- なぜゲームは愛されるのか――次世代ゲーム機までのミッシングリンク( 以上 情報リンク元は 面白ニュース 様より )
最初は単なる家庭用ゲーム機の歴史展示のレポート、
ぴゅう太…懐かしすぎる。
その後に続いた下記の文章が非常に面白かった。
3社の次世代機発表が出揃い、旧ゲーム機の末期にあたる今の時期を
アタリショックからFCがゲーム世界を席巻する様子になぞらえ
↓の何故そうなったのかと分析した文章は思わず唸ってしまった。
コンシューマーの“鏡”となった80年代のアーケードゲーム北米は一度ビデオゲーム業界の繁栄と衰退を一度体験している。いわゆるナムコの黄金時代、ハードのセガ 数のタイトー、
1983年に起きた北米ビデオゲーム業界の氷河期として知られる“アタリショック”は
「ゲームソフトの粗製濫造によって消費者がゲームに興味を持たなくなり市場が崩壊した」
とよく言われているが、
その氷河期時代(NESが登場する1986年までの間)のアーケードゲームは
「ドンキーコング」「ゼビウス」「マリオブラザース」「グラディウス」などなど、
日本のアーケードゲーム文化がまさに華開いた時期にあたる。
そしてコナミ「グラディウス」カプコン「魔界村」での急成長の時期だそして、実際にそうした1980年代前半のアーケードゲームが
海外のユーザーでも熱狂的に支持されているのを見ると、
「本当にビデオゲームが飽きられたのだろうか?」という疑問がふつふつとわいてくる
ここでアメリカのゲーム機の歴史が語られるが
要するにアメリカゲーム業界は“アタリショック”を乗り越えるべく
ゲームはPCで遊ぶもの に舵を切るが これがアメリカのゲーマーを選別化する
すなわち一般ユーザーを切り離してしまった とも読み取れる。つまり“アタリショック”とは
「最新アーケードゲームの急激な進化に従来の家庭用ゲームコンソールが追いつけなかった、
もしくはメーカー側が消費者が求めるゲームコンソールを出さなくなった」ことが
引き起こしたのではないか、という見方ができるわけだ。
さらにこういう見方をすることによって、
北米でなぜこれだけマリオが、任天堂が長年にわたって愛されているのかも
なんとなく理解できてくる。
なぜなら彼らゲーム好きにとって、NintendoはアタリVCS〜コレコビジョンで途絶えた
「アーケードクオリティのゲームがまた手軽に遊べるゲームマシン」を再び提供してくれた
“救世主”だっ たのだから。
質のいいタイトルを出し続けてきたブランドに対する信頼も含め、
任天堂がこれだけ高い求心力を持っているのは、
なるほどこうした“歴史”を持つからこそなのかもしれない。
これは非常に強い示唆を含んだ文章に思える。
2004年度のゲーム業界は回復傾向にあった とはいっても
DQ8の恩恵に預かったに過ぎないと 思うのは素人考えだろうか?
高機能化したゲーム機は ゲーマーを選別化し
一般ユーザーを切り捨てては無いだろうか?
低価格で高品質なゲームを提供し続けている分野は何処か?
ゲーム機+ソフト制作販売、という手法でゲームメーカーが利益を出し続けていくには
この辺りが限界の数字なのかもしれない。
過去の歴史に学ばずに
高機能化に突っ走る日本とアメリカのゲーム業界の巨頭達が
一般ゲームユーザーを拾い上げきれなければ
普通の心を持った日本人の大多数に愛されるゲームを提供できなければ
とてつもない落とし穴が待ち受けているのかもしれない。
2005年05月28日
なぜゲームは愛されるのか
この記事へのコメント
同感です。制作費がかさみ、発売されるタイトルが減ればまた、名作とされるような作品もまたへる。分母が減るのだから分子が減るのもまた必然。ゲーム機は性能ではなく、すでに限界の性能に達していると思います。ここからは確実に内容勝負になってくる。と、すれば今回の次世代三機種でいったい、どこが先見性に優れているかはもはや言うまでもないことです。
Posted by LOP at 2005年05月28日 20:15
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