか」と頼んだら拒まれた。

「こちらだけ渡すのはおかしいでしょ」と抗議すると、
「じゃあ、返しますよ」と名刺を突き返そうとした のだった。
 ↓
http://twitter.com/doatease2313/status/8363064135
人間として最低ですね。
そういう奴は、記者やる資格ないです。 同業として恥ずかしい。。。


色々と見ていて思ったことを 此処に書く。
マキャベリの君主論から

http://74.125.153.132/search?q=cache:-FMUiHQtloQJ:www.hitachi-hri.com/opinion/02column/03recommend/b19.html+%E6%81%90%E6%80%96%E3%80%80%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%99%E3%83%AA+%E7%B5%84%E7%B9%94&cd=8&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&lr=lang_ja
君主は、
貴族と民衆という敵対的な関係にある両者の間で、
貴族の野心を抑制しながら、民衆に憎悪されないよう、国を統治していかなければならない。

そのためにはまず、民衆を味方につけることの重要性が強調される。

なぜなら
「一般大衆は財産や名誉を奪われない限り満足して生活し、
 したがって君主は少数者の野心とだけ闘う必要があるにすぎ」ないからである。

そこで、
「民衆を愛することによって貴族たちから受ける非難と貴族を愛することによって
 民衆から受ける非難を王から遠ざけるために、
 第三の法院を設け」て
王が非難されることなしに貴族の野心をくじく仕組みが整えられた。

つまり
民衆と権力上の頂点に近い者 の間に立つ 「議員」や「官憲や官僚」や「報道関係者」が
この部分の「貴族」に当たる

マキャヴェリは
秀逸な国家の統治機構を このようにとらえ、

そのトップに立つ君主に対し
「慈悲深さより残酷さ」を、
「愛されることより恐れられること」を求める。

その理由として、
残酷な支配者は、
「あまりにも慈悲深いためかえって混乱状態を招き
 殺戮と略奪とを放置する支配者と比較して、
 極めて少ない処罰を行うだけである」こと、
「人間は恐れている者よりも愛している者を害するのに躊躇しない」ことを指摘する。

貴族と民衆という両勢力の間で 絶妙な舵取りを迫られる君主にとって、
力の凋落は直ちに統治の不安定化へつながるから、
そこでは慈愛に満ちた世界観は排除され、
恐怖に裏付けられた権威の確立とそれが脅かされた場合の敵対勢力への報復が至上命題となっている。
ここに窺えるのは、マキャヴェリの徹底した力への信奉である。
甘やかされた組織は その甘えが容易に油断となる事例を
散々に自民党時代に見ているからね。
特に報道関係者に それを知らないとは言わせない。

組織運営には
どうしても ある程度の「怖れ」を上位者に求めなければ
組織の緩みが是正しきれない。


こういう 日本社会に普通に生きていれば ごくごく当たり前の現実を
特に この国の貴族階層に属する者達は 殆ど全くに理解できない。

民衆と権力上の頂点に近い者 の間に立つ 「議員」や「官憲や官僚」や「報道関係者」が
この部分の「貴族」に当たる者達が 如何にエリート階層としての能力不足に陥っているか が
特に報道に近い者達は情報を出しているからこそ 色々な所で目に付くし
「官憲と官僚」も極めて同様な状態であることもまた 常に目に付く。

それが
反発する感情を自制できない「自己制御の能力」の欠落となって表面化することは 非常に多い。
今の民主党と周辺の者達には そういう基本中の基本すら理解できない愚か者が少なくない。
権力を握れば そういう愚か者どもが寄ってくるのは分かるけどねw

マキャベリという政治の基本中の基本も抑えられないままに
「貴族」階級の生業をしている者達は どれだけ自分達が恥を晒しているのか、
ま こんな事にすら理解が及ばないから 気が付きもしないんだろうけどさ。

一億総中流という楽園を追い出されたツケを払う という地獄は
まだ入り口に達しただけだなぁ。

地獄の釜の底は まだまだ見えないけど 俺は 俺の道を行く




ネットゲリラ: みんな、倭僑になろうぜ
自ら進んで棄民になる連中が、その後で どうなろうと 知ったこっちゃないけどねwwwwwwww
地に足をつけて踏み止まる が できない連中は 何処へ行っても同じだとは思うけどねw
ただ俺も 地を這いつくばって踏み潰されて生きてきたので 逃げたくなる気持ちを安直に否定はできない。

俺は 腐海のほとり で生きていく。
腐海の向こうに楽園が在るとも思ってないし 腐海に飲み込まれるを受け入れる気も全くない。
腐海を拡げたり焼き払ったりをして 権力を維持させていく愚かさにも賛同しない。

風の谷のナウシカ という 極めて広く知られた作品なのに
その神髄を理解している人の少なさには いつも不思議に思う。







今日もやられやく 『化物語』 撫子OP「恋愛サーキュレーション」には"シ"の音がひとつも無い
ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
これマジなのか?!

 ↓
ここから見える地平 -diary- 
2010年01月29日(金)  「し」抜きで って何なのさ。(恋愛サーキュレーション考察)

凄い!凄すぎる!!
其処まで計算できる連中なればこそ その周辺部の見事な手腕も在るんだろうね
今回ばかりは まいった としか言いようがない。





posted by 誠 at 05:26| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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