https://twitter.com/mkt5126/b  https://twitter.com/mkt5126/c  http://twilog.org/mkt5126      TweetsWind                   TweetsWind                   TweetsWind


2013年05月19日

世界で初めて“津波の被害を受けた原発”は、2004年のスマトラ沖地震の時のインドのタミル・ナードゥ州カルパッカムのマドラス原子力発電所

https://twitter.com/mkt5126/status/335124483159511041
@nYo_bettycat530 @taru_eito
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/05/14/6810347
インドのテレビ番組らしいのですが、津波爆弾(ツナミ・ボム)についてやっています。: velvetmorning blog 2013/05/14

https://twitter.com/nYo_bettycat530/status/335650674962477056
@mkt5126 @taru_eito お疲れ様です。
この動画 https://www.youtube.com/watch?v=odn_mqAdL3E
友人に解析をお願いした所、タミル語(インド南部やスリランカで使用)を話している為に
・・・理解できませんでした。 泣) 
誰かタミル語が分かる人いないかなぁ・・・

https://twitter.com/mkt5126/status/335761208529534977
ありがとうございます。
少しでも可能性が有る人を と思って いきなり話を振ってしまいました。
其処まで分かるだけでも俺からしたら絶対に不可能なので本当に助かります。
そちらも大変な事が多いと思いますが ボチボチと頑張ってくださいね。
本当に ありがとうございました。

https://twitter.com/nYo_bettycat530/status/335775718300598272
タミル語だとのことですので、
これが公用語になっているスリランカ人orシンガポール人なら理解できる様です。
また何か分かれば、追ってご連絡します。
いつも情報有難う御座います。有り難いお言葉感謝です。ボチボチと頑張ります!

タミル語としても
それすら俺には皆目に分かりませんでしたから、ネットを通じて 瞬く間に情報が先に進みますよね。
タミル語はシンガポールでも公用語 というのも 中々に面白い話です。


https://twitter.com/nYo_bettycat530/status/335650674962477056
@nYo_bettycat530 私は聞き取れませんが
文字からするとタミル語ではなくテルグ語じゃないかと思います。
インドのアーンドラ・プラデーシュ州の言葉です。

https://twitter.com/nYo_bettycat530/status/335935196874539008
早う御座います。ミスってました。
同じドラヴィダ語族のうち、テルグ語のようです。
先ほど、私も文字の確認をしたらテルグ語で確定のようです。(内容については・・・)


ほうほうw それならば更に話は面白いのですが。
↓この話と絡めながら考えていってみたりすると なんて思ったりもした。



http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-2178.html
2011年3月15日6時56分の福島第一原発4号機の爆発および火災 とされる映像は
どこにもない とされていた。

しかしインドのSNAHAチャンネル9だけが秘密裏に配信していた。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=gDXEhyuVSDk
映像を見て分かる
煙の上がった高さが爆発した1号機と3号機に比べて低く、かなり爆発の規模も小さい。

このことから、2011年3月15日6時56分の4号機爆発は
水蒸気と熱湯が5階から垂直に吹き上げていたと考えられる。

このようなことが起こる可能性があるのは、
通常の原発の状態ならば 使用済み燃料プールか原子炉 と推測できる。
しかし使用済み燃料プールは壊れていなかった。

なので 蓋の開いた原子炉から白煙の噴出が起こった という仮説も立てられる。

2011年3月15日6時56分の福島第一原発の4号機の原子炉に核燃料が入っていた
という仮説に対しては あまりにも様々な状況証拠が提示されてきている。
もっとも 此の爆発の説に対しては その後に

誠天調書: 2011/3/15は何が起きたんだろう? 福島第一原発で、南関東の首都圏で、千葉県の北西部で。
http://mkt5126.seesaa.net/article/288906990.html

フクイチ4号機ミステリー なぜか14本増えていた新燃料 | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-452.html


フクイチ4号機ミステリー 4階の爆発地点を特定する | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-348.html

フクイチ4号機ミステリー 米軍が鎮火した4号機の火災、いや通常の意味での火事など起こっていなかった | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-341.html

福島第一原発4号機4階で、一体何が行われていた?? | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-317.html

福島第一原発4号機ではいったい何が行われていた? 2 | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-336.html
兵器級プルトニウムは「生モノ」である。時間と共に劣化していく。
ミサイルの核弾頭に有る「兵器級プルトニウム」は「生モノ」である、時間と共に劣化していく。
其の交換作業を請け負える場所は 世界中でも そう多くないだろう。


フクイチ4号機ミステリー 消えた548本の謎を解く | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-340.html

フクイチ4号機ミステリー・比較的崩壊熱の高い核燃料?? | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-354.html

フクイチ4号機ミステリー 一原発作業員の話 | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-370.html
4号機が定期検査入りしていたことを前提に話しているのであれば、
フクイチ4号機が営業外に運転しようとしていた とも読める。
炉心に装着されていたとするならば、
使用済み燃料プールよりも炉心上部で強い熱源が感知されていることも、
使用済み燃料プールの貯蔵本数が変遷していったことも 合点が行く。

フクイチ4号機ミステリー 311当日に4号機に居た原発作業員 | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-372.html

フクイチ4号機ミステリー・4号機の核燃料は誰のもの?? | 憂いの果てに
http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-384.html

2012-08-10 世界の真実の姿を求めて 福島福島原発4号機破壊の謎→なぜ使用済み燃料プールに未使用燃料体64体が余分にあったのか?
http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-2171.html




https://twitter.com/jhatajinan/status/239498169577246720
槌田氏によれば四号炉の底を映した写真は捏造だという。
海水で濁っているはずなのにあそこまで鮮明に映るのはありえないと。

https://twitter.com/jhatajinan/status/239499412265656320
四号機は、
フクイチ事故で唯一浸水を免れた2.4号機兼用の非常用ディーゼル発電機で、
311直後炉内の燃料棒を全部抜き出して使用済み核燃料プールに移した後建屋を爆破したのだろう
と睨んでいた。
しかし、今度の岩田氏の発見でもう一度548本の行方を考えなければならない。
やはり炉内か。


https://twitter.com/jhatajinan/status/241188984007577600
あのね、フクイチ4号機は311、翌4月半ばまでに一度臨界していたことは確かなんだよね。
http://megalodon.jp/2011-0608-0018-03/www.kantei.go.jp/jp/topics/2011/pdf/04-accident.pdf
からのキャプチャ。
ヨウ素出てるでしょ。131。炉内か。燃料プールか。
http://yfrog.com/klgh0usj


https://twitter.com/jhatajinan/status/241213668199653376
2011年4月12日、四号機の使用済燃料プールでヨウ素131が検出されている。
四号機は使用済燃料プール、原子炉ウェル、DS(機器仮置き)プールは通じていた。
311でゲートが破壊。
使用済燃料プールか炉内かはさておき、
4月12日までにヨウ素131が生じる何かが起きたのは確かなことだ。

世界の真実の姿を求めて  福島原発4号機は極秘プルトニウム製造施設か? → 「福島原発4号機の鉄骨むき出し」は高速増殖炉「もんじゅ」ナトリウム爆発事故と同種の原因か?
http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-2062.html

高速増殖原型炉もんじゅのナトリウム漏れ事故と原因究明のあらまし
http://www.jaea.go.jp/04/monju/category05/mj_cause/mj_accipanf/accipamph11.html

・中性子の速度を減速させず、吸収も少ないので効率のよい高速増殖炉ができる。

・高い温度(約880度)まで沸とうしないので、軽水炉のように圧力をかける必要がない。

空気中に含まれる酸素、炭酸ガス、水分と反応しやすい性質をもっています。
温度が高い液体ナトリウムが空気にふれると酸素と反応して黄色の炎をあげ白煙をあげて燃えます。

また、湿りけ(水分)があると、水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)をつくると同時に水素を発生します
(空気中の水分はわずかなので発生する水素も少なく容易に爆発することはありません)。
しかし、水にふれると激しく反応して水素を発生し、
水素が空気中の酸素と反応して爆発することもあります。

このような危険があるので水や蒸気、空気にふれないように厳重に管理する必要があります。

http://www.atom-library.jnes.go.jp/H13_8_3.pdf
液体ナトリウムの最高温度は沸点である880℃を超えない

 ↓

2012-08-17 世界の真実の姿を求めて なぜ福島原発4号機の建屋の壁に8メートル四方の穴が開いたのか?
http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-2177.html

原子炉とDSピットに隠された高熱の燃料体を冷却しなければならなかった。

原子炉とDSピットに高熱の燃料体が残っていた。
高熱の燃料体を何としても冷却しなければならない。

しかし 液体ナトリウム漏れの火災 という極めて特殊な火災が起きている。

・消火や冷却
・“公式には4号機の原子炉の中には入っていないはず”核の燃料の搬出
には、高所(建屋の5階)へ行かなければならない。
対策を練っている時点では、建屋の屋根は崩壊していなかった。

つまり 未だ崩壊も爆発もしていない4号機の建屋に穴を開けなければならなかった。

屋根、建屋5階、建屋4階のいずれかに穴を開ける。
どこに穴を開けるべきか?
いかにして穴を開けるべきか?
東電や自衛隊や米軍の 英知を結集した結果、決まったのが、建屋4階の8m四方の穴だった。

5階や屋根に爆破で穴をあければ、
・瓦礫が原子炉や使用済み燃料プールに落ちること
・液体ナトリウム漏れの火災の更なる炎上
を恐れたのではないか?

穴を開けた方法は
弾薬が搭載されていないミサイルのような武器を使ったのだはないか?
“ヒドラジンを各所で注水に混ぜての隠蔽工作”は だから必要となる。

2011年3月15日6時14分、
2号機の爆発の時と同時に行う事で隠蔽をするように
4号機の建屋4階への穴を開ける爆破作業が行われた。

しかし塩化ナトリウムの反応の方が大きく 更なる炎上と爆発が始まる。
冷却 や 核燃料の搬出 どころでは無くなり、6時56分に4号機の建屋が崩壊した。



4号機の爆発映像が無い というのは 情報工作の面が圧倒的に強いんだろうけど
1. ヒトラジンが混ざった爆発物を使った爆破作業
2. 空気に触れただけで燃え始める液体ナトリウムによる炎上と爆発
  (水を掛ける は消火どころか更に爆発が起きる。消火作業の基本は 自然鎮火を待つ しかない。)
  が その後も繰り返し起き続けた。
だからこそ まぁ どれが爆発よw というのが有るのかもね。

そして その液体ナトリウム火災の温度は “火災としては低温”という特殊な火災
なので 核燃料が不完全核爆発へ至るか否か は何とも言えない。

それよりも


誠天調書: 核燃料が“高温で炎上し続けてしまう”は メルトダウン以上の超高線量な放射性物質の放出が起きる。
http://mkt5126.seesaa.net/article/295181698.html
・液体ナトリウムの燃焼とは?
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=03-01-03-04
ナトリウムの安全性(1次系ナトリウム) (03-01-03-04) - ATOMICA -
ナトリウムの燃焼は、
見た目は化石燃料の燃焼より ずっと穏やかなものであり、
 大きな炎を挙げて多量の熱を放出する油火災の様相
とは 大きく異なるものである。

福島第一原発4号機の内部の焦げが少ないのは 液体ナトリウム火災で有るが故に “「炎」自体は小さい” からである。
ただし燃焼温度そのものが低い訳ではない。
500〜700〜800度には達する。 ただし880度は越えない。

それは 激しくセシウム気化を促す へ達する高温ではあり
そのまま“核燃料が自ら温度を上げていってしまう”状況へと至ってしまう かもしれないし
そうなれば 金属ナトリウムの小爆発の連続 や
いずれ 核燃料そのものの不完全核爆発 もあるかもしれない。

いずれにせよ
 【核燃料そのものが800度に近い温度で焼かれ続ける】
 という極めて特殊な状況が起きれば
 “未曾有の超高線量の放射性物質の放出が起きる”

という可能性は 充分に考えられるのではなかろうか?


比較的に高温状態だった核燃料が
外界へ剥き出しのままに「炎上という更なる活性化」が加えられた時 
どういう放射性物質の拡散を行うのか?

「2011/3/15に関東地方を襲った放射性物質の降下」という惨劇は 2号機から と言われている、
けれども 「“建屋が崩壊していない”2号機の状態」 からすると、どうにも腑に落ちない。


誠天調書: 福島第一原発テロ事件で大量に放出された放射性物質のウラン(α線)やセシウム(γ線)が なんらかの化学変化を起こす事は当然に想定すべき事ではないのか?
http://mkt5126.seesaa.net/article/319279021.html


http://blog-imgs-51.fc2.com/o/u/j/oujyujyu/08191_20120819193804.jpg
大摩邇(おおまに) : なぜ3月15日6時56分に福島4号機の屋根が崩壊したのか?
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1713349.html


テレビカメラで爆発が撮影された1、3号機と違い、何故か4号機は爆発の目撃者もいない。
原子力安全委員会の関係者は
「どの仮説も検討すると あり得ない という結論になる。
 いつ壊れたかすら特定できていない」
という無茶苦茶な話を口にする。

しかし4号機の爆発映像は確実に撮られている。
では、なぜ放映もされず、現在に至っても流通しないのだろうか?

その福島第一原発4号機の爆発映像は
画面背景は中東らしき、アラブ風の文字、背景だったが、
見慣れたアルジャジーラ放送局のマークは無く、
一体、中東のどの国のものか判別がつかなかった。

在日外国人の協力で分かったのだが、その文字はカンナダ文字ではないか、という。
カンナダ語とは、南インド4州の一つ、カルナータカ州の公用語である。
カンナダ文字とアラビア文字は、日本人には区別しにくい。


映像の撮られたアングルや位置関係から推測すれば、
どうやら地元、福島中央テレビによる撮影に思える。

福島中央テレビで撮影された4号機の映像が、
日本国内では一切放送されずに、
インドに混在する600チャンネルの一つ、地方の個人テレビから放送されていた。

福島には福島中央テレビと福島テレビがあり、
福島中央は日本テレビ、福島テレビはフジテレビをキー局とするFNS系列だ。
情報統制により原発事故に関して放送を制限していたテレビ局だが、しっかり映像は撮っていた。

4号機爆発映像は、
日本はおろか、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、中国、韓国など、全世界でまったく放送されない。
しかし、その映像は確かに存在していたのだ。


報道統制が、どうして南インドのテレビ局だけには規制不能だったのだろうか。

インドの600程度と思われる放送チャネル数だが、実はインド政府も把握していない。
しかも、インドは多言語国家で、
ヒンディー語のほかに、ウルドゥー語、パンジャーブ語、タミル語、テルグ語などのチャンネルがあり、
個人放送局の数は無数にあり、全く把握が出来ないのだ。

在日インド人に取材しても
「多分、700くらい」
「ケーブルTVが一般的だから、1000チャンネルはあるかも」
という具合で、全く分からないのが現実だ。

言語も大別すれば、ヒンディー語、ウルドゥー語、パンジャーブ語、タミル語、テルグ語だが、
少数民族語も多数存在し、個人放送局では、そんな言語も使用されているらしい。


世界でただ一つ、4号機の爆発映像を流せ、しかも現在まで削除されずに存在しているのには、
もう一つ理由があった。
どこから放送されているか、住所、放送発信場所が全く掴めないのだ。


テレビグループの本部はムンバイにあるらしい。
しかし、大半は中央インドが拠点だが、
チャンネル9だけは南インド、アーンドラ地方のSNEHAとしか分からないのだ。

このアーンドラ地方の公用語はテルグ語で、
調べてみると、実際、あの4号機爆発映像ではテルグ語が使用されていた

アラビア文字、インドのカンナダ文字さえ区別できない平均的日本人では、完全にお手上げである。
インドのカンナダ文字とテルグ文字との僅かな差は、全く判別できなかった。

日本在住のインド人さえ識別しにくく、しかも個人放送局に近いSNEHAチャンネル9という理由で、
あの鉄壁の監視、規制から逃れることが出来たと思われる。

日立GEニュークリアエナジー株式会社が福島4号機で行っていた作業の秘密



カルナータカ州 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%AB%E5%B7%9E

カンナダ語 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%80%E8%AA%9E

http://kotobank.jp/word/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%AB%E5%B7%9E
ドラビダ民族は,インド・アーリヤ民族と並ぶインドの二大主要民族である。
南インド4州(タミル・ナードゥ,カルナータカ,アーンドラ・プラデーシュ,ケーララ)を中心に居住し,
タミル語,カンナダ語,テルグ語,マラヤーラム語などのドラビダ語族の言語を話し,
その人口はインド総人口の約25%を占めている。


http://indo-minami.blogspot.jp/2011/06/blog-post.html
南インドの解説
南インドは
アーンドラ・プラデーシュ州、
カルナータカ州、
ケーララ州、タミル・ナードゥ州、
ラクシャドヴィーパ連合区、
パーンディッチェーリ連合区
を含む地域を指し、インド全体の面積の19.31%を占めています。

南インドの居住者は、自分達をドラヴィダ人だと考えています。

言語:タミル語、テルグ語、カンナダ語、マラヤーラム語
(インドでは28の公用語が認められています。)

南インド料理:米飯が主食。たくさんのスパイスとハーブを使って調理したカレーや野菜。

アーンドラ・プラデーシュ州

公用語:テルグ語


インドで面積が4番目に大きい州で、5番目に人口が多い州です。アーンドラ・プラデーシュ州は歴史的に"インドの米作地帯"と呼ばれています。収穫物の77%以上はお米で、2006年には1,779万6千トンのお米が生産されました。州の中で一番大きな都市はハイデラバードです。

州の料理:米飯が主食。アーンドラ・プラデーシュ州の料理は辛く、バラエティ豊かなピクルスが有名です。

http://3.bp.blogspot.com/-5i-viWceA0s/Tg2KznchLVI/AAAAAAAAABg/FFbUEeZZdcg/s1600/%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2589%25E3%2583%25BC%25EF%25BC%2592.jpg


カルナータカ州

公用語:カンナダ語

カルナータカ州の州都はバンガロールです。バンガロールはインドのシリコンバレーとして知られており、多くの一流有名IT企業がバンガロールに進出しています。

州の料理:米飯が主食。マサラ・ドーサやイドリなどが有名。

http://3.bp.blogspot.com/-8nPXnu_kdjw/Tg2LQQ4ubMI/AAAAAAAAABo/G185XtKmwgE/s1600/%25E3%2582%25A4%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2589%25E3%2583%25BC%25EF%25BC%2593.png



http://ameblo.jp/daivamprema/entry-11201305081.html
ウガーディ(テルグ語圏とカンナダ語圏のお正月)

http://www.jetro.go.jp/world/asia/in/regional/pdf/14.pdf
インド・28の州と各語

1. ジャンムー (アォル) カシュミール 州
カシュミーリー語(400万人)・ウルドゥー語

2. ヒマーチャル・プラデーシュ 州
ヒンディー語・ネパール語

3. パンジャーブ 州
 パンジャビー語(2300万人)

4. ハリヤーナ 州
ヒンディー語

5. ウッタラーンチャル


6. ウッタル・プラデーシュ 州
ヒンディー語(3億3700万人)

7. ラージャスタン 州
ラージャスターン語

8. グジャラート 州
グジャラーティー語(4000万人)

9. マッディヤプラデーシュ 州


10. チャッティースガル


11. ビハール 州


12. ジャールカンド


13. パシュチミー バンガール(西ベンガル) 州
ベンガリー語(7000万人)・ネパール語

14. オリッサ 州
オリヤー語(2800万人)

15. マハーラーシュトラ 州
マラーティー語(62000万人)

16. アーンドラ・プラデーシュ 州
テルグ語
(6600万人)

17. カルナータカ 州
カンナダ語(3200万人)


18. ゴーアー 州
コーンクニー語(170万人

19. ケーララ 州
マラヤーラム語(3000万人)

20. タミルナードゥ 州
タミル語(53000万人)


21. シッキム 州
ネパール語(人口の約8割が使用)

22. アッサム 州
アッサミー語(1300万人)

23. アルナーチャル・プラデーシュ 州


24. ナガランド 州


25. マニプル 州
マニプリ語(120万人)

26 メーガーラヤ 州


27. トリプラー


28. ミゾーラム州


http://www2m.biglobe.ne.jp/~ZenTech/money/banknote/p07_india/rs_100_back_b_m.jpg
100ルピー紙幣の裏側の左側には準公用語が それぞれの文字で見られる。
(ちなみに何のことはない、100ルーバイ (タミル語でルピーのこと) と書いてあるだけ。)

上から順に:

アッサミー語(アッサム州)とマニプリ語(マニプル州)

グジャラーティー語(グジャラート州)

カンナダ語(カルナータカ州)

カシュミーリー語(ジャンムー・カシュミール州)

コーンクニー語(ゴア州)

マラヤーラム語(ケーララ州)

マラーティー語(マハーラーシュトラ州)

ネパール語(シッキム、西ベンガル州)

オリヤー語(オリッサ州)

パンジャビー語(パンジャーブ州)

サンスクリット語(雅語・宗教などで使います)

タミル語(タミルナードゥ州) 

テルグ語(アーンドラ・プラデーシュ州)


ウルドゥー語&スィンディー語(ムスリム系インド人が使います)



タミル語
http://www10.gencat.cat/pres_casa_llengues/AppJava/frontend/llengues_detall_print.jsp?id=632&idioma=13
言語の地位
ヒンディー語と英語はインドの公用語である、さらにヒンディー語は国語である。
憲法は次の22言語を認め(≪憲法の言語≫と呼ばれる)、
インド共和国を構成する28州内でこれらは併用公用語である (サンスクリット語をのぞいて)。
アッサム語、ベンガル語、ボド語、ドグリ語、グジャラート語、ヒンディー語、カンナダ語、カシミール語、コンカニ語、マイティリー語、マラヤーラム語、マニプリ語、マラーティー語、ネパール語、オリヤー語、ウルドゥー語、パンジャーブ語、サンスクリット語、サンタル語、シンディー語、タミル語、テルグ語。

タミル語は、タミル・ナードゥ州、ポンディシェリ連邦直轄地域で公用語としての特質を持ち、グジャラート州 である程度の法的認知がある。

スリランカの公用語は、シンハラ語、タミル語、英語である。さらにシンハラ語、タミル語は国語である。

タミル語は、マレ−語、中国語、英語と並んで、シンガポ−ルの併用公用語のひとつである。

マレ−シアの公用語と国語はマレ−語である。英語は公用語の特徴をもたないが、議会で使用可能なことからもわかるように、非常に権威ある言語とされる。教授言語はマレ−語, 英語, タミル語、中国語(中国北京語)である。現地語は何の法的認知されていない。

公用語(スリランカ, シンガポ−ル), 彼らのテリトリ−内での公用語(インド), 法的認知 (マレ−シア)。

タミル語(68,000,000人の話者)は、テルグ語(76,000,000人)、カンナダ語(35,000,000人)、マラヤーラム語(35,757,100人)とともに、現在広く普及しているドラビダ系言語のひとつである。

インド・アーリア民族の移住以前、ドラビダ系言語は、古くからインド全域で話されていた。 現在インド・アーリア(またはインド・ヨーロッパ)語族系言語 (ヒンディー語, ベンガル語, マラーティー語, ウルドゥ−語, グジャラート語等) はインド人の74%に話される、一方、残る約24%にドラビダ系言語は未だに話し続けられている。スリランカではタミル民族は人口の18%を構成し、シンハラ民族(74%), −インド・アーリア(インド・ヨーロッパ)系言語を話す−の次に、2番目の言語共同体である。

9世紀、タミル語とマラヤーラム語は同一言語−両方言話者からタミル語の名称で呼ばれた−の方言であったことから、ドラビダ系言語の中でタミル語は、特にマラヤーラム語に近い。タミル語とマラヤーラム語の分岐プロセスは13、14世紀になって始まった。

タミル語方言には, adi dravida, aiyar, aiyangar, アラバ, burgandi, カスバ, コンガル, コラバ, コルチ, マドラシ, パリカラ, pattapu bhasha, スリランカのタミル, マレ−シアのタミル, ティガル, ハリジャン, sankethi, hebbar, tirunveli、maduraiが挙げられる。

タミル語の社会的階級言語(社会のある階級に用いられる話し方)は、非常に異なるので、話し方からその人が属する階級がわかることがあるほどである。

タミル語には広く普及する3つの主要なバリエ−ションのスタイルがある。古典文学言語(caṅkattamiḻ)、近代文学言語(centamiḻ)、近代口語体(koṭuntamiḻ)である。どのフォ−ムを使うかは、そのときの状況によるが、異なるフォ−ム間では、意思疎通が阻害される。

インドでは口語体(koṭuntamiḻ)は、標準語化しつつあり、 一般的に映画、劇、テレビ、ラジオで使われる。スリランカでは近代標準語は、ジャフナ方言に基づいている。その異なるフォ−ムの中で、筆記タミル語は広く普及している。

2001年の報告によると、1,863の新聞がタミル語で出版されている。

タミル語には二千年以上の伝統文学があり、2004年に古典言語と宣言されたインド初の言語である。


タミル・ナードゥ州 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%A5%E5%B7%9E
主にタミル語が話されている地域を含む州である。ポンディシェリ連邦直轄地域(プドゥッチェーリ連邦直轄地とも)、ケーララ州、アーンドラ・プラデーシュ州、カルナータカ州に隣接し、南東側にはポーク海峡とマンナール湾を挟んでスリランカ民主社会主義共和国がある。面積 13 万km2、人口 6,211 万人(2001年の国勢調査による)。州都はチェンナイ(旧マドラス)。

インド全土の中でもかなり工業が盛んである。また、外資の直接投資額がインド内で三位であり、対インド総額の9.12%を占める。インドの中で最も都市化が進んだ州(2001年国勢調査では43.86%)でもあり、タミル・ナードゥ州の都市人口は全インドの人口の6%、全インドの都市人口の9.6%を占める。

カールパッカム原子力発電所、ネイヴェーリ褐炭公社、ナリマナム天然ガス田が、燃料とエネルギーを供給している。また風力発電による電力生産は全インドの55%を占めている。

チェンナイは「南インドの玄関口」と呼ばれる。ソフトウェア産業のインド内第二の拠点であり、大規模な情報関連産業団地を有する。



カルナータカ州 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%AB%E5%B7%9E
公用語 カンナダ語

州都ベンガルールは、インドにおける急成長を見せる経済と技術進歩の最前線である。

州都のバンガロールは、航空宇宙産業、情報技術産業、ビジネス・プロセス・アウトソーシング業が盛んである。特に情報技術産業については「インドのシリコンバレー」の異名を持ち、カルナータカ州電子技術振興公社により多くの情報技術産業団地が設置されている。また、インド科学研究所(IISc)・インド経営研究所(IIM)などの高等教育機関も置かれている。

この他、マイソール、マンガロール、フブリ・ダールワール(フブリ(英語版)及びダールワール(英語版))にも、情報技術産業振興のため産業団地が建設されている。


アーンドラ・プラデーシュ州 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%B7%9E
公用語 テルグ語、ウルドゥー語

州都のハイデラバードはインド内第五の規模の都市である。インドにおける情報技術産業の成長、いわゆる「ブルーチップ革命 Blue Chip Revolution」の波に乗り、ハイデラバードでも情報技術産業が育成され、市内に展開する関連企業の数はインド全土で一、二を争うほどになり、「サイデラーバードゥ」(Cyber + Hyderabad) と呼ばれることもある。また、製薬の中心地でもあり、インド10大企業の半数がこの州にある。


http://www.jetro.go.jp/world/asia/in/regional/pdf/3.pdf
アーンドラ・プラデーシュ州


テルグ語 とは - コトバンク
http://kotobank.jp/word/%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B0%E8%AA%9E
ドラビダ語族に属する言語。
インド南東部で広く話されており,アーンドラ-プラデーシュ州では州公用語。
インドではヒンディー語に次いで話者が多い。
州外のタミル・ナードゥ州のマドラス市やマイソール市,それに 東南アジア諸国にも話者をもつ。


マドラス管区 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B9%E7%AE%A1%E5%8C%BA

チェンナイ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%82%A4



テルグ語 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B0%E8%AA%9E
テルグ語は、名詞の格変化を表現するのに、すべての名詞の単数形・複数形に適用される決まった接尾音節を加える。この接尾音節は日本語の「格助詞」に似ている。そのため、インド・ヨーロッパ語のような屈折言語というより、日本語や、アルタイ諸語の言語に似ており、膠着語に近い。複数形を厳密に区別しなければならない点を除くと、日本人には理解しやすく修得しやすい文法構造である。

多数の方言に分化して、20世紀になるまで、共通語の試みも、自然的な収束もなかった。
また、20世紀になって、ようやく共通語化が進められたが、それでも方言分化があり、逆に後退しているようにも見える。
英語や近隣のドラヴィダ語などを話者が併用するため、膨大な使用人口を持ちながら、消滅へと向かっている可能性があり言語的求心性が弱く、標準化も進んでいない。

テルグ語の話者は、南インドの大穀倉地帯に住み、米を主食とするので、文化的に日本に似た面もある。日本語で「稲」「米」「ごはん」が、独立した単語としてあるのと同様に、テルグ語でも、これらは独立単語である。米一粒一粒に女神が宿っているとされ、そのため、米一粒一粒も、大事に扱わねばならないという文化がある。米はまた繁栄の象徴で、常に複数で表現される。


どっちにしても
いわゆる経済成長するとか言われるインドの拠点になりやすい都市が
そのインド南部の その3つの州には有り、
そうなれば 情報が流れていく経路が生じる可能性は高まる という推測は立てられる。

4号機の爆発 人工地震と津波 という番組が流された背景から
色々と妄想できる事は少なくないかな。






タミル・ナードゥ州カルパッカムのマドラス原子力発電所
は “不思議なwikipedhia”にて中身が書かれていない
「マドラス原子力発電所」を作成中 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%9E%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B9%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80

Madras Atomic Power Station - Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Madras_Atomic_Power_Station
 ↓
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,een_ja,bT,uaHR0cDovL2VuLndpa2lwZWRpYS5vcmcvd2lraS9NYWRyYXNfQXRvbWljX1Bvd2VyX1N0YXRpb24=

Kalpakkam - Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Kalpakkam
 ↓
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,een_ja,bT,uaHR0cDovL2VuLndpa2lwZWRpYS5vcmcvd2lraS9LYWxwYWtrYW0=

こっちには 両方とも細かい記述が有るねぇ
2012年に、多発性骨髄腫(ガンが核放射線によって受ける場合がある骨髄の珍しい形)に、一部の従業員の死亡とKalpakkam核施設の彼らの扶養家族が起因すると、Atomic Energy部は、初めて認めました。9人(KalpakkamでマドラスAtomic Power駅で働いている3人の従業員を含む)が1995〜2011年に多発性骨髄腫と骨ガンで死ぬと、DAEは認めました。この情報は、2011年10月からInformation(RTI)問合せに、右翼に応じて明るみに出ました。DAEは、以前information.[1つ]のすべての前の要請を妨害しました
ほほう、色々と書いてありますなぁ。



クダンクラム原子力発電所
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%A0%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80
で僅かに記述が有るだけである 相変わらず 不思議不思議 である。

この海岸地帯は、
インドでも12,407人が死亡した2004年のスマトラ島沖地震に伴うインド洋大津波の被災地であり、
家を流された住民が現在も500棟の避難住宅で暮らしている。

また、北東約550kmにあるマドラス原発では、
その際冷却用の取水ポンプが津波で使用不能となる事故を起こしている。



計画当初から反対運動は行われていたが、2001年に地元出身の元大学教授ウダヤ・クマール氏らによるNGO団体、PMANE(People's Movement Against Nuclear Energy)が設立されることにより更に活性化した。特に2011年の福島第一原子力発電所事故以降に1号機が試験運転を行ったことでより多くの住民が運動に参加した。 8月以降連日1万人以上が参加し、津波と地震に対する安全性評価や、環境影響評価の開示などを求めて、集会、デモ行進、女性たちの道路封鎖、無期限ハンストなどが行われた。[1]9月22日、ジャヤラリター州首相は「住民の合意があるまで稼働させない」と表明し、シン首相に原発稼働断念を求めた。

しかし、2012年3月19日州首相は方向転換を発表し、稼働を許可、原発周辺地域を武装警官隊で封鎖し、物資の搬入を禁止、メディアの報道規制も行われた上、PMANE幹部への逮捕状を出した。23日にはデモなどを行った住民665人が逮捕された。その後、高等裁判所が「封鎖解除、物資搬入許可」の緊急判決を下し封鎖は解除されたが、抗議行動は続けられた。

2012年6月初めには国外からも22カ国175団体(一次集約21カ国168団体)の賛同による「インド・クダンクラム原発に反対する人々への弾圧に対する抗議声明」がインド政府、タミル・ナードゥ州政府、インド原子力発電公社に提出された。

2012年9月10日には約1,000人が参加したデモ隊に警官隊が発砲、1人が死亡、9月16日には約200人が警察に拘束されるなど弾圧が強まる中、原子炉に核燃料を入れる作業が9月19日から始まったと報じられた。 2012年9月25日には連帯の思いを伝えるため訪問した日本人3人が、入国を拒否され強制退去させられている。

311以降のインドにおける反原発運動が 特に苛烈となった理由を 俺も深く理解して無かった。

http://www.asyura2.com/0403/genpatu2/msg/673.html
2005年3月22日 スマトラ沖地震の大津波は インド南部タミル・ナードゥ州カルパッカムのマドラス原子力発電所も襲った

大津波は「想定外の天災」(クリシュナムルティ所長)だった。
「施設に被害はなく放射能漏れもなかった」(同所長)は、
高速増殖炉の建設現場付近で女性作業員が一人、
隣接する宿舎部分で雇員や家族ら三十七人が死亡した。

一時は百人以上の作業員が水死したとの情報が流れるなど周辺住民の不安は根強い。

津波被災後、外国報道機関として初めて同原発を訪れ、当時の様子などを追った。
州都チェンナイの南約八十キロ。海岸線に面した敷地に
二十二万キロワットの原子炉二基が建ち(一基は補修中)、
商業用としてはインド初の高速増殖炉(五万キロワット)一基を建設中だ。

津波の襲来を受けた昨年十二月二十六日午前九時すぎ。
コントロール室の警報が鳴り海水の異常を知らせた。
計器を見ていた担当者が、ほぼフル稼働していた一基を手動で停止。
所長ら関係者が続と現場に駆けつけたが、
海面に近いポンプ室が浸水しただけで被害はなかったという。

敷地は海面から約六メートルの高さに位置し、
コントロール室など主要部分は更に二十メートル以上高い施設に設置されており
「次の津波にも問題ない」と関係者は口を揃える。

高速増殖炉予定地では当時、約百メートル四方の大きな掘削現場で約百五十人が作業中。
責任者のプラバト・クマルさんは
「海岸近くの塀が波で押し倒されたのを見て無線機で作業員に避難を呼び掛けた。
 海水が一角だけから流れ込んだので逃げる時間が十分あった。幸運だった」
と振り返る。

被災後、将来の津波やサイクロン(台風)被害に備えるため増殖炉の床面を約一メートル高くし、
海側の壁の補強も決めた。海岸には高波対策として、既に三万五千本の植樹を行った。

だが、地元で核兵器反対運動を続けるスリラマンさんは
「百五十人が生き埋めになったとの情報もあった。
 放射能漏れを指摘する人もいた。当局は情報公開が不十分だ」
と不信感を募らす。

クリシュナムルティ所長は
「いろんなうわさが出回ったことは知っているが根拠はない。事実を隠す必要など何もない」
と疑惑打ち消しに懸命だ。

津波の後、同原発から数キロの海岸で、
八〜十世紀ごろに津波とみられる自然現象で沈んだ石造寺院が姿を現し地元で話題になった。

スリラマンさんは
「原発が同じように水没の運命に見舞われないと言えるのだろうか」
と、予期できない災害への不安を口にした。
(カルパッカム共同=古池一正)


ttp://nucnuc.at.webry.info/200502/article_6.html
2005年12月26日のスマトラ沖地震による津波が
インドの原子力発電所に与えた被害も調べてみました。(ちょっと古い情報ですが)

スマトラ沖地震により、インド国内でも東海岸を中心に津波による多大な被害が出ました。
インドで東海岸にある原子力発電所は、
マドラス1・2号機,IGCARのFBTRとPFBR,
クダンクラム1・2号機の計6基ですが、
このうちクダンクラムは建設中であり、マドラス発電所とPFBRが津波の被害を被りました。

マドラス原子力発電所
 1号機:改造工事のため停止中。
 2号機:津波発生当時、通常運転中。
     12月26日朝:海水ポンプ建屋への海水流入を感知してタービンが停止。
              これに伴い、原子炉を緊急停止。
     12月29〜30日:インドの原子力規制委員会(AERB)のメンバー5名が原子炉建屋,
               タービン建屋,海水ポンプ建屋,制御室や防波堤他、主要設備全て
               を点検し、異常のないことを確認。
      1月 1日:原子炉起動。
      1月 2日:系統への送電開始。


インディラ・ガンジー原子力研究センター(IGCAR)
 FBTR:海岸線から離れており、津波は到達せず。
 PFBR:建設中の現場に津波が到達。掘削したピットに海水が流入し、作業員1名の死亡を確認。
 再処理施設:津波が到達するも、大きな被害はなし。

--------------------------------------------------------------------------------

参 考
・インド原子力発電公社(NPCIL)(マドラス発電所所有)プレス
http://www.npcil.org/pressrelease.asp
・インディラ・ガンジー原子力研究センター(IGCAR)(FBTR,PFBR他所有)ニュースレター
http://www.igcar.ernet.in/lis/igcnl.htm
・その他海外の原子力情報誌

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なお、緊急停止したマドラス2号機や、工事中だった同1号機だけではなく、
他の(海岸から離れた)原子力関連施設についてもAERBが現場確認を行い、
放射性物質の漏えいや設備の異常のないことを確認したと、海外紙は伝えています。

ところが、毎日新聞等の一部国内メディアは、
現地住民の不安や、現地ジャーナリストの感想だけを伝えています。
そして、最も重要な部分である、
 規制機関であるAERBが安全確認を行った事実
は全く伝えていないのです。

毎日新聞は一体何故、AERBやNPCIL,IGCARを取材しなかったのでしょうか? 
これは明らかに偏向した報道であり、非常に残念なことです。

毎日新聞記事
http://www.mainichi-msn.co.jp/search/html/news/2005/01/09/20050109ddm002030132000c.html
↑この記事で「ジャーナリスト」とされている「シュリ・ラーマン」氏は、別な意味で有名なようです。
調べると 更に面白い。

2005年1月04日 スマトラ沖震災でインドの核施設に何が起こったか
http://www.asyura2.com/0403/jisin11/msg/921.html

核施設に何が起こったのか、明らかにされない津波被害(インド)
=================================
今回の津波が襲った地域には、原子力発電所を含む核複合施設があります。
インド、チェンナイ(マドラス)近郊のカルパカムです。

当局は人的被害だけで、施設にはなんの損傷もなかったと発表していますが、
すべての施設の状況を報告することはせず、見学も一部の施設しか認めていません。

放射能漏れの事実はなかったのか、
施設内で死亡した人の死因はなんだったのか、
明らかにされていません。

報告者のシュリ・ラーマンは、
今後長期にわたって緩慢な核被害が進行するおそれがあると言っています。
なおインドには、13基の稼動中原子炉と再処理工場など多数の核施設があります。

                        (TUP/池田真里)

津波とインド南部の核の恐怖 シュリ・ラーマン トゥルースアウト/レポート
2005年1月2日日曜日 インド、チェンナイ発

===================================

南部インドの臨海都市、チェンナイを、二重の災厄――津波と核の恐怖が やっと通りすぎたところだ。
(訳注:チェンナイはマドラスのタミル語名)

12月26日日曜日、チェンナイを襲った津波は、漁村を破壊し幾多の家々と人命を押し流した。
津波はまた、市のはずれの海岸部、カルパカムにある原子力発電所の一部に殺到した。
(訳注:カルパカムは、チェンナイから南へ80キロいったところ)

当原子力発電所の被害の全貌が明らかになるまでには、なお時間を要するだろう。
いや、そのような当局の公式報告を待っても無駄かもしれない。
しかし、詳しい調査をしなくても、
カルパカム核複合施設と津波が極めて恐ろしい組合わせであることはわかるはずだ。


この恐怖のコンビのうち核については、今のところ2つの理由で、詳細な報告はあり得ない。

まず第一に、原子力発電所を取り巻く防災上の秘密主義を穿つことは容易でないこと。
第二の理由(こちらの方が重要だ)は、
放射能漏れの恐れである。
押し寄せた水に浮かぶ死体や瓦礫を捉えるように、カメラは放射能漏れを捉えることはできない。

ヒロシマとナガサキより さらにゆっくり進行する核の惨事が起こりうる。
環境運動家たちは、この20年ほどカルパカムの核複合施設の影響について、
あまり急激な被害としては語ってこなかった
(訳注:主として、近隣の海洋汚染が問題とされてきた)。津
波によって、事態はそんなものではなくなったと思われる。

津波直後に おざなりに出された当局の報告は、当核複合施設には全く被害はなかったと断定している。
さらに強い調子で、いかなる放射能漏れもなかったと否定している。

しかし、この当局報告でさえ、
 近辺には かなり大きな漁村があり、
 施設の職員が住むカルパカム全地域で津波の破壊的被害があった
ことを認めている。

津波の災害直後に、
職員の住宅地区で少なくとも60人、
その他の地区で約250人の死亡が報告されている。
当局の報告による死者数は、その後も増え続けているが、実際にはさらに多いと思われる。

核複合施設について、当局は何の懸念も表明していない。
カルパカムの核複合施設とは、
加圧水型重水炉2基、実験炉1基、再処理施設、
建設中の高速増殖炉原型炉(2004年10月にインド首相によって「国家に捧げられた」)
(訳注:2003年9月に閣内経済問題委員会によって建設承認された)からなる。

当局は、重水炉のうち1基は
津波以前に「配管の交換」のために運転停止され、
もう1基は、冷却装置へつながるポンプ室へ大量の海水が侵入したことが確認された段階で、停止された
(後者は、7日後の2005年1月2日、日曜日に運転を再開した)。

この関連では、実験炉も含めて、再処理施設と集中廃棄物管理施設については
とくに何も触れられていない。
つまり、複合施設のもっとも重要な放射能関連施設について、安全の保証は発せられていないのだ。
インドの核当局が、この種の報告で、うっかり言い忘れることなど考えられない。

当局は、津波による職員の死を隠すことはできなかった。
当核複合施設は、教会で礼拝中に押し流された設計技師をはじめとして、
地区内に点在する500戸の家々の中から怒濤に連れ去られた人々まで、
何十人もの研究員、技術員を失った。

それにしても、施設内でおぼれ死んだ(と言われている)女性作業員は どうなったのか。
突堤の廃液排出口で仕事をしていて行方不明とされている男性作業員二人は どうなったのか。

このような事件を問題にし続けてきた医師のグループ、
「安全な環境のための医師たち」は、
何年もカルパカムの施設自体の危険性と立地の危険性について声を上げ続けてきた。

カルパカムと周辺地域で熱心に健康調査を続けてきた、グループのV. プガツェンディーは、
 なぜ この地での放射能漏れが、あり得ない話ではなく現実なのか、
を語っている。

彼の指揮下で行われた調査によると、
この地域での骨と血液のガン出現率は、
2003年5月から10月の7カ月間(原文ママ)に
年齢15歳から50歳までの集団で、人口2万5千人当たり3人になる。
1年間で同一年齢集団10万人に対して1.7人という通常の数字と比べると、
放射能汚染の結果であるということがわかるという。

同グループのR. ラメシュは、目下進行中のもう一つの危険を指摘している。
津波の結果、沿岸部において「地盤沈下」が、必至であると予測されるというのだ。

彼はまた、高速増殖炉の位置が海抜わずか3メートルから5.6メートルであるという事実を強調している。
5メートルから12メートルもの津波がのしかかってくる破壊力の恐ろしさを考えたら、
核施設がどうなるか絵空事でなく恐ろしい現実として思い浮かべることができるだろう。

高速増殖炉建設に対する反対は以前からあった。
もともと、計画反対派の主張は、高速増殖炉建設計画は、
沿岸規制ゾーンとして指定されている地域に、環境に害を及ぼす建設物を建てることを禁止した
1991年制定の法に違反しているというものであった。
当局の反発は、横暴をきわめたものであった。
法の適用範囲から原子力発電所を除くという法改正である。

カルパカムは、インドの海岸部の環境を危機にさらしている多くの原子力施設の一つにすぎない。

つまり当然に インドにおける反原発は非常に根強い。


http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2011-04-20

インド:反原発デモで1人が死亡 福島第1事故で高まり
毎日新聞、2011年4月19日

【ニューデリー杉尾直哉】
インド政府が世界最大の原発建設を予定する同国西部ラトナギリで18日、
計画に反対するデモ隊が一部暴徒化し、警察の発砲で住民1人が死亡、数人が負傷した。
反対運動は数年前から起こっているが、
福島第1原発事故をきっかけに運動は高まりをみせ、死者が出たのは初めて。

住民が反対するのは、ジャイタプール原発(原子炉6基、出力計990万キロワット)計画。
完成すれば東京電力の柏崎刈羽原発を抜き、世界最大となる。
原子炉はフランスが提供する。

デモ参加者が19日、毎日新聞に語ったところによると、
予定地近くに18日、住民ら約700人が集まり、一部が重機などを破壊した。
警察が警告射撃し、警棒で女性や子供の参加者を殴ったため、
デモ隊が暴徒化し、投石などで警察側にもけが人が出た。
デモ隊の数十人が拘束された。
19日も商店などが閉められ緊張が続いているという。

ムンバイの反原発活動家らによると、
現地は良好な漁港でマンゴーの特産地としても知られる。
原発予定地が海岸に近く、福島第1原発の事故以降、地震・津波を恐れる声が高まっているという。

計画では、約700ヘクタールの敷地に職員の居住区などを含めた「原発パーク」を築く構想。
約2300世帯が立ち退きを要求されたが、
反対の住民が多く、補償金を受け取ったのは約30世帯にとどまっている。
営業運転開始時期などは未定。

http://mainichi.jp/select/world/asia/news/20110420k0000m030031000c.html

福島第一原発の事故を受けてもインドの原発推進政策は不変と政府首脳が強調していたのとは裏腹に、
この事故の報道はインド国内の操業中の原発及び建設予定地周辺の住民にも伝わっており、
これまでにもあった反対運動にも拍車がかかっているようである。

今回の事故で図らずも露呈してしまったことは、
@原子炉が密集していると、そのうちの1基で事故が発生するだけで周辺の原子炉にも影響を及ぼし得ること、
A核保有国にならなくても、相手国の原発にミサイルを撃ち込めば核保有国になるのと同じ効果が得られること
 (テロの場合も同様)
等である。

現在インドで建設中の原子炉は次の6基である。
−タミルナドゥ州クダンクラム(2基)、
−ラジャスタン州ラワットバータ(2基)、
−グジャラート州カクラパール(2基)

さらに今回問題となったマハラシュトラ州ラトナギリにあるジャイタプール原発の新規建設も含め、
次の6箇所で新規の原発建設計画がある。
−タミルナドゥ州ティルネルベリ、
−マハラシュトラ州ラトナギリ、
−アンドラプラデシュ州スリカクラム、
−グジャラート州バーヴナガル、
−ハリヤナ州ファテハバード、
−マディアプラデシュ州マンドラ

グジャラートやマハラシュトラ、それにラジャスタンもパキスタン国境からは近いし、
グジャラートといったら2001年の大地震を思い出させる。
地震多発地帯での原発立地が反対派の大きな抵抗を呼ぶポイントとなっている。

逆に東海岸沿いに立地するタミルナドゥやアンドラプラデシュ州の原発は、
まあないとは思うけれどスマトラ沖地震津波以上の大津波が来た時に大丈夫か
という心配はあるかもしれない。

ところで、インドには稼働中の原発が どれくらいあるのだろうか。気になって調べてみたことがある。

http://sanchai-documents.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_5ee/sanchai-documents/IndiaNukePlants.jpg


インドで稼働中の原発は6ヵ所、19基存在する
(上図と数が合わないのは、地図作成時と現在との時間差によるものと思われる)。
実は最初に調べてみようと思ったきっかけというのが、
僕がまだインドに駐在していた2009年に起きたカルナタカ州カイガ原発の放射能漏れ事故だった。

この原発は同州北部沿岸部にあり、
その近くに知り合いがいたので、「大丈夫か」と問い合わせるメールを送信したので よく覚えている。
当時はインドに原発が存在すること自体が意外だったのだが、
その後2010年春に訪れたアンドラプラデシュ州スリカクラムにも原発建設計画があると聞き、
これは結構ぬ身近なところでも原発が存在しそうだと感じた。

インドは計画立案をする高級官僚は とても頭が良いと思うが、
実際に原発の建設や操業を行なうのは こういう人たちではない ので、
安全基準のマニュアル通りに作業を行なわない作業員がけっこういても不思議ではない と思う。

万が一トラブルが発生した場合でも、放射能防御服や放射線計測機器など十分揃っていない可能性があり、
目に見えないから作業員が危ない処理をやって被曝してしまうリスクは かなり高いだろう。
中央の頭の良い人々が思っているほど末端で作業をやっている人々は ちゃんと動かない。
だから、政府からは勇ましく原発推進が叫ばれていても、周辺住民は不安を感じることが多いのだろう。

実際大事故には至っていないけれど、
カイガ原発の事故以外にも、
重水型原子炉からの水漏れは
1992年にコタ原発(ラジャスタン州) タラプール原発(マハラシュトラ州)、
1999年にはカルパッカム原発(タミルナドゥ州)で起きている、

デリーから近いところでは、ナローラ原発(ウッタルプラデシュ州)で1993年に火災が発生し、
核燃料棒の部分溶融スレスレまで行ったという事故があり、
国際原子力・放射線事象評価尺度でレベル4と評価されたことがあるらしい。

福島第一原発の事故と絡めたインドの原発推進政策への懸念を表明している雑誌の記事を
もう少し読み込んで、いずれ追加でご紹介してみたいと思う。

"Is India a Nuclear Time Bomb?"
India Today, March 19, 2011
http://indiatoday.intoday.in/site/story/japan-tsunami-earthquake-radiation-what-india-needs-to-learn/1/132787.html


2012年10月24日 結局こうなるしかない、原発推進の血塗られた末路 インドの原発反対運動 − 津波被害を受けたインド
http://www.tanpoposya.net/wp/?p=1941
2012/9/25のチェンナイ空港で空港警備員は
日本からクダンクラム原発反対運動を取り組む住民との交流に向かった三人に
「クダンクラムに反対する国際請願に署名したな?
 あなたの名前も乗っていたぞ。
 つまりあなたは反原発だということだ」
と浴びせた。

到着ロビーに待機し、飛行機から降りてくるや行く手を遮られ、
別室に連れて行かれてなされた事情聴取、その後に「国外退去処分」。

その理由は
「1948年施行の外国人令の第6節で規定されている行動に外れた行いを取る可能性があるので、
 できるだけ早い航空便で国外に追放する」
すなわち好ましからざる人物というわけだ。

既に3人の日本国内での活動までも調べられており、背後に大きな国家機関の意思を感じる。


(ここまでノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン事務局の報告より)


9月10日にはクランクラム原発をめぐり
建設現場周囲に集まった市民に対して治安当局が発砲し1名が死亡した。
それでも13日には1500名の市民により、
海側から原発包囲行動が取り組まれ、決してひるんではいないことを示した。

クダンクラム原発反対が大きく広がったのは言うまでも無く福島第一原発事故を見たからだ。
原発がどういうものか、1000の言葉よりも現実に起きた事故が物語る。
今も続く15万人の人々の避難生活。
ひとたび原発が事故を起こせば土地も住まいも失う現実を前に、
原発を止めることを決意した人々がインドにも大勢いた。

クダンクラム原発は100万kw原発を2基建設中だ。
炉型はいずれも「VVER1000」というロシア製加圧水型軽水炉。
チェルノブイリ原発事故以後設計に欠陥がある
として当時の東ドイツなどの原発が問題とされた「VVER440」の改良型で、
同時に規模も大きくなっている。


津波被害を受けたインド

クダンクラム原発が立地されたインド南部のタルミナド州は
2004年のスマトラ島沖地震(M9.2)の際に津波被害にあっている。
市民が福島第一原発事故とダブって見るのは当然だ。

実際にインドのマドラス原発は津波により被害を受けており、
津波により被災した原発の第一号である。


インドの原発も多くは海岸地域に立地している。
津波想定が殆ど無いのも日本と同じ。
同時にサイクロンの高潮対策も不十分。
これまでは軍事機密でもあった原子力は
インド社会において安全性議論はされてこなかった。


http://blog.zaq.ne.jp/daishizennikeikenna/article/135/

インドの国内資源は、石油が不十分で石炭は東部にしかなく水力も北部ヒマラヤ渓谷に偏在している。

かたや、ウランは低品位のものしか発見されていないものの、
トリウムはその数倍の資源量を有するといわれる。

ウランの精錬はインドウラン公社が、トリウムの生産はインド希土類公社がそれぞれ担当している。
これらの原子力資源を利用して、最終的にはトリウムサイクルを確立するという独自の開発政策を推進している。

・第一段階で、ウラン燃料を国産化しそれを使う天然ウラン重水炉を建設し発電とプルトニウム生産を図った。このためにカナダの重水炉CANDUの技術導入を選び、すでに発電炉技術と再処理プルトニウム生産技術は確立している。

・第二段階は、得られたプルトニウムを使う高速増殖炉を建設し発電とプルトニウム生産を行うとともに、国産トリウムを照射して再処理し新燃料物質であるウラン-233を生産する。現在はこの途中段階にある。

・最終段階は、ウラン-233を使う増殖炉(新形重水炉AHWRなど)を建設し発電とウラン-233生産を進めることで、トリウムサイクルを確立する。

高速増殖炉の研究開発では、
1972年に国産実験装置(二酸化Pu燃料)を完成し、
1985年にフランスと同型の1.3万kW高速増殖実験炉FBTR(U・Pu混合炭化燃料;Na冷却)が臨界に達した。
2011年にはチェンナイ市郊外の原子力研究センターで50万kW級高速増殖原型炉PFBRが運開の予定であり、
今後も同シリーズの炉を4基建設する計画がある。
これらの燃料体については、ムンバイ市郊外の原子力研究センターで研究用を、
ハイデラバード市の施設で発電用を製造している。【高度情報科学技術研究機構’07.10】

http://blog.zaq.ne.jp/daishizennikeikenna/img/img_box/img20120611084034623.gif


世界の原発開発の初期には発電システムの中心を軽水炉が担い、
多くの先進国ではそれを踏まえたU→Puサイクルを基本とする
燃料の加工・再処理・廃棄インフラを整備したため、
Thサイクルの研究開発を重点化した国はインドくらいになった。

しかし’90年代に入ると、
核拡散抵抗性,核廃棄物発生量の低減化,超ウラン元素の核変換への対応
など従来とは異なる観点からThの特性が再評価されている。

特に現在のU→Puサイクルは、核不拡散上の監視管理のためには放射能が低いことが障害となっているが、
ThサイクルではThの照射により生成するU233が共存する娘核種による高いγ線を同伴する。
このため取扱いが技術的に難しくなり転用検知にも有効に作用することから、
Thサイクルの核拡散抵抗性が注目されている。

またU→Puサイクルでは、
高レベル廃棄物中に長期にわたって存在する超ウラン元素の放射線毒性が強いことが問題になっている。

Thサイクルでは、添加する燃料の選び方で廃棄物発生量の低減が可能であることが注目されている。
【日本原子力産業協会’10.01】


http://www.morningstar.co.jp/portal/RncNewsDetailAction.do?rncNo=751045
インドのクダンクラム原発増設計画、ロシアからの融資確定
2012/08/01 18:58

インド原子力公社(NPCIL)はこのたび、ロシアと南部タミル・ナードゥ州にあるクダンクラム原子力発電所3、4号機の増設計画に関する低金利融資議定書に調印した。総工費3200億ルピー(約4540億円)中、1700億ルピー(約2412億円)をロシアからの融資で賄う。原発はロシア型PWR(加圧水型原子炉)と言われる出力100万kWのロシア型加圧水型原子炉(VVER)を使用する。

クダンクラム原発はインド原子力公社がロシアの原発建設企業アトムストロイエクスポルトの援助を受けて建設しているもので、1、2号機の建設工事はロシアの国営原子力企業ロスアトムが請け負った。同原発は11年12月からの商業運転を予定していたが、インド南端部のクダンクラムはスマトラ島沖地震の被災地のため、東京電力 <9501> 福島第1原発事故を受け地元の反対運動が活発化。商業運転の開始が伸びていた。ただ、近日中に稼働を開始する予定という。



http://blog.livedoor.jp/stop_hamaoka/archives/12531345.html
「スマトラ沖地震・津波の教訓」村田光平 村田氏は東海学園大学教授(元駐スイス大使)。「原発震災を防ぐ全国署名」の顧問でいらっしゃいます。



http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-08-20/2012082002_04_1.html
2007年1月にまとめた報告書によると、
保安院、原子力安全基盤機構(JNES)や東電などの電力会社が2006年に合同で立ち上げた
「溢水(いっすい=水があふれること)勉強会」は
06年6月に福島第1原発4、5号機を調査。

建屋外の非常用海水ポンプや発動機のかさ上げなど
「想定津波」への対策しかとっていない実態を掌握しました。

「勉強会」は、米国の規制当局がキウォーニー原発を調査し、
配管破損による建屋内部の「溢水」が
「特に電気機器にかなりの損傷を与える可能性がある」
と指摘したことを重要視。

インドネシア・スマトラ島沖大地震の津波で
インドのマドラス原発の非常用海水ポンプが水没し運転不能になった
ことを受け、日本の原発の「現状を把握する」ために調査を始めました。


東電側も、高さ14メートルの津波が襲えば建屋内への浸水で電源喪失し、
「原子炉の安全停止に関わる電動機、弁等の動的機器が機能を喪失する」と認めました。

「勉強会」はまた東電側から、
・タービン建屋やサービス建屋の入り口が水密性の扉ではなく、
 非常用ディーゼル発電機の吸気口も敷地からわずかの高さしかない、
・非常用海水ポンプは原発の敷地レベル(海抜13メートル)より低い
 海抜4・5メートルの屋外に設置されており、
 当時5号機で想定されていた5・6メートル超の津波が襲えば
 「1分程度で電動機が機能を喪失する」
という説明を受けていました。

保安院は「勉強会」の報告にもとづき、具体的な津波対策の検討を東電に要請しました。
しかし東電は、建屋入り口の水密性確保などの対策をとりませんでした。
これが、今回の重大な事故を招いたのです。

事実上認める

事故後、東電は「必要な対策をとらなかったという事実はありません」とする見解を発表(5月16日)。しかし、その中で「万一非常用海水ポンプが津波で冠水し機能を失ったと仮定しても(中略)空冷の非常用ディーゼル発電機が設置されているため、建屋敷地レベルに津波が到達しなければ全電源喪失には至らないと考えていました」と述べ、必要な対策をとらなかったことを事実上認めました。

東電は「勉強会」第3回会合(06年5月11日)で提出した資料で、「想定外津波」への対策に言及しつつ、「リスクとコストのバランスを踏まえた検討が別途必要」だと、利益と安全をてんびんにかける姿勢を示していました。08年には、貞観地震(869年)と同規模の津波が襲う可能性を知りながら、その後も十分な対策をとりませんでした。

日本共産党の吉井英勝議員は3日の衆院経済産業委員会で、福島原発事故は、「勉強会」で津波の影響が想定されながら保安院や東電が利益優先で対策を怠ったことが引き起こした人災であり、「不作為の責任が問われる」と批判しました。枝野幸男経産相は「もっと対策をとっておけば、こうした重大な事故に至らなかったのではとの指摘は真摯(しんし)に受け止める」と答弁せざるをえませんでした。


http://www.47news.jp/47topics/e/229297.php

保安院によると、勉強会は04年のスマトラ沖地震で海外の原発に津波被害が出たことを受け、保安院の呼び掛けで電力数社が参加して設置。06年8月に「福島第1原発に14メートルの津波が襲った場合、タービン建屋に海水が入り、電源設備が機能喪失する可能性がある」との文書をまとめていた。
 保安院は、こうした情報が電力会社の社内で共有されているかは確認していなかったという。

 この問題をめぐり、東電の勝俣恒久会長は14日、国会が設置した福島第1原発事故調査委員会で、保安院がまとめた文書が社内の伝達ミスで経営陣に伝わっていなかったと証言。「(文書が上層部に)届いていれば、対応が図れたかもしれない」と述べた。

枝野幸男経産相は15日の閣議後の記者会見で「上層部に伝わっている、伝わっていないは問題ではない。電力会社の代表が参加し、そこで共有された認識は、それぞれの事業者内部で共有されるのが前提だ」と批判した。

東電の08年の試算では、第1原発の1〜6号機で海抜8・4〜10・2メートルの津波を想定。敷地の一部では最高で15・7メートルまで津波が駆け上がるとの結果も出ていた。震災の津波では実際に14〜15メートルまで海水が到達した。(宮崎雄一郎)

◎海外の実例知りつつ放置 インド原発で津波被害 

2004年のスマトラ沖地震でインド南部にあるマドラス原発では、津波でポンプ室が浸水するトラブルが起きていた。冷却用の取水ポンプが津波で使用不能となった東京電力福島第1原発事故の約6年半前。国や東電は海外の実例を知りながら、有効な対策を取らず放置した。

津波に襲われたマドラス原発は22万キロワットの原発2基のうち1基が稼働中だった。警報で海面の異常に気付いた担当者が手動で原子炉を緊急停止した。冷却水用の取水トンネルから海水が押し寄せ、ポンプ室が冠水。敷地は海面から約6メートルの高さ、主要施設はさらに20メートル以上高い位置にあった。

東日本大震災で大津波に襲われた第1原発は、海沿いに置かれたポンプ類や地下の重要機器が浸水。原子炉冷却機能を喪失し、事故を招いた。東電関係者は「社内では津波に弱いとの共通認識だったが、まさか大津波が襲うとは思っていなかった」と話している。(鎮目宰司)

(共同通信)2012/05/15 13:08


http://www.asyura2.com/12/genpatu29/msg/211.html
日本共産党の吉井英勝衆院議員、「3・11福島原発事故に責任を負うべき者にその自覚がないことは許されない」
小泉内閣の時代の2004年12月に、インドネシア・スマトラ沖で巨大な地震・津波が発生しました。“同規模の地震や津波が日本の老朽化した原発を直撃したらどうなるか”という観点から、地震、津波(「押し波」も「引き波」も含めて)、全電源喪失などの問題を系統的に取り上げてきました。

たとえば2006年3月1日の衆議院予算委員会第7分科会で津波の問題を取り上げた時、広瀬原子力安全・保安院長(当時)は「スマトラ沖地震による津波にとりましても、インド洋沿岸に設置されております原子力発電所も影響を受けた」「津波で被害を受けたインドのタミールナルド州で開催されたIAEAのワークショップに参加し、被害を受けた原発の現地調査やスマトラ島の被害報告などの情報収集を行っております」と答弁しています。これはインドのマドラス原発で津波の「押し波」によって、冷却用のポンプが使用不能になったということを把握していたということです。

私は、この答弁を受けて、「押し波の波高が10mとかもっと高い場合もある。水没に近い状態で原発の機械室の機能が損なわれる」ことを指摘するとともに、「引き波」の時に原発停止後の核燃料を冷却し続ける機器冷却系に必要な冷却水を取ろうとしても、海水面が冷却水の取水口の下にまで下がると冷却不能になるという問題も提起しました。

巨大地震に老朽化した原発が耐えられるかという問題を、実証実験するのに使用できる香川県多度津町にあった世界一の大型振動台を使って、使用して放射化している原発機器を振動台に乗せて実験した例はあるかと質問すると、広瀬原子力安全・保安院長は、「多度津を使った試験は21件あるが、老朽化したものについての実証試験は行っておりません」と答えました。小泉内閣の手で「行革」の名の下、今治造船へ倉庫用地として、310億円の装置を2億7700万円でこっそり売却されていたのです。

当時の二階経済産業大臣は、地震・津波問題に、「最悪の事態を考えても考えすぎということはない。省を挙げて真剣に取り組むことをお約束申しあげる」と言いましたが、東京電力が無視したのか、総理大臣を先頭に内閣が無視したのか、大臣答弁を官僚がサボタージュしたのか、結局、対策はとられることなく3月11日を迎えました。

2005年12月には小泉内閣に質問主意書を出していて、上に書いた多度津の施設を売却するべきでないことを質していましたが、地震対策を無視して翌年度に売却しました。

安倍晋三内閣に代わった後の2006年12月13日にも質問主意書を出しました。私が「高圧送電鉄塔が倒壊すると、外部電源が得られなくなるのではないか」と質したのに対して、閣議決定して返ってきた答弁書では、「外部電源系は、2回線以上の送電線により電力系統に接続された設計となっている」「外部電源からの電力の供給を受けられなくなった場合でも、非常用所内電源からの電力により、停止した原子炉の冷却が可能である」と答えました。

また、「核燃料棒の崩壊熱を除去するためには、機器冷却系電源を確保できることが、原発にとって絶対必要である。現実には自家発電機事故で原子炉が停止するなどバックアップ機能が働かない原発事故があったのではないか(スウェーデンのフォルクスマルク原発で、ディーゼル発電機とバッテリーを組み合わせた内部電源が2系列で事故を起こしたことを踏まえての質問)。」と問いました。これに対して「必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた例はない」「フォルクスマルク原発とは異なる設計となっていることから、同発電所と同様の事態が発生するとは考えられない」という答弁書でした。

「地震で送電鉄塔の倒壊によって外部電源が得られない状態が生まれ、内部電源もフォルクスマルク原発のようにディーゼル発電機もバッテリーも働かなくなった時、機器冷却系は働かないことになる。こうした場合の安全性について検討しているか」と問うたことについても、安倍内閣の答弁書は、「地震、津波等の自然災害への対策を含めた原子炉の安全性については、審査指針に基づき審査、確認しているものであり、ご指摘のような事態が生じないように安全の確保に万全を期している」と答え、私がさらに「崩壊熱を除去出来なかったら、核燃料は焼損するのではないか」と質すと、「原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期している」と胸を張って答弁書を書いていたのです。

原発を停止しても、圧力容器の中の核燃料棒は崩壊熱を出し続けますから、核燃料棒が冷却水から頭を出さないようにさせることが重要です。そうしないと、冷却できなくなって核燃料棒の被覆管のジルコニウムが、1200℃を超える位から水と反応して水素が発生し、さらにもう少し温度が上がると被覆管が溶けて、中に閉じ込めている放射性ヨウ素などが外部に放出することになります。さらに2800℃位で核燃料そのものが溶けて、セシウム、ストロンチウムなどからプルトニウムに至るまで、外部に放出されます。

そんなことは東電の技術者はもとより、官邸に詰めていた技術者も分かっていたはずです。それなのになぜ圧力容器内の圧力を下げて、消火栓ラインなどからでも冷却水を注水するラインの形成に即座に取り組まなかったのか、冷却用の純水が不足したら目の前の海水を注水してでも冷やすことをしなかったのかが、大変不思議なことです。

同じように津波の被害を受けた、宮城県の東北電力・女川原発では、5系列の外部電源のうち4系列は壊れました。しかし、生き残った1系列で機器冷却系を動かすことに成功して、約10時間後には「冷温停止」(冷却水の圧力と温度が1気圧、100℃以内)となりました。

福島第一原発では電源がなくなってしまった分、余計に時間はかかったとしても、海水注入などで冷やし続ければ、メルトダウンと建屋の爆発とは食い止めることができた可能性はあります。

なぜ、それができなかったのか。東電は海水注入による廃炉を恐れたこと。何とか海水注入を遅らせて、冷温停止に持っていくことで福島第一原発という利益を上げる資産を残したがったことがあると思います。

もう一つは、原子力災害対策本部長をはじめとする官邸が、3月11日の午後3時42分に「全電源喪失」の報告を受け、直ちに東京電力に対して早期に圧力容器内の減圧と海水注入を含む緊急対策を取らせきらなかったことがあると思います。

政治家に原発の知識がなくとも、原子力安全委員会や、原子力安全・保安院とサポートする原子力安全基盤機構(JNES=ジェイネス)や各機関の技術参与などが、知恵と技術を結集することはできたはずです。しかし、そういう仕組みを作らないで、ずるずる事態が最悪の状況に進んで行ったことや情報公開が極端に弱かったことなど、「国会事故調報告」などの各種報告書の指摘も踏まえて解明が必要でしょう。

1999年のJCO事故では、企業の責任者が「執行猶予付きで懲役4年」と刑事責任を負いました。

しかし、福島第一原発事故の場合は、刑事責任も民事責任も問われないままです。本来なら3・11以前の「不作為の責任」を自覚しなければならない人や、3・11以降の事故対応の誤りに責任を感じなければならない人たちが、開き直って、このことに触れるマスコミなどをネットで攻撃したり、「名誉棄損だ」と訴訟を起こしたりしています。「昔から脱原発だ」と、自分を売り込むことに熱心な人もいます。

いまだ原発事故が収束していないことや、避難を余儀なくされている16万人を超える人々の苦しみを考えているとはとうてい思えません。全く許しがたいことです。これでは政治が国民から信頼されず、政治不信から極端な過激主張やファシズムが台頭してくることが心配です。

私は、原子核工学を学び、真空技術や宇宙開発から化学プラントに関わりを持ってきた技術屋出身の政治家として、湯川秀樹先生らが説いてこられた「科学者・技術者の社会的責任」を果たすという立場から、再生可能エネルギーの爆発的普及をめざし、同時にそれが農林漁業や中小企業の力と結び付いて、原発に依存しないエネルギー構造となり、地域経済の持続可能な発展のために頑張っていきたいと思います。

(2012.11.9)
Copy from ( http://www.441-h.com/message.html )


見方を変えれば
 軽水炉の原発の重大事故は“あえて起こす”には 津波だけでは不十分
という事が分かった人達が居る可能性もある訳だ。

大地震 + 大津波 + 送電鉄塔の東海 + サイバー攻撃 が有れば陥落をする
と 攻撃を仕掛ける側が作戦を練っていた なんて考えるのは俺だけかなぁ。


インドのタミルナド州カルパッカムのマドラス原子力発電所が
2004年のスマトラ沖地震の津波で 世界で初めて“津波の被害を受けた原発”となった以上は、
だからこそインドにしてみれば とくに原発が多い南部の地方にしてみれば
・311と福島第一原発
・津波と原発の関連性
・そして人工地震と津波と原発
に対して非常に関心が強くなるのは自然な話でしかない。

今回の動画の背景に有るモノが何なのか?
動画の中身が分からない以上は 何とも言えない部分も多いけど
インドにおいても 原発と津波と人工地震 を考える人がいるのは自然な話ではあろう。
それを阻止しようとする核テロリストな連中もまた 国境を越えて其処に居るのもまた良く分かった。


100ルピー紙幣にはガンジーの肖像画が描かれていたり とか
インドにおける反原発の苛烈さの記事も読んだり をしたが、
その規模を人口比で考えれば
極東の一諸島における反原発の規模が決して小さいモノでも無い事が分かる。

俺はね、
やっぱり人間社会を構成するの圧倒的大多数は古今東西を問わずに馬鹿で豚に過ぎない一般民衆
だと思っている。

だから 後は
 その地方なりの生き方が有る 以上は、
 其れに合致した しかも状況や環境の変遷に合わせて適宜に改変を施して行けば良い
そう思うんだよね。


そうそう、

選民向けノアの方舟なのか。チェンナイ日本人街5万人計画
http://museindia.typepad.jp/2012/2012/05/%E9%81%B8%E6%B0%91%E3%81%AE%E3%83%8E%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%96%B9%E8%88%9F%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E8%A1%97%EF%BC%95%E4%B8%87%E4%BA%BA%E8%A8%88%E7%94%BB.html
な話が2012/01の頃に流れたよね

12°33′27″N 80°10′30″E - Google マップ
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&q=12%C2%B033%E2%80%B227%E2%80%B3N+80%C2%B010%E2%80%B230%E2%80%B3E&lr=lang_ja&um=1&ie=UTF-8&sa=X&ei=EgaZUY2sDs3PlAXjtICQBQ&ved=0CAsQ_AUoAg
タミルナードウ州のカルパッカムのマドラス原発 から マドラス→チェンナイへと名前を変えた都市へは
50kmな程度しか離れていない。
其処へ ノアの箱舟で辿り着く先を作る かぁ
カルトの住人の頭の中って 色々と斜め上を行く よね。




http://www.japan-india.com/pdf/forum/40-1.pdf

http://www.japan-india.com/pdf/backnumber/58-1.pdf

http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,een_ja,bT,uaHR0cDovL3d3dy5yZWRpZmYuY29tL25ld3MvMjAwNS9qYW4vMDdpbnRlcjEuaHRt
No tsunami effect on nuclear plant 原子力工場に対する津波影響でない
January 07, 2005 2005年1月7日
http://www.namasuteindia.com/sumatragenpatsu.html
Was a tsunami taken into consideration when the Kalpakkam nuclear power reactors were being built?
Kalpakkam原子力原子炉が造られていたとき、津波は考慮に入れられましたか?

No, tsunami was not taken into consideration. Nowhere in India people had thought a tsunami could strike the Indian coasts. But we had taken into account the worst cyclonic storm surges. Before a cyclone hits, a storm surge comes. We had provided for the worst cyclone that could hit the coast looking at historical statistics.
いいえ、津波は考慮に入れられませんでした。インド人々のどこにも、津波がインドの海岸をたたくことができると思いませんでした。しかし、我々は最悪のサイクロンに似た暴風による高潮を考慮しました。サイクロンが打つ前に、暴風による高潮は来ます。我々は、歴史の統計を見ている海岸を攻撃することができた最悪のサイクロンの準備をしました。

What kind of earthquakes did you take into account when the final designs were made?
最終的なデザインが作られたとき、あなたはどんな地震を考慮しましたか?

All earthquakes don't cause tsunamis. Certainly we didn't take into account earthquakes of a magnitude of 8 or more. While planning, we take more into account the earthquakes on land. We thought the fault line near Indonesia is quite far away from the Indian coast. Also, historical statistical data didn't suggest that a magnitude of 9 is a possibility and we didn't anticipate it.
すべての地震によって、津波が起きるというわけではありません。確かに、我々はマグニチュード8以上の地震を考慮しませんでした。計画の間、我々は土地でより地震を考慮に入れます。インドネシアの近くの断層線がインドの海岸から全く遠く離れていると、我々は思いました。また、歴史の統計データはマグニチュード9つが可能性であることを示唆しませんでした、そして、我々はそれを予想しませんでした。


ふ〜んwww 色々と面白いねぇwww

an earthquake of magnitude 9 will have to be taken into account. The mean return period of earthquakes of these magnitudes will be calculated. If something is likely to happen in the next thousands years we take that into account.
マグニチュード9の地震は、考慮されなければなりません。これらの大きさの地震の中間の戻り段階は、計算されます。何かが次の数千年に起こりそうであるならば、我々はそれを考慮に入れます。

「Kalpakkam nuclear power plant Madras tsunami」の検索結果 - Yahoo!検索
http://search.yahoo.co.jp/search?p=Kalpakkam+nuclear+power+plant+Madras+tsunami



http://www.sify.com/topics/Kalpakkam.html
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,een_ja,bT,uaHR0cDovL3d3dy5zaWZ5LmNvbS9uZXdzL3dpbGwta3VkYW5rdWxhbS1lbmQtY2hlbm5haXMtZGFya2VzdC1ob3VyLXNvb24tbmV3cy1jb2x1bW5zLW1rcWQ1MWhiY2dlLmh0bWw=,qfor=0
2012年10月16日


http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,een_ja,bT,uaHR0cDovL3d3dy5tb25leWNvbnRyb2wuY29tL25ld3MvYnVzaW5lc3Mva2FscGFra2FtLXBsYW50LXNhZmV0c3VuYW1pLWdvaV8xNTgyNjcuaHRtbA==

http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,een_ja,bT,uaHR0cDovL3d3dy5oaW5kdXN0YW50aW1lcy5jb20vSW5kaWEtbmV3cy9DaGVubmFpL0thbHBha2thbS1hdG9taWMtcG93ZXItcGxhbnQtZ2VhcmVkLXVwLWZvci1DeWNsb25lLU5pbGFtL0FydGljbGUxLTk1Mjc5Ni5hc3B4

核テロリストは全く同じ言い方をするんだね。
で 結論を書くと。


2013年01月01日 UFOから「津波爆弾」まで…ニュージーランド公文書館に眠る珍文献 国際ニュース : AFPBB News
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2918453/10040699
その一つが、「プロジェクト・シール(Project Seal)」の名の下にニュージーランドと米国が極秘で進めていた、核爆弾に比肩する破壊力を持つ「津波爆弾」の開発計画に関する文書だった。

■一定の成功を収めていた「津波爆弾」

 この計画が始動したのは1944年6月で、太平洋諸島のサンゴ礁を爆弾で吹き飛ばす任務についていたある米海軍幹部が、爆破により時に巨大な波が生まれることから、津波を引き起こす爆弾を作れるかもしれないと着想したことがきっかけだった。オークランド(Auckland)北方沖で行った実験の結果、科学者たちは同計画が実現可能であるとの結論に達し、沖合いで10回の大きな爆発を起こせば、沿岸部の小さな町を飲み込むことができる高さ10メートル程度の津波を生み出せると試算した。しかし小規模実験の成功にもかかわらず、計画は45年の早い時期に中止されたという。

このほか公文書館が収蔵する奇妙な文書の中には、軍や民間のパイロットなどからニュージーランド国防省の元に寄せられた無数のUFO目撃情報に関するファイルがある。その多くは空を移動する謎の光を見たというものだが、「空飛ぶ円盤」や「(古代エジプトの王)ファラオのマスク」をかぶった宇宙人、「地球外文字」の例とされる図形を描いたスケッチなども含まれている。

 ニュージーランドで最も知られているUFO遭遇例は1978年に南島のカイコウラ(Kaikoura)沖でテレビ局の撮影スタッフが録画した「奇妙な光」だ。だが宇宙人ハンターたちにとって残念なことに、これについて軍は、船舶からの光が雲に反射したり、金星が変則的な見え方をするなどの自然現象として説明がつくと結論している。



NZ沖で行われ成功した秘密実験。 英国のテレグラフも報じる richardkoshimizu's blog/ウェブリブログ
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201305/article_24.html

津波爆弾の実験がニュージーランド沖で行われた。プロジェクトシールがテレグラフに掲載|donのブログ
http://ameblo.jp/don1110/entry-11523043859.html
このプロジェクトは1999年になってようやく機密指定が解除されたそうだ。報告書はサンディエゴのScripps Institution Of Oceanography Libraryにあるというので、さっそくこの図書館のサイトに行って検索してみた。しかし残念ながらダウンロードはできず、図書館に実際に足を運ばないと利用できない状態にあることが分かった。

この計画は1947年にマスコミにリークされ、広く報道された。


Tsunami bomb - Wikipedia
http://honyaku.yahoofs.jp/url_result?ctw_=sT,een_ja,bT,uaHR0cDovL2VuLndpa2lwZWRpYS5vcmcvd2lraS9Qcm9qZWN0X1NlYWw=,qfor=0


http://ameblo.jp/kototamaimakoko/entry-11523012154.html
インドのニュース映像のようですが、「津波爆弾」のニュースに311津波の映像が使われています。
プロジェクト・シールの話の紹介に311の映像を使っている という事のようです。


「プロジェクト・シール」英原文
http://jmatome.blog39.fc2.com/blog-entry-349.html
「米政府は第二次大戦の末期から地震・津波兵器の開発を進めてきた。
ニュージーランドの沖合いで実施された津波爆弾『プロジェクト・シール』の実施では30メートルを超える津波の発生に成功した…。」

2005年に公開された「地震を使った対日心理戦争計画」なる米軍機密文書には、以下の記載があります。

「第二次大戦末期の1944年にカリフォルニア大学のバイヤリー教授を中心とする地震学者たちが総動員され、
「日本近海のどこの海底プレートに強力な爆弾を仕掛ければ、人工的に巨大な津波を起こせるかシュミレーションを繰り返した」という。
ここでいう「強力な爆発物」とは、開発まもない「原爆」のことである。」

そして、1944年12月にはM7.9の「東南海地震」、45年1月にはM6.8の「三河地震」が発生し、
それぞれ数千人の犠牲者を出したのです。

前者では、三菱重工業や中島飛行機といった米軍が標的とする軍需工場が壊滅的な打撃を受けました。
「観測史上最大規模の大地震」だと当時の米国新聞は報じています。15メートルの津波を伴ったそうです。

1957年の「国際地球観測年」には、核兵器を使って人工地震を起こし、地球の構造を探ろうとする提案がなされ、
その実施の是非を巡った国際的な議論がなされています。朝日新聞などの新聞記事が残っています。

核兵器を使って人工地震を起こす技術は、新聞に掲載されるほど「当たり前」に存在する技術なのです。
50年以上前に検証の済んでいた「陳腐な旧式の大量破壊兵器」だったのです。

さて、2011年3月11日、東北の沖合でとてつもなく巨大な地震が発生し宮城や福島、岩手などで甚大な被害が発生しました。


プロジェクトシール」の英原文
http://www.wanttoknow.info/documents/project_seal.pdf



http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1768530.html
地震兵器に関する米国公文書
http://www.e-net.or.jp/user/mblu/ndb/skbk1/sg1/media/earthquakeweapon/PSYCHOLOGICAK%20WARFARE%20EARTHQUAKE%20PLAN%20AGAINST%20JAPANESE%20HOMELAND.pdf


米OSS「戦略事務局」(CIA「中央情報局」の前身)作成機密文書
URL http://www.e-net.or.jp/user/mblu/ndb/skbk1/sg1/media/earthquakeweapon/haarp.html
日本人の間に集団ヒステリーとパニックを起こすのに大きな歴史的役割を果たしてきた2つの顕著な要素がある。
それは、「火事」と「地震」である。

この2つが経済的にひどく追い詰められた時に起こると、その後に社会的混沌が続いた。
今や我々は、経済的な問題が既に日本国内に存在することを知っている。

また「火事」は、現在我々の大規模な爆撃により適宜起こされている。

今我々が利用すべきものが一つだけ残されている。それは「地震」である。

「日本本土への地震兵器による心理的軍事作戦」 p.10/14より抜粋


プロジェクトシールを知る
http://pbs.seesaa.net/article/192147438.html
プロジェクト・シール(別名津波爆弾)はニュージーランド軍部が破壊的な津波を作る兵器を開発しようとした計画である。この兵器は1944年から1945年にかけてオークランド沖のワンガパラオアで実験された。

7ヶ月余りの間に4千回も爆発実験が行われたという。爆発は核エネルギーを使用したものらしい。

このプロジェクトは1999年になってようやく機密指定が解除されたそうだ。報告書はサンディエゴのScripps Institution Of Oceanography Libraryにあるというので、さっそくこの図書館のサイトに行って検索してみた。しかし残念ながらダウンロードはできず、図書館に実際に足を運ばないと利用できない状態にあることが分かった。

この計画は1947年にマスコミにリークされ、広く報道された。

核エネルギーによる津波発生はアメリカとイギリスが計画していたようです。



UFO騒ぎは津波兵器のことを民衆の頭から消すための工作の可能性もある。

もはや津波兵器の存在自体を否定することはもはや無理であることをご理解いただきたい。

1997年には、クリントン政権に共和党から参加し、国防長官の職にあったウィリアム・コーエンが
記者会見中に、電磁波を利用した気象兵器、地震兵器についてはっきり言及している
(「they can alter the climate, set off earthquakes, volcanoes remotely through the use of electromagnetic waves.」)。
http://www.defense.gov/transcripts/transcript.aspx?transcriptid=674
国防総省のウェブサイトにある資料

地震兵器、津波兵器は確かに存在すると考えざるを得ない。


http://ameblo.jp/tsukiyonosanpo/entry-10882079457.html
1944年から1945年にかけてオークランド沖のワンガパラオアで実験された。

1947年にマスコミにリークされ、広く報道された。

プロジェクト・シール(別名津波爆弾)は
ニュージーランド軍部が破壊的な津波を作る兵器を開発しようとした計画である。
この兵器は1944年から1945年にかけてオークランド沖のワンガパラオアで実験された。

7ヶ月余りの間に4千回も爆発実験が行われたという。

ニュージーランドの沖合いで実施された実施では30メートルを超える津波の発生に成功した。


そして
1944年12月にはM7.9の「東南海地震」、
45年1月にはM6.8の「三河地震」が発生し、15メートルの津波を伴い、
それぞれ数千人の犠牲者を出した。
前者では、三菱重工業や中島飛行機といった米軍が標的とする軍需工場が壊滅的な打撃を受けた。

「観測史上最大規模の大地震」と当時の米国新聞。


「仮説 巨大地震は水素核融合で起きる」山本寛
http://ameblo.jp/tsukiyonosanpo/entry-10882055120.html

・GPSによる精密観測によりプレートに歪みが蓄えられていないことが明らかになったこと
・震源が断層に沿って帯状に存在するのではなく一点である
 といった従来のプレートテクニクス理論の明らかな矛盾点
から始まっている

中部地方でのダム建設と地震の記録から高い相関関係が見つかったため
岐阜県の徳山ダムは2008年4月に満水になったので地震が発生する可能性を予測。

松代群発地震におけるヘリウムガスの発生、
阪神淡路大震災時に観測された地震に同期して発生する怪光現象、
などにも触れている。

山本寛さんは、国立名古屋大学工学部航空科を卒業後、名古屋大学大学院工学研究科航空科修士課程修了。つまり日本の大学・大学院教育で最高峰クラスの、航空エンジン技術の研究をしている。

1966年(昭和41年)にヤマハに入社。
ヤマハUSAの技術部長、日本のヤマハのモーターサイクル事業部の技術部長、品質管理室長などで活躍した。
そしてヤマハのエンジン技術陣は、実はトヨタのエンジンを作っていたのである。
これはあまり公には知られていない。

2000年に定年退職。そして国立静岡大学非常勤講師を歴任。


言説や生い立ちを辿ると、メディアで無視され続けた無名の天才だという事がわかる。


https://twitter.com/jhatajinan/status/329950515121250304
J−PARK~スーパーカミオカンデのニュートリノライン。
http://t.co/uY6hPunssF

http://twitter.com/jhatajinan/status/329949155076222976
茨城県東海村にある世界でも1、2位を争う高エネルギー加速器から
岐阜神岡のカミオカンデに向かって大量のニュートリノが連日に発射されている。
群馬県南部、栃木県北部、もっと言えば岐阜、長野、茨城県北部、頻発する地震の震源は
ニュートリノ照射の周辺で発生している。無関係だろうか。

https://twitter.com/jhatajinan/status/329951779552911360
栃木県北部の地震→http://goo.gl/k2QlYを遡って行くと
2008年8月28日。群馬県南部→http://goo.gl/ExT9Pは2008年8月31日。
他方で東海村のJPARKが完成したのは2008年9月である。
見事に被ぶっている。

https://twitter.com/jhatajinan/status/329952278121426944
つまり、東海村のJPARCからニュートリノがスーパーカミオカンデに向かって照射され始めた頃から
栃木県北部、群馬県南部の地震が記録されるようになるのである。
これは はたして偶然だろうか。

https://twitter.com/jhatajinan/status/329954532861808640
ちなみに、東海村のJPARCの機構長だった菅原寛孝は
『核兵器消滅計画』という論文を本気で書いている。
なにしろ、
 ニュートリノが放つ中性子により核兵器を過早爆発させ、無力化できる
と豪語しているのである。
この話は 色々と繋がってくる。

https://twitter.com/jhatajinan/status/329957125159804928
花崗岩にニュートリノを当てちゃやばいでしょ。なぜって、花崗岩の中にはウランがある。

https://twitter.com/jhatajinan/status/329975840718860288
ニュートリノが核兵器を発見する。
http://japanese.ruvr.ru/2013_04_28/112007344/

https://twitter.com/jhatajinan/status/335341484024922114
どうしても解せないのは活火山47山の中に富士山が入っていることだ。
富士山は休火山と習った。
なぜ、富士山がいつの間にか活火山の仲間入りしたのか。聞いてないわ。
http://yfrog.com/nyc0tfp

https://twitter.com/jhatajinan/status/335344057586941952
藤井敏嗣東大名誉教授は
「富士山は過去3200年で約100回噴火しており、300年も休んでいるのは異常事態。
 前兆から噴火まで場合によっては数時間と短いため、迅速に避難するための訓練が必要だ」
と指摘する。
http://on-msn.com/14wap7y

https://twitter.com/jhatajinan/status/335344396583202816
前兆から噴火まで数時間。。。避難する訓練とか、必要なくね?
そこにいちゃいけないわけなんだわ。ってことでしょ、富士山周辺。

https://twitter.com/jhatajinan/status/335344811479539712
前兆から噴火まで数時間。。。前兆から噴火まで数時間って、せめて一日くらいは欲しいよね。


とりあえず その辺り↑までの話 と この辺りの話↓とを いずれ まとめてみたいな。

http://www.ailab7.com/log/eqlog1011-1020.html
 ↓
ANS観測網・大地震予知観測ネットワーク
http://www.ailab7.com/index.htm








超入門・タミル語
http://homepage1.nifty.com/yamuna/tonchinkan/class/tamil/top.html
Q.タミル語を勉強するのは難しいのですか。

タミル語は見慣れない文字を使うので,最初はとまどいます。
サンスクリット語など,インドの古典語を学んだ人にとっても,
語彙も文法も異なるので,若干なじみにくいかも知れません。
でも,文の構造は日本語に近く,主語+目的語+動詞の形をとりますので,
日本人には親しみやすい面も持っています。

Q.日本語の起源はタミル語だという説があるようですが,本当ですか。

私は言語学者でもタミル語の専門家でもないので,
YesともNoとも,きちんとした根拠を示して答えることはできませんが,
感覚的には日本語とタミル語は かなり違うという印象を持っています。
学会の大勢は否定的のようです。


大野晋 - Wikipedia クレオールタミル語説への批判
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8E%E6%99%8B#.E3.82.AF.E3.83.AC.E3.82.AA.E3.83.BC.E3.83.AB.E3.82.BF.E3.83.9F.E3.83.AB.E8.AA.9E.E8.AA.AC.E3.81.B8.E3.81.AE.E6.89.B9.E5.88.A4

大野晋 - Wikipedia クレオールタミル語説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8E%E6%99%8B#.E3.82.AF.E3.83.AC.E3.82.AA.E3.83.BC.E3.83.AB.E3.82.BF.E3.83.9F.E3.83.AB.E8.AA.9E.E8.AA.AC

タミル語入門1 これほど日本語に近いとは知らなかった
http://blogs.yahoo.co.jp/nakamushyh/29272859.html
此処のコメントも 分かりやすい工作員が湧いている。
実際の 言語学的な学説そのもの などは俺に分かるはずもない。

ただ どうにもファビョり方そのものは 宗教右翼カルトなニホンジンのコッカのニホンな連中そのものでしかなく
ならば そういう事なのだろう という事が、まず念頭へ置く事となるよね。


俺の大雑把な印象からすれば 言語的な共通項は少なくない というのは確実に有ると思うんだよね。
なのに 語源 とか言い出すと、途端にファビョりだす。
【自分達こそが 「はじめに言葉ありき」 の選民である】
という 一神教で野蛮人の典型的な反応だよね。
カルトの狂信的な下僕は 何処へ行っても どんな時も 似たような脊髄反射をする。


大野晋の説については比較言語学の方法上の問題から批判が多い。主な批判として、以下のものがある。

村山七郎『日本語 タミル語起源説批判』(1982)[21]
比較言語学者の風間喜代三による批判(1983)
大野1981年『日本語とタミル語』に対し、風間喜代三は批判を行った。その後、比較言語学者やタミル語学者を始めとしたほとんどの言語専門家は、大野の説に批判的である。
2000年の『日本語の形成』において大野は、音韻、語彙、文法の三点において、日本語はクレオールタミル語であるという説を提出した。同書は、風間喜代三の語彙対応に関する批判については、指摘された語彙を削除もしくは変更している。
比較言語学者の観点では大野説が比較言語学の正統的方法に従っていないことを批判している。特に、歴史性を捨象して単語比較を行っている点が問題視されている。

家本太郎・児玉望・山下博司・長田俊樹「「日本語=タミル語同系説」を検証する―大野晋『日本語の起源 新版』をめぐって」 (1996)。

こうして眺めると 神道の神学 をせずに 妙に己が正当性の強調の方へ走りだす って
思いっきり「厳格な階級格差」だけに固執する カルトの狂信性そのもの だよね。

神学として進めば 少しは文明人な方向性へと進むのに 微塵にもせず、
詭弁と詐術の理論武装に精魂を傾けているようにしか見えないよね。
仮に学術的には正しいとしても どうにも不思議なファビョり方をする人達が混ざるよね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E7%94%B0%E4%BF%8A%E6%A8%B9
長田俊樹 - Wikipedia
共編著(山折哲雄)
『日本人はキリスト教をどのように受容したか』(日文研叢書17、1998年)
ふ〜んw
古代の言葉を扱う人に こういう共著が有るのね。



http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06tamiru_go_to_nihonn_go.html
大野は日本語とタミル語が同系であるという、その証拠として次の5点をあげている。
 1.すべての音素(a/i/u/e/oなどの母音やk/s/t/n/h/m/y/r/wなどの子音のこと)で
  音韻の対応がある。
 2.対応する単語が基礎語を中心に500語近くある。
 3.文法上、ともに 膠着語 に属し、構造的に共通である。
 4.基本的な助詞・助動詞が音韻と用法の上で対応する。
 5.歌の五七五七七の韻律が共通に見出される。
語源とするか否か は別にしても 此の共通項そのものは 中々に興味深い話では有るよね。
と同時に
 だからと言って カルトの狂信性を剥き出しにするまでに攻撃を加える
のもまた変な話に思える、つまり 宗教右翼カルトの性癖が丸出し と俺は言う訳だ。



大野晋 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8E%E6%99%8B
は それなりな言語学者の様だ。
著作も多い、研究熱心なのだろう。

狭山事件脅迫状の鑑定

1963年5月に発生した、埼玉県狭山市における女子高校生誘拐殺人事件(いわゆる狭山事件)の
検察側証拠として提出された脅迫状について、
東京高裁控訴審と第2次再審請求の2度にわたり筆跡鑑定を行い、
 脅迫状の筆跡及び文章が逮捕時の被告の稚拙な日本語能力では不可能なものである
と分析し、事件を冤罪であると断じたとされる。

しかし正式には、分析の結果そうした可能性を示唆したのみで、
決定的に本人ではないと断言したものではない。
いやいやいや なるほどねぇ、と掘り下げると面白いねぇ。
何故に攻撃されやすいのか? とかね。



同時代の作家で親交の深かった丸谷才一は、
「最高の日本語学者だった。音韻にも文法にも詳しく言語を文明全体と関連させてとらえた。
 日本語という謎を解く事を志し、粘り強く成果をあげた。」
と評している。

評伝
川村二郎著『孤高:国語学者大野晋の生涯』(東京書籍、2009年)ISBN 978-4-487-80355-2


著作の代表作には
1990年(平成2年) 『光る源氏の物語』により、芸術選奨文部大臣賞を受賞。
1994年(平成6年):『係り結びの研究』で読売文学賞受賞。
1999年(平成11年):『日本語練習帳』が190万部を超えるベストセラーに。同年、井上靖文化賞受賞。
がある。


日本語練習帳より
http://www.interq.or.jp/rabbit/shiro/maku2land/edu-kenshuu(nihonngo).htm
言ってる事に間違いはないけど、専門的すぎて 実務的じゃ無いんじゃね?w
ただ 地道に真面目に取り組んできた人なんだな という印象が逆に分かる。


大野晋 「係り結びの研究」 - 関心空間
http://www.kanshin.com/keyword/10534753
知性は高い人だったのに 説得力が追いつかない人だったように思える、惜しい人だったんだな。

普通の文は終止形結ぶに対して、
ゾ・ナム・ヤ・カの下の活用語は連体形で結ぶ。
コソの下の活用語は已然形で結ぶ。
それらは強調表現に用いられる。
それが普通にいう係り結びである。

しかし、現代語に見られないその現象が、なぜ古典語にだけ行われたのか。
それは本来どのような起源、どのような性格をもち、どうして強調に使われ得たのか。

その点については学校文法で教えられることはない。
今日の日本古典文法の研究書もその問題を取り上げることは殆ど無い。

係助詞は
・疑問詞を承けるモ・ゾ・カの群、
・疑問詞を承けないハ・コソ・ナム・ヤの群
に二分される。
と同時に、それが現代のとの対立に連続する。

俺なんかは 説得力を増す→文章の表意的な印象も考える をするので
例えば上記の場合なんかは 「」で囲む をして分かりやすい表意的な印象効果を狙う をしたりする。
こういうのは
 作文技術における 表記の印象へ対する“マンガの技術の応用”
なんだろうね。
真面目な言語学者だと こういう事はしないのかもしれないが。


・疑問詞を承けない・・・助詞としての「ハ」
・疑問詞を承ける・・・助詞としての「ガ」

これは まさしく係り結びの内部の構造的な対立の一部を継承するものではないか。
それは現代日本語の構文法の基礎として広く各種の表現に参与している。

しかし「ハ」と「ガ」の対立が文法の基礎的な構造として働くに至ったのは、そんなに古いことではない。
室町時代の末から、江戸時代に入ってのことである。

「ハ」は係助詞として古来の伝統的用法を保つている。
しかし「ガ」は、本来、係助詞ではない。格助詞であった。

したがって「ハ」と「ガ」の対立といっても、
「ハ」と「ガ」は全ての点でプラスとマイナスの関係にあるわけではない。

「ガ」は元々に体言と体言との間に入る格助詞であった。
「ガ」は その性格の尾を現代語にも引いている。

だから「ハ」と「ガ」とを対照しても、簡単に綺麗には対応せず、
「ガ」は、かなり異質の要素を含んでいる。・・・


係り結びとは、単に特定の助詞と文末の呼応の関係だけをいうものではない。
係り結びの内蔵する「構造」は、
日本語の「文」の作り方、
あるいは日本人の、物事を把握する思考形式の根本にかかわる表現方法である。


・「主語-述語」によって文が成る
という英語・ドイツ語風の原則とは別の原理が日本語にはある
のだといま私は思っている。

このことを根本に据えれば、
 日本語の文法は、
 日本人にとって、たやすく把握される学問になる
のではないだろうか。

日本語の作文技術 を 根幹から組み直そうとした人なんだね。

実務へ至る よりも 学術へ進んだ人 なんだね。
俺なんかは 現場な実務ばっかり なんだけどさw
もっとも この人の最前線は 学術の現場 だったのだろう。


タミル語とミッシングリンク
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06tamiru_go_to_nihonn_go.html

注目するのは2.の 
日本語とタミル語に対応する単語500語 の中にある「農耕に関する言葉」
である。

新しい文化や技術が日本に押し寄せた場合
すなわちラテン文化がフランス地方に押し寄せたように、
それは新しい単語や語彙、文法体系を持ち込んだはずである。

このようなことは、例えばコンピューターなどの分野で現代の我々もイヤというほど経験させられている。

これと同様なことが、
たかだか、旧年代観でいえば2500、600年前、
新年代観で言えば2800〜3000年前に、
本格的な水田稲作農耕文化が渡来した時に、
北部九州で引き起こされていたに違いない

と考えるのである。

しかもそれは、
 自然循環系の生活文化を 農耕という人為的な生活文化に一変させたほどに
 強大で劇的な影響力を持つものであったのだから
 当然に言語にも計り知れないほどの影響を与えた、
 すなわち基層言語の根幹に影響を与え
 新しい語彙を大量に受け入れたに違いない

と どうしても感覚的に思うのである。

農耕技術を この日本列島に持ち込んだ人達が
在地の縄文人に技術や知識を伝えたり、農作業への使役ないし協力を求めたとき、
彼等は彼らの農耕用語を現地語(縄文語)に織り交ぜながら使ったはずである。

水田稲作農耕の伝播経路の地域に、
より具体的にいえば、
 北部九州よりやや早い時期に水田稲作を受け入れ、
 北部九州への直接の伝播元となった南部朝鮮に、
 日本語の農耕用語と起源を同じくする語彙が残っているのではないか、
このような想定は誰でも可能であろう。

大野晋は、「日本語の起源」の著作の中で
「対応語と物の世界−稲作の始まり」という一項を設け、
「農耕に関する言葉」を
 ・ 日本語とタミル語に共通するものとして27語 、
 ・ 日本語と朝鮮語に共通するものとして9語 、
 ・ 日本語、朝鮮語、タミル語の三言語に共通するものとして5語
を提示している。
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06/noukou_kannsuru_kotoba.jpg

これほどの数の稲作農耕に関する言葉を提示しえたのは、大野晋が初めてだと思う。
このことだけでも高く評価されてしかるべきだと考える。

だけど ニホンジンのコッカのニホンの狂信的な宗教右翼カルトの下僕達の場合は
 これでは チョウセンガー とは言いにくくなってしまう、
 という事になっちゃう 自分達の教条 の方が大切
な反応を示したんだろうねw
ネトウヨの反応は そういうモノだからねぇ。
そういえば ネットゲリラ って、此の方面で不思議な話をしていたねw


上表の日本語に対応する朝鮮語は計10語であるが、
そのうち7語が“農具を主とする道具”に関するものである。

このことは次のような事情を推測をさせる。

弥生時代の水稲農耕文化は、落葉樹林型と照葉樹林型の二つの重なりにある。
・「落葉樹林型」は、朝鮮半島南部から玄界灘沿岸に伝わり、弥生文化の骨子となった。
・「照葉樹林型」は照葉樹林帯を貫いて一歩遅れて伝播した
 水稲主体の文化で、弥生文化の肉になったといってもよい。

この弥生文化規定の観点から、上の表を見ると、
「農耕にかかわる言葉」のうち、
耕作地や作物、食品など多くの農耕用語がタミル語から取り入れられているのに、
一部の道具に係る用語は朝鮮語起源(おそらく長江中・下流域〜山東半島起源)となっている。


ここでは とりあえず大野のタミル語説を無視して
稲作文化の伝播との関連を考えると、次のように解釈される。

水田稲作の第一波・朝鮮南部からの農耕文化が、
高度に完成した包括的な水田稲作農耕の技術を伝えたことは間違いない。

しかし当初は、農耕土木や農具など水田稲作を行うに当たっての
必要最低限の具体的な“技術や道具”が特に重要であったと考えられる。

次に少し遅れて直接伝播した長江中・下流域からの水田稲作文化は、
水田稲作の源流だけに限らず照葉樹林文化を基盤として発展した文化体系を持っていた。
しかも照葉樹林文化は、すでに縄文時代に西日本に伝播し根付いていた。

すなわち北部九州ないし西日本人にとって、大変受け入れやすい性格を持っていた。

したがって、この第二波の水田稲作文化は第一波を凌駕し、
日本の稲作文化に現在に至るまで深く根付いてきた。

こうした時系列推移が考えられる中、
農耕生活文化の大半の用語が第二波の言語から取り込まれて現在に至り、
第一波の言語は農具などの技術的な用語を残すのみとなった。
なるほどね。
俺なら ついでに 出雲文化と邪馬台国の文化 を重ねちゃったりもするかな、
それはまた別の機会に。


大野は、
・南インドのタミル地方から遥々7,000キロを越えて伝来したタミル語を
 基層言語である縄文語が受け入れ、同化した
という雄大な、というより奇想天外な構想を説明するのに、
言語学だけにとどまらず“南インドの文化と弥生文化”がパラレルに展開していたこと
をもって、その根拠としている。

それは新年代観を反映させるとさらに明確となる。
南インドの巨石時代と日本の弥生時代は3000年前、同時期に始まり、

 @粟作・稲作の農耕が行われていた。
 A墳丘墓・土壙墓・箱式石棺に加え、支石墓や甕棺墓まで存在する。
 B土器に多種類の同じグラフィティ
 (考古学用語で、壁・土器などに刻まれた古代の絵画や文字)が彫りこまれている。
 C青銅器・鉄器が同時に使われていた。
 D機織が始まった。
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06/graffiti.jpg
が平行して存在した。

大野が提示している その歴史的な流れの図
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06/minamiinndo_nipponn2.jpg

其れを修正してみると こうなる
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06/minamiinndo_nipponn2.jpg

なぜ日本と南インドに ほぼ同時代、共通する文化が存在するのか。
大野は自ら質問を用意しそれに答えている。
(「日本語の起源−私の説に対する質疑」p223)


Q タミルと日本の間に両者の言語の仲介地となるような場所があるか。
タミル語は確実に朝鮮語にも約400の対応語を残しているとしている。
表はそのうち農耕にかかわる単語で且つタミル語、日本語、朝鮮語に共通するものである。
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06/tyousenngo_tamirugo2.jpg
南インドの文化が遥々日本に影響を与えたとすれば、
同時に朝鮮半島に影響を与えたとしても不思議ではない。
ただ朝鮮半島が日本列島と同時に同じ言語の影響を受けたという証明に過ぎない。

甕棺墓とは
幼い子供を葬るときに、しばしば各地で使われる墓制である。
日本でも縄文時代から存在するし、東アジアや東南アジア各地で見られる。
しかし大人の墓制としての甕棺墓は必ずしも普遍的ではない。

日本列島でも北部九州の、それも福岡・佐賀両平野に一時 的に存在しただけである。

しかし弥生前期末となって、突然に北部九州平野部に出現し、
弥生中期中葉に最盛期を迎え、その後弥生後期には衰微してしまう。

一つの集団墓地には甕棺墓が数百〜数千の規模で埋まっている。
 
これと同様の甕棺墓群が南インドでも見られる。
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06/minamiinndo_kamekann708.jpg
南インドのアミルタマンガラム遺跡とムトラパレオン遺跡

南インドの甕棺は、インド巨石時代のはじめ、紀元前1,000年ごろから南インド全体に広汎に存在し、
たとえばタミル州南端に近いアーディチャナルールという所には、何万という甕棺の原がある。
アミルタマンガラム遺跡も、数百規模の甕棺墓群がある。

俺はね、稲作文化の 伝播の細かい経路 や 時期や時代の特定 には 殆ど興味が無い。
それよりも
 稲作文化という生活様式を激変させ続けた新技術が東アジアを席巻した
という内容の方に興味が有る。

 コンピューターやネットが人類の生活様式を激変させ続ける新技術が
 俺の目の前で どのように動いているか?
にならば 俺も身に覚えが有るからね。

そういう意味合いで
・稲作文化の伝播 其の技術革変の経過 と 生活様式と文化の再編 が
 中央アジアから東アジアに激動の時代を与えたで有ろう
という事は 容易に想定できる と思うんだよね。

その意味合いを前にすれば 
 稲作文化の 伝播の細かい経路 や 時期や時代の細かい特定
の話は
 幾つもの要素が大きく重なり合っていくモノ
 単純な一つの話の流れだけでは説明しきれないモノ
って思うんだよね。




http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06/ja_tamiru_to_missing_rink.jpg
渡部忠世や王在徳、佐々木高明、安田喜憲、佐藤洋一郎等の説を要約すると

 渡部忠世・・・稲作はアッサム雲南センターで発生し、四方に広がったことを明らかにした。

 王在徳・・・・河姆渡遺跡などの発掘を通じ
        稲作は長江中・下流域で発生し、次第に周辺へ広がったとする説を提示した。
        今や主流である。

 佐々木高明・・アッサム雲南センターを含む東亜半月弧を設定し、
        そこから照葉樹林文化が日本列島に伝来したとした。

 安田喜憲・・・寒冷化という気候の変動が、黄河方面の畑作牧畜民の何波にも亘る南下を招き、
        長江の稲作漁撈民を侵略した。
        その結果、長江の民族集団は逃避し、四散することになったことを明らかにした。
 佐藤洋一郎・・稲作の長江中・下流域発生説ををイネのDNA分析から証明した。

多数の学者の考えを融合し、まとめて図示すると次のようになる。

http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn3/003_06/ine_no_dennpann_no_yousu.jpg

大野晋のタミル語説は、数多くの稲作農耕用語を提示してくれたことによって、
東アジアの広域に亘る文化伝播の構図が一層に明らかとなっている。
且つ日本語の中の稲作語彙の起源を微かに示してくれた と私は高く評価している。


民族性を「血」に求める者達は ニホンジンの起源 とか言い出す。
 自分達の優越性を一つでも多く見出したい
 異民族や異教徒や異端の劣悪さを一つでも多く見出したい
そういう一神教で野蛮人の性癖を考えれば まぁ必然的な話でしかないよね
んな事は俺達にはドーデモイイでしかないんだが。

俺は民族性を血に求めない、だから「起源」よりも「今の生き方や価値観や美意識」を重要視する。
“異民族や異教徒や異端 との優劣”よりも “己が生き方を如何に磨くか”を重要視するよね。
むしろ
 “異民族や異教徒や異端と どうやって仲良くなるか”
 まで頑張って考えていこう
とか思っちゃうよね、ある意味ではキチガイ沙汰でもあるがw
だけど 此れが俺達に自然で普通な生き方だよね。 カルトの下僕は皆目に理解できないだろうけど。


だから俺なんかは こう書く。

誠天調書 2012年05月18日: 情報流通の流れを読み解く意味を教えて啓蒙して行く、正岡子規の100年後に生きる者達が進むべき道を行く。
http://mkt5126.seesaa.net/article/270483050.html

正岡子規は「口語による文章を書く事の一般民衆への普及」を実際に果たした。
情報流通の新たな第一歩を切り開いたのが正岡子規だった。
大野晋は語学の根幹を調べつくし手から再構築を図り情報流通の新たな一歩を進もうとしたんだろうね、
俺はネットから進もうとしている。
たった それだけの話だ。







posted by 誠 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | (゚∀゚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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