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2013年05月11日

本当の意味での奴隷解放 とは 一神教からの解放 を意味する。

https://twitter.com/masakarinuts/status/332902641518661632
プール内で「あ、ウンチ出そう」という子供に、
母親が「仕方ないわね、ここでしちゃいなさい」と許可を出したら普通に周りは怒るだろう?
東電と地元だけで決めるなバカ。
→東京新聞:福島第一地下水 来週にも海放出 地元の了承条件:社会(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013050902000104.html

これでまた TPPによる“「放射性物質の拡散」の損害賠償”が請求できる という口実が出来る。
詐欺師連中は 俺達を皆殺しにするまで止まらない。
それが人類補完計画。
それは 全てが一つの「カネ」となる、ウツクシイ世界。





https://twitter.com/touhokujinKTTT/status/332789132801740800
『マイナンバー』って何だよ!(怒)
んなもん頼んだ覚えはねぇ!(怒)
『奴隷国民管理番号』だろうが!(怒)
『奴隷国民監視番号』だろうが!(怒)

それはチョット違うかな。大体は間違って無いけど。

マイナンバー と 国産牛の固体識別番号 の違いって何?
つまり マイナンバーに賛成を投じた者達は
「俺達と家畜に差は無い」
と言ってるんだよね。

奴隷 ならば 境遇から抜け出せる機会が有るかもしれない。
だけど 家畜に等しい身分へと堕とす がマイナンバーだからね。

 ナンバーが付けられた存在は 其のカルト宗教へ改宗しない限りに「人間」ではない。

これがウツクシイなコッカの「ニホンジンのコッカのニホン」の あるべき姿 なのですよ。
人類補完計画と何処が違うんだろうね。




教皇
教会 神官 司祭
信者
ユダヤ人
それ以外の異端や異教徒 奴隷
家畜


肉食の思想には こういう図が書いて有ったね。 中世欧州の階級序列 という事でね。

宗主国サマ
ニホンジンのコッカのニホン
官僚官憲
信者
馬鹿で豚にすぎない一般民衆
それ以外の異端や異教徒
家畜


厳格な階級序列 を強要するのが一神教である。
階級序列を曖昧にする のが多神教である。

いずれにしても 問題解決の手段では殺人を視野に入れるが野蛮人である。
いずれにしても 問題解決の手段に殺人を視野に入れる事など言語道断とするのが文明人である。

民族主義を この区分けで生き方や価値観や美意識を見分けていく、
これは20世紀に無かった事である。
そして一神教的な世界観で支配されようとしている地球上では
こんな簡単な話さえ全く拡がる事が無かった。

ただただ俺達は多神教で文明人な社会共同体の住人の末裔だからこそ
こんな話は 言うまでも無く肌感覚の如くに分かりきっているモノ なんだけどね。

だけど 「一神教で野蛮人」 「一神教で文明人」 「多神教で野蛮人」 な者達からすれば
俺達つまり「多神教で文明人」の生き方や価値観や美意識は 理解の範疇を超えるモノなのだ。


それでも俺は
 人間社会が大衆化の発展という方向へ突き進んでいかざるを得ない
という歴史の流れを考慮すれば
それは
 「多神教で文明人」の生き方を最終的には模索していく という方向性にならざるを得ない
とも考えている。

これは 「一神教で野蛮人」 「一神教で文明人」 「多神教で野蛮人」 な者達では簡単に理解できない。
億万に思想や哲学の言葉を積み重ねた先に生じていく となるだろう。
それが数多の思想哲学宗教の書物である。



極東の一諸島の「多神教で文明人」の社会共同体の住人達は
江戸時代 という世界に先駆けて先に進んだ 人間社会の一つの理想郷 を創り上げた。
これは
「一神教で野蛮人」 「一神教で文明人」 「多神教で野蛮人」 な者達では簡単に理解できないモノで
当事者である 極東の一諸島の多神教で文明人の社会共同体の住人達 も 肌感覚では分かっていても
言葉にしての論理構築は殆どにされていないから そういう意味では全くに理解できていない。
致し方ない事なのかもしれないが。

まだ間に合うのかどうかは分からない、けれども
 自分達 とは何者なのか?
を言葉の全てを一つ一つからして再構築していかなければ、
すなわち 日本人と日本 という言葉をも再構築していかなければ
問題解決の入口にすら辿り着いていない でしかない。


そういう 知識人の階層が150年にも億劫にしてきた問題がある。
膨大に 不明なままとなっている領域の話が有る。
俺の目の前には 無限にも似た「山積みとなっている問題の領域」が見えている。
この部分を無視して
“自分の頭が悪いはずは無い”とか思って“色々な事が分かっている”とか考える人達は
一を知って億万を理解できる超天才なのだろう。

どうしようもなく頭が悪い俺なので 一つ一つを愚直に解決していく しか出来ない。

其の前に 宗教右翼カルトから暗殺される方が先になるだろうが。
其の前に 安倍政権から誅殺される方が先になるだろうが。






https://twitter.com/tokuisaki0313/status/332734313382686721
所用で集りがあり、初対面の60代〜70代の男性5〜6人と雑談した。
一人の70才とかいうジジイが
「尖閣なんか、安倍さんがアメリカから原爆50個位借りて、中国を脅せばいいんだよ、ウッヒャッヒャッ…
 だいたい石原さんだけじゃ駄目なんだよ!」
と のたまわる。反論する気にもならず黙ってました。
俺から言わせてもらえば
 其の時にガイガーカウンターを持ち合わせていなかった からこそ情報戦に負けた
になりますけどね。

わざわざ自爆してくれているんだから
ガイガーカウンターを出して「既に0.10μsv/h前後も有るのに?」とか言える大好機なのにね。
俺にとって 情報戦の最前線とは常に自分の目の前にこそ有る と思っている。

兵卒は 独自に戦っていく が出来ない。
下士官だからこそ
・千差万別に変化していく状況へ対応して戦っていく
・その為の準備もして行く
となる。

自らの内側で知識と知性を膨大に論理構築しておき理論武装をする という準備が必要となる。
いつでも引き出せるように しかも状況や環境に合わせて言葉を変えてでも使えるように、
と説得力の技術をも磨いて置く必要がある。

その程度の前準備もせずに 一般民衆の愚かさを嘆く というのは とっても傲慢だとは思えない?
だから俺は これからも俺なりに頑張るだけだ。


そして“無駄に戦う”は無意味だ。
敵を見定めて 敵を見つけたら戦う をすれば良い。
馬鹿で豚に過ぎない一般民衆の全員を敵に回しては元も子もない、
むしろ 馬鹿で豚に過ぎない一般民衆へは如何に啓蒙して味方の兵卒にして行くか が肝要となる。


そういう意味合いでは 情報戦とDQに似たような面もある。
無駄に街中の人間と戦って どうするの?w
SRWのマップ兵器と同様な効果を持つ何かの優秀な技術が有るのならば別だけど。

俺は 馬鹿で豚に過ぎない一般民衆 とは戦わない。
DQの街中で同じ事しか言わない者達と同じだ。

彼らは 何処まで行っても「馬鹿で豚に過ぎない一般民衆」だが
マスコミ新聞テレビ大手メディアの洗脳に耐性が出来てくる場合もある。

自力では何もできないし 簡単に「マスコミ新聞テレビ大手メディア殻の情報の爆撃」に負けるけど
いざとなると 俺に聞いてくる という事も覚えてくる。
そして俺が 大体に分かりやすく説明する という経過を辿って後に帰って行く。

俺は 馬鹿で豚に過ぎない一般民衆 という言い方を今は止めない。
情報流通の下士官の話を聞く をすら満足に出来ない者達だからね。
だから同時に 情報流通の下士官の技術の低さ を俺は自問自答し続ける。


よって まずは状況を其処まで持っていければ ならばよし と今の俺は考えている。
彼らが目覚めるはずもない。 俺は其れ以上を望まない。
まずは其処まで来てくれれば ならばよし と今の俺は考えている。

大体に分かりやすく説明する という経過を辿って後に帰って行く、
その時に 小沢と生活の党の事を言うのも忘れずに ね。



https://twitter.com/860masjp/status/332395878474186752
311後、「○○を1kg食べる人は居ませんから安心ですね」的な報道が多かったが、
関東・東北産の物は何もかも汚染されており、
日々の食事で すぐに10kgや20kgは様々な食品から放射性物質を取り込んでしまう。
その現状は未だに報道されていない。

https://twitter.com/wolvesknow/status/332777109909032960
ウサギかモルモットを飼いたいが、遊ぶ時間、一緒に居る時間が殆ど取れないから、飼うのを諦めている。
ペットですら躊躇するのに 子供 となれば、もう大変な話となる。
一緒に居る時間を確保が もう少し多く可能な社会にしないと、少子化は止まらない。

一般民衆へカネを回す こそが最大の少子化対策である。
つまり 何とか手帳を国費で発行する は真逆でしかない。
それでも尚に「何とか手帳を国費で発行する」のならば
其の真逆な事象を引っくり返すだけの内容が必要となる。 

だから俺は
 年金通帳として発行をするのならば
 “その前提条件を整えた上で”として “限定”マイナンバー も将来的には賛成する
とも言えるが、
そんな話は微塵にも無いので 馬鹿も休み休み言え としか返しようがない。



https://twitter.com/kaze2014/status/332778065249857537
アベノミクスの本質は、実は、米ドルとドル債買いであり、円と円債の売りです。
つまり、日本から、米国債の買いが大量にはいったから、円安に向かったのです。
・・・明白な売国政策だが、マスコミと(+ネットウヨも)によって、礼賛プロパガンダに転化されている。

https://twitter.com/touhokujinKTTT/status/332147638407417856
『戦争』とは、『カネ儲けが第一』な対戦国の各支配者どもが口裏を合わせて、
何も知らない庶民を染脳・操作して、庶民同士で殺し合いをさせてるだけなんだぜ。
各国の支配者どもは『武器・兵器』商売で『カネ儲け』てウハウハなんだぜ。

https://twitter.com/touhokujinKTTT/status/332149678940491776
ニホンは、vs北朝鮮、vs韓国、vs中国、vsロシアと『わざと』争わされてるんだぜ。
アメリカの支配者(戦争屋)どもと組んで『カネ儲け』を企むニホンの支配者ども(防衛利権政治屋)に。
『阿呆臭い』と思わんですか?『馬鹿じゃねーの?』と思わんですか?

https://twitter.com/touhokujinKTTT/status/332152890191912960
『原発は電力の為』じゃなく、『カネ儲けの為』に動かしてるって、いい加減に気付こうぜ。
『低線量被ばく』のデータが高く売れるし、
『被ばく健康障害』の治療利権で『カネ儲け』できるからなんだぜ。
フクイチ被害は、バレると『損害賠償』が天文学的になるから必死で『隠してる』んだぜ。

TPPという降伏文書 は 先にアメリカへの天文学的損害賠償の話だけが先行して行われている だけの話。
もっとも 其れ自体が詐欺でしかない のだが、
恐怖と宗教で盲目な狂信者となっている連中に詐欺と現実の区別が出来るはずもない。









RT @nYo_bettycat530
無人機プレデターの誤爆攻撃が大変なことになってた - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2136806066828468501
posted at 00:00:19


RT @nyao002
異常な景色。 FBより、フクイチ近郊の球場だそうです。 おかしすぎる風景。 これでもまだ再稼動と騒いでいる異常すぎる国、日本。
http://t.co/Q2EUG75bZO
posted at 00:01:03


RT @AmboTakashi
警戒区域に生きる 松村直登さん
http://blog.livedoor.jp/home_make-toaru/archives/7106160.html
posted at 00:01:16


RT @tosa_suigei
大衆≠ェ新聞・テレビを信用しなくなったら それだけで日本には革命が起こるのだが…。
posted at 00:03:41
なに甘ったれた事を言っているんだか。
誠天調書: 自分達が何者なのか? をもすら徹底的に論理を再構築する覚悟も無く 億劫にして、日本人と日本 という言葉を未だに安直に使い続けるような【知識層の怠慢 が 現在の惨状の重大な要因】
http://mkt5126.seesaa.net/article/358214085.html
一神教で野蛮人の美意識は
 他者を「悪魔」と蔑視して もっと正確には 異民族や異教徒や異端を蔑視して
 その結果として自分達の正当性を担保する
なので 自身の知性や人間性を本質的に向上させる必要性が無い。

一神教で文明人 や 多神教で野蛮人 の美意識は 
 他者を「悪魔」と蔑視して もっと正確には 異民族や異教徒や異端を蔑視して
 その結果として自分達の正当性を担保するけれども
 其の無意味さをも理解する
なので 自分の知性や人間性のを本質的に向上させる 場合もある。

多神教で文明人の美意識は
 “他者を「悪魔」と蔑視して もっと正確には 異民族や異教徒や異端を蔑視して
  その結果として自分達の正当性を担保する無意味さ”
 をも理解するので
 それよりも 自分の知性や人間性のを本質的に向上させる を重視する
となる。 
だから 311が起きても天災としてしまう となるのだが。

此れは生き方の問題である。

大衆社会の成長 そして グローバル化の本質 という話の本質は
 人間社会の成長とは 多神教で文明人の社会共同体の成熟であり 此の流れは不可避である
という事を意味する。
経済の話は 本質的には末梢的な意味の 瑣末な話でしか無い、ただの詭弁と詐術が殆どである。


ただ 人類の歴史は 圧倒的に一神教で野蛮人の時代が長く支配的であり
その次に 一神教で文明人 か 多神教で野蛮人 の時代でしかなかったから、
人類全体の支配構造からすれば「多神教で文明人の社会共同体を長期に維持してきた者達」の方が
圧倒的に少数派だ。
つまり コレ を説明できる者達は極めて少なく しかも言葉に出来る者達となれば殆ど絶望的な数である。

けれども 人間社会の下部構造の側に近い者達 その中で知性が比較的に高い者達は
存外に自然に多神教で文明人の感覚を自然に会得していくものである。
極東の一諸島の社会共同体は 知性の高低に関係なく一般民衆が広範に会得しているが。

一神教で野蛮人なニホンジンのコッカのニホンの文化水準の程度な測り方で
極東の一諸島の多神教で文明人の社会共同体における文化を計る、
其の段階で 既に致命的な間違いを犯す可能性は極めて高い。

なのに 其の多神教で文明人の文化の継承者達ですら
実は自分達の文化性の中身の根幹を言葉にして綴って行く術を殆どに会得できていない。

其の文化を創り出して行った者達は
自分達の文化性の根幹を理解するしないの話の前に 自分達の肌感覚だけで先に進んでしまっている。
それが如何に驚異的な事か?
此の話の本質を 一神教で野蛮人 や 一神教で文明人 や 多神教で野蛮人 な者達は
皆目に理解できない、出来るはずもない。
完全に理解の範疇を越えるからだ。だからガラパゴスとか言い出す程度な話しか しようが無くなる。

俺達つまり多神教で文明人の社会共同体にて生まれ育った者達にしてみれば
別に 普通の事をしているだけ な話なんだけどね。

多神教で文明人の 主観と客観 の関係性は 何処まで行っても相対的 で 絶対性が希薄である。
一神教で野蛮人の 主観と客観 の関係性は 何処まで行っても絶対的 で 絶対性が最後まで支配する。

一神教で文明人 や 多神教で野蛮人 の 主観と客観 の関係性は
何処まで行っても御都合主義的 で 状況次第で どちらへもブレる。
つまり
1. 多神教で文明人の美意識の根幹を理解できないまま
  情報工作と人民統制の罠に長年に漬かりきってしまった者達の悪癖
とは そういう意味合いでの観念論へ無自覚なままの者達の言動もまた同様である。

俺はね、
21世紀のネットの時代の観念論とは そういう先までをも語り出す必要が有る
なんて考えるんだよね。
それが
 大衆化の成熟の先に生じるネット社会 という話の本質へ近づく入口となる
と思うんだ。

っていうか
宗教右翼カルト のキチガイ沙汰を真っ向に否定して
旧式左翼の道のマヌケさ をも含めた20世紀のイデオロギーの残滓を超えて考えて行こう
なんて話の先 つまり
 21世紀のネット時代とは 俺達の肌感覚な生き方そのもの
という とっても分かりやすい話なのにね。


自分達が何者なのか? をもすら徹底的に論理を再構築する覚悟も無く 億劫にして
日本人と日本 という言葉を未だに安直に使い続けるような
【知識層の怠慢 が 現在の惨状の重大な要因】
を口にしない、其れが 上手な処世術 なのでしょうなぁ。

俺は 己が無能と無力をこそ 先に口とする。
だからこそ あえて 馬鹿で豚にすぎない一般民衆 という言い回しも使う。
其処まで書く。
其の先へまで書かないような者達を頼ってたら もう間に合わない。
独力で書いて 独力で歩いて 独力で進む。


https://twitter.com/satoruci/status/329046382214275072
とりあえず、なんか変だよ日本の政治、幼稚なのかやけくそなのか、
国際感情も国民感情も綺麗サッパリ、シカトを決め込み、
2−3%のカルト、シンパだけで日本を走らせようとしてるように見える。
他の殆どの人は、我関せず、責任は無いと思ってる。
そんな事は無い。完全に集団責任になってる。

多神教で文明人な生き方 とは そういうモノだけどね。
だから 集権と分権 そして 緩やかな階級序列 が必要となるのにね。

そういうトコから再構築をして行かなければならないのに
旧式左翼という一神教の病原菌に感染してしまった人達には だから
 宗教右翼カルトなニホンジンのコッカのニホンが異民族
という発想へ辿り着けなかったんだけど、
おそらく永遠に理解の範疇を超える話でしかないんだろうね。


http://mkt5126.seesaa.net/article/347538917.html

この極東の一諸島に生きる者達ならば
細やかな技術の差配 の小さな小さな積み重ねの先にこそ意味が生まれる事を
肌感覚に近い部分で理解している人は 極めて多いはずだ

民主主義という政治の技術を如何に細やかに使いこなせば良いのか?
そういう部分を考慮しなければ絶対に成立し得ない。
言葉を億万に積み重ねれば成立するのかい?

 社会を構成する圧倒的大多数の一般民衆は馬鹿で豚に過ぎない

アラゴルン「素朴な者達は本当の危機や恐怖や心配を知らないままだから素朴で居られる」
 その少しだけ上に居る者達は だからこそ責務を負う

本当の危機や恐怖や心配を知る事が出来る者達が
その責務を自覚し その責務の意味を理解し その責務を負っていく事
という意味を読み解く事こそが民主主義という政治の技術を成熟させていく第一歩となる。

欧州で民主主義という政治の技術が成熟していく過程を読み解こうと考えていけば
その基盤たるモノは 極東の一諸島の社会共同体の歴史の中にも確固として有った事は
歴史をも一緒に読み解いていこうと思えば それほど難しく無く分かる。

欧州の人々には 青い血や血統や家柄を重んじる歴史が長かったせいもあるだろう、
その土地の歴史や風土などに合った手法が有るだろう。

だから この極東の一諸島ならばこその 歴史と風土に合った手法が有る。

武士(ぶし)は食わねど高楊枝(たかようじ) の意味とは - Yahoo!辞書
この言葉は アラゴルンが言ってる事と何の違いがあるのか?

けれども此の言葉には 青い血や血統や家柄を重んじる歴史を必要としない。
もっともっと一般民衆との距離が近い が故に 階級差を責務の背景としない方式へと通じる。

アラゴルンの居る一神教で文明人の価値観念 とは似て非なる 多神教で文明人の社会共同体の価値観念
其れを読み解いて行けばこそ 俺は「情報流通の下士官層」を と言ってきた。


此の歴史と風土を適切に読み解き 環境や状況の変化に合わせて手法を改変していく ことに
極東の一諸島へ民主主義という政治の技術を適切に昇華させる第一歩が有る と俺は考える。

この手法 この観念論 を一つ一つ積み上げていく事
すなわち
 極東の一諸島における多神教で文明人の社会共同体 の 情報流通の下士官層 が適切に成立していく
 それが日本的な民主主義という政治の技術を成熟させる第一歩である、
俺は そう考えてきたんだよね。


革命 とかいう甘い言葉に溺れる贅沢を繰り返すのが旧式左翼という病原菌と癒着する者達である。
言い換えれば こうにもなる。
国家 とかいう甘い言葉に溺れる贅沢を繰り返すのが宗教右翼カルトという病原菌と癒着する者達である。
そんな20世紀のイデオロギーの残滓から未だに脱却できないままだから
 なぜ極東の一諸島で革命が起きないのか?
の答えが出せないんだろうね、その挙句に責任転嫁をして 自分は悪くない になるんだろうね。

日本人と日本 という言葉すら再構築する
という事を億劫にして避けて行った連中は 袋小路の中で自画自賛をする贅沢に甘えた自分 を繰り返す。

そんな連中を とっとと放っておいて俺は先へ行く。


http://mkt5126.seesaa.net/article/358607590.html


“多神教で野蛮人の俗物性 と 多神教で文明人の「其の俗物性の先」 の差異”などは
一神教な者達の観念論を完全に超えるから
ただ単に 理解の範疇を超える だけなんだけどね。
 お前らは 何処で生きているんだろうね?
としか返しようが無い。

俺も 楽観論は全くに無い けど、
むしろ文明否定への観念論は一神教の性癖で
それこそカルトの罠 宗教右翼カルトの落とし穴 位にしか思わなくなってきている。
311以降は 特に ね。

311以降の
極東の一諸島における多神教で文明人の社会共同体の住人達
つまり其の馬鹿で豚にすぎない一般民衆から学んだ事は、
 其れでも尚に 多神教で文明人として生きている 
という点なんだよね。
そして 俺も 彼らと共に生きて 彼らと共に死ぬ と思える事。


だから 「血を吐きながら その朝を超えて飛ぶ」 と書く。


文明崩壊? 良いんじゃね?  文明の逆説? どうぞ お好きに。
お前らがイケシャアシャアに御高説を並べ奉ろうが ドーデモイイ でしかなく
其れでも尚に俺達は 俺達の生き方や価値観や美意識で 此処で営みを続ける。
コレが俺達だ。

無論に “キチガイな資本の論理で突き進む”へは徹底抗戦は続ける けれども
それ以上でも それ以下でも無い。
高尚な話 高尚な倫理性 を否定する気は無い、
ただ それ以上でも それ以下でも無い なだけだ。

俺は 文明が崩壊するか否か みたいな高尚な話よりも
 俺達の生き方や価値観や美意識で生きていく 其の営みを続けていく
の方が大事だ。
コレが俺達だ。

それとも 神の視点 の方が絶対に大事なのかい?
随分と傲慢だな。



http://mkt5126.seesaa.net/article/322512933.html

何度も繰り返すけど
銃・病原菌・鉄の話は「文明の生態史観」+「肉食の思想」の発展系でも有る。

で そういう方向性だけの話になると そら 文明崩壊 となるw
「単なる地理的要因」の差異が 科学技術で無くなっていくんだからね。

で 俺は「文明の生態史観」+「肉食の思想」の発展系を別の方向性から考えて
そもそも 一神教と多神教 と 文明人と蛮族野蛮人 の区分けを導入しただけだ。

文明を崩壊させる「略奪を経済成長と言い出す詐術」ではなく
文明を維持させる「緩やかな成長と崩壊を繰り返させる事で 総体としての安定を創る」の道を
此処で書いている。

一神教で蛮族野蛮人 と 一神教で文明人 という世界観の先への脱皮が出来ていない欧米人には
理解の範疇を超える話でしか無い んだろうけど、
多神教で文明人な俺達には 至極に普通で自然で当然なだけの話なのにね。

アイマスの成長と崩壊 と 其処から続いたMMDの成長 なんて姿は
コミケの中のテーブルの勢力図 の話を想起すれば 簡単に思い返せるだけの話だ。
そして、ただ総体としては安定成長をし続ける をも見てきている。
江戸時代とは何だったのか? という話だよね。
 この多神教で文明人の共同体の構図を
 一神教で蛮族野蛮人なカルト集団は「略奪という経済成長」の狩場としてしか見ない
という観点が
カルトの教条主義の頸木から逃れられない者達には どうしても理解の範疇を超える話になるようです。
自分の頭が悪いはずはないと信じて疑わない人達ほど そんな感じなので 大変に不思議なんですけどね。


フクシマの惨劇の先に生きる俺は 結局に間に合わないのかな とか思う。
それでも俺は 俺の美意識を持って生きていくだけだ。





https://twitter.com/Godonof/status/332945780543475712
過去の奴隷制と現代奴隷制の最大の違いは「奴隷としての財産評価」だ。現代の奴隷は安価な消耗品でしかない。→ グローバル経済と現代奴隷制
書評 http://rainbow.gr.jp/ukifune/disposablepeople.html
この本でも“「過去」の奴隷”をローマ時代へまで遡っては書かれていないね。
だからこそ 一神教的な奴隷 としての観点でしか書かれていない。

確かに 概ね書かれている事は間違いがない。
だけれども そもそも「奴隷」とは何か? において完全に抜け落ちている観点が有る。
一神教的な「奴隷」 と 多神教的な「奴隷」 とは 意味合いが大きく違う、という観点である。



多神教的な奴隷 すなわちローマ時代のローマ社会における「奴隷」への考え方、
・奴隷的な境遇 という人間社会からは逃れられない現実を
 その現実のままに受け止めていくという姿勢
を 一神教な観点での「奴隷」では一切に考慮されていない という点である。

そして
 一神教で野蛮人の感性で支配がされている世界観 という観点からの脱却 とは
 通常では出来ない方向性への思考が要求される。
だから俺は 多神教で文明人 という言葉を使う。

前に
1. 奴隷的境遇
2. 奴隷的対応
3. 奴隷的身分
と書いた、
コレを区別せずに曖昧なままにする が 詐欺師の詐術の温床となる とも書いた。


奴隷的境遇 とは 如何なる金持ちの間の人間関係でも存在する。
だから奴隷の間の人間関係でも生じる。
これを防ぐ事は それこそ人間そのものを否定するしか無い。

すなわち 奴隷的境遇 とは 人間が逃れられない業 である。
この 奴隷的境遇 をも完全に無くす事は不可能である。
人間そのものを否定する とか 人間そのものを完全滅亡させる とか そういう話しか無い。

SEX禁止法 恋愛禁止法 児童ポルノ禁止法 したら刑事罰、と同じ馬鹿馬鹿しい話である。
言うだけ馬鹿かキチガイでしかない。
後は 努力目標 とする位 啓蒙を頑張る とか 法の外側で とかな話しかない。


奴隷的対応 とは 通常に皆が思う「奴隷」に当たる。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B4%E9%9A%B7
奴隷(どれい)とは、人間でありながら所有の客体即ち所有物とされる者を言う。人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる人。所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡・売買の対象とされた。奴隷を許容する社会制度を特に奴隷制ともいう。

1948年に国連で採択された世界人権宣言では、奴隷制について次のように宣言している。

何人も、奴隷にされ、又は苦役に服することはない。
奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁止する。(第4条)

ならば 超超な金持ち と 超金持ち が奴隷関係に有る場合は?

つまり 奴隷的境遇 と 奴隷的対応 とは似て非なる話なのに 同じ「奴隷」という言葉を使う。
こういう事を一つ一つに検証し直さず そのままに「奴隷」という言葉を安直に使うは
詐欺師の幇助となる可能性が極めて高い。

宗教右翼カルトの使う「日本人と日本」を安直に使うが そのまま宗教右翼カルトの幇助と化すように。
児童ポルノという言葉を
「単なる人民統制に利用する詐欺 に使う連中」の中身を考える事も無く安直に使うが
そのまま詐欺師の幇助と化すように。

そして相変わらずに不思議なwikipedhiaは ローマ時代の奴隷の内実を殆ど記述していない、
敬虔にキリスト教を語る者ですら ローマ時代の奴隷制度をして

http://ha3.seikyou.ne.jp/home/tenryo/paul_2-14.htm
当時の奴隷制の知識が必要です。
一口に奴隷制と言っても、それぞれの文明社会によってその内実は大きく違います。
歴史的な背景を踏まえての奴隷制を理解の為には
 ユダヤ、ギリシャ、ローマの三つの文明社会における奴隷制の違い
を見なければなりません

ここでは新約聖書に関係する帝政期ローマ社会の奴隷制について簡単に見ておきます。

と書いて説明をしようとしているのにね。

如何に宗教右翼カルトな連中が 馬鹿でキチガイか だよね。

ローマ社会も その経済、政治、法律の全体の基盤に奴隷制が存在する社会です。

しかし、その奴隷制は現代の我々が漠然とイメージしているもの
(たとえば近代の北米における黒人奴隷などから)
と 大きく違う面があります。

まずローマ社会の奴隷制の特色を理解して、先入観を取り去っておかなければなりません。


ローマ社会における奴隷 の特色

まず最初に、
 誰が奴隷になったのか、
 人はどうして奴隷になるのか
という問題を見ておきます。


紀元一世紀より以前では、戦争捕虜とか海賊による拉致などが奴隷のおもな供給源でしたが、
紀元一世紀の頃までには、そのような奴隷は少なくなり、
奴隷女性が生んだ子供が奴隷人口を構成するおもな要素になっていました。

それに、
 経済的な苦境から自分を売る人、
 債務による奴隷、
 子供の売買、
 捨て子の養育
などが加わって、ローマ社会の奴隷人口を構成していました。

ローマの奴隷は、
 特定の人種・民族とか宗教の人間が、
 同等の人間として扱われず奴隷という身分に固定された

のではありません。

人種・民族や宗教に関わりなく、
 戦争とか貧窮、奴隷の子として生まれたとか捨て子
 というような不運に見舞われた者が陥った境遇

なのです。

境遇 すなわち 永遠に奴隷とは限らない という話でもある。
そして 「厳格な“社会的”階級序列」ゆえの奴隷 ではなく
 状況や環境によって奴隷となるゆえに
 「厳格な“社会的”階級格差」とは厳密には言いきれない
ともなる。


奴隷はその仕事や生活が主人によって決められるのですから、自由がないこと という
皆さんが持つ奴隷のイメージと きっと変わらなく共通する所でしょうが、
個々の奴隷の境遇を 単純で一律に描く ということが ローマ時代の奴隷へは出来ません。

比較的恵まれた安定した生活
過酷な労役に服する境遇
まで様々にあります。

それは主人によって決まります。
温厚で慈愛深い主人か、冷酷な主人か
で個々の奴隷の生活は随分と変わります。

奴隷は(時には主人よりも)高い教養を持つ者もあり、
その知識や特技で教師や医師(カエサル以後は「医師で奴隷」というのが無くなりました)、
秘書や管理人などとして働いて厚遇された者もあり、
決して一様に無知で無教養な階層とは言えません。

奴隷は住居と食料を与えられ、妻と子供を持つこともありました。
時には奴隷が自分の奴隷を持つことすらあったのです。

もっとも奴隷の家族は当然に奴隷として扱われました。
奴隷はだいたい富裕層の奴隷でしたから、生活は一応安定していました。

本当の意味で「社会の最底辺」を構成していたのは「奴隷」という存在ではなく、
その日その日の糧を得るために仕事を探さなくてはならない貧しい自由人でした。

なので 「自分を奴隷へ売り渡す自由人」 が絶えなかったのですが。

つまり ローマ時代の奴隷 とは 【「厳格な“社会的”階級格差」の最底辺】 という意味では無い。
「奴隷」が正確な意味で「身分」を表す言葉では無い、という事が
【一神教の世界の奴隷】とは決定的に違う点である。

此の意味合いを
 現状の極東の一諸島における 侵略者の欧米史観 や ニホンジンのコッカのニホンの思想
 から逃れられていない者達
は殆どに理解する事が出来ない、理解を得る機会すら無い。
奇妙なまでに だ。

多神教な観念で生きる者達の社会共同体における「奴隷」の概念においては
・【「厳格な“社会的”階級格差」の最底辺】 という意味では無い
・「奴隷」が正確な意味で「身分」を表す言葉では無い
という意味合いも有り得る。
此の入口の部分を 明確に覚えて置かなければならない。

では 何故に多神教の観念では
・【「厳格な“社会的”階級格差」の最底辺】 という意味では無い
・「奴隷」が正確な意味で「身分」を表す言葉では無い
となるのか?
明々白々で簡単な話である。

多神教という 曖昧な階級格差 の中では
 そんな事を規定する理由が無い そんな事を規定する必要性が無い
なだけの話である。


ユダヤ、ギリシャ、ローマの三つの文明社会における奴隷制の違い


を俺的に書けば

・ユダヤ人の奴隷  一神教で野蛮人の奴隷
・ギリシャ人の奴隷 多神教で文明人の奴隷 今の奴隷 一神教で文明人の奴隷
・ローマ人の奴隷  多神教で文明人の奴隷

という区分けになると思う。
此の意味合いを指摘もしないままに 安直に奴隷という言葉を使うは 詐欺師の幇助 となる危険性が高い。


そして結論を書けば
本当の意味での奴隷解放 とは 一神教からの解放 を意味する。

一神教な観念の下では 奴隷という身分 が 必ずに必要となる。
それが一神教の存在理由そのものでも有るからね。
そんな連中が 奴隷解放宣言 とかした所で殆ど無意味であろうw

多神教ならば
 奴隷的境遇は仕方が無いが 奴隷的対応や奴隷的身分を出来る限りに解消したい
という努力目標は堂々と掲げられる。
それは 人間社会の発展の流れ「大衆社会の発展」の歴史の必然と同義な話でも有る。


もう少し書けば
・一神教で野蛮人は、奴隷解放なんかしない。平然と奴隷を酷使する。

・一神教で文明人は、奴隷解放が正しい と分かっていても出来ない。だから奴隷を隠れて酷使する。

・多神教で野蛮人は、奴隷解放が正しい と言いながら 平然と奴隷を酷使する。

・多神教で文明人は 奴隷解放が正しい と言い 其れを実践しようとする。
 だから「奴隷を隠れて酷使する も否定する。
 けれども奴隷的境遇という人間の業を忘れない。

「奴隷的身分」を禁止した所で
「奴隷的対応 による 事実上の奴隷的身分」は人間社会から永遠に無くならない。
其れを是正するのは 永遠に等しい努力を永遠に続けていくしかない である。
言えば何とかなる はずもない。

USAのアメリカや国連が口だけの奴隷解放を言う、実態の「隠れて奴隷を酷使する」を全くに止めない。
其の根幹を探れば 一神教と多神教 文明人と野蛮人 の区分けが必要となる。

と同時に、結局は
・永遠に等しき努力目標を負う
・その責務を負う者達の必要性が生じる
となる。

俺が掲げ続ける 情報流通の下士官の責務 と全くに一致する。



 極東の一諸島に住みながら
 一神教としての民主主義を追求する“自分の頭が悪いはずは無い”な者達のマヌケさ を
なんとなく感じ続けていた俺は、そういう人達の言葉を なんとなく信頼しきれなかった。

俺達の生き方に合致した民主主義が必要 と考えるようになった。

多神教で文明人な古代ローマを破壊し尽くした 一神教で野蛮人な連中 は
殺しも殺したりな1000年の後のルネサンスの後に 更に殺しも殺したりな500年を経過する中で
ようやく 一神教で文明人な民主主義 の先を見出した。



http://mkt5126.seesaa.net/article/317566224.html
肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見 - 逝きし世の面影
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/d6bacbd8fc5cb6e0dd1afe7258d14ca7

欧米人は、なぜ動物を屠畜して食う一方、動物を愛護するのか?

本書は、ヨーロッパ思想の原型を、歴史的・地理的条件に由来する食生活の伝統に求め、
それに基づき形成された思想的伝統を明らかにし、日本とも比較しながら平易に説く。

食という新しい視点で西洋の歴史を見直す、西洋史学究の問題作。
『目次』
I ヨーロッパ人の肉食
II 牧畜的世界ヨーロッパ
III 人間中心のキリスト教
IV ヨーロッパの階層意識
V ヨーロッパの社会意識
VI ヨーロッパ近代化の背景

動物を屠殺して食べる一方で、
小鳥を頭から食べる日本人を残酷といってみたり動物愛護をしてみたりするヨーロッパ人。

そんな彼らの思想の原型をヨーロッパの食生活のパターンに求め解明しようとする本。
ヨーロッパの家庭料理、
日本との肉食率の隔たり、
肉食はいつから始まったか、
来日欧米人の困惑、
精肉業者の社会的地位、
食生活と思想的伝統、
人間中心のキリスト教、
動物を殺す動物愛護運動、
伝統的な人間中心主義、
キリスト教と宮廷愛、
現実社会を反映する身分制、
ヨーロッパ近代化の背景、
他多数。


『16世紀の宣教師と肉食』

1549年に来日したイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが
カトリック教会の本部に出した手紙のなかで『日本の食生活』について、次のように書いている。
『神は私達を贅沢の出来ない国に導きいれることによって、私達にこんなに大切な恵みをお施しになった。』
『即ち、私達が肉体に与えようと望んでも、この土地では、そんな贅沢は出来ないのである。』
『日本人は自分たちが飼う家畜を屠殺することもせず、またこれを食べない。』
『彼らはときどき魚を食膳に供し、ほとんど米麦飯のものを食べるが、これも意外に少量である。』
『ただし彼らが食べる野草(野菜)は豊富にあり、またわずかではあるが果物もある。』
『それでいて日本人は不思議なほど達者であり、稀な高齢に達する者も多い。』
『したがって、たとえ口腹が満足しなくても、
 人間の体質は僅少な食物によって、十分な健康を保てることは、
 日本の場合によっても明らかである』

2年余りの来日期間中、
後にカトリックの『聖人』の一人に叙された程の偉大な宣教師であるフランシスコ・ザビエルの悩みの種は、
日本での食事の粗末さ(肉食の禁止)で有ったらしい。

日本を去ってからの手紙でも、日本へ派遣する宣教師の条件に、
しばしば『粗食に耐えられること』『体が頑丈なこと』を上げている程である。


1579年、1590年、1598年と3度来日したアレッサンドロ・ヴァリニャーノの『日本巡察記』の記述によると、
『我等はヨーロッパ人の嗜好をすべて放棄し、
 自らを制して彼等(日本人)の嗜好に合わせ、彼等の食物に適応せねばならぬ。』
『何故なら、これは日本人が我等に希望する主要なことの一つであり、
 彼等は我等の食物の大部分を奇異とし嫌悪するからである』

日本人の肉食は極めて限られた範囲で、
専ら狩猟によって得られた鹿や猪、ウサギ、犬猿雉等が上げられるが、
鶏以外には飼育している家畜を食べる習慣は無かった。
家畜でも、病死ではなく自然死したものは、例外的に食べられていたが、
常の食料と言うよりも滋養の有る薬的な特別食であった。
家畜の肉を常食していたヨーロッパ人たちには、
自分で飼っている家畜を食べない(殺さない)日本人は、非常に奇異に写ったようである。


『ヨーロッパの気候は穀物の栽培に不適』

中世の欧州世界の穀物生産の生産性の低さは目を覆わんばかりだった。
9世紀の資料では、極端な場合小麦の生産効率は播種量の1・7倍、
つまり播いた種の量の70%しか食べることができなかった。

14世紀には播種量の3〜4倍、19世紀はじめでも一部地域を除けば5〜6倍である。
(因みに僧侶までが普通に肉食していた1900年当時のダライラマ13世頃のチベットは
 播種量の4倍程度である)
日本では徳川時代でも平均で播種量の30〜40倍の米の収穫があったというから、
いかに欧州の中世が穀物生産に適していないかが分かるだろう。

つまり古代ローマ帝国が
其れを「平和の統治」と「共同体意識」と「物流」で解決していたというのが 
如何に凄まじい事か もが分かる。
其れを破壊した 一神教で蛮族野蛮人の跳梁跋扈を許した欧州中世が如何に暗黒時代だったか もね。
その辺りも「銃・病原菌・鉄」で詳しく解説されている。



一方で、ヨーロッパの気候は牧草に適している。
それ以上に家畜の飼育に重要な、
日本に比べて人口一人当たり5倍から10倍の広大な農業用地が欧州にはあった。
氷河に表土を抉り取られた耕作には適さない痩せた広大なヨーロッパの農地では、
食料としての家畜の飼育は当然な結果である。
日本人とは逆に、ヨーロッパ人にとって穀物食は御馳走(贅沢品)で、
領主に対する年貢も小麦ではなく家畜の場合が多かった。


『強烈な「断絶論理」に基づく西欧文化』

キリスト教(一神教)圏で育った人間には、
いくら本人が自称『無宗教』を言いだしても、
 全ての動植物は神が人間の為に好き勝手に扱えるようお造りになったものだ
という考えを捨てきれない。

牛肉のハンバーガーを貪り喰いながらイルカや鯨は『可哀想だから喰うな。』、
という日本人には矛盾としか思えない暴論を押し付けてくるのもその為である。

だが 彼等にとっては、何ら矛盾していないのです。
西欧精神とは『肉食』の思想であり、肉食の思想には『強烈な断絶論理』がその根底にある。

『人と動物』、『人と自然』、『人と神』を断絶することによって、
欧州の中世に形作られたのが西欧精神・キリスト教精神(一神教精神)であり、
哲学的には、主体と客体、肉体と精神、彼岸と此岸などの相互に対立(並立)する『二元論』な考え方である。

その一神教的な世界観の脱却の模索から、人間中心主義(ルネサンス)が生まれ、
其処から派生した人道主義、個人主義的な民主主義思想、
そして遂には近代科学文明をも誕生させていく。
欧米人という一神教で文明人の生き方や価値観や美意識とは
 野蛮人の思想から文明人への脱皮でも有るが 一神教が根幹に残る
というのが其処に生じる。


日常的に家畜を食する西欧人にとって、
だから 宗教的にも思想的にも、人と動物を断絶する根拠と理論が何よりも必要で、
そうしなければ日々を共に暮らす動物たちを殺して食する肉食中心の西欧文化は生まれ得なかったかも知れない。

和辻哲郎が『風土』の中で喝破したように、
ヨーロッパの大地は確かに冷涼で牧草は育つが稲は育たない
人々は家畜を飼って寒い冬を生きる。
家畜は文字どおり『生きている保存食』である。

最も身近にいる生命を食い潰さなければ生きられない社会は
『人間だけは神に選ばれたものであり、他の動物は人間に食われるために存在する。』
と言う考え方を受入れないと生きていけない。

そこにキリスト教が受入れられた素地があり、
『自分がいかに動物から遠い存在であるか』を常に考える発想がある。
つまり一神教という「厳格な階級格差」を正当化する重要な素養が其処にある。

動物と人間の間に段階的に幾つかの概念を設定する必要が生まれ、
身分や階級差を生む『違いを探す』発想が育った。

ここから『地球は自分達の物』との確信が生まれ、欧米人による植民地獲得が正当化される。

日本人にとっては牛や馬は一緒に働く仲間であり、
そこからは共生や輪廻の思想、多様な価値観の共存する多神教などが生まれやすい。
一神教で文明人の欧米人は
異教徒や異端 を 奴隷や家畜 と同義に考える生き方や価値観や美意識の観念を持つ。

これは多神教で文明人である極東の一諸島に住む圧倒的大多数を構成する一般民衆にしてみれば
極めて奇異に映る。

けれども 一神教で野蛮人でしかないニホンジンのコッカのニホンという狂信的なカルト集団にしてみれば
 むしろ都合の良い詐欺と詐術の道具
としか映らないモノなのだろう。

だから俺は アレを異民族と呼ぶ。
「日本人と日本」(笑) と書く、殆どに躊躇も無く。
そして 一神教で野蛮人な 宗主国サマとニホンジンのコッカのニホンを宗教右翼カルトと断言して書く。



「“一神教で蛮族野蛮人な宗教右翼カルトの詐欺に負けている という事へ無自覚」なままに
「極東の一諸島における多神教で文明人の社会共同体の一般民衆の伝統の下で育った者達」は
そら 当然に「手榴弾を敵に投げずに 自らの懐で場揮発させて自決する」となる。
普通に そうなる。

ただ 言葉で誰も説明をしてこなかっただけだ。

自分達が何もなのか? という根幹で「日本人と日本」という詐欺が行われてきたからね。
其の先で 宗主国サマ が入り込んで一緒になって詐欺をしている というだけの話だ。

分かってしまえば なんて事ない詐欺事件だ。
その犠牲者は 人類史上でも類例を見ない程に極悪非道な水準になっているけどね。
今尚に この詐欺事件は現在進行形だ。
更に犠牲者は天文学的に積み上がるだろう。

俺は 少しでも 一人でも 助けたいだけだ。
異民族の狂信的なカルト集団 一神教で蛮族野蛮人な宗教右翼カルトの連中 ニホンジンのコッカのニホン と 宗主国サマ の
大量虐殺と民族浄化を含めた詐欺から 一人でも多くを助け出して、
多神教で文明人の社会共同体の あるがままの営みを守ってあげたい だけなんだよね。


http://twilog.org/mkt5126/date-130204
鯖田 豊之 「肉食の思想」
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008//d6bacbd8fc5cb6e0dd1afe7258d14ca7
1.
牛肉のハンバーガーを貪り喰いながらイルカや鯨は『可哀想だから喰うな。』、
という日本人には矛盾としか思えない暴論を押し付けてくる。
だが 彼等にとっては、何ら矛盾していないのです。

2.
それが『肉食』の思想であり、肉食の思想には『強烈な断絶論理』が根底にある。
『人と動物』、『人と自然』、『人と神』を断絶することによって、
欧州の中世に形作られたのが西欧精神・キリスト教精神(一神教精神)である。

3.
哲学的には、
主体と客体、肉体と精神、彼岸と此岸などの相互に対立(並立)する『二元論』な考え方である。
その一神教的な世界観の脱却の模索から、人間中心主義(ルネサンス)が生まれ、
其処から派生した人道主義、個人主義的な民主主義思想、遂には近代科学文明をも誕生させていく。

4.
しかし日常的に家畜を食していかなければ生活そのものが成り立たない。
だからこそ一神教の思想が正当化されて成立し、
宗教的にも思想的にも 人と動物を断絶する根拠と理論が何よりも必要で、
そうしなければ日々を共に暮らす動物たちを殺して食する肉食中心の文化が 自然で当然となる。

5.
古代ローマが滅んだ後の中世の欧州世界の穀物生産の生産性の低さは目を覆わんばかりだった。
9世紀の資料では、極端な場合小麦の生産効率は播種量の1・7倍、
つまり播いた種の量の70%しか食べることができなかった。

6.
徳川時代でも平均で播種量の30〜40倍の米の収穫があったというから、
如何に欧州の中世が社会制度としても穀物生産に適していなかったか が分かるだろう。
そして
 古代ローマ帝国が 「平和の統治」と「共同体意識」と「物流」で解決していた
というのが 如何に凄まじい事か も分かる。

7.
ただし 穀物栽培に適さなくても 牧畜栽培に適した農地ならば 世界中に多い。
だからこそ 牧畜と家畜と 其の広大な土地の向こうに居る異民族との戦い の先に
一神教で蛮族野蛮人の思想が正当化され成立するのは 普通で自然な事でしか無い。

8.
この辺りの話を「文明の生態史観」と「肉食の思想」で学び 「銃・病原菌・鉄」が更に補完をしてくれて
其の先に 俺のブログの言い回しが有る。
一神教と多神教 と 文明人と蛮族野蛮人 としてね。


「銃・病原菌・鉄」の作者 ジャレド・ダイアモンドが チョット前に来日したようで
“自分の頭は悪いはずがない”な人達が絶賛しまくっていたけど
俺からすれば 結局は“一神教で文明人”の価値観から逃れられていない人だな という印象しか無かった。

だから 一神教で野蛮人を攻撃しきれず 多神教で野蛮人の意味が理解できず
其の先に生じる多神教で文明人の生き方や価値観や美意識に関しては
完全に思考の範疇の外に有る事を露呈しただけだった。

まぁ 学ぼう という意志だけは有るようだったけど、
そうじゃなくって 俺達は学ぶ以前に肌感覚で生きている つまり 多神教だから でしかないので
すなわち
 自分達の生き方や価値観や美意識の根幹に有る「一神教」を如何に否定するか
という話でしかないんだけどね。
なので おそらくは永遠に理解できないだろうが。

一神教で文明人の「文明」は自滅する、
だから「文明崩壊」とか言い出す。
多神教で文明人の「文明」は自滅しない、
だから 一神教で文明人の「文明」の自滅 を 奇異に眺めながら憐れむ となるだけだ。

もっとも「一神教で文明人」は
「一神教で野蛮人」が“「多神教で文明人」の文明”を破壊しても 神の摂理 として
冷酷に一刀両断するだけなのだが。
「多神教で文明人」からしたら 詐欺師の仲間 としか映らないんだけどね。 なにが文明人だ とね。



http://mkt5126.seesaa.net/article/353035524.html
http://06020596.at.webry.info/201303/article_25.html

哲学者、梅原猛氏の言葉をもう一度。
【この一神教の批判あるいは抑制なしには 人類の永久の平和は不可能であると私は思う】

人類の永久の平和を不可能にしている者達。
一神教野蛮人。宗教右翼カルトの教祖と信者たち。

武器商人たち、国際金融屋たち、多国籍企業、
イスラエル支援企業、官僚、一部の政治家、
マスコミ、学校教育。

これらすべて、同根から発生した一神教野蛮人の集まり。

人類の永久の平和を不可能にしている者達。
しかし、信仰心が篤いため、信者がそれに気付くことはない。
指摘されても決して認めない。
だからこそ、宗教であり、現在の一神教の真骨頂が其処にある。

私は、彼らの家畜や奴隷扱いは ごめん被りたいし、
子どもたちに それを遺したくない。

そのためには、多神教文明人たちの独立というのを、
それこそ150年という長さで考えていくべきだと。
ここで言っている、一神教とか独立という言葉、
その意味がきちんと伝わっているのか心配ではありますが。
中高大学生には、一度丁は寧に説明すべき、なのでしょうね。

一神教と多神教 の違いを認識して、自分達は無神教ではなく多神教である を見出していく事。
文明人と野蛮人 の違い の違いを認識して、自分達は文明人である の中身と意味合いを見出していく事。

そういう事を考えていった俺は それ故に以下の4つへと区分けた。
その意味合いの正確さを問うよりも前に まずは物事を考えていく入り口を開く為に。



一神教で野蛮人 宗教右翼カルト ニホンジンのコッカのニホン 宗主国サマ
一神教で文明人 欧米人
多神教で野蛮人 中華系
多神教で文明人 極東の一諸島の圧倒的大多数を構成する一般民衆の社会共同体

「日本人と日本」 ≠ 極東の一諸島の圧倒的大多数を構成する一般民衆の社会共同体
一神教で野蛮人  多神教で文明人



此の意味合いは
 宗教右翼カルトに溺れる者達
 欧米の思想に埋没する者達
等々では殆どに理解できない、思考の範疇を超える話となってしまう。
なのに俺達は簡単に肌感覚で理解できる。
この差こそが 150年に続く詐欺の根幹である。



http://mkt5126.seesaa.net/article/320748160.html
アベノミクスだかアベノリスクだか知らないが 訳せば「掠奪」という意味になる。

宗主国サマ - 一神教で蛮族野蛮人
ニホンジンのコッカのニホン - 一神教で蛮族野蛮人
極東の一諸島人の社会共同体 - 多神教で文明人


こういう極めて厳格な階級序列の構造を見るように 俺はなったんだよね。


http://mkt5126.seesaa.net/article/317566224.html
明治維新以降に起きている事の全ては 日本人と日本 という言葉を使った詐欺事件でしかない。
結論から書けば 日本人と日本 という言葉そのものが詐欺。
“日本人と日本”の言葉そのものが 既にして詐欺。

今に起きている事は全て
 詐欺事件
として考えれば 難しい話でも何でもない。

それを国家だの政治だの民族だの社会だの経済だのと言う話を
詐欺の詭弁と口実にして混ぜてきている事が理解できていない者達ほどに この詐欺事件に負ける。

明治維新以降に起きている事の全ては 日本人と日本 という言葉を使った詐欺事件でしかない。

明治維新なんてのは詐欺事件でしか無い。
宗教右翼カルトという異民族のカルト集団を中心にした詐欺事件でしか無い。
その延長線上で今も詐欺に加担しまくっている異民族な連中が居るだけに過ぎない。
つまり「日本人と日本」という言葉そのものが 既にして詐欺である。

そういうトコまで考えを進めていかなければならない時期へ来ている。
そういうトコまで考えを進められずに20世紀のイデオロギーの残滓の中で あーだの こーだの 言った所で
何も解決をしない、つまり詐欺に加担する側でしかなくなってしまう。


だから俺は
 明治維新以降とは
 「ニホンジンのコッカのニホン という異民族」が「日本人と日本」という造語で詐欺事件を繰り返し続けている
それだけな話 そんな単純な話 としか思っていない。
 そこに65年前から 宗主国サマ という詐欺師が加わっただけ
 「ニホンジンのコッカのニホン という異民族」と「宗主国サマ」 一神教で蛮族野蛮人というカルトであり
 彼らを総称して「宗教右翼カルト」と呼ぶ
として
 極東の一諸島における圧倒的大多数の社会共同体とは多神教で文明人である
とも書くんだよね。

こういう根幹部分を理解できない者達は これからも詐欺に加担するだけとなるだろう。
当人の自覚の有無を問わずにね。



http://blog.goo.ne.jp/luca401/e/1be4a3e3d5690b7b5afad2361ff31a1e
NHKの福島の特集で、小学生の女の子が
「調べてみたら、人間の被曝限度は1ミリシーベルトだけど、
 あそこに住んでいたら60ミリシーベルにトなる。
 今まであまり考えてなかったけど、今回、被曝量の計算を知って、もうダメだと思った… 」
と言ってるシーンがあった。親は、たたずむだけだった。
とツイッターにあった
小学生でも分かる事が
日本人と日本 という詐欺事件に勝てない「ヒト」には 難しい話 となるからね。

そんな宗教右翼カルトの楽園 ニホンジンのコッカのニホン は
今日も悦びの叫び声を上げながらカルトの業火に焼かれる「ヒト」の阿鼻叫喚が絶えずに響き渡る。
ムシケラにも劣る自分自身 を理解できない者達へは、何を言えば届くのだろう。

詐欺の根幹を見つけ出す事よりも難しいのは
 詐欺に負けている という事が 自覚できない 認められない 者達
 を如何に説得するか
である。

カルトの詐欺事件に負けている事が理解できていない者達は
カルトの下僕へ墜ちているという自覚も出来ない。

だから俺は 情報流通の下士官 を掲げた。

其の啓蒙の責務を負って生きていく、
とても不毛で 無駄の連続にしか思えないような事を それでも己が責務と課して生きていく。
報酬を求める理由も無い、ただただ己が責務と誇りを糧にして そうして生きていくだけだ。


http://mkt5126.seesaa.net/article/317510315.html
せめて少しでも人間らしく

http://mkt5126.seesaa.net/article/357228934.html
二人の前に一つのおにぎりしかない時は 言うまでもなく“二つへ分けて 大きい方を弱者へ”



唐突に思ったんだけど
ネット等々での実名制ってのは“「厳格な階級格差」を「厳格に規定させる話」”であって
一神教の思想そのものだよね。

極東の一諸島における多神教で文明人の「ネットの日本語圏」における
 とにかく匿名性で進もうとする
というのは 曖昧な階級格差 を 曖昧に規定させようとする なんだなぁ、とか思った。
つまり 厳格な階級格差 を 厳格に規定させない という感覚なんだろうなぁ。

多神教的な 階級格差の曖昧さ
文明人としての 寛容さと鷹揚さ
ネットの日本語圏の流れの先に自然に生じるモノ、俺はコレを民族性と考えてきた。
つまり
「日本人と日本」 ≠ 極東の一諸島の圧倒的大多数を構成する一般民衆の社会共同体
一神教で野蛮人  多神教で文明人

である。


そろそろタイミングを見計らって
新国家の国名と国歌と国旗を書こうと思う。
国歌は「さくら」と散々に書いてきたけど。

国名も実は決めていたんだけど あえて黙っていたんだよね。
策 ってのは そういうモノだしね。





2013年1月23日 ttp://www.asahi.com/politics/update/0123/TKY201301230429.html
新聞を購読している読者のうち、昨年の衆院選で投票した人の割合が90%だったことが、新聞8紙が選挙直後の昨年12月中旬に実施した共同調査でわかった。最も低かった20代でも80・2%と、全世代で有権者全体の投票率59・32%を上回った。

調査は朝日、産経、日本経済、毎日、読売、中日、東京、神戸の8紙の購読者を対象にインターネットで実施し、計3207人が回答した。広告の効果測定を主な目的にした各社共通の調査システム「J―MONITOR」を利用した。

投票した人のうち、投票先を決めた時期は、政党は公示日(12月4日)より前が最も多く29・2%、候補者は選挙戦後半の12月10〜14日が最も多く24・7%だった。投票先を決める際に重視した情報源は74・8%が「新聞記事」と答えた。

何故か政党別の結果を書かない朝日。
調査数値的には殆ど負けていないコレでは

2012年12月16日 第86回オンライン世論調査発表 回答数  1687票
http://www.election.co.jp/news/2012/news1216.html
日本未来の党 29.0%
自民党 26.1%
日本維新の会 11.5%
民主党 9.2%
みんなの党 6.8%
公明党 6.7%
共産党 6.2%
社民党 1.6%
白票・棄権 1.4%
新党大地 0.5%
幸福実現党 0.4%
新党改革 0.1%
国民新党 0.0
新聞を読む意味って有るの?

そして戦後最低の投票率かぁ、
どこを どうしたら 戦後最低の投票率になるんだろう。


http://blog.with2.net/vote/?m=v&id=108997


次期参院選の投票先は?  投票期間 2013年03月18日〜

1: 自民党 404件 (19.5%)
2: 民主党 7件 (0.3%)
3: 日本維新の会 17件 (0.8%)
4: 公明党 2件 (0.1%)
5: みんなの党 24件 (1.2%)
6: 生活の党 1491件 (72.0%)
7: 共産党 29件 (1.4%)
8: 社民党 28件 (1.4%)
9: みどりの風 19件 (0.9%)
10: 新党大地 12件 (0.6%)
11: その他 37件 (1.8%)
おいおいおいw もう少しはw

http://www.election.co.jp/news/2013/news0107.html
2012.12.29〜2013.01.07 結果発表

内閣を支持しますか?
支持率 45.0% 不支持率 52.0%


あなたの支持政党は?
    今回 前回

支持政党なし 33.9% 34.4%
自民党 20.7% 18.2%
生活の党 (日本未来の党) 19.1% 17.3%
民主党 5.8% 5.9%
みんなの党 5.2% 5.3%
共産党 4.8% 4.6%
日本維新の会 3.8% 6.5%
公明党 3.0% 3.2%
社民党 1.8% 1.9%
新党日本 0.8% 0.7%
国民新党 0.2% 0.1%
新党改革 0.0% 0.0%





2013/05/10

時間 アクセス数 / 訪問者数
合計 4919 1522
00時 216 145
01時 202 125
02時 167 107
03時 165 91
04時 168 124
05時 171 114
06時 231 150
07時 199 132
08時 219 155
09時 171 115
10時 211 139
11時 193 114
12時 199 143
13時 228 139
14時 214 120
15時 189 118
16時 209 129
17時 174 141
18時 154 116
19時 181 138
20時 163 130
21時 404 196
22時 241 153
23時 250 156
合計 4919 1522

最近は こんな感じ。
なのに こういうのも多い。


2013/05/05
時間 アクセス数 / 訪問者数
合計 11402 1525
00時 223 153
01時 189 134
02時 422 101
03時 659 108
04時 783 97
05時 768 90
06時 865 100
07時 801 99
08時 405 105
09時 427 114
10時 366 127
11時 416 131
12時 417 128
13時 407 126
14時 405 124
15時 394 148
16時 413 137
17時 460 183
18時 440 153
19時 425 173
20時 376 155
21時 444 153
22時 460 184
23時 437 160
合計 11402 1525

2013/05/06 
時間 アクセス数 / 訪問者数
合計 12501 1769
00時 374 131
01時 453 113
02時 479 167
03時 487 131
04時 403 91
05時 389 109
06時 435 158
07時 591 166
08時 746 146
09時 844 179
10時 1,032 151
11時 962 171
12時 885 189
13時 527 159
14時 479 143
15時 367 137
16時 437 156
17時 471 154
18時 398 195
19時 349 149
20時 322 167
21時 414 216
22時 423 210
23時 234 139
合計 12501 1769

2013/05/11
時間 アクセス数 / 訪問者数
合計 10179 1538
00時 173 113
01時 224 125
02時 181 121
03時 213 133
04時 213 137
05時 181 104
06時 224 140
07時 214 125
08時 239 165
09時 237 135
10時 251 123
11時 186 135
12時 249 161
13時 541 154
14時 551 146
15時 844 154
16時 818 141
17時 916 146
18時 943 151
19時 893 141
20時 473 158
21時 459 196
22時 486 182
23時 470 153
合計 10179 1538


アベノミクスとは 狂信的なテロリストを大量生産する事 なのでしょうね。
本当にウツクシイねぇ。




新しい会社で正社員になれたらたぶん年収200万以上で安定するので、週に一回くらいは風呂を沸かして好きな入浴剤入れて浸かる贅沢でもしようかな
http://d.hatena.ne.jp/kuroihikari/20130419/p1








posted by 誠 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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